Monday 30 April 2018

4月が終わる。頭痛。

わー、だいぶ時間があいてしまいました。もうすぐ4月が終わろうとしている。今日が最後の日か。

4月はやっぱり忙しかった。慣れないことが多くなるとどうしてもいつものような動きはできなくなる。ひと月経ってようやくこどもは保育園に慣れてきたし私も新しい年に慣れてきた。それでもやはり毎日の疲れは相当なものがある。

四月の第二週だったか、頭の左がひどく痛くなった。1日目、朝起きたときにおかしいと思ったのだがその日はなんとかそのまま乗り切った。寝れば治るだろうと思ったのだが翌日になってもまだとれない。朝はましだったがその後午後から凄まじい痛みに変わった。ろくに食べれない。痛すぎて他のことが何もできない。横になってようと思ったが痛すぎてまったくリラックスできない。痛くて涙がたらーっと出てくる。

これはもう緊急事態だと思い職場からタクシーを呼んで病院へ。以前、脳波の検査をしたことのある大きめの病院へ行った。だいぶ待った。そして判明したのは結局「コリ」から来るもの、ということ。まじで?と思ったがCTスキャンまでとってもらって結局まじであるということがわかった。昨年八月、仕事復帰した直後に首の左側が痛くなって首が回らなくなったことがあったが結局それと同じようなことが頭部で起きているということらしいのである。なんと。肩こりからくる頭痛というのを聞いたことはあったがまさかここまで痛いとは思っていなかった。

前回8月はこどもを預け始めたばかりだったし今回は新しい保育園に預け始めたばかり。やっぱり子供を預けながら働くというのは大きなストレスのかかることなのだなとあらためて痛感した。

頭痛とは別にものすごいイライラすることも多かった。抑えきれないイライラが発生するとどうしたら良いかわからなくなるけどとりあえずその場を離れるしかないと思う。先日久しぶりに友達に会ったり合気道に行ったりしたら、そういえば家族と職場以外の大人とまったく話していなかったなということに気づいた。イライラの原因はそこにもあったかもしれない。

Saturday 7 April 2018

たった一週間しか経ってない

ふう、週末か、ようやく、と落ち着いていったん考えてみたら、実家から帰ってきてまだ一週間なのである。たったの?一週間?実際のところ実家から帰るといつも「まだ一週間しか経ってないの」と驚くのだが今回は特に長く感じた一週間だった気がする。たったの一週間か…信じられない。ものすごいいろいろなことが起こったということなのだろう。実家にいたのがもう遥か昔(二週間くらい)のことのように感じる。

そして、ようやく週末だ〜と思ったけど、なんと仕事にはたったの三日しか行っていないのだ。しかも、そのうち二日は早めに退勤した。三日の出勤でこれほど疲労を感じるとは。

新生活なのである。職場も変わらないし、住所も変わらないのだが、これはきっと新生活のストレスとプレッシャーということなのだろう。特に、こどもが保育園を移ったことが大きい。これは、本人はもちろんのこと、我々家族全員にとって大きな変化である。こども本人にとってはもはや試練であり、親はそのストレスを受け止め、理解につとめている。なるべく生活をととのえて、安心感を与えてあげたい。そうしながらも親にだってやらなければいけないことはあるわけで、こどものことばかり考えてもいられない。そんなわけで今週はみんな疲れた。

こどもとべったり過ごしながらも、クエン酸(粉)のボトルをあけて床にぶちまけられたり化粧水のボトルをあけて床にぶちまけられたりするとさすがにこちらも限界がくる。泣きたくなる以前に声も出ない。きのうとおとといに実際起きたことだけど。

ともあれ、ものすごい勢いで成長しているのがわかる。そういえば前回の投稿に加えて「あめ!」というのは「本をもう一回読んで」ということらしい。「あみ!」に聞こえるときもある。まさか命令形で「よめ」と言っていてそれが「あめ」になっているとは思えない。謎だが、シチュエーションは決まっていて、本を読み終わってもう一度読んでほしいときに出てくる言葉。

ようやくいけた1歳半の健診で、身長が84cm、体重が11.4kgということがわかった。2ヶ月くらい前には80cmだったと思うのだが。どおりでいろいろなものに手が届くわけだ。

今朝は5時半ごろ起こされてしまったので眠い。きのうとおとといは新しい保育園に3時まで預けてみた。しかしまだ昼寝ができずにいるために、夕方になるとウトウトしてしまい、夜は早く寝てしまい、その代わり朝早く起きる、という調子だ。睡眠が安定していない。きょうは家で昼寝をさせたが、この調子だとなかなかきついだろう。保育士さんによれば「まだ布団は許さないぞ、という感じです」だそうだ。そう簡単に布団でお昼寝はしないらしい。まあ確かに慣れていない場所で眠るのは大人だって難しいからねえ。これはもう少し時間がかかりそう。

Thursday 5 April 2018

こどものことばのメモ

こどもの言葉がどんどん増えてきているのでメモ:

あーまね(友達のこと)
あーた(あおちゃんのこと)
ばばい(バイバイのこと)
ぴっちゃ(ピッツァのこと)
ぱちゃ、或いは、ぱた(パスタのこと)
ぱんぱん、或いは、ばんばん(パンのこと)
どーぞー(どうぞのこと)
しし(おしっこのこと)
びび(水のこと)
びび(ブルーベリーのこと)
うぃうぃ(キウィのこと)
わんわん(犬のこと)
だーい(ちょうだいのこと。ジェスチャーつき)
み(食べ物が料理されているところをみたいから自分を持ち上げてそのフライパンの中をみせてくれということ)
ない(ない、しない等すべての否定語)
あった(なにかがあったということ)
ばい(バイクのこと)

その他、やたらと「はい」がうまい。いつでも誰にでも言うわけではなくて返事がもとめられている時にかぎってとても短く「ハイッ!」と答える。ときどき「はーいっ!」上げ調子でいうのも面白い。一体誰をどう真似しているのだろう。

電話の真似も相変わらずうまい。というか進化している。これは上記の「はい」とはまた異なった言い方でいかにも電話っぽく「あい、あいあい、あい」と相槌をうつように発する。よく大人を見ている。

それにしてもなぜ水を「びび」と言うのだろう。つい私も言いそうになるくらいだ。

Wednesday 4 April 2018

新しい保育園、移動による刺激

認可保育園に移って3日目。かわいそうなくらいに泣き叫ぶ毎日である。口の形が四角になるまで泣いている。ここまで泣くとは想像していなかったのだがきっとじきに慣れると思う。きょうの帰りは、私は迎えに行かなかったのだが、階段ぎわの柵のところにしがみついて外に出たがっていたらしい。そういえば昨年7月、認証保育園に預け始めたときもそうだった。友達もおらず、ずっとドアに張り付いてそこから出られるのを一日中待っていた。そうしているうちにドアのところで目の際を切る怪我をしたんだったっけ。そういうこともあった。

当時に比べて今はより泣きが激しいのだが、無理もない。当時は0歳11ヶ月。今は1歳7ヶ月なのである。色々なことがより分かるようになってきている。環境が一気に変わったことへの戸惑いがないわけがない。大好きだった先生も、仲の良かった友達ももういない。場所や建物が変わったばかりか、周りはすべて知らない人なのである。仕方がないのだ。

これはこれで受け入れるしかないし、私も働かなくてはいけないのであっさりと「じゃあね、元気でね」と挨拶して去ることにしている。1歳7ヶ月がいま直面している最大の試練なのである。

ところで3月末から一週間、私の郷里にこどもを連れて帰った。1歳7ヶ月にしてなんと8往復目の飛行機である。つまり、15、16回目(国際線含む)。違った環境に身を置くとやはり本人にも刺激があるし、親である私にも刺激がある。ずっと同じ場所で同じことを繰り返しているとだんだんきつくなってくるしマンネリ化してくる。まあそれも仕方ないことなのかもしれないけど何ヶ月かに一度そこに刺激を与えるとなにかがコロっといい方向に転がる場合がある。私はそう信じているし実感しているので休暇が取れたら少なくとも一週間は別の場所に身を置いてみる。というのは別に子供が生まれたから始まった週間というわけではない。こどもが生まれる前も休みがとれるたびに海外に行っていた。海外に行くというと「いいねお金があって」とよく日本人は言うけど、いやいや少し(例えば10万)もあれば十分に旅ができるんですよ。それって仕事のある人であれば貯められる金額であって別に贅沢でもなんでもない。えーっと話それましたけど、やっぱり東京を親子揃っていったん離れたのはよかった。やっぱりいい変化がある。いやもちろん自然が多くてたくさん遊べるというのはあるけど、もっと小さなことでも。たとえばごはんを食べさせるときにいつも使っているエプロンをあえて持って行かなかったのだがその場でごく普通のタオルを使ってエプロンにしたらそれが食後のテーブル拭きまで役にたつことがわかってナイロンのエプロンを洗う手間が省けて少し楽になった。いやもちろんそのくらい東京にいたって考えられる案なのかもしれないけどルーティーン化してしまったらもはや変えるという考えすら浮かばなくなるのである。疑問さえ持たずに同じエプロンを使い続ける。そしてなんてことない移動によって別のやり方が採用されることがある。たとえばこんなに小さな刺激でも子どもにも私にもいい影響を及ぼす。

そしていったん離れてみることによってものごとの見方が変わってくることがある。海外に出ることなんてその意味ではとても大きい。だから一時的な「いくらかかった」というのは時間がたつとほとんど関係なくなる。

さてきょうも疲れました。寝るとします。

ありがとうとカルボナーラ

 新学期スタート。 子が帰ってくる時間に家に人がいる、というこの幸せ。保育園は4時とか5時まで預けていたのでこんなことはなかったけど小学校は本当に「帰ってくる」ので誰かいないといけない。自分が仕事していてその時間に家でFが子を迎えてくれているというこの安心感は、あらためて、ほかの...