Friday, 28 November 2025

Slaughterhouse-Five 読み終わった

 今朝、カート・ヴォネガットの"Slaughterhouse-Five"を読んでしまった。買ったのは2年前で、当時、読もうと試みても全然頭に入ってこなかったので放置していたものだった。しかし今回はスッと入っていけた。初めて読む作家はその書き方に慣れるまでの時間も必要だ。今回読めたのは、「カズオ・イシグロを読んだ」という事実があるからだ。英文を読むことに慣れ、長編小説に物おじしなくなった。自信がついたのだ。夏休みから連続してカズオ・イシグロを3作と、How to Pronounce Knifeを読んだことで、また別の世界ができた。「これが読めるということは、これも怖くないはず」と思える。優れた作家の優れたインプットがあるというのは素晴らしいことで、こうやって朝、洋書を読む習慣が身についたことがありがたいと思う。

さて、スローターハウス・ファイヴは、簡単にいうと戦争の話。ドレスデン爆撃について。これだけ聞くとだいぶ重そうな雰囲気があるが、全くそうならない。なぜかというと、登場人物がタイムスリップをするから。笑えるほどに場面も時代も変わる。ずっと戦争の話を読んでいたらそれは暗くなるだろうけど、この小説は違うのだ。文も短く、回りくどくない。あっさりした感じが最初から最後まである。

ドレスデン爆撃について、聞いたことはあったのだがよく知らなかった。あらためてウィキペディアで調べたり読んだりした。これをアメリカ人の視点から書かれているところが面白い。

アメリカ英語の小説を読むのはもしかしたらカーヴァー以来?で興味深かった。知らない単語がたくさんあって、どうしようかと思った。普段オンラインの辞書を使っていて、家に紙の辞書がない。そして電子機器を開かずにペーパーバックを読むという状況を自分で作っている。つまりここでパソコンやi padを開くとおそらく読むことをやめてしまう。電子機器の魅惑に紙は簡単に負けてしまうということを経験上よく知っている。さてどうするか。結局、電子辞書を使うことにした。昔の電子辞書で、もう出番はないのではと思っていたけど、ついに電池を入れ替えた。そうすると、やっぱり使いやすい。この10日間くらいで大活躍している。電池の消耗だけが気になるが仕方ないだろう。

次に何を読もうかと考えているが、まずは棚にあるものを片付けたほうがよさそう。そのいっぽうで、カズオ・イシグロをもう1冊読みたいとも思っている。

Wednesday, 26 November 2025

フリマ、咳で病院

24日。3連休の最後の日はフリーマーケットに行くことにした。代々木公園と国際フォーラムどちらにしようかと思ったが、なんとなく代々木公園にした。かつて(と言っても10年以上前)毎週のようにフリマに繰り出していた時期がある。何も買わなくても楽しかった。

十数年たった今、子を連れていった。出不精な子だが、ここ最近は、うまく運べば一緒に出かけるようになった…気がする。車酔いもしなくなってきた。成長している。

代々木公園はとても綺麗だった。紅葉が見頃な上に、朝早いせいか人も少
ない。よく整備されている。それこそ20代後半はしょっちゅうきていたなあと思い出す。寝そべって本を読んでそのまま眠ったことが何度もあった。

フリマは大規模だった。私のほしいものをじっくり見ることはできず、子のためのガンダムのフィギュアを買うにいたった。言われた値で買ってはいけない。値切ってなんぼ。千円と言われたが、ほかのものも加えて千円で交渉成功した。

わたしがほしいものが見れなかったわけではなく、当時よりもものを減らすことに熱心なため、そんな簡単に買わない、というのもある。

NHKのほうに歩いて、渋谷から帰ることにした。たくさんの店の、11時の開店を待つ人たちで街はあふれていた。知らない店がたくさんあって、かつての渋谷とは変わっていることを感じた。そして久しぶりにスクランブル交差点を渡った。れっきとした観光地である。

25日、火曜日。

朝、マフィンを焼いている間に本を読んでいる。カート・ヴォネガットのスローターハウス・ファイヴはあと少しで読み終わる。さほど期待していなかったのに結構面白い。文は短い。知らない単語は多い。ついに観念して、電子辞書に電池を入れた。

曇り空で寒々しい朝だった。が、ふと顔を上げると、すごい赤が見えた。一瞬目を疑った。これは空の色なのか?と。あわててカメラを持って外に出た。そのあとも秒刻みに色が変わっていった。この朝焼けが見れたのはほんの5分間くらいだったと思う。そのあとは、あっという間に曇り空に変わり、雨まで降り始めた。

