Tuesday, 20 February 2018

眠い

うーむいろいろ書きたいことはあるのだが今日はとにかく眠い。昨日は代休できょうは久しぶりに普通どおりの仕事だったが、これが眠いのなんのって。昨夜いつもと寝る位置を変えてみたら予想どおり子どもが途中で起きてこちらの睡眠も妨げられるという事態に陥ったため睡眠不足がひどい。座っているといつの間にか目が閉じそうになる。突っ伏しそうになる。これは早く寝ろってことだね。

明日も特にやることがないので仕事は休むことにした。最近の休日出勤の代休ということで。さておやすみなさい〜

Saturday, 17 February 2018

メンタルの強さとは勇気のことかもしれない

きょうは出勤だった。午前中で終わったので家へ。

午後1:30過ぎにフィギュアスケートを見なければと思ってはいたものの、こどもは昼寝中だし、そもそも何ヶ月もテレビを見ておらずコードが外れている。音も聞きたいのだがさてイヤホン差込口はどこかにあるのか…

などなどいくつかの困難を経てテレビをつけることができた。やれやれ、である。

そして、羽生くんおめでとう。これはすごかった。完璧ではないものの、金メダル。しかも二大会連続。鳥肌が立ったし、始まるときの羽生くんの表情を見て涙が出そうになった。いや、涙だったのかなんなのかわからないけどぐわーっとこみ上げてくるものがあった。この人すごいわ。

そこで考えたことです:

羽生くんの何がほかと違うって自分を「みせてる」感じがよく伝わってくるしそもそも自分の美しさを自分でよくわかっている。日本人って自分に自信がある人を毛嫌いするというかちょっと「気に入らないなあいつ」みたいな言い方することがよくある。(私の母親なんかもそうです。)だけどそれだと今日みたいな羽生くんの演技は存在し得ないですね。うざったいと思う人もいるかもしれないけどそんなことは気にしていられないし自分の「芯」があって周りの人に何かを言われた程度でそれを曲げるような人ではない。何かひとつ成し遂げる人ってそういうところある。自分自身に陶酔しきってしまえるほどに自分自身を信頼していて、自信がある。信じているからこそ湧き起こる勇気がある。(たとえばイチローなんてそんな感じする。)メンタルの強さというのはつまり勇気なのかもしれないなあ。精神的強さは誰かから与えてもらうものではない。もしかしたら誰かがそう育ててくれるのかもしれないけどやっぱり結局は自分のなかから湧き起こってくるものだと思う。勇気は立ち向かう力で、つまり誰がどう思うとかそういうのを気にせずに「ズバッと」動ける力。誰かと同じことをやろうとしても羽生くんみたいな人にはなかなかなれない。

だったらその勇気はどこから来るのか。やっぱり「基礎」ができてるからではないだろうか。基礎的な練習をただ淡々と行うこと。これを積み重ねたところに自信が生まれ、さらにそこから勇気が導き出される。自分と向き合う時間のなかで、自信を身につけていく。
それから苦境、困難にぶち当たってそれを乗り越えたという経験があるとなおさら強いわけですが。

きょうも昨日も羽生くんから勇気をもらった。見ているうちに「わたしもこうしちゃおれんな」みたいな気持ちになった。誇りを持てる仕事をしようと思ったし毎日一生懸命生きようと思った。自分の信念を大事にしようと。「あの人すげーな」で終わらない感動と勇気をくれたと思う。


ところで「ワンツーフィニッシュ」ということばが今日は飛び回っている。これ完全な和製英語だと思っていたらなんと英語でこう言うらしいです。しらなんだー。

羽生君メンタル強い

きのうは仕事だったがはっきり言ってやることは無かった。なのにその場にいなければいけないというよく分からない、長い1日で、同僚と「一体なんのために」と何時間も文句をたれつづけた。そんな中、ひとつ大きなイベントがあった:

「男子フィギュア鑑賞」

ひとりの同僚がテレビをつけたのでどうしたのだろうと思ったら羽生君の演技だという。ふだんテレビを見ないのでオリンピックやってることすら分かっているような分かっていないような、だった私は「ほう」と思って見ることにした。話をきくと、怪我のあとの復活なるか、という重要な演技らしい。結局その場にいた同僚全員で見た。

演技は完璧だった。ミスがひとつもなかった。この人のメンタルは一体どれだけ強いんだ、と思った。

演技もすごかったが私が印象に残っているのはコーチのいるところからリンクに行く瞬間の様子だ。「よしいくぞ」みたいな感じなんだろうけど「お、スイッチ入った!」と思った。別人みたいに切り替わったことが見て取れた。

強靭な精神力の人間というのはどうやったら育つんだろうなあと思った。

壁にぶちあたっても負けない心。
倒れても自分で起き上がる力。
困難に立ち向かう勇気。

今、子どもを育てている立場としてはやっぱり気になる。今までとは見るポイントが違うなと思った。

あまりスポーツ観戦はしないが、きのうの演技にはやはりこちらも勇気をもらった。くよくよしてられないですね。顔を上げて、背筋をのばしていこう。

Thursday, 15 February 2018

第10回 恵比寿映像祭

昨日はまる1日仕事が休みだったので恵比寿映像祭に行ってきた。年に1度開かれる無料の展覧会で、第3回あたりから行き始めて今年でついに第10回。場所は恵比寿の東京都写真美術館。大規模な工事を経て、きれいになった美術館で見るのはこれで2回目になる。

今年のテーマは「インヴィジブル」。つまり、見えないこと。このテーマが展示作品とよく合っていた。今までにない一致の仕方だったのではないだろうか。子ども抜きでゆっくり見られたおかげでもあるかもしれないがとにかく面白かった。

7年前、最初に見たときはそれほど興味を持っていなかったのだが、ふと、その後、展示で見た光景がよく思い出されることに気づいた。しっかりと頭にも心にも残っているのだとそのとき気づいた。そんなこんなで今まで蓄積している「あの作品」はやっぱりよく覚えている。映像のインパクトというか力強さには争いがたいものがあるのだ。映画ともまた違う感じ。そんなこんなで7年間、いろんな映像が私のなかに蓄積されている。

こういうのがあるから東京はいいよなあ、と思わないわけにはいかない。だから東京はやめられない、と思った。

Wednesday, 14 February 2018

一人の時間

朝、6時10分。静かに一人起き出して、さてゆっくりしようと思ったその20分後、こどもの声がした。布団を抜け出し追いかけて来ている。そんな簡単に一人の時間は作れないですね。まあそんなもんよね。

