Thursday 22 October 2015

スタバかセガフレードか

segafredoというカフェをよく利用する。
片付けるべき仕事があるとき、ぼんやり考え事にふけりたいとき、書きたいものがあるとき、このカフェに行く。

かつて、東京のカフェでぼんやりするという習慣は無かった。
というのも、いつも、どこに行っても人だらけで、しかも一人分のスペースがほぼ無くて、座っていると、まるで養鶏場のニワトリになったような気持ちがするから。
必要がある場合―ほとんどそれは、知人友人と会って話すとき―には、場所をとるけど、それでも隣の人たちが近すぎてあまり心地よいとは言えない。

なのにどうしてこのsegafredoに行くのか?

それは単純に、心地よいから。
混み過ぎていることもないし、だいたい席はとれる。そして外の席は一人分のスペースがしっかりある。ストレスを感じることもない。

この東京において珍しく、less Japaneseだ、と思う。つまり、日本っぽくないということ。のんびりしている。

カフェと言えばスターバックスだが、私はあまりスタバには行かない。というのも、日本の場合、スタバは「スタバに憧れる人々」が行くところであり、わたしは別に憧れてもいないから。あまりにもブランド化されすぎている。のんびりしに行くところではない。客層もミーハーで、子どもっぽい印象。日本のスタバには独特の雰囲気が漂っている気がする。と言ってもあまり行ったことがないのであくまでも印象だけど。

少なくとも、私の近所にあるカフェについてはそういうことが当てはまる。ほかの場所では違うかもしれませんね。

さて、肝心の味についてはどうだろう。これは特にこだわりがない。だけどイタリア人いわく、やっぱりセガフレードのカフェが断然美味しいらしい。あまり比べたことはなかったが、値段もどうやらスタバより高いらしい。

この気持ちよい季節に外の席でぼうっと人間観察するのは最高に気持ちがいい。ひとつ、良い場所を見つけた。

Wednesday 21 October 2015

ゲルマン魂!!

合気道は世界中で人気があるが、私の知る限りでは欧米での人気が特に高い。道場に来る人たちはヨーロピアンが多い。オランダ、セルビア、イタリア、ロシア…。そしてドイツ。半数以上がドイツ人だ。

ドイツ。

この、長身の、肌の白い人々の集団を見ていると「ゲルマン魂…」とつぶやきたくなる。見たことも無いかつてのナチスとかドイツ軍とかヒトラーとかを身近に想像できる。いや、ドイツ人としてはそんなの連想されても困る、と思うかもしれないけど、身近に感じることが無い極東の国の者としてはそうせずにはいられない。たぶんドイツ人が日本人を見てサムライを連想するのと同じ?

そして平均身長が本当に高い。そして独特の顔立ち。圧倒されてしまう。(イギリス人も背が高かったけど、顔立ちがあんまり強そうではない。)ちょっとやそっとひねったぐらいでは痛くも痒くもないし倒れないだろう。

そしてドイツ語をしゃべるとますます強そうに見える。そう、めちゃくちゃ強そうなのだ。フランス語、イタリア語、スペイン語にはまず無い響きを持っている。

ここで私とドイツの関わりを振り返ってみる。

ドイツ語は勉強したことがない。特に勉強に取り組んだこともないし、趣味程度に始められる場合はたいていロマンス語系の言語に手を出すことが多かった。というのもドイツ語をしゃべれなくて困ることはまず無い。(私の経験では)英語のしゃべれないドイツ人に会うのは稀だから。相手が日本語をしゃべらないとしても英語で事足りる。

ドイツには行ったことがある。ただしベルリンにしか行ったことが無いので、ドイツがどういう国か、という自分の感想みたいなのは語れない。東京にしか行ったことの無い外国人が日本のことを語れないのと同じだ。

ドイツ人の友達はいるし、ドイツ人と結婚した日本人の友達もいる。ドイツ語が流暢な友達もいる。私自身、興味が無い訳ではないのだ。ただ、周りにあるちゃらんぽらんないくつかの国々が気になってしまって放っておけないのでドイツに手が回ってないというだけ。

というわけで私にとって少し遠いように思えるドイツという存在だが、ひとつ、10年以上にわたる深いつながりがある。

それは…ルフトハンザ!