3日も休むとそろそろ仕事に行ってもいいかなという気になってくる。家以外での活動が必要だと思うようになる。ここ2日間くらいまた咳で眠れない夜が続いたので、これはいい加減に病院へ行こう、と24日夜に決心した。「もう治っただろう」と思ってから結局3週間くらい経つので、1ヶ月は咳をし続けていることになる。

仕事をさっさと片付けて早退し、3時から病院へ。この病院には咳だけで何回お世話になっているだろうか。レントゲンもとったが以上なし。吸入と、去痰剤と、抗生物質を出してもらった。おかげで夜は、途中で起きずに眠れた。もっと早く行くべきだった。

Sunday, 23 November 2025

学祭と、自由と

 母校の学園祭へ。行くつもりは特になかったが、恩師がいて会えると聞き、行くことを決めた。子を連れて、2人で出かけた。とにかく天気が良い。電車に乗る時間より歩く時間が長いかもしれない。それでも街路樹の紅葉がきれいで、人も少ないし、いい運動になった。

着くと、大学は広々と開放的で、紅葉を反射したような黄色い光に満ち溢れていた。

懐かしかった。ただひたすらに懐かしかった。自分がいた時と比べると、それは確かにいろんなことが変わっているけど、そこにある空気と光は同じだった。11月の、キリッとした、澄んだ空気。開放感。

ふと、当時の自分達が目の前を通り過ぎるような、そんな感じがした。鍋を抱えて、またはビールを持って、安っぽい、変な格好をした19歳たち。当時は考え事も不安もあったのに、いま振り返ると「あの頃は怖いもの知らずだった」なんてことが簡単に言えてしまう。あふれる自由と若さ。

一瞬だけ、「大学に戻りたいな」と思う。しかしそれは、自由と若さに魅力を感じているだけなのかもしれない。論文を書きたいわけでも、学祭に参加したいわけでもない。大学の雰囲気が好きだったのと、やっぱり自由だったから。しがらみもなく、好きなことをして、いろんな人に出会えた。

大学を経て、今があり、職に就き、世の中に還元をしている(つもり)。自分のいた時代はすでに過ぎている。もう決して戻らないし、自分がもし大学に戻ったところで再現できるわけではない。あの時間は、あのときだけのもの。今は、今。

たぶん同じように感じる人たちがよのなかにはたくさんいる。学校という「枠」があって、そこを通り過ぎていったたくさんの人たち。

いい思い出があるおかげで、その後の人生はあったかいものになる。思い出にすがるのではなく、胸に抱いて先に進むべし。糧として。材料として。

滞在時間はそれほど長くなかったけど、食べたいものを食べて楽しんだ。いっぽう学生時代はこうはいかなかった。おいしそうだなと思っても買えなかった。なにせ、1ヶ月の食費を1万円で抑えるのに必死だったのだ。お金があっての学祭はいいなあ。大人になって別の自由を手に入れた自分。

Thursday, 20 November 2025

Klara and the Sunと、語彙と

 「あと3日か〜」と子が言う。もちろん、休みまで、あと3日ということ。週が始まるやいなや「あと◯日」と数えている。気持ちはよくわかる。寒くなってくるとよけいにそう思う。

今週は子とわたしと、2人暮らしである。なんだかんだうまくいっている。鍵を持たせることにも慣れてきたし、わたしも休みをとったり早く退勤したりしながら日々を過ごしている。特に困ることはない。もしここでわたしが具合悪くなったりしたら、それはもう大変だろうなと想像がつく。絶対に具合悪くならない、と毎日自分に言い聞かせて過ごす。それは今週2人で過ごしているからというわけでもなく、周りにインフルエンザが流行している今だからこそ、そう思う。

栄養をとって、とにかくよく寝る。9時から5時まで寝ているが、それでももっと眠れそうな時がある。だいたいこの季節はそうなので、おそらく夏の間に不足している睡眠をここで取り返そうとしてるんだろうと思っている。