とても元気そうだ。食欲も変わらずある。熱は36.3℃。医者に行ってくださいとは言われたものの、これは行く必要ないと判断。そしてきっと連れてこられた医者のほうも特にやることはないに違いない。

いつもより遅めに保育園に送って行って、さてようやく一人の時間。きょうは仕事が休みなので、これから最優先事項である要件をひとつ済ませにいく。この季節の最優先事項。

天気は良い。近くの公園では梅の花が咲いている。ようやく春のにおいがしてきた。

Tuesday, 13 February 2018

「お迎えをお願いします」

今朝は早くから出勤だったので保育園の送りは任せてひとり家をあとにした。そして午後、保育園から電話がありましたと事務から連絡。なんと発熱らしい。やれやれ。迎えに行ってもらって本人の様子を見るとこれがまあまあ元気である。そして熱を計ると36度台。

前にも何度か同じようなことがあった。送り迎えがしばらくできないときに、ふっと、まるで思い出したかのように38度の熱を出し、慌てて迎えに行くと実は大したことなかった、ということが。

3連休のあとでもうすこし家で過ごしたかったのかもしれないし、「もっとかまって」のアピールだったのかもしれない。そしてきょう午後「やることはすべて終わったけど残りは4時半からの会議だけだな〜 面倒だな〜 帰りたいな〜」と思っていた矢先の電話だったのでこれは私の気持ちをくんでくれたとしか思えない。さらに、明日私は仕事が休みである。

すべてわかっているのだ。この人は。

Monday, 12 February 2018

預かってもらえるありがたさ

きょうは祝日なのに出勤でした。こういうの本当に困るんだけどみてくれる人がいるのでありがたや、ありがたや。

土日とも、こどもにつきっきりで過ごしたあとに仕事に行くと、これがすんごい息抜きなのである。いやそんなこと言っては仕事に失礼かもしれないけど、はっきり言って仕事のほうが何十倍もラクです。だいたいのことは予測できるし。やること済ませれば休憩だってできるし。

したがって、例えば子供が二人以上いて保育所等に預けずに家で面倒見る人なんて一体どれだけの仕事量なんだろう、と思う。それだけのことができればほかに怖いものはないよ、たぶん。それ以上に大変なことってなかなかない。やりがいに替えてもたぶん自由なさすぎて爆発するなあ私は。

「仕事と子育て両立、えらいね」といろいろな人から言われるけど、いやいやなんの、私は預かってくれる存在を確保しているわけで。朝8時から5時くらいはフリーなのですよ。(いや、仕事しているんだけど、それでもフリーだと思えてしまう。)保育園、本当にありがたい。

同僚の話によれば認証保育園とか私立の認可保育園というのはシーツを入れたりとかおむつの持ち帰りとかは無い場合が多いらしい。だから認可保育園に最近転園させたという人は「なんとシーツを親が入れてあげるんですよ!そして驚いたことにおむつ持ち帰りなんですよ!」と言っていた。

「え、それいつもやってますけど…」が私のこたえである。私の通わせている保育園は、認証保育園だけどそういうサービス的なものは無い。たいてい自分でやる。

それでも細かく見てもらっているし連絡もマメなので、「比べようはないけど、認証って手厚いですよね」とその同僚に言ったら「いや、今、その保育園の様子聞いたら、特に手厚くは無いですね笑」と言われた。

それでもこんなに「私って恵まれている」と毎日思っているくらいなので、たぶんどこに通わせても大丈夫な気がしている。

そんなこんなで疲れ切って昨日は9時前に寝てしまった。きょうもそろそろ寝る。

Saturday, 10 February 2018

週末ピッツァの定点観測

9月、つまり仕事に復帰してから恒例となっていることがある。週末に子どもをつれてピッツァを食べに行くこと。顔なじみのレストランであり、行くようになってから何年も経つ。オーナーにもよく声をかけてもらい、「おまけしといたよ」というようなこともしばしばある。ちょっとした集まり、パーティー、友達と会うときにはよく使わせてもらっている。

この9月以降のピッツァ通いのきっかけはそもそも「お昼作りたくない」から来ている。育休中は毎日子供と一緒だったので土日の特別な感じはなかったしそんなに「作りたくない」を毎日いい続けるわけにもいかなかった。復帰してからは平日は保育園に預けているのでお昼を作る必要もない。ただ土日となったときに育休中と同じことをするだけなのにこれが面倒で仕方ない。そして、私もいいもの食べたい。

そんなこんなで始まったピッツァはもはや習慣となっている。文字通り「毎週」行っている。9月から今までに行かなかった日は、12月に40度の熱を出した日と、郷里へ帰った日くらい。

毎週、朝は子育て支援施設に行き、そこからまっすぐ電車でレストランへ向かう。どのくらいに出てどのくらいの電車に乗れば良いか、だんだんと感覚でつかめるようになってきた。毎週同じ時間に同じ場所を通るため、少しでも変化があるとよくわかる。

もっとも変化しているのは子どもである。レストランに通うこの数ヶ月の間に歩けるようになったのだから。毎週同じ席に座り、同じものを食べている。そうするとやはり変化に気付きやすい。

まず「レストランに来たのだ」「ピザを食べに来たのだ」ということを子供が認識するようになった。場所に近づくと「っつぁ!!」を繰り返す。それが「ピッツァ」を意味するのかどうかはわからないが少なくとも「これからなにか食べる」という興奮がみてとれる。

そしてスタッフの顔を覚えている。窯の火がめらめらしている方向に行くとピッツァイオーロ(ピッツァを焼く人)がいるというのもわかる。

きょうはドアが開くと同時に、一番のお客さんとして子どもが入った。自分の足で、歩いて入って行った。食べる前と食べた後は自分から厨房のほうへ歩いて行きピッツァイオーロに挨拶をしていた。

9月の時点ではしっかり抱えてないといけなかったのに。そもそも靴さえ履いていなかった。

私もだいぶ慣れてきたので「泣いて暴れるかも」とか「皿を落として割るかも」とかいうような心配はまったくしなくなった。ひざに子供を乗せて、ちょっと遠いところにピザを置いて、切り分けてあげる。そのときにどれくらいの距離が必要かも感覚でわかるようになった。

持ち物もそんなにいらない。朝9時ごろ、遊びに連れて行くときにバッグに入れるのは:

・財布
・携帯
・鍵
・おむつ1枚
・おしりふき
・替えのよだれかけ2枚

そしてポケットにPASMO。

これだけである。それでも困らない。「いざという時」のための「モノ」類はなくても困らないということがわかっている。

もはや「訓練」である。毎日ストレッチをしたり基礎英語を聞いたりするのと同じ。規則正しい生活を送るのと同じ。リズムがひとつ作られているのだ。

そもそも子供向けのレストランではない。騒いでも良いように作られている場所とは違う。だからもし騒ぐようであればこんな小さな子供は連れていけないと思う。そうなると子どもが小さいうちは、自分一人でない限りまったく外食ができなくなってしまう。いやいやなんとかして外食できるはず、と、育休中、そして育休明けの私は思ったに違いない。(だから育休中からやたら外に連れて行っていた。)そして1歳の誕生日にピッツァを食べに連れて行ったときに上手に手づかみで食べていたのを思い出し、ほかの料理だと面倒だけどこれならストレスなく手軽に食べさせられるということに気づいたのだ。

食べた後に電車にのって帰るが、これがだいたいの場合12:10ごろの電車。ゆっくり家へ帰ると、遅くとも1時には眠りにつく。泣きわめいたりすることもなく、ふとんをしいてあげるとすーっと寝入る。そこから3時まで眠る。こうすることでお互いにストレスなく、週末を過ごすことができる。

リズムがすべてなのだ。いつも同じ時間に同じことを淡々とする意味は、時間が経たないとわからないし効果も見えない。

それにしてもピッツァ一枚では足りなくなってきた。以前は、(六等分されたうちの)せめて二切れくらいは私の口に入っていたのだがここ最近は「みみ」の部分だけしか食べられていない。あとは、あっという間にこどもの口に運ばれて行く。ワインとサラダがせめてもの救いだ。きょうも、かろうじてモッツァレッラを少し食べられたけど、あとは「みみ」だけでした。これも定点観測からの気付きの一つ。いやはや。

Tuesday, 6 February 2018

忙しいアピール

「忙しい」のアピールはあんまりかっこよくない。「マジ忙しい」とか「忙しすぎて返信できなかった」とか聞く(し、わたしも言う)けど、これって自己満足に過ぎない。それを言われた側は「で、どうしろと」としか言いようがない。自分を忙しくしているのはほかでもない自分自身なのである。

そして「忙しい」のは「私の人生充実している」の裏返しなので、忙しいのをアピールしながら実は自慢しているのだ。これは本人も気づいていない場合もある。「やることがない」よりは忙しいほうがずいぶんましなのである。英語だとkeep someone busyという。あれ、最近どこかでこの話題を読んだ気がするんだけど。ラジオ英会話?うーん、忘れた。忙し過ぎて忘れた。

さて。昨日ときょうは実際のところ忙しかった。出張が2日続いたのだ。しかし、昨日は午前中で終わったので友達の家でお昼をご馳走になってきた。そしてきょうは早めにあがって保育園に迎えに行き、そこから認可保育園へ面接に行った。

こうやってこなすべきことが立て込んでいる場合は、頭の中でスケジュールを整理しながら、前もってあらゆることを準備する。そしてとにかく早く寝る。連日忙しくなる場合は特に。体調を崩しては元も子もないから。

ところで認可保育園の面接は無事に終了した。子どもはまるでずっと前からこの園にいたかのようにすぐに馴染んで大はしゃぎで遊んでいた。初めての場所で緊張するかと思いきや心配いらなかった。子どもの適応力はすごい。

Saturday, 3 February 2018

料理プロのママ友

またしても楽天のワナにはまり、買わなくても生きていけるものに手を出してしまった。ウェブサイトを閲覧し始めたら止まらなくなる。物欲はそれほどないと思っていたが、子供が寝てからのネットサーフィンとネットショッピングが楽しみの一つになりつつある。普段一人で気軽に買い物に行けないぶん、そのストレスをここで発散しているかのようだ。

きょうは朝から晴れた。よかった。こどもを連れて区の施設へ。そこで「ママ友」に偶然会い、「きょう旦那いないからうちくる?お昼一緒にどうぞ。なんもないけど」と言われて、喜んでお邪魔して来た。何もないけど、と言われても、いいものが食べられることは知っている。何を隠そう、彼女は元、料理の先生なのである。ただの料理上手ではない。プロなのだ。プロ。

あっという間に出来上がったのはなんと「味噌煮込みうどん」。美味しすぎる。こんなの手作りで食べたことなかったと思う。たぶん。それから「昨日の残りでごめんね〜」と出されたのが鯖の蒲焼。どこかのお惣菜を買ったのかなと思ったけどまさかそんなわけはない。「これは鯖を小麦粉つけて焼いて、味つけるだけ」と、いとも簡単に言っていたけど、蒲焼って家庭で簡単に作るものなのか?我が子の皿に出されて3秒後、鯖は消えていた。そして私の鯖も半分以上こどもに食べられてしまった。

世の中には色々な人がいる。そしてそんな人に出会えた私は幸せ者である。

刺激されて自分も料理に熱が入る…なんてことにはなっていない。未だに。

Friday, 2 February 2018

鬼に立ち向かう

きょうは朝から雪が降ると聞いていたので心の準備はできていた。そして様子をみながらゆっくり出かけようと思っていた。いつもより遅く出て、大変ではあったがこどもを前に抱え、後ろにはリュックを背負い、長靴をはいて傘をさして出た。仕方ない。こうするほかどの方法も思いつかなかった。仕事には電車で行った。

結局その後雪は止んだので積もることもなく、仕事から帰るときは自転車を使うことができた。まっすぐ保育園へ。

「きょうは節分の豆まきだったんですけど、鬼が来たらみんな怖がって保育士の後ろに隠れてたんですけど、○○(うちのこども)だけ果敢に鬼に立ち向かって行ってました〜♪」との報告を保育士さんから受けた。想像して爆笑した。いいぞいいぞー、たくましく育ってくれ。

Thursday, 1 February 2018

仕事が楽しい

仕事が楽しい。こんなにやりがいのある仕事がほかにあるだろうか、と思う。自慢のように聞こえるかもしれないけど、そうですね、ほかでもない自慢です。

先日、友達と話していて気づいたが、給料のためにやっているというよりは楽しいからやっているという動機のほうが強いようだ。毎月、「あ、そういえば給料払われてる」と思う。「そういえば」なのだ。もちろん、お金はとても大事だ。一番大事かもしれないのだが、おそらく私はこの仕事、今より給料が低くてもやってしまう気がする。だって、楽しい。給料が払われなくてもやる、となるとそれはそれで問題なのだが、それもありかなと思うくらいにやりがいのほうが大きい。こんなに楽しくて、お金ももらえて、なんて幸せなんだろう、と純粋に思う。