日本からヨーロッパ(というかイタリア)に行くときは常にドイツ経由で行く。そのため、フランクフルトやミュンヘンに降り立った回数はもう数えきれない。ルフトハンザは、スターアライアンスでマイルがたまる。さらに、これも勝手なイメージだが、ドイツの会社なので(他より)なんとなく信頼できるのだ。

ルフトハンザとの関係はこれからも続いて行くと思う。

ゲルマン魂に圧倒されたのを機会に、もう少し知ったり勉強したり調べたりしたいと思った。

Tuesday 20 October 2015

ヨーロッパに憧れる米国人

きょうは午後から休みをとった。いつぶりだろう?土日以外で休みを最後にとったのがいつだったか思い出すことができない。休みを取ったとは言え、持ち帰って仕事をした。

それでも、だ。同じことをやるのに、職場の外にいるだけで気分は違う。天気も良いのだから、昼間から部屋のなかでじっとしている気にはなれなかった。

ウディ・アレンのVicky Christina Barcelonaを見ている。これも一度見たことがあるのだが、BGM的にずっと流している。

ヨーロッパの前では、アメリカが小さくみじめに見える。これが、一度ヨーロッパとアメリカに行ったことある人なら分かるはずだ。米語がちっとも魅力的に聞こえない。スカーレット・ヨハンソンがいくら魅力的でも、ペネロペ・クルスの存在感にはその魅力も少し薄れてしまう。

スペイン語で怒鳴り、怒り、やりたい放題のわがままで男を振り回す役は、やっぱりブロンド白肌のアメリカ人では務まらない。本能のままに動き、ストラテジーもなにも感じさせないラテン人。

あくまでの私の感想ですが、まあ二者はまったく別のものなのです。
ウディ・アレンの映画は、ヨーロッパに憧れるアメリカ人の図がよく描かれていて、私はとても好きです。

さてそろそろ寝ようかな。

Monday 19 October 2015

オーバーコート

気持ちの良い季節だが、これまたあっという間に終わってしまう。たぶんあと二週間もせずに「寒い」という言葉を口にするようになるのだろう。

昨日は、その予定もなかったのだがコートを買った。誕生日も近いし、というのは後づけの言い訳なのだが、まあまあいいやつを買った。
画像はウェブサイトより拝借しました。

結構「きゅっ」としたタイプのコートを好んでいた。しかし下に厚みのあるものを着込んだとき(たとえばスーツ)にコートを着ると身体のうごきに制限が出てしまってあまり気持ちよく過ごせないので結局大きめのコートを選ぶことになる。

というわけで数週間前から気になっていたオーバーコートを買いました。はやく寒くならないかな〜。

いや実はね、本当に欲しいのはシャーロックのコートなんですが。
ネイビーだったらこの形もあったけど、そうなるとなんだか銀河鉄道とか宇宙戦艦ヤマトみたいになっちゃうのでやめておいた。

久しぶりにシャーロック見たくなってきました。今日帰ってから見ようかな。さて今週もぼちぼち行きましょー。


Sunday 18 October 2015

J Lawを見て楽になる

昨夜Breaking Badで血まみれのシーンを見たせいかもしれないけど、夢の中にも血が出て来た。

休みの日の午前中はあっと言う間に終わってしまう。さて、出かけるか、と思うと12時になっていることが多い。

昨日はサックスの発表会だった。言い訳にしか聞こえないかもしれないけど、できるはずのことが、ステージに立つとできなくなる。「場数を踏む」ことがいかに大事かがよく分かった。つまり、いくら練習しても人前に立たなければ結局同じことなのだ。次回の発表会にはきっともっと上手になっているはずだ。

Netflixで"Silver Linings Playbook"を見た。(放題は『世界でひとつのプレイブック』。)
だいぶ前に一度見たことがあったのだが、結構気に入った映画の一つ。この映画がきっかけでStevie Wonderの"Don't you worry 'bout the thing"を知った。懐かしくなって、いくつかのシーンだけを、スキップしながら見た。やっぱりこの役者たちが何とも言えない。当たり役だ。特にジェニファー・ローレンスが良い。この奔放な感じが。

