Tuesday, 18 December 2018

たたかいの日々

昨日の朝。5.59に目覚ましで起きた。目覚ましが鳴るまで寝ているのは珍しい。しかも前の晩は8時に寝たのだ。10時間ずっと寝続けていたことになる。疲れていたのかなと思いながら紅茶をいれて座ってパソコンを開く。30分するかしないかのうちにこどもの足音がした。開口一番「きゅうきゅうしゃ」。いつもと同じである。しかしその後がちょっと様子が違った。いつもより断然機嫌が悪い。なにがきっかけだったか忘れたけど泣き出した。そしてミニカー類を床に投げ始めた。「いや」「いや」をずっと言っている。それからおむつを替えようとしたらさらに泣く。いつもなら放っておくが昨日はおむつがもはや吸水できない状態にまでなっていてズボンも濡れていたのでむりやり脱がせた。そうすると嫌がってさらに泣く。パニック状態に陥っている。ものすごい泣き方。耳が壊れる。新しいおむつを取って来たらそれもいやがり、なんと捨てたオムツの入っているゴミ箱へものすごい勢いで駆け出し、ビニール袋を中から引っ張り出して来た。もうこうなると手がつけられない。「ぎゃああああああ」「いやいやいやいや」放っておけないのは下半身素っ裸だから。このまま床に漏らされたらたまったもんじゃない。むりやりオムツを履かせようとするとものすごい勢いで足を動かし私を蹴る。涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっている。それでもこっちも負けておられずほぼ力ずくでの戦いとなったが結局、オムツもズボンもはかせても自分で全部脱いでしまうので、もう何をやっても無駄な状態となった。「風邪ひくよ。知らんよもう」と言いながら放っておくと案の定そのまま床におしっこをした。ところがそのことが本人どうやら結構ショックだったらしく「ぴぴ、ぴぴ〜〜」と言いながら号泣。ちなみに「ぴぴ」とはイタリア語でおしっこのこと。みずから足を私に差し出し、大人しくオムツを履いた。成長の過程なのだろうか。そこで泣きわめくのが終わったわけではない。すぐに「なんか食べる」というので「じゃあソーセージ焼こうか」というと今度は「そーせーじー!!!」と言って泣き出す。それから170回くらい「そーせーじ」と泣き叫び続けている間にソーセージが焼けた。ここ2週間くらい「大荒れ」である。

その「たたかい」の間、私も子も涙を流していた。相手は子どもだしイライラしても仕方ないのはわかっているのに。去年の三月ぐらいだったか、家に帰りたくないと思ったことがあったけどもしかしたら今はそれ以上なのかもしれない。家にいるのが辛い。もう無理、と思う。

案の定、こういうことを私の両親に話すとたいてい「子育てってそういうもんさ」という言葉が返ってくる。これも、こう言われると分かっているけどがっくりくる。先輩の言葉、みたいなのは本当にいらない。何を言われても嬉しくない。だったらどういう声かけをしてほしいのかと言われてもわからない。早く終わってくれ、イヤイヤ期。

というわけで現状で「こどもっていいよ」「ほんとかわいいよ」みたいなセリフはなかなか私の口からは出てきません。

Sunday, 16 December 2018

忘年会に連れて行く

仕事に少し余裕が出るとこうやってブログを更新する時間もできるのだなあと11月と比較して思う。そうかもう12月は半分終わったのか。早い。

きょうの昼は合気道の忘年会があり、こどもを連れて行ってきた。最近土日はろくに昼寝をしない。よしそれなら12時開始の会にだって連れて行けると思い、行った。行ったらとても楽しかった。正解だった。広い道場で好きなものをいくらでも食べていろいろな人に声をかけてもらえる。こんな経験は滅多にない。「あいきどう」という言葉も覚えていて、「合気道ってどうやってするの」ときくと「ぱん!」と答える。まったくもってその通りだ。投げたり受けたりでパン!とかバン!とかいう音が繰り返される。同じ2歳の子がいたのだがその子はあらかじめ準備されたものを食べていた。そうか、そんな時期もあったっけな。いつだったかな。空港でお昼を食べるから、といってタッパーにごはんを詰めて使い捨てのスプーンを持って行く、みたいな時期。

