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ブログを長く続けている

ふと思い立って、このブログの最初の投稿を見てみたらちょうど9年前の8月だったようだ。開設してだいぶ長いこと経つ。これ以前にもいくつかブログを書いたことがあるのでブログ歴は9年どころじゃない。15年近いのではないか。その当時はブログがちょっとした流行りで、そのへんの友だちが次々に開設していた。ライブドアが最初は一番多かった。それから数年後、ミクシィというものができて、フェイスブックができた。インスタグラムができた。そうやってみんな段々と文章というものを書かなくなってきた。写真が中心になり、ごく簡単なことばを掲げるようになった。ことばがどんどん軽くなってきた。

ある程度まとまった文章を書くとなると時間が必要である。そして読者を意識する必要がある。そしてテーマが必要である。昔、ブログ書いてたけどやめた、という人たちはきっとそういったものに対するモチベーションを失ったのかもしれない。そしてそのうちに「いったいなんのために書いてるんだろう」と思ったのかもしれない。

でもそんなに気合を入れる必要はない。15年書いてる者として思うこと:

・毎日投稿しなくてもよい。
・気が向いたときに頭のなかを整理するつもりでキーボードに向かえばよい。
・長い文章を書く必要はない
・テーマたるテーマはなくてもよい

そして大事なのが

・読者を意識しない

ということ。もちろんある程度は意識するだろうがこの場合は「誰が読んでいる」という具体的な人物の顔を思い浮かべるほど意識しなくてよいということだ。(そうすると書けなくなる。)つまり誰が読んでも良いように書く。書くのに責任が伴う。それくらい「公」な場であると思っている。じゃあ私的なことはどこに書くのか。直接しゃべりたい相手に会ってしゃべればよい。(フェイスブックでも良いかもしれないけど、あれはどうしても偽りの姿が見え隠れするんですよね。)
ところで:
フェイスブックではあまりにもみんな幸せそうで、
インスタグラムではあまりにもみんな美しい。
そんな現実あるかよ、と思ってしまう。

その一方でツイッターは本音が出てていいよね。

場面転換によるブレイクスルー

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ここ二日くらい涼しい。風がよくとおる。特に朝晩は寒いくらいだ。今朝は寒かったので窓を閉めてしまった。空気が、小さい頃に行ったキャンプ場のそれを思い出させる。二日連続で5時半に起きている。田舎の朝はとても気持ちいい。 ここに来て一週間、こどもがボールを投げるようになった。今まで知らなかっただけかもしれない。できたのに投げる機会がなかっただけかもしれない。父がプール用に買っていたビニールのボールをつかむと頭の上まで高く上げてポンと投げる。投げるといってもまだ「落とす」に近いのだが投げたあとにキャッキャと喜ぶのでやはり投げたという達成感があるのだろう。
しばらく前からこどもは手づかみで食べ物を口に運ぶようになっていたが、東京にいるあいだはその「てづかみレパートリー」とでも呼ぼうか、手づかみさせられる食べ物の種類が少なかった。が、ここに来て「あ、これもいけるのか」といろいろ試してみたらうまく手づかみで食べられた。
一週間たって思うが、やっぱり時々場所を変えるのは大事だ。子育てに限らず。6月ごろの投稿でも書いたが、ひとつかふたつ、期待もしていなかったブレイクスルー(突破)が迎えられる時がある。たとえば手づかみレパートリーとしてかぼちゃと米が加わったが、畑から穫れた新鮮なかぼちゃは東京のうちにはないし、毎日米を炊く習慣も東京のうちにはない。環境を少し変えて非日常を体験するだけでいろいろなヒントがもらえるのである。ふだん分かっていたつもりでも見る景色が変わっただけで「あ、そうか」と思えたり見方が変わったりすることがある。やっぱり旅をしたり外出したりして場面を転換するのは大きく意味のあることだ。
*********************** きのうは友だちに会いに行った。私が、故郷で人に会いに行くなんてとても珍しいことだ。こどもを連れて、短時間だったが会えてよかった。やっぱり直接会うのは大事だ。ネットつまりSNSで分かることも多いしつながってる気にもなるが直接顔を見ることにはかなわないと思う。もちろん移動するのに時間も手間もかかるが、それ以上の価値があるし、人どうしの関係というのはそもそも「直接」である。今も、昔も。顔を見ること、声をきくことが基本だ。SNSで相手は理解できないし、あれはきわめて一方的である。