役者としてはまだ若いのだろうが、すごい存在感だと思う。飾らないところが良い。まさにgirl-next-door imageである。近くに住んでそうな感じ。

本人なりに悩みとかはきっとあるはずなんだけど、こういう人を見ていると気持ちが楽になる。ああ、これで良いんだな、と。

自分を、自分の芯をしっかり持つこと。要は、自分がどうしたいかであって、周りじゃない。どう見られるかは関係ないのだ。息をするように、行動すること。

Saturday 17 October 2015

パーティーでのふるまい

二週間ぶりに土曜休み。朝から天気が良くない。そして寒い。
今週は月曜日が祝日で休みだったので4日間しか仕事をしていない。
それにも関わらず、長く感じたし、たくさん働いた気がする。
実際のところ労働時間は長かった。

家でぼうっとしている時間はほとんどない。しいて言うなら朝起きてから出かけるまでぐらいだ。
せっかくNETFLIXに加入したというのに、映画を鑑賞する時間もない。昨日、久しぶりにBreaking Badの続きを見ていたところ、ウトウトし始めた。ベッドに入っていないのに眠くなるというのは、一般的によくあることなのかもしれないけど、私の場合はあまり無い。相当疲れている、休みたがっている、という身体からの貴重なサインとして受け止める。

というわけで早めに休んだ。今朝はアラーム無しで8時半に目が覚めたので、9時間ぐらい寝たことになる。たぶん毎日、やく1時間ずつ睡眠が不足していて、それを週末に取り戻しているということだ。あんまり良いこととは言えない。

先日、100名規模のパーティーに参加した。パーティーと言ってもまったく気取ったものではない。参加費1500円の交流会。参加者の9割は外国人だった。そこで思ったこと。

1.話し始め
話しかける/始めるタイミングというものが当然ある。どうやって会話が始まるのか?視線が自然に合って初めて、である。それから名前を聞いて、出身を聞いて、握手をする。普通の手順。これがごく自然にできるかどうかというのはやはり慣れと、その人の性格のオープンさによる。

2.話している間
そこで必ず相手の目をしっかり見て話すこと。これは必須だと思う。「日本ではあんまり相手の目を見すぎると逆に失礼にあたる」と聞いたことがあるが、私はそもそもそう思ったことは無いし、それはただ日本人が目を見つめることに慣れていないだけだと思う。

3. 会話の終わり
立食パーティーで、しかも100人以上がその場にいて、時間も限られている。あなたなら誰と話したいと思うか?たいていの人が、1人と会話してその時間を終えようだなんてもちろん思っていないはずだ。できるだけ多くの、面白い人たちと知り合ってみたいと思う。

だから、知り合って話し始めても、どこかで話を切りたいと思っているのは確かなのである。お互いに。こういう時は自然と場所を移動する。「飲み物取りに行ってきます」とかそんな感じでフラっといなくなるのが理想だ。

ところが、ずっと話し続ける人がいる。どうしても離してくれない、しかも話も面白くない、場合によっては追いかけてくる。これは困る。

それでもやはりその人だけに時間を費やすのは勿体ないので、話を真剣に聞く必要は無い。適当に受け流して、悪いことは無い。そして無駄に笑顔を見せるのもやめる。


…ということを考えました。
パーティー自体はとっても楽しかったし、意外なところで共通の知人を発見して、世界は狭いと思った。

Thursday 15 October 2015

5ヶ月経った

きょうは10月15日。もうすでに10月が半分終わろうとしている。早いものだ。シルバーウィークが終わってから、息つく暇も無く、働き、遊び続けている。

忙しくても、週に最低2回は合気道に行くことにしている。
今週末は合宿がある。それに伴い、海外から大勢の門弟が来日している。おそらく100人近い人たちが道場にひしめいている。
驚くべきことに、これほど混んでいても、稽古ができるということだ。周りの人にぶつからないか、恐る恐るやることにはなるのだが、それでも、できる。先生曰く「混んだ電車のなかでも技をきめることができる」のが合気道。なるほど。

合気道を初めて5ヶ月が経つ。ようやく、最初ほど頭で考えずに動けるようになってきた気がする。少し楽になった。もちろん、long way to goだが、「楽しい」と思うポイントが少し変わって来た気がする。

具体的には、受身をとるときに痛いとか怖いとか思うことはほぼ無くなった。むしろ受身をとるのがとても気持ち良い。これから長く続けて行きたい。

Wednesday 14 October 2015

故郷とは何か

Pico Iyerという人のことを最近知った。

New York Style Magazineという雑誌を呼んでいた時に"In Japan, History Has No Place"という記事を見つけた。写真が大きくて興味深かったので読み始めたのだが、じっくり読んでみると、とても良くできた、魅力的な文章であることに気づいた。

それで偶然、作者であるピコ・アイヤーさんのことを知ることになったわけだ。どうやらTED talkにも出ている人らしかったので、少し見てみた。「故郷とは何か」というスピーチをひとつ見た。なかなか興味深い。

"Where do you come from?" means, "Which place goes deepest inside of you?"

