Friday, 8 May 2026

vacanzaは休むためにあるんじゃなくて

5日。昼に蕎麦を食べに行き、午後からは近所で行われたイベントへ。完全に子供向けのイベントだったがこの年齢でもだいぶ楽しんだ。どうやってバルーンで犬を作るかがわかった。

6日。もはや休みに疲れてきた。こんなに長くなくてもいいなと思う。どうせならどこかに行くなどの予定があればいいがそれさえない場合は、逆に疲れる気がする。そして最終日のこの日は本当に予定がない。片付けなければいけなかったことがたくさんあったが、その最たるものが写真の整理と印刷オーダーである。これが1年以上たまっていて、面倒。時間が経てば経つほど面倒になるのに、なんとここまで放置していた。これにようやく向き合うことにした。午後の時間を3時間以上かけて、ようやく整理した。データの整理も含めると結構な作業になる。さらに印刷するためにいくつかRAWだったものをJPEG加工しなければいけなかった。この作業にようやく向き合えたという意味ではやっぱり連休の意味は大きいのかもしれない。つまり、ただの土日じゃなくてこのくらい長い休みがないと、こういう面倒なことはやろうとしないのかもしれない。

連休のシメとして、夕飯はバーガーキングだった。もはや毎食なにを食べるかを家族で考えるのにも疲れてきていたので、今回のバーガーキングは本当に嬉しかった。

7日。へんな夢をいっぱい見てなんだか疲れた。5時におきて、合気道の稽古へ。そこからまっすぐ仕事へ。疲れたけど、それくらいのエネルギーはあった。「連休中、風邪でダウンしてました」という同僚に3人も会って、あらあらおだいじに、と言った。気を張って4月を過ごすと、やっぱりこういうことになるんだ。

家に帰って、作ってもらったタコのトマトソース・リガトーニを食べながら、風邪ひきの同僚について話していたらFが「vacanzaは、休むためにあるんじゃなくて、やりたいことをやるためにあるんだよ」と言った。イタリア人が言うとすごい説得力がある。

vacanzaというのは、日本語に訳すとヴァカンス。いやそれでは訳していることにならないので本当に日本語にすると「休暇」。しかし「休暇は休むためにあるんじゃなくて…」だと、おおいに矛盾している。なのでやはりイタリア語のvacanzaはヴァカンツァでしかないのではないか。日常気を張って、土日にグターっとする、というのは、たしかにイタリア人には、ない。疲れを週末まで溜める人たちではないと思う。まあこのへん日本人とはだいぶ違う。

さてきょうもがんばろう。

Wednesday, 6 May 2026

3、4日のきろく(蕎麦、友達)

 3日はいつもの日曜のように過ごした。午前中に子とプールに行ったら人が少なくて泳ぎやすかった。そうなのです、ゴールデンウィークはみんなどこかに行ってしまうから、観光地でもない限り人は減って東京は動きやすくなります。というのは長年の経験からわかること。

昼には、いつも行くレストランはきのう行ってしまったから、どうしようかと思っていたけど、たまには新しいところを、ということでいままで家族で行ったことのない近所の蕎麦屋に行った。わたしが二日前に行ったところ。消費税の表示がないので家族で食べるとなんだか高くつく。美味しかったので良しとする。そして図書館で新聞と雑誌を読む午後。

*********

4日。友達と会うことになっていた。子は、博物館へ行くので、行ってらっしゃいということで私はひとり。これが本当の休暇かもしれないなあと思った。女友達と会うとなると、何を着ていこうかと考える時からすでに楽しい。何年も会っていないけど今月から海外に転勤することになったらしく、私に声をかけてくれたのだった。ゴールデンウィークが近づかないと、ちっとも会おうと思う余裕がない。自然と、返事が遅れて失礼をしていた。申し訳なかった。自分に会いたいと行ってくれる人は大事にしなければいけない、と思う。特にこの歳になると。

1時に会って、3時間くらいしゃべりつづけた。わたしらよくやってるよ、ほんと。こどもがいて、仕事をするというのは、まじ大変よね、夕飯とかさ、もう、ほんとむりよね…と。相変わらず強く賢い彼女。今回の転勤は、夫ではなく正真正銘の、自分の転勤である。駐在妻でもなく、自分が、行くのだ。すべての手続きを自分でやっている。しかも自分だけ先に出発し、数ヶ月あとに子たちが到着するらしい。ここまで割り切って働けるって本当にすごいなと、心底、尊敬せずにはいられない。それであって明るくて、健康的で、強い。強いというのは、折れない信念みたいなのが見えるから。こういう人に会うと、生きる希望みたいなのが満ちてくる。