これを天職と呼ぶのかもしれないなと思ったのはいつごろだっただろう。今年で仕事を始めて11年目になる。最初の時点ではたぶん「天職と呼ぶにはまだ早いし経験もない」と思ったのだろうと思う。あまり覚えてないけど。そして4年目あたりで「このままじゃいけない」と思い別の職の勉強をするために高いお金を払って講座に通い始めた。仕事をしながらの講座通いと勉強はなかなか辛いものがあったけど、その最中に(職種は同じだけど)職場を変えるというチャンスが巡って来た。それから講座も修了して、気づいたら今の仕事がものすごく楽しくなっていた。そして10年目を迎えるころにはこれ以外の職は考えられない思うほどになっていた。その頃あらためて「天職かもしれない」と思った。

仕事にうんざりしていた時期ももちろんあった。そのときに愚痴ったら「自分で選んだんでしょ?誰かに頼まれたの?」と他人に言われたことがあって、そのときは「なんて意地悪な」と思ったけど今となってはまったくその通りだよなと思う。誰かに頼まれてやってるわけではない。自分の選択だ。嫌ならやめればいいだけのことなのだ。

今は育休から復帰したばかりで色々と軽減してもらっているから「楽しい」だけなのかもしれない。それでも毎日これだけ笑っていられる職業もなかなかないのではないかと思う。1日あたり何回爆笑しているだろう、わたし?

Wednesday, 31 January 2018

保育園の内定通知が来た

きょう11時ごろ、携帯が鳴った。今預けているところとは別の保育園から。まさか、と思ったらなんと4月からの内定通知だった。なんということ。てっきり手紙が届くものだと思っていたので驚いた。

今通わせている園で何の問題もなく、むしろ内定しなければそのまま来年もここに通わせる決意ができるのにとさえ思っていたところだった。だから通知が来るのがかなり怖かった。

というわけで電話を受けたときは驚きと戸惑いでいっぱいだった。そもそも通らない可能性も大きいと思っていたのだ。どうしようどうしようと思いながら言われるがままに面接と健康診断の予定を決めた。

電話直後に同僚に話したら、おめでとう〜と言われた。そうなんだよな、めでたいんだよ。あんなに入りたかった園じゃないか。ここに入れたらいいよな〜と長い間まさに夢のように思っていたところから電話がきたのだ。

今預けている認証保育所に愛着が湧いてしまっているし、そもそも移すと精神的にも子供には影響があるかも、という話をしたら、「こどもは全然大丈夫」と同僚から言われた。心配なのは親だけ、と。

今は園庭のない保育園なのだが、これが0歳児ならまだ良いとして1歳以上の動ける年齢になるとだいぶ狭く感じてくる、と。思いっきり動くことのできる場所が良い、と。なるほど。

「どうしよう」と口で言う割には心は決まっていた。7月に今の保育園から電話が来た時も似たような感じだった。いざ移ってしまえばそれでなんとかなるものだ。

書類をもらいに認可保育園に寄ってから帰った。戸惑ったという話をすると「迷うなら今う〜んと迷って、決めたらスパッと、その方向で動いちゃったがいいかもしれませんね」と園長から言われた。確かに。ぐだぐだしていると子供にも影響が出るから、と。

家に帰ると子どもは風邪気味だった。今朝、熱が37.1になっていたのでちょっと心配である。早めに寝せた。

Tuesday, 30 January 2018

防寒具は登山用品が一番いい

少し暖かくなったかと思ったけどきょうもやっぱり寒い。天気予報の気温は見ていないけど寒い。

こんな寒い日、何を着ますか。私は登山用品。いつ頃からか、それだけで過ごせるようになった。他と比べて、いや、比べ物にならないくらい保温力が高い。

ミレーとモンベルのフリースを職場と家で着ている。そして自転車に乗るときはミレーのダウンジャケット。これだけで十分に暖かいのである。ほかに何か買い足したり着込んだりする必要がない。

あとはもちろんユニクロのヒートテック。これはもう言うまでもないです。必須。そしてユニクロのカシミヤ。ほかのカシミヤと違って安いので少し荒い使い方をしても気にならない。

さて、きのうは歯医者に行く前に、自転車と靴を磨いた。こういうメンテナンスが好きです。ちょっとしたことだけどスッキリする。歯は磨けていないけど自転車と靴は磨けている。と書くべきだったのは昨日だったかもしれない。

Monday, 29 January 2018

一見磨けているようだが実は磨けていない

きょうは晴れてよかった。寒いことは寒いが、ここ数日の寒さに比べるとだいぶましだった。子どもを保育園に送ったあと、歯医者へ。虫歯になっているけど様子を見よう、ということになっていて、治療中というわけではないが、クリーニングと経過観察のために行くことにしていた。そのうち行こう、と思うと結局2ヶ月でも3ヶ月でも先延ばししてしまうというのが毎回のことなので今回は、先月のうちから予約を取っておいた。

虫歯については「まだ様子を見ましょう」ということになり、あとはいつものクリーニング。だが、特に急いで仕事に行かなければいけないわけではないという旨を告げると、どれだけ磨けているかみてみましょう、というテストをやることになった。赤と言うより紫色のなにか(!)を歯に塗って、口をゆすぐと、磨き残しがはっきりと現れた。これはショッキングである。こんなに磨けていないとは。鏡を見ながらゆっくりと、どう歯ブラシを使うべきか習った。一本ずつ磨く、という当たり前といえば当たり前のことを今まで知らずにいた。フロスももちろん大事だがそれ以前のようだ、これは。今まで全然知らなかった。

電動歯ブラシ欲しいなー買って見るかなーとふと思った。ああこうやってまた楽天(とかアマゾン)のワナにはまってゆく…

Sunday, 28 January 2018

良き友に乾杯

おお、一月が終わろうとしている。きょうはもう28日。1月最終週が始まる。

土日はべったりこどもと一緒に過ごしている。午前中遊びに連れていって、お昼を食べたら2時間くらい寝かせて、3時におやつを食べさせて、そうしているうちにお風呂の時間がきて、寝る時間がくる、というのが1日の流れ。