週末だったと思うけど"Klara and the Sun"を読み終えた。衝撃はそれほど大きくはないが、だいぶ考えさせられる本だった。いつものように、読み終わったあとになって世の中の人々の感想をネットで読んでみたら(これまたいつものように)読んでいる間は自分がわかっていなかったことがたくさんあった。なかでも"lifted"という言葉や、登場人物が具合悪い理由については全然想像もしていなかったので「ああそうだったのか」と、愕然とした。誰かが書いていた読後の感想にもあったが、これを翻訳で読むとなると、ヒントがありすぎるだろう。このliftedをどう訳すかは、翻訳者の腕の見せ所なのだろうなと思った。そう考えると、やっぱり原文で読んだほうがいい。なんだろうなこれは、という表現がたくさん出てくるけど、それはネイティヴでも同じように「なんだろうなこれは」と思いながら読んでいる場合がある。

次の本をどれにしようかと、選ぶのを楽しみにしていたが、やはり家の本棚にあって読んでいなかったものから片付けていこうと思い、カート・ヴォネガットのスローターーハウス・ファイヴ"Slaughterhouse Five"を読んでいる。タイムトラベルをする話なので、頭がついていかない時もある。語彙は、Klara and the Sunよりだいぶ難しい。The Buried Giantも、Never Let Me Goも、それほど困らなかったのにこの本はピタッととまることがある。カズオ・イシグロはそれほど難解なわけではないのだ。

さすがに調べないと無理だなと思うけど紙の本で読んでいるのでキンドルのように触って意味が出てきたりはしない。辞書を引くにもうちには紙の辞書がない。電子辞書を使おうと思ったら電池がない。オンラインの辞書にしようかとも思うが、紙の本を開いているときにi padなどの電子機器を開くことに抵抗がある。なぜかというと本を読むのをやめて画面を見つめそうだから。やっぱり頭のなかに辞書がある(つまり語彙が豊富)と苦労が少ないのは当然だ。語彙力は無敵。まだまだである。

というわけで「朝起きてすぐ洋書を読む」が夏休みから続いている。「習慣」になりつつある。

Friday, 14 November 2025

皮膚科詣で

去年のきょうの記録に「日中珍しく頭が痛い」「待合室で頭がガックンガックンするほど眠い」とあって驚いた。今年も同じじゃないか。頭は痛くないけど、まるで今まで溜まっていた疲労がどーっと出てきているような感じがする。冬が近づいて、眠りやすくなって、今までの不足分を取り戻そうとしている感じがする。やっぱりそうか。同じパターンがわかれば注意のしようもある。子にそれを話していたら「書いておけばいいじゃん」と言われて、そうだなと思った。あとちょっとで冬休み。

半休取って、ずっと行きたかった皮膚科に行った。何はなくとも1年に1回は行っている。首のホクロ?あざ?を取ってもらうのと、その他もろもろ相談しようと思って行った。本当に長いこと通っている皮膚科で、もはや、ただ先生の顔を見るだけでもいいくらい。

「こんにちは〜、お元気〜?」と先生がやってきた。首を見せたら「これだけのためにわざわざきてくれたの?」という。ほかにもいろいろあるんですけどねー、と相談。目の周りにあった、白いやつを、気になってはいたけど放置していたら、先生が「これも、やれるけど、どうする?」と。目の周りだから怖いなとは思っていたけどあっという間に炭酸ガスで焼いてもらった。「麻酔するわね〜」と準備しながら「あなたとわたしも長い付き合いになるわよねえ。学生だったもんねえ、まだ」と先生。 「20年以上ですね。お世話になっています。」

「そういえばあなたの職場って◯◯だったわよね」と言われて、はい、というと、なんと共通の知り合いがいて、まさに今、待合室にいるという。紹介されて、びっくりして、しばらく話した。世間は狭い。

ちょっと待てばほかの治療もできるということなのでしばらく待つことにした。その間いろいろ話した。

年末感でいっぱいの街をあとにして、なんだかとても満たされた気分だった。帰ったら、ツナとトマトのパスタが準備中で、子は宿題の途中だった。ビールを買ってきてもらっていて、ほんとうに久しぶりに飲んだ。気分がよかった。「もうあとは寝るだけだな」と思った。ごはんを食べたあとは願わくば何か、面白い本が手元に欲しい。先日のものはもう読んでしまったので次に何か、予約しているのが回ってこないかなあと思っている。

「おばけの本」を子と読み終えて、9時に寝た。

Thursday, 13 November 2025

眠い、読書

自分でも抑えられないほどイライラするときがあって、これは更年期というやつだろうかとふと思った。睡眠不足のせいだろうとも思う。

おととい、11日の夜。7時ごろにすでに眠くて、本を読んでいたら眠りかけていた。こういうことは滅多にない。11日は仕事が休みだったから、体が緩んだのだと思った。9時ちょっと前に寝て、それからあとは本当にぐっすり寝た。夢も見ただろうけど途中で起きることもなかった。

