Saturday 30 May 2009

久しぶりに映画

以前ほど集中して映画を見ることがなくなったここ最近であるが昨日と今日は久しぶりに見た。



昨日は『僕と未来とブエノスアイレス』を見た。なんだかよく分からなかったのだが、まあ、こういうテンポの映画は好きだ。タイトルどおり、アルゼンチンの話。音楽には明らかにタンゴが使われていた。南米に行ったことはないので実際のところ分からないけど、発展途上、というイメージを受けた。日本はすごいよなー。アルゼンチン楽しそうだけどいざ住み始めたらコンビニなくて不便とか思うのかもしれないなあ。ユダヤ人の「割礼」というものを、初めて知った。あと、話の中に出てきたリタという女性の緑色の服が印象的だった。どうせ緑の服を持つなら、ああいう緑が欲しい。



今日は『潜水服は蝶の夢を見る』を見た。主演男優が結構好きだったのだが、ストーリーをまったく知らずに見たら結構衝撃的だったから驚いた。そして一番最後に、どうやら主人公は実在人物であるということを知って驚いた。切ない映画なので気分を明るくしたいときに見るべきではないけど、全体的に私は評価する。

まあそれにしてもマチュー・アルマリックはいいね。目が悪者っぽくもあり、良い人っぽくもあり。オーラがちがう。さらに、背中の肉のつき方がセクシー。誰だそれ、という人は、身近なところでいうと最新の007を見るといいでしょう。悪役で出演していました。

なんだかんだでフランス映画が好きらしい。3本に1本はフランス映画を見ている気がする。


ふむ。誰にも会わない週末も良いものだ。

Sunday 24 May 2009

緑色の里より

本日は、日本の西の端よりお伝えします。

というわけで、帰省中である。マイレージを使って飛行機に乗った。最近の帰省はほとんどこんな感じである。ちなみに私はANAユーザーなのだが、気が付いたら(というかイタリアと日本を行ったり来たりしていたら)3.5万マイルがたまっていた。シーズンにもよるが、最高でも1.5万マイルあれば、国内、あるいは韓国の往復航空券を手に入れることが出来る。

たったの二泊三日であるが十二分に羽を伸ばしている。寝るか食べるか、本当にそれしかしていない。食べて、1時間くらいしたら寝転がって、寝息をたてている。起きたら、次の食事の準備になる。たいしたものだ、と自分でも感心するほどだ。

5月といえば新緑の季節なのだが、生まれ育ったこの土地の”緑”はすごい。外が、まぶしい。まさに燃えるような緑色である。前回の帰省が冬だったので、久しぶりにこの緑を目にして、あらためて自然の威力というか恩恵を感じている。なんというか、こう、みてるだけで「ごおー」っと音がたちそうな感じ。そのくらい勢いのある、新緑。普段、これだけたくさんの、まばゆいほどの、緑色を目にすることはまず無い。

この季節に帰ってよかったと思った。

郷里に帰ると、身体も、顔も、緩む。緊張の糸が解けるのである。さほど気にせずとも、鏡を見れば分かる。だらーんとしている。よいよい、これでよいのだ。誰に会う予定も無い。そもそも友達がいない。けど、ごろごろするために帰省したのである。食べることと寝ること以外考えなくていい環境に身を置くのだ。ああすばらしい。

とは言うものの、明日にはここを出る。仕方ない。火曜から仕事だ。でもこのメリハリはちょうど良い。週末帰省は結構素敵なのだ。

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ところで、夏休みどこに行こうか考えている。どうしようかな。今度こそはイタリア以外のところに行こうと思っている。できれば海のあるところがいいなあ。でも1人は嫌だ。ということは知っている人たちがいて海のある場所…結局イタリア… に落ち着きそうな気配がしなくもない。

Tuesday 12 May 2009

料理番組について

料理番組が好きだ。以前も同じことを書いたと思う。何度も同じことを書いていると思う。だって好きだから。好きなことは何度だって表現したくなるものだ。

今日は仕事が休みなので昼まで寝ようと思っていたのだが8時半ごろに目がさめてしまった。仕方なくコーヒーを淹れることにした。しかしまあ平日の午前中にテレビを見れる幸せといったら…!!