という部分を聞いて少し考えてしまった。「心のもっとも奥深くにある場所」とは、どこだろう?

もちろん私にとってのそれは生まれて18年間を過ごした場所であり、それを私は故郷と呼んでいる。今のところそれは揺るがないが、これはもしかしたら時間が経つと変わるのかもしれない。故郷を故郷として意識しているのは、そこから離れて過ごしているが故のことかもしれない。東京を故郷とは到底呼べないし呼ばないが、もしかしたらここから離れて数年間を過ごすと、故郷として見なすのかもしれない。故郷とは何だろう。そもそも故郷が無ければいけないのか。故郷を持っていたいというのはどこかに属していたいという勝手な考えの結果なのかもしれない。「故郷」に帰りたいとは今のところ思わないし、今、もう一度住もうとは思えない。故郷というのは帰る前提で存在するものなのか?私は故郷とどのくらいの距離を保っているべきなのか?かれこれ10年以上自分自身に問い続けている。

ところで「故郷」のこの季節はとても過ごしやすい。コスモスが「激しく」咲き乱れ、栗や柿がこれでもかというほどに実り、空は澄んで、すすきがサワサワと音を立て始める。それを思い出すと、やはり東京にいて季節を感じるのは無理だ、と思う。

Monday 12 October 2015

週末のこと

充実した週末だった。
と言っても、それほど多くの人に会った訳でもないし、特別なことをした訳でもないのだが、心は結構満たされている。

忙しかった平日できなかった仕事をこの2日間で終わらせた。なかなか苦しいものがあったが、職場でやるより、家でやるより、カフェに閉じこもった方が仕事がはかどる、ということがここ数ヶ月で分かったこと。人間観察をしつつ、ネットから遮断された環境にあえて身を置く。

サックスの発表会までもうちょっとだ。昨日の練習も楽しかった。色々な人と会話をするのは良い。重いサックスをかついだまま、うろうろとウインドウ・ショッピングをして回った。村上春樹のL'arte di Correreを買った。イタリアで買い損ねたのだ。イタリアだと11ユーロで買えたが、ここでは2000円。まあそんなものか。読むかどうかは別として、手元に置いておきたい。

今日は、まぶしいくらいの天気の良さだった。そういえば後輩の誕生日だ、と思い出した。髪を切りに行った。昨日から、今日の午前中は髪を切ると決めていたのだ。縮毛矯正をかけていた部分をすっかり切り落としてもらい、量も減らしたので、前髪を除いて完全に天然パーマに戻った。我ながら感心してしまうほど、髪の毛が見事にらせんを描いている。うねりでもなく、ウェーブでもなく、らせん。そうか、自分の髪はこんなだったのか、と数年ぶりに触って確かめる。
自分に偽らずに生きること。

夕飯には久しぶりにフライパンでsugoを作ってからのパスタにした。トマトとアボカドとオリーブオイル、とか、簡単で手早いものばかり作っていたけど、今日はちゃんと包丁で玉ねぎを刻んだ。何ヶ月ぶりだろう??時間をかけて、自分で料理をすると、やっぱり美味しいし、心も身体も喜ぶ。
もう口内炎はごめんだ。

Saturday 10 October 2015

忙し過ぎる

ああ、もう今週が終わろうとしている。あっという間だった。

予想通り、木曜と金曜は尋常じゃない忙しさだった。昼ご飯を食べる時間と、トイレに行く時間が無い。昨日は結局昼を食べることができず、持って帰る羽目になり、結局それが夕飯になってしまった。

2日合わせて、24時間以上は労働をしたことになる。家が職場に近くて良かったと最近よく思う。どうにかして寝不足は免れているが、今週は口内炎に悩まされている。すこしニキビもできている。疲れ過ぎである。