図書館でようやく予約が回ってきた『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』を読んだ。2日で読んでしまった。読むと、仕事をしててもしてなくても、少し生きやすくなるなと思った。それから先週は、光浦靖子の『ようやくカナダに行きまして』を読んだ。これもあっという間に読んだ。本当におもしろくて、ずっと読み続けたいような気持ちだった。まったく飾っていない、ありのままの留学生活。続きはあるんだろうか、と思ったら、ちょうど10月末に発売されたばかりだそうだ。これも図書館で借りようと思うが、順番が回ってくるまで果たして待てるだろうか。

洋書は、電子書籍なりペーパーバックを買って読むが、日本語の本はざっと読むだけのこともあるし本当に気に入った場合と村上春樹の本を除いてわざわざ買おうとすることはない。図書館で読む雑誌の書評、「今月のおすすめ」をメモして帰り、ネットで図書館で借りる予約をする、というのがここ数年の流れ。これは文春を読んでいてわかったことだが、書評はかなり参考になる。選りすぐりの本が紹介してあり、かなり質が良い。

繰り返すが私は読書家には程遠い。それでも「読んでいる本」というのはある。夏以降は、毎朝洋書を読んでいる。並行して、日本語の本も読んでいるので常時2冊は手元にある状態だ。それで、以前も書いたが、洋書を読んでいると、日本語の本を読むのがとにかく早く感じる。こんなにすらすら読めていいんだろうか、と思える。圧倒的に楽なのだ。そういうわけで、日本語の、面白い本だったら1日で読んでしまうことも珍しくない。

子がレゴで作る作品が、やはりレベルが高くて驚く。こちらはガンダムに出てくる「ズゴック」らしい。似ている。
それから、買ったプラモデルを見ながら、同じものをレゴで作り始めた。細かい色まで再現されていて驚いた。
これは才能だろうなと思う。当然ながら設計図やレシピのようなものは何も見ていない。

天気がイマイチ冴えない。

Tuesday, 11 November 2025

体調不良メモ

しばらく咳が続いていて、先週どこかで病院に行きたかったが行けなかった。混んでいるところで待つより早く家に帰ってゆっくりしたほうがいいなと思った。以前処方された吸入があったのでそれを使ってだましだまし過ごした。

それでも夜、咳で目が覚めることが何度かあった。少しずつ重なっていった睡眠不足がたたったのか、土曜日の朝、めまいがした。金曜にその兆候はあったが、まあ大丈夫かなと思っていた。土曜の朝は合気道にいって、そこまでは習慣でできたが、家に戻ってきてから、例の吐き気を伴うめまいになった。しばらく横になって、午前中いっぱい休んだらだいぶましになった。

昼ごはんを食べにでかけて、図書館に寄って帰った。そのあとはいくらか料理をして、いつものように9時にねた。目覚ましをかけようと思ったら、子が、かけないほうがいいよ、と言う。たしかに、急いで起きなければいけない用事が日曜の朝にあるわけではない。そうだね、と言ってめずらしく、目覚ましを切った。夏休み以来かもしれない。

そうすると、日曜の朝はいつもより1時間遅く起きた。疲れていたんだなと思った。日曜は午後から少しだけ出張。近いし、ほんの数時間なので問題なかった。

体調不良はいろんなことが連鎖して起こる。遡ってみれば、咳をもっと早く止めればよかったんだと思う。体調に限らずあらゆることは、白か黒か、0か1か、ではなく、グラデーションであり波である。そのなかの自分がどのあたりに位置しているか、というだけのこと。

今週は、だいぶ穏やかな1週間なので、回復にはちょうど良いかもしれない。ネットフリックスを見たり本を読んだりしてゆっくり過ごしたい。きょうも休みなので、朝のうちに用件を済ませたら、好きなことをして過ごす。

Slaughterhouse-Five 読み終わった

 今朝、カート・ヴォネガットの"Slaughterhouse-Five"を読んでしまった。買ったのは2年前で、当時、読もうと試みても全然頭に入ってこなかったので放置していたものだった。しかし今回はスッと入っていけた。初めて読む作家はその書き方に慣れるまでの時間...