「きょうの料理」が始まった。運のいいことに今日はグッチ裕三が担当だ。これがもう、好きで好きで仕方ない。そもそもグッチ裕三のセンスには耐えがたい魅力を感じる私だが、このNHKの「きょうの料理」出演はことに気に入っている。センスに加えてあのルックスがいい。ひとつひとつの動きが、キャッチーである。口の動かし方でさえ、メイク ミー ハッピー。
面白い。


高校2年生のときに「きょうの料理」をよく見ていた。月に一回発行されるテキストを、毎月買って読んでいた。毎日、テキストを持って、テレビの前で見ていた。別にその料理を作ろうと思ってみるわけでもない。

ただ、料理番組のあの雰囲気が好きなのだ。料理研究家にもいろいろいる。しゃべりが下手だったり、がんがんジョークをとばしてアナウンサーを困らせたり、妙に偉そうだったり。(そうね、偉そうな人、多いね。)

緊張感のなか繰り広げられるそういった、なにもかもを、一生懸命カバーしようとするアナウンサーの苦労は数知れない。あれだけしゃべりながら料理を作る(手伝う)のである。失敗はゆるされない。

友達としゃべりながら楽しく料理をするのは、別に大変じゃないし、むしろ私は大好きなのだが、テレビの番組である。食べたあとの感想も注目どころである。表現力がためされる。


料理番組は数多くあるが「チューボーですよ」は特に気に入っている。土曜の夜、家にいることがあれば必ず見る。派手に失敗することもあるがそこも好きだ。料理研究家がその場にいるわけではないので。

うーむ、頭が重いなあ。睡眠がまだ足りていない。そろそろクリーニング屋に行こう。

Saturday 9 May 2009

angeli e demoni

ダン・ブラウンの『天使と悪魔』が話題ですね。今ごろ。

私はこれを、3年くらい前に、すでに読んでた!だから、今ごろ騒いでいるのを見ると、なんというか、悔しいというかもどかしいというか、ヘンな気分になる。私は知ってたもんねー!と、言いたくなるわけ。

読んだときの感動は、それはそれは凄まじかった。あんな本は読んだことなかった。ダヴィンチ・コード以上だった。

深いわけですよ。

科学と宗教の対立が大きなテーマであるわけだが、本気でそれについて考えさせられた。今現在、私(たち?)は科学サイドに立って生きているわけだが、この本を読んだら、「いや、そうとも言い切れないのかもしれない」とか、考えちゃうし、なんというか人類の起源とか、真理の追究とか、22歳の小さなあたまは、宇宙規模に膨張して爆発しそうなくらいに拡がったわけであります。
だって、好きな場所が舞台になっているし、好きな美術史も絡んでいるし、夜も眠れないくらいに興奮したのを覚えている。

読み終えたあと、ローマに行く機会が4回くらいあった。結構な回数ですよね。でも、"ゆかりの地を訪問ツアー"みたいなことはしなかった。「ああそういえばあの教会は」と思いだして、去年の夏は聖女テレザの法悦を見に行ってみた。別に人でごったがえしているわけでもなくて、誰もそこにはいなかった。

知り合ったローマ出身の人に「天使と悪魔は読んだか、どう思ったか」と聞いたけど「ダン・ブラウンはあまり好きじゃない」という一言で片付けられた。まあ、カトリック信者にとって、まともに受け入れられる作品ではないだろうとは、思う。

ローマという街について。

初めて行ったときは全然好きになれなかった。今の時点で、何回行ったのか、もう数えてないけど、好きになるまでに3回は必要だった。2回目に行ったときに、まんざらでもないかもしれない、と思った。そのあと行ったらもっと好きになった。昨年の夏には2週間過ごした。この前も行った。最初に行ったときに、こんなところではとても住めないなと思ったのだけど、今は、以前ほどの問題を感じない。

いや、実際のところ、ローマはここ4,5年で変わったと思う。なんとなくそんな気がする。電車が綺麗になったのは、明らかな変化である。目に見える変化。

でも、もう一つ思うのは、人々が変わったのではないか、ということ。
例えば、1人じゃ地下鉄には絶対乗れないと思うくらいに、周りの人たちの視線が怖かった。日本人2人でいても、すぐに、ぎょろぎょろした目のイタリア人たちに取り囲まれた。エスカレーターを上っていても、みんなじろじろ見る。そして「Cinese!(中国人)」と怒鳴る。

これは差別だ、と思ったのを覚えている。

アジア人を見慣れていない。自分たちとかたちの違う東洋人を見るとすぐにバカにする。そして一括して中国人とみる。イタリア最大の都市とはいえ、この排他的、差別的な感じは、どうしても受け入れられなかった。なんだこの都市は、と思った。

たしか2005年の4月のことである。ローマ法王が逝去したちょうどそのときに、私はローマにいた。
小さなリュックサックに石けんと下着とパスポートだけつめて、イタリア中を巡った。
だいぶファンキーな旅をした。

まさかその後、これだけイタリア語をしゃべることになるとは知る由もなかったし、その後5回も6回もこの街を訪ねることになろうとは知る由もなかった。

思えば、あの2005年の4月を境に、いろいろなことが動き始めたのだ。
普通、イギリスに発った2004年9月を境と見るべきだろうが、本当の境は、イタリアに初めて行ったときだ。そう言ったほうが正しい気がする。

21年間の人生で初めて、自分が受け入れられた感じがした。自分を肯定的にとらえられるようになった。認めてくれる場所があるんだ、ということを知ったし、自分の価値を知った。大げさな言い方に聞こえるだろうけど、本当にそう思った。息がしやすい、と思った。

2回目に滞在したのは、3ヶ月後の7月だった。4月の時点でほとんどしゃべれなかったイタリア語が、夏になったら、すらすら出てくるようになった。意思疎通に困らなくなった。

人生ってどこでどうなるか分かりませんよね。うーむ、面白いわー…と、今、ここ数年を振り返りつつ、深くそう感じるのであります。fact is stranger than fiction.

