Sunday 27 March 2011

先延ばし屋の荷造りについて

荷造りをしなければいけない。分かっているんだ。昨日の夜からずっとそれを考えている。
分かっているんだ、出発が明日だってことも。
分かっているんだ、荷造り全然終ってないことも。

なのにどうして身体が動かない。

少しやり始めるとすぐいやになってほかのことをやりだす。
作る必要は無いのにパンを作り始めたり洗濯機を回し始めたりする。

しっかりしろ、オレ!

そんなことを言いながらも結局今夜中に荷造りの続きに取り掛からないであろうということは分かっているのだ。
どうしてだろう。

荷造りをまったくやっていないというわけではない。
とりあえずスーツケースは出しているし、入れるものは入れたように思う。
普通、これで「おわった」と思って良いはずだ。終えてよいはずだ。

なのに、大変なのはこれからだ。
性格上、なのかどうか分からないが、どうしても「これは本当に要るのか」と吟味しないと気がすまないのである。
だから一番難しいのが衣類だ。

気に入ったのをポンポンと放り込むまではいい。
そのあとどうしても「削る」作業をしたくなるのである。

やはりこれは、「たち」なのだろう。


例えば家の冷蔵庫や職場の机の上を見ると、反射的に「捨てられるものは無いか」探している。
家の棚を見ても、砂糖のびんに砂糖が半分しか入っていなければ、袋から出してびんに移し変えてしまい、袋を捨てる。これで今まで砂糖の袋があった場所が空き、スペースができる。
「不要なものを取り去る」ことが好きで好きで仕方ないのだ。
いや、好きというよりはほとんど無意識だ。
そして時々「過剰だ」と思うことがある。

「取り除きたい」という思いにとりつかれている。
そのためにストレスを抱えてしまうことも少なくない。
おかげで身の回りは片付くのだが、そうでないときにはどうしても、心理的に、晴れない。
イライラするのだ。

完璧主義とは違うと思っているが、一部では該当するのかもしれない。
荷づくりについて言えば、これは完璧主義というよりむしろ先延ばし屋と言ったほうがいい。
もしかしてこういうことを去年の7月にも書いていなかったか…?

いずれにせよ、荷物は今日中にはできそうにない。
あきらめて、12時ごろには寝るようにしよう。

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ところで、明日までに消費しなければいけないものものが冷蔵庫の中にある。
たまご、ピーマン、牛乳…

そうだ、牛乳といえば。

ミロっておいしいですよね。
とくに、冷たいやつ。
牛乳をそそぐと、あの、すこしダマが残る、ミロです。

甘いし、絶対に飲みすぎは良くないだろうし、健康的というなら牛乳だけ飲むほうがいいのでは、とさえ思うんだけど、あのミロの健全性を100パーセント訴える姿を見ると「よし、じゃあ飲んでみっかな」と思ってしまう。
ココアとかの甘ったるい飲み物に伴う罪悪感が、ミロには無い。
ふしぎと「よい子」の気分になる。
ついでに運動神経もよくなりそうだ。
ジャーンプ、とかできちゃいそうだ。
バレーボールのアタックもバシッと決まりそうな感じ。

あ、こんなこと書いている暇あったら、荷造りしろってね…

Saturday 26 March 2011

本当に「大丈夫」なのか

25日、昨日。
プールに行きたかった。
地震の二日後に行ったら「14日まで閉鎖」と書いてあったので、もしかしたら10日経った昨日の時点では開いているかもという期待を持ったのだ。
電話をしてみると「再開のめどは立っていません」といわれてしまった。

そりゃそうですね。
電気だってなくなるかもしれないし、
水も放射性物質入っているかもしれないし、
そもそもまた地震来たらどうしようもないし。

歩く以外に身体を動かしていない。
散歩程度では足りないのである。
「ふぃ~疲れた。」というくらいの運動量が必要だ。

それが実現できる方法は私の場合、水泳である。
走るのはあまり好きではない。
同じ時間をかけるのなら水泳のほうが無理せずより多くのカロリーを消費できる。

しかし今回ばかりはあきらめざるをえない。
ふぅ。

映画を見た。
『Vicky Christina Barcelona』
日本語のタイトルがくだらなすぎるので、もはや書かないでおこう。

コテコテの、特に中身の無いラブコメかなと予想して(むしろそういうのが見たくなって)借りてみたのだが、予想より面白かったかな。「よくあるタイプ」ではなかった。
監督は確かウディ・アレンだった。

ペネロペ・クルスのしゃべる英語は良い。スペイン語訛りだから余計に良い。
がんばって英語しゃべってたスペイン人の友達を思い出す。
ところがスペイン語をしゃべりだした途端に突然出るあの迫力。
いやー、「生きてる」って感じするよ。
スペイン語でケンカしているシーンとか。
差別的に響くかもしれないけど、やっぱり英語母語話者が同じことを言っても、ちょっとあの熱さは感じないんだよなあ。
あくまでも個人的な「感じ」の問題です。あしからず。

