Sunday 28 June 2009

やりすぎ


ヴォーグより写真を1枚。
プール パーティにて、パリス・ヒルトン。
小麦色の肌はみごとだが、この格好は… はっきり言ってやりすぎである。心の底から「恥ずかしくないの」と問いかけたいが、まあ、どうでもいいや。

Tuesday 23 June 2009

ジャズ再開

最近再びジャズを聴くようになってきた。去年は、ロックばっかり聴いていた。通勤の友だった。やはり精神状態によるらしい。「そんな言うこときいてられるか」と思っていたときは、ロックがすーっと頭に入ってきていた。

今ロックを聴かなくなったわけではないけど、昨年ほどストレスが無く(というか皆無に近い)、比較的日々落ち着いている。それでまたジャズを選ぶようになった。新しい音楽は何もいまだ発掘できていないのだが、たくさん持っているエヴァンスのシリーズを聴いている。

というところで、下の記事を紹介しましょう。
いやーさすがは天下のOasisですね。こういうユーモアのある国で暮らしてみたい。

オアシスのギグで地元の小学校が短縮授業
2009-06-19

近くでオアシスのコンサートが開かれるため、スコットランドの小学校が半日授業になったという。オアシスは6月17日(水)、エジンバラのマリーフィールド・スタジアムで公演。スタジアム近くにあるローズバーン小学校はこの日、大勢の人が集まり飲み始めるかもしれないとの警察からの忠告に従い、お昼過ぎに子供たちを下校させたという(通常は午後3時終了)。開場は午後2時。オアシスの登場は夜8時過ぎだったが、警察はサポート・バンドのパフォーマンスがあるため早くから会場付近が混雑するのではないかと懸念していた。
エジンバラの『Evening
News』紙によると、市議会は子供たちの安全を考え学校の早めに終了することを決定したそうだ。「警察から与えられた情報をもとにお昼には学校を終えることにしました。過去の経験から、周辺が混雑し、アルコール類が販売されることもわかっていましたから」しかし、これに憤慨する親たちも。UKでは小学生が子供だけで登下校することは禁じられており、成人による送り迎えが必要とされる。働く母親の1人は、仕事を早退して子供を迎えに行くことはできないと怒りの声を上げている。「オアシスのコンサートで学校が早く終わるなんて馬鹿げてる。息子は半日分の授業を無駄にした。女王が来るっていうならわかるけど。教会の人に子供のお迎えを頼まなくてはならなかったのよ」親は迷惑をこうむったが、ラッキーと思った子供たちは少なくないはずだ。学校が早く終わるとのお知らせは3週間前に通達されたという。Ako
Suzuki, London

Sunday 14 June 2009

化粧について

男性と女性は生物学的に何から何まで異なっていて、考え方の食い違いにおいてはおよそ同じ生物とは思えないときさえある。恋愛に対する価値観なんてそれは語り始めたら止まらないのだが、今日はピンポイントで行こう:

ファンデーション(化粧)について。

女性向けの雑誌や、「いい女を目指す」系の本などを見ればたいてい「スッピンで外出してはいけない」と書いてある。化粧はマナーであるらしい。(日本だけじゃない。フランス人が書いた記事にも同じことが書いてあった。)私もそう思う。

そして女性は、化粧をするのが好きだ。モテたくて化粧をする。

ところが、である。化粧を好む男性はあまりいない気がする。

特にファンデーション。私のボーイフレンドはいつも「あんまり化粧をしないで」と言う。肌が、息できないでしょう、といわれるとまあ確かに、と思う。ボーイフレンドに限ったことではない。知っている男性、友達には結構そう言う人が多い。チークを見るともはや道化師のような扱いをする人とか。ちょっと口紅が赤すぎると「どうしたの今日は」とか。

女性が良かれと思ってやっていることが逆効果になっている場合があるのだ。

ただし、化粧の仕方にもよる。上手な化粧というのは、化粧をしたのかしてないのかが分からない。そして男性は鈍感なので、その上手な化粧に対しては「きれいだ」と思って、女性を見る。不自然な感じがしないから。

そうだ、要は「自然さ」なのだ。不自然な化粧に対しては"ひい"ちゃうのである。自然かつ効果的な化粧は必要だと思う。

しかしながら一番望ましいのは、スッピンがきれいであること。カバーするための化粧品にお金をかけるのであれば、日々の食生活にお金をかけて身体の中と肌をきれいにするほうがだいぶ効果が高い。