きょうも先週に続き休日出勤。少し頭が痛い。4時になるや否や自転車に飛び乗って帰宅した。

私は、身体にガタが来ないようにセーブしながらなんとかやっている。たとえば同僚が10時まで残っていようとも、9時前にはその場を去る。それでもこれだけ身体の不調が現れているのだから、いわんやほかの同僚は、である。ただ、自分を守るためなので、先に帰ることを申し訳ないとは思わないようにしている。でないと、全てが崩れる。

給料は5時までの分しか出ない。それを超えて働き続けるのはもはやボランティアであるわけだが、同僚の99%がボランティアを実行している形である。そうしないと成り立たない。

組織としてこれはどうなのか、と問うことは可能だが、それ以前に自分の生活を守るという意識を失ってはならないと思う。

Thursday 8 October 2015

その日を生きる

毎日がいっぱいいっぱいである。めちゃくちゃ忙しい。
日中、座ってゆっくりする時間がほとんどない。
昼ご飯を5分間連続で食べられれば上出来である。
今週はずっとそんな感じだ。

それでも、である。

月曜日は友達に会った。
火曜日と水曜日は合気道に行った。
どちらも、行けるかなー、どうかなと思っていたけど、あえて予定を優先させるのも時には大事だと思う。
周りがどう思うか分からないが、自分のことを最優先させる。こうやって私は私を守る。
さもないと、感覚が麻痺してしまう。

今日だけは合気道をあきらめて、8時半すぎまで仕事に残った。
たぶん明日もそうすることになりそうだけど、そこで奪われた分の自由は土日に取り返す。

ここ数ヶ月、平日の夜でも人に会ったり好きなことをしたりできるようになった。疲れきって家に帰って寝るだけが生活ではなくなった。大きな変化だと思っている。

きょうという一日は、一回きりしかやってこない。その日を、精一杯に生きるべし。
会いたい人に会って、好きなことをして過ごす。
明日死んでも悔いが無いように!

ところで、合気道でまた昇級した。
これは嬉しい。大人になってから誰かから客観的に評価されることがあまり無くなっていたが、これは本当に嬉しい。
努力が認められるというのはこれほどまでに嬉しいものなのだ。
また明日からも頑張ろう、という気になれる。

Monday 5 October 2015

何よりも先にやること

やりたいことをすべてやるのに時間が足りない。

・新しい外国語の勉強
・イタリア語の勉強
・読もうと思って買った英語の本を読む
・会いたい人に会う
・サックスの練習
・新しい楽器を習う
・料理

など。
しかしこれらすべてに先立つのが:
「捨てて整理すること」
である。これはもう生理的に身体が動く。
つまりは掃除と洗濯とお片づけなのだが、これをやらないと気持ちが新しい方向に動かない。まるで「人生がときめく〜」のようですね。だけど彼女が言うことは本当だと思う。片付けるとスイスイ動ける。

さて、仕事行かなきゃ。
今週もぼちぼち行きましょう。

Sunday 4 October 2015

「演奏止めないと警察呼ぶよ」

あっという間に週末が終わってしまった。とても過ごしやすい天気だった。今日は暑いくらいだったけど、明日は今日より6度ぐらい低くなるらしい。10月は最高だと思う。ちょっと肌寒くて切なくなるけど、それでも過ごしやすさとしてはこの上ない。

ここ最近はほぼ毎日出かけていたので、家でろくに掃除や洗濯ができなかった。今朝は目覚ましをかけずに7時すぎに目覚め、気持ちよく掃除と洗濯をした。ChicagoのSaturday in the Parkをきょうもまた聴いた。それからLooking GlassのBrandi, you're a fine girlなど。確か、チャーリーズ・エンジェルズのサントラ。ああ、素敵な曲だ。ドゥールル・ドゥルル…♪
午前中のうちに泳ぎに行った。合気道ばかりやっていたら、脚が太くなってきた気がするので、水泳も週に1回はやってバランスを取ろうと思う。水に入るとすっきりする。こんなに爽快なスポーツはなかなか無い。午後は少しサックスの練習をした。10月の公園は気持ちがいい。