昨日は夜に友達が遊びに来てくれた。外出となると、誰がどう子どもの世話をして何時頃バトンタッチするか、などの都合あわせが大変なのだがこうやって来てもらえると子どもがいようがいまいがゆっくり話すことができる。そしてこどもが寝たあとであっても近くにいるとなるとこちらも安心していられる。

仕事に復帰してからは思うように友達に会えなくなって来たのだがそれでも会おうとする努力は必要だと思っている。「会いたい」「話したい」ばかり連発する人がいるが、さすがにそれが何年も続くだけだと、その人が本当に会って話したがっているとは到底思えなくなる。本当に会いたいと思うなら自分から連絡をとるべし。礼儀とは言わないまでも真摯さのひとつの表現だと思っている。

というわけでとても楽しい夜が過ごせました。良き友と素敵な時間に乾杯。

乾杯といえば、保育園の先生から「かんぱーい」が言えるようになりましたよ、との報告を受けて驚いた。家ではそんなの聞いたこともない。保育園すごいなあ。仲間の力はすごいなあ。そしてやっぱり[kampai]は発音しやすいんだろうなあ。

Friday, 26 January 2018

ためていいのはお金だけ

愚痴を言う前に飲み込もうとしているんですよー、と年上の同僚に話したら即座に「よくないよそれ」と返された。そして「ためていいのは金だけだよ」と。

大事なのでもう一度。

「貯めていいのはお金だけ」。

いやはや、まったくです。
疲労もストレスも手放さないと。睡眠は貯められると思ったら大間違いで、たくさん寝てスッキリするのは睡眠負債を返しているだけ、だと。これも同じ同僚から以前聞いたんですが。

あっという間に1週間が終わりまた週末がやってくる。こどもがあまり調子がよくない。鼻水と咳と、という症状が2週間くらい前からあるのに放置したまま今に至る。明日はなんとしてでも小児科に行くつもり。

ああ疲れた。寝ます。

Wednesday, 24 January 2018

愚痴を飲み込みレイモンド・カーヴァーを読む

腹たつなあと思って愚痴りたくても愚痴らずにいるのって難しいよなと最近よく思います。「ていうか」と始めたくなるんだけどそれを飲み込もうと、ぐっと抑えている。この一言を発しても誰の特にもならんよなー、と。

だいぶベテランの同僚でいつも朗らかな人がいるがその人は滅多に愚痴らないし仕事量がフェアじゃないときでも文句言わずにささーと済ませてしまう。だからやっぱりその人のことはみんな好きです。いやべつに好かれたいわけではないけどそういうところそろそろ大人にならなきゃいけないかなとようやく思うようになった。親になったからでしょうか。

それでもだいぶ愚痴(というか口)の数は多いんですが。

さてさて、昨日も今日も電車で通勤。だいぶ疲れた。冗談じゃない疲れ方です。朝から電車に乗るってこんなに疲れるんだっけ?しかも凍った道をおそるおそる歩くから余計に疲れるわけで。

しかもきょうは朝から電車が動かなくなってちょっと待たなくてはいけない時間もあり参った。軽めの本を一冊、と思ってRaymond Carverをバッグに入れておいたのだが、動かない電車のなかでようやくWhat We Talk About When We Talk About Loveのなかの、書名と同タイトルの一話を読んだ。といっても最後の一ページがまだ読み終わってないけど。難しい言葉はほとんどない。

バードマン、というアカデミー賞受賞作品のなかで演じられていた劇はこれだったなと思い出した。もうだいぶ前に見たのでちょっと覚えてないんだけど読んでいるうちにいくつかのシーンが思い出されてきて、映画も見たくなって来た。映画か… うーん。だいぶ見ていない。(遠い目)

さて、寝ます。

Tuesday, 23 January 2018

長靴が最強

きょうも疲れた。雪は止んで、空は晴れた。しかしだいぶ積もっているのでその中を保育園まで子どもを抱えていくのはなかなか困難であった。それから電車に乗り、さらに歩いた。雪のなかを歩くのは疲れる。凸凹しているためだけではなく、滑らないように神経を使うためもあると思う。

きょう歩いていると「まあーすべらない靴、いいわねえ」とおば(あ)さんに声をかけられた。長靴が最強ですよ、という話をしたら「やっぱり一足は持っておくべきね、ありがとう」と言いながらおそるおそる歩いて行った。

長靴を手にいれたのはかれこれ五年以上前だと思う。プレゼントにもらったのだがこれが大正解であった。

それまで、雨が降るたびに「まあなんとかなる」と思いながら普通の靴で歩き、そのあと靴下まで濡れて…というパターンが毎回のことだった。その日には「よし長靴買おう」と思うものの次の日晴れると特に必要性を感じないので買おうとはしない、というのが何年も繰り返されていた。

それが、長靴を手にいれてからはその問題もなくなった。そして長靴ってゴムの塊だから歩きにくそうに思うのだが実は歩きやすい。そして滑り止めの効果も抜群である。

さらに毎日履くわけではないので壊れることもまずない。

(あ、長靴じゃなくてレインブーツって言うのかなもしかして。いいじゃない、長靴で。そんな長いカタカナ語使わなくても。)

さて明日は道路が凍結するのだろうか。きょう晴れてだいぶ溶けたように見えたが。早く寝るとしよう。

Monday, 22 January 2018

ストレスフルな雪の日

なんとも疲れる1日であった。

先週から「月曜は休もうかな」と思っていたのだが雪の予報を聞いてますますその思いは強くなった。午前中は雪の中、子どもをつれて遠くまで出かけた。これがこたえた。本当に途中で引き返したくなるほどストレスフルな移動だった。

寒いと怒りたくなってくる。昔からそうだ。どうしようもなくストレスがたまるのである。雪なんて降ろうものならますますそうだ。

なんとか用事は済んで、午後から雪はどんどん激しくなってきた。やっぱり仕事を休むことにしておいて正解だった、と思った。

明日にはきっと雪はやむだろうが朝の通勤通学はおそらく、いや、間違いなく困ったことになるはず。幸い、11時すぎまでは仕事がないので明日は様子をみながらゆっくり行こうと思う。保育園まで歩ける道なのかどうか、にもよる。こういうときはやっぱりスキーとかソリとかがいいんでしょうね。ああ、速そう。