自分について話すと、「隠す」化粧はなるべく避けるようにしている。コンシーラーはもっていない。リキッドファンデーションも持っていない。絶対使わない。仮面ぽくて嫌だし、それこそ肌が息できなくなる。

ファンデーションを使っても、目の周りを撫でる程度なので、世の中の女性がどういうふうにファンデーションを使うのか、よく知らない。

電車内で化粧をする女性はしょっちゅう見かけるが、今までで一番印象的だったのが、ファンデーションを塗りたくる女性だった。これでもかというくらいに何度も何度もリキッドファンデーションを塗る。塗る、というよりむしろ肌を叩いている。もう十分綺麗だからいいよ、と思わず言いそうになった。そもそも、元の顔だってそんなに酷いわけじゃないのに。

電車が着くころには完璧に仕上がっていた。仮面が。

怖いなー女は。

と思った。そして、こんなふうにしてリキッドファンデーションは使うのかー、と思った。


ちなみに私は、化粧しなくても結構化粧したみたいな顔をしているからあまり化粧しなくてんじゃないの、言われる。確かに、そんなに平面顔ではない。ただ、あまり気合入れずに5分間くらい化粧をしただけで「わー、濃い!」といわれるのはショックだ。結局、化粧が下手だということだと思う。そんなこと言ってもなあーお化粧楽しいですよねー。

さて、おなかが空いたのでパン屋さんに行こうかな。

Tuesday 9 June 2009

十二夜


シェイクスピアの『十二夜』を見た。1996年の映画。かれこれ13年前の映画である。この映画が出たときにちょうど、映画雑誌を買っていた。Roadshow とかmoviestarとか。キャメロン・ディアスとかブラピの存在を知り始めた。その雑誌の中に載っていたと思う。

映画が出たちょうどそのときに本か何かで十二夜の存在を知って、何て面白そうなストーリーなんだ、と感激した覚えがある。そのあと映画が出たからタイムリーだなと思った。そこから数年間熱は冷めていたのだが大学の英文学の授業でまたその名前を耳にした。「そうだ、そういえば昔映画があったはず」と思って図書館で検索したが見つからなかった。

その映画を、今、やっと見た。13年間放っておいたのは勿体無かったなあと思った。本当に面白かった。

何よりもすごかったのは、冒頭部分に「by William Shakespeare」と出てきた瞬間、鳥肌が立ったということ。そもそもまだこの映画を見始めて数分しかたっていないというのに、冒頭のその名前を見ただけで鳥肌が立った。シェイクスピアに会ったことも無いのにその偉大さに恐れ入った。見る前からすでに「すげーな」モードに入っていた。

どんな映画であっても、「古めのイギリス」が出てくると「ああ、参った!」と小さく心の中で叫ぶ。そんな感じがする。重厚で、偉大な感じがする。

そもそもシェイクスピアって昔々の人だけど、昔々からこんなに面白い話が書かれていたんだなあ。そして人々はこういう話を見て聞いて楽しんでいたんだなあ。1600年代に書かれた話を、2009年の今、別の地域の別の国で生まれた私が見てもこうやって楽しめるということは結構すごくて、すてきなことなんじゃないかなあ。

まあ、源氏物語なんて1000年たってますが。

そういうことを考えた。そして今週の金曜、実は十二夜の歌舞伎バージョンを見に行く予定です。蜷川幸雄演出で、ロンドンで公演したというやつですね。ちゃんと歌舞伎を見にいった経験はおそらく無いと思うので、とても楽しみです。

Monday 1 June 2009

1/4ポンドバーガーについて

土曜は仕事に行ったが、何時に行ってもいいからとにかく5時間働けばOKという日だったのでラクだった。そして昨日は日曜日で休み。だいぶ前から予約していた美容院に行ってきた。行きたくて行きたくて仕方なかったので、もう少し近い予定で予約しておくべきだったかもしれないなとここ1,2週間は思っていた。さらに最近は湿度も高かったので手が付けられない状態になっていた。そんな感じだったけど、昨日ようやくサッパリすることができた。長すぎる前髪を思い切って短くしてもらった。それでも、一般的にはこれが標準の長さだろう。髪全体としては、はだいぶ伸びたけど、今の長さがちょうど良い。

あと、外反母趾対策ということでついにBIRKENSTOCKを買った。履き心地はパーフェクトだ。以後、足の健康を目指すことにする。ぎょうさん保持しているハイヒールの出番は、残念ながら、ほとんど、ない。