村上春樹を読んで休暇を過ごす

二日前の夜中、二時半から三時半ごろにかけてこどもが寝付けず、だいぶ泣いたのできのうは一日ずっと寝不足状態で過ごした。ところがうって変わって昨夜はほとんど起きなかった。ほとんど、というのは、10時頃に一回むくりと起き上がって少し泣いたのでミルクを160cc飲ませたから。8時の就寝から今まで、寝付けなくて泣くということはなかった。素晴らしい。昨日は涼しかったおかげだろうか。それとも日中穏やかに過ごせたということなのだろうか。やっぱり一進一退なのである。AすればBになる、のような決まり切った機械的な動き(たとえば寝る前にミルクを飲めば起きない、とか)はない。それぞれの子どもにそれぞれの育ち方があるのだろう。一進一退。

この一週間だいぶだらだら過ごしている。暑かったのもあるけど。正しい休暇の過ごし方だ。バカンスというのはからっぽという意味なのだから、休みだからと言って特別に何かをするのは間違っている、と私は思う。普段生活しているところから物理的に距離をおいていったんからっぽになる。ひとつやることを持ち帰ってきているのにそれに手も出さずにいる。

ひたすらやっていることと言えば、村上春樹の『騎士団長殺し』を読むこと。こどもを保育園に預け始めた7月からようやくちゃんと読み始めることができた。7月には上巻を読み終えていた。父親が春に買った下巻がすでに実家にあることが分かっていたので、東京で下巻は買わずに実家に帰るのを待っていたというわけ。そしておそらく今日で読み終わる。

2月の発売以来、夏になるまで本に「入り込む」ことができずにいた。やっぱり読むにはいろいろな条件が必要なのである。

・一人になること
・静かであること
・上記がそろったまとまった時間がとれること

これが、こどもが保育園に行くまでなかなかとれなかった。

きょう読み終えるのは惜しい気もするがやっぱりやめられない止まらない、でした。次の小説出るのまだかなー

故郷にいます

月曜から故郷にいる。飛行機は無事に飛んだ。期待通り、欠航を恐れた人々があらかじめ便を移動していたので満席だったはずの便に空席ができていた。いつもどおり最後に搭乗し、空いている席を見つけて移動を希望する。というわけで今回も3席分をこどもとふたりで使うことができた。

こどもは生後11ヶ月目にしてなんと11回目の搭乗である。国際線含め。ほぼ毎月飛行機に乗っている計算である。

それにしても暑い。南国である。スコールみたいなのが降る。もはや熱帯である。湿度で押しつぶされそうになる。東京でこれは無い。

違う環境で刺激を受ける

きのうは少し暑さが戻った。
昼から合気道の懇親会があり、子どもを連れて道場へ行ってきた。一人一品持ち寄りということになっているが手の混んだ料理をする時間はない。スパゲティをゆでてジェノベーゼで和えるだけにした。

いつ子どもを寝せるか?いつ準備するか?
外出するとなるとこれが重要課題となってくる。そこで朝からおおまかな計画を立てておいた。

起床はだいたい6時で朝食はだいたい7時。これはいつもの通り。8時すぎにいったん外へ連れ出し、公園でぶらんこして遊んで9時には戻る。案の定眠くなってくるのでそこで寝せる。いつもなら30分程度で起こすがきょうは寝たいだけ寝せた。午後に機嫌良くいられるように、そして、その間に私が準備できるように。11時ごろまで寝たのでその間にスパゲティを茹で、「一品」の準備。それと同時にこどもの昼食を作った。11時過ぎに出発。だいたいうまく行った。

道場にはたくさんの人がいて盛り上がっていた。普段稽古に行けていないのでここでみなさんに会えて嬉しかった。こどもにとっては、こんなに大勢の人がいる場所が珍しく、最初の一時間ぐらいはだいぶ緊張しているようだった。声も出ないしびっくりしてしまって私から離れない、動かない。半年前は全然そんなことは無かったのに、と思うとこれも成長のひとつなのである。