Sunday, 21 January 2018

子どもがいないときの気持ちを忘れかけている

なんと、1週間もブログを書けずにいた。忙しかった、というほどやることが多かったわけでもない。それでもやはりいっぱいいっぱいの1週間だったきがする。思い出してみよう:
15日(月) 本当は出勤しなくてもいい日だが金曜に発生した仕事を片付けるべく終日勤務。
16日(火) 保育園に送り届けたあと自分の病院(御茶ノ水)へ。そこから職場へ。夜、合気道へ。(平日の稽古参加がついに叶った!)この1日はすごい移動距離。
17日(水)  通常通り仕事。この日は送り迎えとも私。
18日(木) やること多い1日。この日も送り迎えとも私。
19日(金) やることさらに多い1日。この日もまた送り迎えとも私。
20日(土) 試験。

そうなんです、試験を受けたのだ。試験。この歳になって試験される側になることなんて滅多にない。三つ受けたうちの一つは「ああ失敗した」と思ったがあとはたぶん大丈夫だった。なんてったって三つとも10〜20問の四択問題。50分の試験時間ははっきり言って余る。そのうちの一つは「持ち込み可」。そもそも一般常識で解けるものも多いのでテキストまで持ち込んだら間違いようがない。三つとも合格でありますように。

話は変わって、「こどもが欲しいけどいない」ということについて。最近、その立場だったときの気持ちを忘れてきているかもしれない、と思った。

と気づかされたのは、ある女友達がこう言ったことがきっかけ。

「職場のデスクに子どもの写真を貼られても自慢にしか見えないしうんざり。しかもそういう人は当然、育児が大変だからという理由であまり仕事を引き受けないしこちらも頼めない」

それを聞いてまず思ったのは「まあ子どもは可愛いから写真飾っちゃう気持ちはわかるなあ」ということ。私は、子どもの写真を飾ってはいないけど自慢したくなる気持ちはものすごくよくわかる。

しかしそのことを思い出しながらふと、3年くらい前の自分だったらなんと言うだろう、と思った。私の場合、男性の同僚が多いので今まで同じこと(デスクトップがこども、とか、机上に写真スタンドとか)があっても特に腹を立てたりすることはなかったがこれが同年代の女性だったらきっとひとたまりもなかった。妊娠したい、子どもが欲しい、その切実さは、それはもう心がキリキリ痛くなるほどだった。焦るなとか考えるなとか言われてもやっぱりずっと心にひっかかっている最大の件だった。これは本当に女性しかわからないし子どもが欲しいのにいない人しかわからないと思う。同じ女性でも全然焦らない人ももちろんいると思う。だけど私は「妊娠」とか「赤ちゃん」とかが話題に出るだけでも「ビクッ」とするくらいだった。このままこどもを産まずに一生過ごすのかも、と思うと次から次へと涙が出て来た。フェイスブックなどで次々にあがってくる友人のこどもたちの写真は「かわいいんだけど見るの苦しい」と思っていた。

そんなふうだったからこそ自分が妊娠と出産を経験したときに「子どもが欲しくていないという人の気持ちは絶対に、絶対に忘れない」と心に誓ったのだ。

なのに。すっかり忘れている。「絶対忘れない」と口で言っていただけだったのだ。友人の言葉を聞いて「もうちょっとこどものいる人の気持ちもわかってあげないと」ということさえ考えていた。子育ての大変さは、それはもう尋常じゃなく大変、ということは(一年ちょっとの経験で言わせてもらえば)理解できる。でもその「大変なのよ」はときに優越感を帯びて響くことがある、ということを忘れてはいけない。実際、どんなに大変でも、日々には笑顔があふれ、描くべきこれからの未来がある。簡単に「子育てサイコー!」みたいなことを口にすることはできないのだ。

もしかしたらこれからどんどん忘れていくのかもしれない。でも30歳ごろの自分を思い出すように心がけたい。人を傷つけたり不快にするのはいとも簡単で、無意識的に行われるのである。

Saturday, 13 January 2018

保護者会

外の寒さが「おお、さすが冬」というレベルになってきた。キンとする、というかツンとする、というか、そんな寒さ。

今朝は保育園の保護者会だった。子どもを連れて行っても良いということで、さていったい何人くらい来ているかなーと思ったら結構いたので嬉しかった。クラスで集まりますので円になってくださ〜い、と言われて円になったら即、うちの子どもがスタスタと先生のひざに座りにいったので驚いた。親のひざよりも居心地のいい場所がこの世に存在するとは…。仲間たちも調子が出てきて、歩き回ったり跳ねたり手を振ったり何かしゃべったりしている。親と先生に囲まれてみんなテンションが上がり、生き生きとしていた。

お知らせのなかに「認可保育園の通知が2月1日までに来ます」と書いてあった。そうか、そうだったのか。それすらも知らなかった。一応申し込んではあるものの、いざこの保育園を去るとなると、うーん、寂しい。最初は不安だったのに、半年経った今、こどもは保育園大好きになっているし私も送り迎えをしていて居心地がいい。スタッフの対応にも不満はない。今のところ、何も悪いところが見つからないのである。さてどういう通知が来るのだろう。内心、「すべて落ちたらいいな」と思っているのは認めざるを得ないのである。

こどもが昼寝している間にプールへ行って来た。泳ぎながらいろんなことを考えた。今使っている数々の引き出しをもう少し使いやすくするために見直す必要があるので頭のなかでシミュレーションを行いながら泳いだ。

というわけで運動をした日は気持ちのよい疲れがある。よく眠れそうだ。

Friday, 12 January 2018

ピアスというものはなくされる運命にある

ふう、長い1週間が終わる。休み明け最初のフルで一週間はやっぱり短いようで長かった。こどもも私も大きく体調を崩すことなく乗り切った。月曜、火曜、水曜と、特に仕事がなく早めに帰宅することができたのが良かった。もちろん残っていても良かったのだが、「帰れる」と思った瞬間に12月のことが思い出された。がんばると、あとが怖い。「今週はまるまる1週間あって結構疲れるはずだから帰れる時は帰ったほうがいいしなるべくリラックスする時間を作ったほうがいい」と判断した。疲れと睡眠不足は必ず蓄積されていく。解消できるうちにしておかないとあとから痛い目にあう。

水曜はプールで泳ぐことさえできた。短時間だったがとてもいい気分転換になった。やっぱり体を動かすのが一番だ。バキバキいっていた肩と背中が少し柔らかくなった気がした。

そしてきょう書きたかったメインのできごと:

火曜日だったと思うが、ピアスを片方なくした。人からプレゼントにもらったもので、結構お気に入りだったのでとてもショックだった。だいたい、ピアスというものはなくされる運命にあるのだ。今までにも、いくつも大事なピアスをなくしてきた。特に冬は無くしやすい。マフラーやスカーフを首に巻いているせいだと思う。