で、ここからが本題。
夕方、下北沢にて、ギターを演奏している男性がいた。どうやらジャズを弾いている。私の好きなタイプの音楽というのもあるかもしれないが、とても上手かった。人が寄って来て、拍手をしている。

私もそこに聴きに行った。

近くで聴いていた男性はどうやら日本語がしゃべれない。どうやったらきみの演奏をもっと聴けるか、と、演奏している男性に英語で尋ねていた。たいそう気に入ったらしい。

このミュージシャンは、プロでもなんでもなく、会社員だそうで、あべさんと言う。"I am a lawyer."と言っていた。確かに、弁護士事務所の名刺を持っている。かつてプロ・ミュージシャンを目指した法律家。ほほう。

その音楽を聴いていた外国人が流暢な英語で私の名前を尋ねてきた。あとから、彼は韓国人であることが分かった。少し韓国語をしゃべったらとても喜んだ。

ちょうどそのとき、黒い服を来た人が、ギタリストに歩み寄って来た。何か言われて、そのあと演奏をやめた。何だろうと思ったら、「怒られちゃいました」だって。

「今すぐ止めないと警察呼びますよ」って言われたらしい。

えっ??こんなに上手いのに?そしてみんな聴いているのに?確かに、許可を取って演奏しているわけではないかもしれない。けど、うまいよ、彼?路上でこんなに素敵な音楽が聴けるというのに、追い払うだなんて。

もしかしたら常識が無いのは私のほうかもしれない。けれど、ギターの音色が響き渡る駅前は、下北沢をよりシモキタっぽくさせていた。

耳に入れるのが苦になるほど下手なら、あるいは、パンクロックみたいなタイプの音楽なら(ファンの人、失礼!)、注意して演奏を止めさせるのも分かる。

しかし、とても耳に優しい。
近くの店にとっても、邪魔になっているとは到底思えない。
騒音ではないのだ。

そこで、ニューヨークを思い出した。路上で、公園で、地下鉄の構内で、堂々とコンサートばりの演奏を始める人々。

あのパフォーマンスを誰か止めようとするだろうか?
警察呼びますよと脅したりするだろうか?

結局ギタリストは、懲りずに別の場所へ移動して演奏していた。路上で弾いていると怒られるのは日常茶飯事らしい。許可もとらずに公共の場で演奏するということは怒られるのかなとなんとなく分かってはいたものの、実際に目の当たりにしたら、とてもショックだった。

こんなことで文化は育たない。
日本の、なんでもかんでもルールに当てはめようとするところがどうしても受け入れられない。
ゼロか100かの判断を下そうとする柔軟性の無さが、人が本来持つクリエイティビティをどれだけつぶしてしまっていることか。演奏をやめろと指示したあの男性は一体どういうつもりで言ったのだろう。正直なところあの音楽に対してどういう感想を抱いていたのかとても気になるし、冷静に話をしてみたいくらいだ。

いったん私はその場を離れたものの、久々に大阪屋のたこやきを買ってから、またギターを聴きに行った。今度こそは誰かに止められている様子は無かった。「枯葉」を弾いてくれて、周りの人々も拍手をした。ギタリストよ、素敵な夜をありがとう。理不尽なことの多い、行きづらいこの世だけど、音楽の喜びは世界共通です。これからも人々の心を満たして欲しいと思った。

Saturday 3 October 2015

休日出勤前に

いよいよ新しいパソコンを買おうかなと思っている。
NとBが使えないもどかしさをどうにかしたい。
ブログは、ちっとも書けない。

今日は休みのはずだったが、仕事が入ったのでこれから出かける。やれやれ、だ。
そのあと何人かと会う予定だ。実は結構忙しい。

昨日もおとといも人に会った。そのかわり、合気道には行けていないけど。
会いたい人に会って、美味しいものを食べるという行為は自分にとって必要で意味のあることだ。私にとってのソーシャル・イヴェントである。

さて、そろそろ出かけようかな…。

いっさいはんは最強

 1歳半。 めいは1歳半である。26日から帰省していて、弟の一家と一緒に過ごしている。姪が2人。ひとつ屋根のしたに8人がいる状態。たいへん賑やかでいつもどこかから泣き声やわめき声が聞こえている。こどもの声は高くていい。なかでも1歳半の姪は、もうどこを切り取っても、おもしろくて、た...