とても充実した気持ちでその日を終えた。自分にコンタクトをとってくれる人は、大事にすべし。

Sunday, 3 May 2026

5月はじめの2日

 1日。鎌倉で仕事。家を出る時間はいつもと変わらないけどなにがゆううつかって、雨が降っていること。しかもしれは普通の雨ではなく豪雨であること。そして行っても途中で中止の連絡がくるってことを出発前からわかっていること。だったらなんのために。

考えても仕方ないので雨具を全身に身につけて出発した。いつもだったら上だけでいいだろうけどこの雨だったら5歩歩いただけで濡れるとわかっていたので下もはいた。それから登山靴。1時間半かけて、電車に乗る。

しめきった電車内は本当に気持ちが悪くなる。それほど混んでいなくて、座れているのに、それでもこんなに気持ちが悪い。短時間だったらいいだろうけど1時間となると、やっぱり疲れる。こんなのに乗って毎日通勤・通学している人たちがいるっていうのは、もう、わたしには信じられんのやわ。みんなもっとほかの人生あるで、と言いたくなる。

この日は何の本をかばんに入れるかがとても大事だ、ということがわかっていたので、朝、本棚の前にたってじっとながめたら、村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』が目に止まった。そもそも本棚には村上さんの本しかないのだが、なんとなくこの作品をもう一回読みたい気分になった。まともに読んだのがいつだったか覚えてないくらい昔。

久しぶりに読んだら、やっぱりかっこいいなあ!たまらんなあ!83年の話ということになっていた。そうだったのか。電話と手紙はあるけどパソコンもスマホもない時代の話。だからこそかっこいい。小説に出てくることを片っ端から真似したくなる。ローストビーフ・サンドイッチを食べたくなる。

読書というと深い意味を考えてしまう人が多いけど、わたしは何も考えない。その本から得られる教訓、などどうでもよい。20代で村上春樹の作品を読み始めたとき、そうだった。みんないろいろいうけど、わたしはこの世界と空気が心地よいので読んでいる、それだけ。そもそもほかの小説はあまり読まないので比べようもない。次から次に読んでいるうちに、根底に流れる共通したなにかが、なんとなくわかってくるようになった。わかるようになったのは、わたしが歳をとったのが大きいと思っている。

そういえば7月に、村上さんの新作が出るらしいです。といってもすでに、この3年間くらいで、雑誌「新潮」に公開されたものを順番に読んできたので、わたしはすでにぜんぶ読んでいる。「夏帆」という主人公の話。それでも本の形でまたきっと読む。

話はもどって1日は、中止の連絡が入るや否や電車にのって帰った。といってもそこから1時間半。遠いよ。おなかがすいたので駅前の蕎麦屋に行ってみた。いつか行こうと思っていたところ。きのこおろしそばを食べた。テレビでは徹子の部屋がやっていて、山本リンダが出演していた。細くてシュッとした容姿だけど顔は不自然だった。ゆがんでないのにゆがんで見えた。有名人はいろいろあるよな。

*******

2日。これでもかというくらいいい天気。朝は1週間ぶりの合気道。気持ちがよかった。膝や肩に負担がくるのは、受け身の取り方がおかしいのだと思う。改善の余地あり。それにしても1週間あけると、ブランクがある感じになるなあ。週2は行きたいところ。

家の掃除と洗濯をした。昼に、知人に会うことになった。久しぶりに会う人たち。たくさん話して楽しかった。やっぱり顔を合わせて話すというのは大事なことだなと思った。昼の前とあとで、具体的に何かが変わったわけでもないけど、満ち足りた気持ちになった。人とのつながりってこういうことだろう。

午後、図書館にいって新聞と雑誌を読んだ。宇野昌磨がeスポーツチームに入ることになった、など。家でやれる筋トレの紹介、など。

夕飯はどうしようもなくて結局チャーハンを作ってあげた。「あげた」というのは、子のためで、自分が食べたいものではないから。わたしは豆腐が食べたい。というのも最近とてもおいしい豆腐に出会ったから。豆腐屋さんではなくスーパーのやつだけど、これなら毎日食べたいと思う。黒酢をかけて食べる。わたしは豆腐が食べたい。

そうか、5月なのか。いつのまにやってきたんだよおまえ。

vacanzaは休むためにあるんじゃなくて

5日。昼に蕎麦を食べに行き、午後からは近所で行われたイベントへ。完全に子供向けのイベントだったがこの年齢でもだいぶ楽しんだ。どうやってバルーンで犬を作るかがわかった。 6日。もはや休みに疲れてきた。こんなに長くなくてもいいなと思う。どうせならどこかに行くなどの予定があればいいがそ...