こういう経験は貴重だなあとあらためて思った。こどもはとても良い刺激を受けている。いろいろな人に会わせると、いろいろなことを子どもにしてくる。頭を撫でたり足を触ったり写真撮ってきたりいないいないばあをしたり鼻をつまんだり抱っこしたり。神経質になると親としてそういうのも遠ざけたくなるのかもしれないけど、子どもにとってはこれもすべて経験だ。100人いれば100とおりの接し方があるし、外の世界ではもっといろいろなことがある。抗菌状態で過ごさなければいけないような新生児ならまだしも、もうすぐ1年を生き抜こうとしている人間である。普段の生活でこれだけの人に話しかけてもらうことはなかなか無い。眺めていると、扇風機へ突進する子どもを、周りの中学生が笑いながら静止してくれている。「おいそこコンセント抜いちゃって」と指示を出す男子。そうしているうちにその子の背中にがっしりしがみつくこども。いい刺激を受けている。間違いない。

欠航不安

明日からしばらく郷里でゆっくりする予定なのだが飛行機が飛ぶのかどうか心配で仕方ない。台風の影響で欠航になる可能性があるからだ。心配してもどうしようもないのは分かっている。しかし空港まで行って「欠航になりました」と言われてそのまま家へ戻る、という事態だけは避けたい。そんなのいままでに一度も無い。出発を妨げられるというのはさぞ気持ちの悪いものだろうと想像がつく。

私の予想では、心配していたほど台風の影響は無くてそのまま飛行機は飛び、欠航を恐れた人たちのおかげで満席だったフライトから少し人が減り、となりのいない席も増えてこどもをつれても気兼ねなく飛べる…のではないかと期待している。

こどもはせっかく慣れてきた保育園からしばらく遠ざかることになる。勿体ないような残念なような気持ちもするが、再び通い始めたときに保育園のことを忘れているということはないだろう、きっと。だから、ゼロからのスタートではないはず。

毎年この時期は日本を脱出して、遠いどこかで過ごしていることが多かったので、こうやって八月のはじめを過ごしているのは珍しい。(去年は妊娠していたから仕方なかった。)みんなが休んでいるときにいっしょに休む必要もない一年だったので、ピークをさけて飛行機にのることができた。何度も。

そう、もうすぐ育休が終わるのだ。とても早かった。そして結構忙しかった。ドタバタしている間にめまぐるしく過ぎて行った。初めての経験だったが、やっぱり一年間の休業はちょうど良かった。産後2ヶ月ごろ、いろいろ辛いながらも「ほらみてごらん」と言いながら子どもと見上げた銀杏の木の黄色はたぶん一生忘れないと思う。

職場復帰に向けて、11ヶ月のメモ

きのう、職場復帰に向けての打ち合わせと引き継ぎに行ってきた。話を聞いているうちにワクワクしてきた。正直なところ楽しみで仕方ない。「実際始めたらほんとに大変だから」とか「想像以上にきつい」とか人は言うけれど(そしてきっと本当にそうなのだろうけど)今現在の私の気持ちは「楽しみ」これに尽きる。そういう職業、つまり、一年ぶりに働くことを心待ちにできるような職業に出会えて本当に良かったと思う。仕事を始めて11年目。確かに嫌なこともたくさんあるけど、好きか嫌いかと言われると、好きだ。大好きだ。ほかの人に自慢できるくらい、楽しい仕事をしていると思う。

おそらく、周りの人が言うとおり、想像を超える大変さが待ち受けているのだろう。子育てと仕事を両立させるというのがいかに大変なことなのか、未知である。初体験である。何も知らない。甘く見てはいけないところもあるだろうし一体どの程度まで頑張って(あるいは頑張らなくて)よいのか分からなくなるかもしれない。いずれにせよ、正解は無い。嫌いなことに無理に耐える必要はないし、楽したけりゃ楽していい。私の人生の主役はほかでもない私である。

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こどもについて、11ヶ月と5日のちょこっとメモ。

今週ついに、保育園に預けるときに泣かなくなった。少し「ひひーん」と言いはするものの以前のようにひどく泣くことが無くなった。こっちが拍子抜けするくらいである。おそらくここが楽しいところで、友達に会えるしおいしいもの食べられるしそもそも自分に危害を加えるわけではないということが理解されはじめた様子。

それとほぼ同時だが、きのうとおとといはほぼ夜中起きることなく寝た。どうしても夜中に授乳しないと寝ないという状態がずっと続いていたがきのうときょうは必要なかった。今朝は4時半ごろにちょっと起きたので早過ぎると思って哺乳瓶に残っていたちょっとミルクをあげたらそれで6時まで寝てくれた。おかげでこっちもよく眠れている…はずなのだが、きょうは昼間にやたら眠い。なんだろうな。