火曜日以来、残った片方を見るたびに「もうこれは諦めるしかないな」と悲しい気持ちになっていた。

ところがきょう、職場を去ろうとする時に、職場全体の共有デスクの上にもう片方のピアスが置いてあった。間違いない。「あああこれは!」と叫んだ。「誰かが見つけて置いてたみたいですよ」とほかの人たちから聞いた。なんとありがたい…。誰が見つけてくれたかわからないけど、感謝してもしきれない。運が良かった。

とりあえずこの冬は同じピアスはつけずにおこうと思う。耳の後ろからもとめられる形状のものだけにしておこう。

以上、とても嬉しかった話。

Thursday, 11 January 2018

テレビを見ない

同僚の子どもが私の子どもと2ヶ月違いである。テレビ番組の「いないいないばあ」の話になった。「うちの子が大好きで」と同僚が言うが実は私は見せたことがない。私も見たことがない。7月以来、我が家のテレビがつけられたことがない。テレビが大きくて放熱するので夏は暑くてつけずにおいた。そして気がついたら何ヶ月もたっていた。結果、テレビは必要ないということがわかった。見なくてもなんの問題もない。

話は戻って、いないいないばあはおそらく今後も見ることがないのではないか。保育園のクラスメイトもよく見ているらしいというのはほかの保護者の話で聞いたことはある。それでも特に必要がないので今後もこのままで行こうと思う。テレビのコード(?と呼ぶんだっけ?)は相変わらず抜けたままである。

Wednesday, 10 January 2018

普通が、すでに幸せ

きのう、3日ぶりにこどもが保育園に通う日だったのだが、問題なく1日を過ごせてよかった。12月後半の不調を考えると、やっぱり元気が一番なのである。お迎えに行って「体調変わらず元気です」と保育士さんに言われるのは、当然のことのようだが、とても幸せなことである。きょうはこどもがいつもより長く寝ているので、私が一人で過ごす時間がある。まあ、ゆっくり行くことにしよう。

きのうは3時ごろに仕事を終えた。それから細々とした買い物をして帰った。仕事の内容もだけど、職場に行けるのが嬉しい。どうでもいいことを同僚と話すことができる、それだけで幸せである。精神的にかなり救われる。

さてきょうも元気に頑張りましょう。

Monday, 8 January 2018

友達を大事にする

きょうは祝日だが仕事。仕事帰りに久しぶりに友達に会った。ゆっくり話せてよかった。気づいたら半年くらい会っていなかった。それでも、どちらからともなく連絡を取り合ってこうやって会えている。FacebookやInstagramなどのSNSではまったくつながっていない。メッセンジャーやLINEでもつながっていない。メールや電話でやりとりをする。予定を合わせるのに「こうしたら迷惑かな」とか「Aがいいって言ってるけど実はBが良いのに気を使っているんじゃないか」とか、そういった配慮(?)がいらない。お互いの予定を合わせるのに遠慮はいらない。というのも本当にお互いに会いたいと思っているからだろう。

友達を大事にするというのはどういうことか、と時々考える。色々あるかもしれないけど相手への誠実さは忘れてはいけないと思う。会いたいと思ったら自分から連絡をすること、それも誠実さのひとつではないかと。大学のキャンパスでばったり会えるような環境にない場合、放っておくと本当に会わないままになってしまう。贈り物しなきゃ、とか、年賀状送らなきゃ、とか、そんな必要はない。ただ、会いたいと思っている自分の気持ちは後回しにせずに相手に伝えなければいけない。ひとこと「元気?」と声をかけるのは意外なほど大事なのです。

さて明日からまた普通どおり仕事が始まる。子どもも保育園に行く。さっき保育園の準備が済んだ。仕事が始まるからと言って実はあんまりうんざりしていない、というのが本当のところである。「ああ〜仕事か〜」というおなじみのフレーズは出てこない。どちらかというと結構楽しみでさえある。家族ではない、大人と世間話ができる環境があるというのがありがたくて仕方ないのです。産休、育休をとるまでこんなこと思わなかったけどねえ。さて寝る準備しよう。

Sunday, 7 January 2018

ある日曜の行動記録

きょうは仕事休み。ということは子どもにつきっきり。よっしゃどんと来い、と覚悟を決めてはいたものの、やっぱり「朝の静かな、一人の自由時間がせめて30分欲しい」という欲は止められず、6時ちょうどに布団を抜け出そうとしたところ子供が起き、気づき、泣きわめき…

試みは早速失敗に終わりました。はぁ。そんなに簡単に思うようにはいかない。

というわけであらためて「どんと来い」と覚悟を決め朝からフル回転で朝食準備、着替え、掃除、洗濯…とこなしていたら案の定こどもが退屈して泣き出す。抱っこしろ、自分にもっとかまってくれ、外に連れてってくれ、などなど、言いたいことはいくらかあるらしい。最近、思い通りにいかないことがあると急に床に仰向けになって手足をバタバタさせて大声をあげるようになったので、参ってしまう。まさに「駄々っ子」の図。

うーん、甘えたいんだよねきっと、と思って近づくと即座にしがみついて膝によじ登りそこから離れなくなるので私も身動きがとれなくなる。トイレにも行けない、歯も磨けない、外出の準備ができない。

こうなってくるとストレスフルなのである。いやそうなるのはわかっちゃいるんだけど。
ああ保育園ってすばらしいよねほんと。

北風吹き荒ぶなか、区の子育て支援施設へ行った。もちろん我々がきょう一番最初の利用者であり、スタッフのお二人も待っておられた。冬になるにつれて午前中の利用者が減って行くのがわかる。

それから11時を過ぎるといつものようにレストランへ行く。きょうはマルゲリータを食べた。というか私の食べたのは「みみ」の部分だけでほとんどをこどもが食べた。無言で黙々と食べた。ピッツァイオーロ(ピザを焼く人)をもはや認識しているので彼の顔を見てずっと手を振っていた。

昼寝をさせたのもつかの間、1時間ちょっとで起きてしまった。機嫌は最悪で、泣きわめくこと40分。相手をするのもさすがに疲れて、私も寝たふりを決め込んだ。再び入眠することができずにさらにイライラをつのらせ、呼吸困難になるのではないかというくらいに泣いた。