26日、今日。
今日は余震を感じなかった。
こんなの、久しぶりではないか。
それでも時々「揺れてる!」と勘違いして天井から下がってるものを見たりするのだけれど。

原発はまだ落ち着いていない。
昨日あたりから気付いたことだが、ようやく、「事実を隠さずに言うべき」「あの説明の仕方はどうなのか」という声がテレビからも聞こえ始めた。
これまで、原子力保安院や政府やテレビの専門家に対して「そりゃわからんやろ」「大丈夫大丈夫って本当に大丈夫なんですか」と言っているのはほぼインターネット上においてだった。

パニックを起こしたり不安を煽ったりするまいと思うのか、テレビはそういう意見を抑え続けてきた。
たとえば昨日の夜、ソフトバンクの孫さんがNHKの番組に出演したとき。
「問題発言になるかもしれませんが」と言って、避難指示についての発言をした。
30km圏内から避難指示をもっと広げるべき、と。

しゃべろうとするほど、アナウンサーは慌てて話をそらす。
そのほかにも孫さんは、1度もニュースで語られたことの無いことをたくさん言った。
「ヨウ素131は半減期8日ですが、半減期1万年以上のヨウ素だってある。」とか。

その後はアナウンサーからの「孫さんどう思いますか」が、いっきに減った。
発言させまいとしていた。

だけど、ほかの会社社長やその場にいた人たちが「孫さんと同じ意見で…」と言って語り始めたのだ。

孫さんの発言のおかげだけとは限らないだろうけど、その後、別の番組で孫さんと同じ意見を堂々と述べる人たちをテレビで何回か目にした。
今朝も「大丈夫ですよ、を繰り返すことが余計に不安を煽っている」と言っている心理学の教授が映っていた。


私は、大丈夫じゃないと思う、この事態。
昨日読んだ、藤波心さんという13歳の子のブログ(よく書けていた)にも書いてあったけど、大丈夫と言われている「微量」が、例えば何年も続いたとしたら、きっと大丈夫とは言えなくなる。

ギリギリのところまで安心させておくことが良いとは思えない。

たとえば、避難する必要の出る可能性が「少しでも」ある場所の人たちは、今すぐに避難させるべきだ。
もし何も起こらなかったとしたら、それはそれで良いんじゃないか。
「あのときは心配しすぎた」って言いながら、後から笑えるほうがだいぶいい。
何かあったときには遅いのだ。

水に放射線物質が入るというのも、だいぶ前から分かっていたことなんじゃないのか。
原発が爆発したという事実がある限り、2週間前の時点ですでに「気をつけてください」って言えることはたくさんあったはずだ。水に限らず。

だって、「原発爆発」なんだから。
とんでもない事がおきているんだから。

数字が出るまで「安全です」って言い続けるのが良いことなのだろうか。

今日は眠いからもう寝ることにします。
ところで藤波心さんのブログはぜひ読んでみてください。
NHKの「髪」の人と同じくらい、昨日はツイッター上で騒がれていました。

Thursday 24 March 2011

春休み初日

今日から春休みである。仕事には行くのだが、いつものように早く起きなくても良い。
だから昨夜は目覚ましをセットせずに眠りについた。1時ごろ寝た。私にしては遅い。

7時ごろに目覚まし無しで起きた後、再び眠りに落ちる。
幸せな春休み…

は、2時間も続かなかった。

8時56分。

ゆっさ ゆっさ

と、ベッドが揺れるのでハッと飛び起きた。
部屋には私以外誰もいないにも関わらず、誰かに起こされたと確信した。
そのくらいの揺らし方だったのだ。

犯人は地震だったということに気付いたのはその2秒後。
(春休み早々、やってくれるな…)と、完全に目を覚ましてテレビをつけた。
また近いところで揺れたらしい。

震度5。
確か昨日もだった。
(私のいたところは震度3だったらしいけど。)

毎日震度5の地震が起きる国ってなかなか無い。
震度3程度だと、もはや誰も動じなくなってきた。

今日は原発で作業員が2人被曝したらしい。
NHKの水野解説員が「これは深刻な事態」って言ってた。

もう、毎日、なにがなんだか分からなくなってくる。


ここで一句:

「春休み 目覚まし代わりに 震度3」

28日から、友達と一緒にベトナムとカンボジアを旅することにしている。
が…!
たった今、ベトナムで地震が起きたというニュースが入った。
もう、一体、どこに行きゃいいんだ…!!

ところで今日帰宅してからずっとNHKを見ていたのだが、夜になってすごい人が現れた。


絶句してしまった。
かくも前衛的な髪型が存在したとは。
びっくりしすぎて、笑うことさえできなかった。

ツイッターでつぶやいたら、同じ瞬間に何人もの日本人が同じことをつぶやいていた。
その10分間くらい、日本中がこの人のことで湧きあがっていた。
「NHK 髪型」で検索をかけると、どぉー っとツイートその他がヒットした。

お医者さんらしい。
そういえば同僚が花粉症の薬をもらいにここに行くと言っていたなあ、2ヶ月ほど前。

ところでその2:

今日はニョッキを食べた。
しかしバジリコ入りのニョッキだったのにトマトソースで食べたため、なんだか変な味になってしまった。
ニョッキをパック入りで買うと、250g入っていて、「2~3人分」とか書いてあるのだが、1人で食べて全然問題ない。パスタとちがって飽きてくることはある。しかし量の点から言えば、完全にこれは1人分なのである。
まあ、あれかな、これを3人くらいでわけあって食べる人たちはきっと、ほかのものも食べるんだろうな。

さて、ベトナム語のCDをちょっと聞いてから寝ることにする。

Better to be Safe than Sorry

だいぶ時間が経ったように思う。
11日の昼から今までに色々なことがあった。
とりあえず私はここで生きている。
これまでのことを振り返りたいが、とにかく;
通常より仕事をしていません。
だから一体自分が何屋さんなのか分からなくなってきている最近。

おびえずにはいられない毎日。
外に出れば放射能が気になる。
外から帰ってシャワーで落とそうと思ったら今度は水から放射性物質検出のニュース。
おまけに雨。

「雨が降ったら危ないと思う」
と、私が同僚に言ったのは15日。
同僚は笑い飛ばした。

だけど今日ニュースでは東京でも放射性物質が見つかったといっていた。
「ここ数日の雨により、あちらこちらに拡がる場合が」みたいなことを言っていた。

だから言ったじゃないか…

さらに今日は帰りがけに傘をもっていなかったので濡れるしかなかった。

今は「ただちに」健康には影響ない、って言っているけど、それが10年後、20年後に「やっぱり2011年にあの地域にいた人たちだけ具合悪くなってるよ」ということになるんじゃないのか。

簡単にそういうのが予想されちゃうのである。

Better to be safe than sorry


万一のことを考えて行動をするべきた。
だから、福島第一原発から30km圏外にいる人たちにも避難をよびかけるべきだ。
もし何も起きなければそれでよいではないか。

もし本当に水が飲めなくなるとしたら。
どうするのだろう。東京都は乳児のいる家庭以外にも水を配ってくれるだろうか?
最近夜中までパソコンにかじりついていて、睡眠時間が短い。

とりあえず今日は寝ます。
おやすみなさい。

Thursday 10 March 2011

2連休の記録

2連休が終ろうとしている。
とりあえず記しておこう。

9日。
9時ごろおきた。掃除、洗濯をした。
ホームベーカリー絶好調。

朝からずっと旅行会社に電話をかけまくる。
やっと決まった。
そう、何を隠そうこの私、ベトナムに旅行するのであります。
3月末からの1週間休みを利用して。
2005年以来、海外といえばイタリア以外行ったことが無かった。
6年間ずっと、日本とイタリアを行き来しているだけだったのだ。
それが実に6年ぶりにイタリアではない外国に行く。
なにもかもが慣れていないのでちょっと戸惑っている。

ベトナムに行きたい熱は高校時代がピークであった。
世界史の先生の影響で、英語圏以外の外国に興味を持ちはじめた頃だった。
ベトナムのガイドブックや写真のついた本をよく借りていたなあ。

その後は銀行に行ったりLOTO6を買ったりDVDを借りたりした。
天気はまあよかったけど寒かった。

6時ごろからプールに行く。
1kmちょっと泳いだ。

夜はパン生地を仕込んで、そのあとクロスタータを作った。
8日にプレゼントしてもらったデジタルスケールが早速活躍している。

10日。今日。

10時ごろおきる。
昨日作ったクロスタータはすごくよくできていた。形もよく、おいしい。

1時ごろからプールへ。人が少なくて気持ちよかった。
1.5kmくらい泳いだんじゃないだろうか。

そのあと映画2本見た。

①Eat, pray, love

どうしようもなかった。
というか、どうしようもないことを承知の上でこの映画を借りた。
バリ島とかインドとか見てみたかったしジュリアロバーツ鑑賞という意味ではアリかなと思ったので。

それで、結果としては、期待していた以上の「どうしようもなさ」だった。
ジュリア・ロバーツは好きだけど、彼女にこの映画出て欲しくなかった。
もっと安っぽい女優で十分だったんじゃないか、とすら思った。

なんつーか、もう、コテコテすぎて。
自分探しの旅っていうとよく世間では嘲笑の対象となりがちだけど、やっぱりそうなのかもしれない。

②Mad Dog and Glory

役者が若い!ロバート・デ・ニーロもビル・マーレーも若いけど、ユマ・サーマンの若さが特に光っていた。少女期が終ったばかりみたいな顔をしていた、というか、パルプ・フィクションのミアを見慣れているせいか、邪気が抜けた感じに見えた。
ストーリーがイマイチわかんなかったところがあったけど、これはまあ①より好きかな。

さーて明日は仕事だ!
この前買った新しいカーディガンを着ていくのだ!
もう寝ます。おやすみなさーい。

万年筆、外出

なくなったと思っていた万年筆が職場の引き出しから出てきた。一本千円のものなので、なくなってもあきらめはつくのだが少し気になっていたのは事実だった。中のインクは空っぽだが一体何色を入れていたのかさえ判然としない状況だった。家に連れて帰って洗うことにした。  翌朝の万年筆カートリッジ...