じつは今日も仕事が休みである。休みなのは嬉しいが、これだけ日々がラクになると、どうも調子が狂う。夜は遅くまで起きて、どうもダラダラ☆モードである。なんというか、社会から自分が求められていないような気がする。そんな言い方は大げさかもしれないが。

昨夜はアメリを見た。どうしても見たくなったからだ。まったくモンマルトルはこんなに綺麗じゃないよなあ。ピアスを作りつつ見た。

1時前には寝たのだが、3時AMすぎに起きた。いろいろ考えることがあって、それ以降はちっとも眠れなかった。シャワーを浴びてから、コンビニまで散歩した。おなかが空いていた。これじゃそのへんのニートと変わらないなと内心笑いながら、おにぎりとカップラーメンと牛乳を買った。結局6時ごろまで起きていた。ぼけーっとしていた。絵の具を出して、筆で絵を描いた。写真も撮った。あとはよく覚えていない。

結局10時過ぎまで寝た。
ひさしぶりにパンケーキを焼いた。たくさん焼いた。どうしてもパンケーキの気分だった。
ひさしぶりにパルプ・フィクションを見た。どうしてもパルプ・フィクションの気分だった。

さて。ここからが本題です。

映画の前半に、ハンバーガーの話がありますよね。ご存知の人はすぐ分かるでしょう。あそこで"quarter pounder" という言葉が出てくることに初めて気付いた。「クォーター・ぱうんだー…?」どこかで聞いたなと思って字幕をみると「1/4ポンドチーズバーガー食べたことあるか」とかなんとかいう字幕が出ている。

「あぁ」と静かに感動した。

この映画の字幕が作成された時期には、日本にはまだ「クォーター・パウンダー」が入ってきていなかった。例の、マクドナルドのハンバーガーです。(記憶によれば)広まり始めたのはここ数ヶ月?の話である。日本に入ってきて、宣伝が始まったばかりのころは「なんだこのカタカナ名は!」と思った。クオーター・パウンダーなんて名前をつけて、どういうハンバーガーなのかすぐに分かる日本人が一体どのくらいいるのだろう、と。かく言う私も分かっていなかった。そしてあまり興味もなかった。

それが、パルプ・フィクションの中に登場していたとは知らなかった。

前にこの映画を見ているときにquarter pounderという言葉を聴いても別になんとも思っていなかったのだ。だが、クオーターパウンダーが巷に広まった今改めてこの映画を見て「あああのハンバーガーのことか」と分かる。そして「1/4ポンドバーガー」とかいう字幕は極めて不自然に見えてしまう。(確かに以前はもっと意味が分かってなかった。1/4ポンドって一体何が1/4なのか。)

カタカナ語の普及はすごいなあ、
マックの影響力すごいなあ、
時代の移り変わりって目まぐるしいなあ
今度から映画でquarter pounderが出てきたらクォーター・パウンダーって字幕がつくようになるんだろうか。でもそうなるとだいぶスペースとるから翻訳する人も大変だよなあ。
きっと、最初にパルプ・フィクションの訳をした人は困っただろうなあ。
quarter pounderっていう名前のハンバーガーをどう訳すべきか:

「そのままカタカナにしちゃダメかなー。クォーター・パウンダーって…ダメだよなー誰もわかってくれないだろうし~ そもそもクォーターってなんだよ、て話だよな~。勘弁してくれよーおれそんなハンバーガー食べたことねんだよ~。どう訳せってんだよ~ んも~。普通のハンバーガーじゃダメかなー。えーい、もういいや、1/4でいけ~」

こんな気持ちだったのかもしれない。お気の毒に。うむ、10年以上が経過した今の日本だったらカタカナ語で通じるんですよ。

ところでみなさんは食べましたか。クォーター・パウンダー。悪くはないけど、私はバーガーキングのほうが好きです。ちなみに私は先週末、二日連続でマックのポテトとチキンとハンバーガーとベーコンポテトパイを食べたら肌が大変なことになったので当分ジャンク・フードを控える予定であります。身体が素直なのねー、うん。

ありがとうとカルボナーラ

 新学期スタート。 子が帰ってくる時間に家に人がいる、というこの幸せ。保育園は4時とか5時まで預けていたのでこんなことはなかったけど小学校は本当に「帰ってくる」ので誰かいないといけない。自分が仕事していてその時間に家でFが子を迎えてくれているというこの安心感は、あらためて、ほかの...