Wednesday 6 May 2009

京都でした。

久しぶりに新幹線に乗って京都へ行ってきた。何年ぶりだろう。5年?近いと思う。その5年の間に、イタリアには5回以上行った。今回は弟を訪ねるべくして行った。

しかし、ゴールデンウィークに行ったこと自体は間違いだったかもしれないと思った。混んでいたからだ。すさまじかった。どこまで行っても、人、人、人…。歩いた距離も相当なものだったが、その日に得た疲労感は間違いなく人ごみによるものであったと思う。

東京だって人は多かろうに…と、弟に言われた。確かにそうだ。人間がひしめいている。しかしながら、京都と東京の何が違うかって、それは規模が違う。東京は、京都より広い。人が多くても、分散するだけのスペースがあるのだ。

それに比べると、京都の街は小さい。さらに、行くべきところ、観光スポットが決まっている。だから、本当に文字通り、どこに行っても人だらけだった。あまりにもイライラして、目の前の人たちを、テレビゲームみたいに、ばばばばばば、と飛ばしながらジェット機のごとく突き進めたらどんなにいいだろうに、と思った。

観光はしなかった。そもそも観光目的ではなかったので別に惜しくもなかったが、もう少し自由に歩きまわれるくらいに、街が空いていると良かった。

それにしても新幹線って凄いんですね。

新幹線に乗ること自体が、もう5年ぶり?それこそ最後に京都に行ったとき以来だった。本当に久しぶりだったわけだが、便利さというか快適さに驚いた。

びっくり①
速い!!数字では分かっていたものの、実際に乗ってみるとその速さがよく分かった。品川~京都間で2時間10分だった。社会人1年め、通勤時間が2時間近かったことを考えるに…うむ、これだけ離れた土地まで着くのにかかるのも同じくらいの時間なのである。いやはや。

品川を出て、新横浜を出ると、次に着くのは名古屋である。それから次は…

既に京都なのだ。

品川と京都のあいだには、たったの2駅しかないのである。最初は「わー、旅だ」と意気込んで読書をする覚悟で本を用意していたのだが2時間くらいでは結局気合が入らず、読書しなかった。

びっくり②
席が広い!
これもわかってはいたことなのだが、あらためて感じた。足元が広い。飛行機より広いじゃないか。飛行機には年間10回近く乗るので、むしろあの感覚に慣れていたのである。とても嬉しかった。(わいわーい)と心中、叫びながら、ぐいーん、と、子どもみたいに背を伸ばした。飛行機もこうあってほしい。

なんかほかにもびっくりがあった気がするけど、まあこの2点にしておきましょう。

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つじり、をご存知だろうか。京都の有名なお茶屋さんで、そこの茶屋にあるパフェが全国的に有名である。東京のしおどめでも食べられるらしいが、実は京都より300円高い。そしてどうせ食べるなら本場で、というのもある。京都駅内の伊勢丹にもあるけど、せっかくなら祇園で、と考えるのが世の常というもの?だろう。

私も、何年も前に、食べたことがあるが、それはもう美味しかった。抹茶のデザートには目がないので、これはもうたまらなかった。

というわけで今回も行こうと思った。

私が何を書かんとするか、もうご察しの方もおられるだろう。

そう。人が多すぎて行けなかったのだ。すさまじい列だった。二日連続で様子を見に行ってみたのだが、それでもだめだった。だいぶ人が少なくなった時間帯に行って、「おお、これならたいして待たずともよかろう」と思ったら、前に並ぼうとしている客が「1時間半待ちです」と言われているのを見て、私たちは無言で後ずさりした。たまったもんじゃない…。

今度は、時期を外して、平日に行こうと思う。連休中の正しい過ごし方は、「東京にとどまる」
これに限ると思った。

万年筆、外出

なくなったと思っていた万年筆が職場の引き出しから出てきた。一本千円のものなので、なくなってもあきらめはつくのだが少し気になっていたのは事実だった。中のインクは空っぽだが一体何色を入れていたのかさえ判然としない状況だった。家に連れて帰って洗うことにした。  翌朝の万年筆カートリッジ...