それで、3時半ごろ、みかんを食べさせると泣き止む。せんべいもあげた。もっとみかんを食べたいらしく、棚の上のオレンジ色の集合体を指差していたがそれ以上はあげなかった。そしたらまた泣く。

あっという間に夕食の時間がやってきて、パスタを一皿と納豆卵焼きとかぼちゃと(また)みかんを食べた。さすがに食べ過ぎだろうということで制止し、さっさと寝かせることにした。7時すぎ、コロッと寝た。やっぱり疲れていたのだ。

かくしてようやく私の自由時間がやって来たわけだが、もはや私も眠くて仕方ない。パスタを子どもと一緒に食べておいたのは正解だった。たぶんあと1時間くらいで私もお休みである。

Saturday, 6 January 2018

疲労と楽天

めちゃくちゃ疲れた。きょうはちょっと仕事が重かった。朝早くから出勤しなければいけなかったのもある。久々に神経を使ったというのもある。とにかく疲れた。

こどもが8時半ごろにようやく寝たのでさっきソーセージと卵ごはんと納豆を食べた。なんとか落ち着いた。

ストレッチをしても身体の疲れが取れない。こういうときはどうするのが一番効果的か?答えは、運動をすること。ええ、疲れているのにそれは無いだろ、と思うかもしれないが、冬の、こういうタイプの疲れには運動が一番きく。合気道とか、水泳とか。汗をかいて身体のすみずみまで細胞を起こすこと。ああ、やりたいなあ。合気道とか水泳とか。

冬は筋肉が凝り固まって仕方ない。意識していてもいつのまにか猫背になっている。毎朝ラジオ体操をしても、寝る前にYouTube見ながら10分エクササイズをしても、やっぱり凝り固まっている。

来週のどこかで運動ができるだろうか。

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気がついたら楽天のプラチナ会員になっていた。なんということだ。まんまと楽天のワナにはまっているではないか。黄色と赤のウェブサイトで購買意欲をまんまと掻き立てられている。

電動自転車の購入がやはり大きかった。そのあとはオイルヒーターを自宅用と実家用に二台。その他こまごまとしたもの(日用品から、こどもの名前スタンプまで)を次から次へと楽天で購入した。

かつて、楽天にだけは手を出すまいとしていたのが信じられない。ウェブサイトがうるさい感じがしたし、いかにも「ワナ」的な印象があったので楽天だけは選択肢から常に除外していたというのに。

それが今となっては、暇さえあれば楽天のウェブサイトを開いている。ほとんど無意識にサーチバーに「r」を入力しているのだ。ああ、消費者よ。なんと弱くて脆いのか。

Friday, 5 January 2018

カレーと仕事始め、保育園始め

セブンイレブンのレトルトカレーに冷凍していた玄米を入れて食べております。おいしい。カレーってこんなにおいしかったっけ?特にカレー好きというわけでは無いけど本当にときどき「カレー食べたいな」と思う時がある。正月5日、ちょうど世の中で「(そろそろ)カレーでも食べたいな」と思う人たちが出てくるピークの時期かもしれない、とカレーを袋から皿に移しながら思ったのでした。それにしてもおいしい。たぶん百円くらいだった気がするけど、このレトルト。11月はじめ(だったと思う)に子どもが発熱して家にいなきゃいけなくなったときに「この際買い込んでおこう」とセブンイレブンで2000円くらい色々買ったときがあった。たぶんその中の一つだったのではないかしら。

さて、今日からごく普通に仕事始め。行くまでは「わー久しぶりだなあ」と少し緊張感があるものの、始まってみればなんの、あっという間に日常に戻る。えーと、15分くらいで。

とはいえ、仕事と言っても自分が職場に行くだけで済むわけはないのである。仕事始め、ということは子どもも「保育園始め」なのだ。朝起きてから、朝食を食べさせ、着替えさせ、片付け、自分も準備して…という流れを久しぶりにやるとやはりいつもより時間がかかる。毎日のリズムがあるので、年末以来のこの流れにちょっと手こずった。

年末は嘔吐、下痢、食欲不振、とどめに発熱という体調不良が続き、12時ごろで帰宅させることが続いたし、久しぶりにフルで1日保育園に行くので元気でやっているかどうか、ちょっと心配だった。そこでいつもより30分くらい早めに迎えに行ってみた。

先生いわく「とっても元気でーす♪」ということだった。よかった。安心した。連絡帳には「お散歩のときにスコップとシャベルを鳴らして“てんどんマン”のようでした」と書いてあって笑った。ああなんて可愛いのだろう。いやはや、元気が一番である。

それにしても保育園の先生というのは明るいなあ。行くだけでこっちも元気が出る。ところでどうやったらあんなに高い声を出せるのだろう?

Thursday, 4 January 2018

新年だからと言って相変わらず目標はない

前回の投稿の翌日から郷里へ帰った。そして今日また東京に戻って来た。
東京に戻って来た直後はとてつもないストレスを感じる。いつもそうだ。実家を出る日には、まさか自分があの狭く表情のない空間にこれから戻っていって暮らせるとは少しも想像できない。

しかしながら日常に戻るのは早い。その日の夜にはなんとなくいつもの感じを取り戻している。やっぱり生活のベースはこちらにある、という証拠。明日から早速仕事が始まる。

この1週間、子どもは自然のなかでのびのびと動き回った。その子どもも明日から早速また狭い狭い、庭のない保育園に通う。申し訳ないような気もするがこれが日常なのである。「仕方ない」というより、慣れてしまえば何の困難もなくなる。むしろ楽しくさえできる。すべては自分次第である。

さて、新しい年が明けた。やはりこれと言って目標などはない。というか設置しない。たいていの場合、目標を立てた後、1週間もすれば目標を立てたことすら忘れていたりする。

1月1日だから目標を立てるのではなく毎日を精一杯に生きるのである。明日死んでも悔いがないように。元日じゃなくても、その日その日が特別なのだから。後戻りはできない。

とはいえ、健康には気をつけたい。9月から圧倒的に忙しくなり、自分のことをいろいろ後回しにし続けている。最低2ヶ月に一回の歯医者と、睡眠の負債をためないことは気をつけるつもり。

眠い

うーむいろいろ書きたいことはあるのだが今日はとにかく眠い。昨日は代休できょうは久しぶりに普通どおりの仕事だったが、これが眠いのなんのって。昨夜いつもと寝る位置を変えてみたら予想どおり子どもが途中で起きてこちらの睡眠も妨げられるという事態に陥ったため睡眠不足がひどい。座っているとい...