ひたすらはしゃぎまくって、ちょっと早めに退出して帰った。それからひとしきり家で泣き(「おうちきゅうきゅうしゃいや」というセリフを170回くらい繰り返した。外で本物の救急車を見たい、おうちにある小さな救急車じゃなくて、という意味。)、泣きながら眠りについた。やれやれ、である。

それでもやっぱり「連れて行くと大変だよなあ…やっぱやめとこうかな」と思っていた時期に比べれば格段に楽になったと思う。

しばらく前に「子どもは衛星みたいなもの」という言葉をきいて、そうだよなと思った。今だからこそそうだよななんて思えるのだろうけど。自分の周りをぐるぐる回っている存在で、私の行くいろんなところについて行く。そしていろいろなことを体験する。美術館にも海外旅行にも合気道にも水泳にも行く。こどものために自分を犠牲にしなければいけないことは多々あるのだがそう簡単に自分のことも諦められない。自分を犠牲にしていると思い続けると、たぶんそれは危険で、いつかいろんなことを子供のせいにするようになってしまう。いや、今そうなりつつあるのかもしれない。

Saturday, 15 December 2018

咳とイヤイヤ

昨日。金曜平日。仕事は木曜で終わらせているので行かないことにして貴重な平日休みとなった。映画のチケットが手元にあるので見に行こうかなと思ったが時間が合わず。咳がひどかったので病院に行ってきた。半年に1回くらいこういうことがある。病院に行くレベルの咳。半年に1回というのはつまりエアコンを使う季節でもある。乾燥に弱い。治るだろうと思って放置しておくと2ヶ月くらいそのままだったこともある。熱があったり吐き気がしたり、というわけでもないので放置しやすいのは事実だが病院に行くと結構あっさり治る場合が多いので昨日は迷わず行ってきた。実際、もらった薬を飲んだら結構すぐに良くなったし、夜中咳で眠れないということもなかった。やっぱり行ってよかった。病院で言われたのは「とにかく水分とってね」ということだった。水、全然飲んでないや、そういえば。

昨夜12時過ぎぐらいに寝ていた子供が泣き出した。何がきっかけだったか覚えていないが、消えている電気をつけてくれとかそういうことで泣き出した。「つけたい つけたい」を500回くらい繰り返した。電気をつけると別のことで泣く。「みず」とか。それで水をあげると「いや」と言う。その後「あっちいきたい あっちいきたい」を繰り返す。何をしても同じである。こっちも涙が出てきた。耐えられない。寝せてくれ。もう辛い以外のなんでもなかった。何を言っても聞かない、聞こえない。抱こうとしても振り払う。寝ればいいのに寝ない。私を蹴る、たたく。これが1時間は続いたと思う。結局子の父親がなんとかしてくれた。神様。

最近本当に「もう限界」と思うことが多すぎる。逃げたくなる。そんなこんなでまた週末がやってきた。憂鬱である。混じりっけなしの憂鬱。

Friday, 14 December 2018

2歳と14日のきろく

こどものイタリア語が「すんげぇ」進化している。「どちらもしゃべるの?」と他人に聞かれると「まあ日本語が中心ですけどイタリア語もわかってるみたいです」と言っていたのがしばらく前。しかしこの1ヶ月くらいで確実に言えるのは「イタリア語が中心ですけど日本語もしゃべれます」ということ。変わってきた。家では9割くらいイタリア語をしゃべっていると思う。実家の父母と私が(もちろん日本語で)話しているとわかる言葉があればそれを横からいちいち全部イタリア語に訳してくる。たとえば

私「…で、誰もいなくてさ」
子「non c'era nessuno」
私「そう、ノンチェラネッスーノ、ね。そう、誰もいなかった」

ずっとこの調子。あと、ひとりごとはすべてイタリア語。すごいね、と声をかけながら私は本当に心から「すごいな」と思っている。

最近工事現場の用語が増え始めた。イタリア語で。ただし私も一度も使ったことない単語ばかりなので「え?なにそれ?」と尋ねることがとにかく多い。日本語でもなんと言うかわからないものがたくさんある。とにかく、おかげで私の語彙も増える。

つるはしのことをpicconeというのは知らなかった。あとはbetonieraがミキサー車。cingoloというのはなんと説明すべきか。車のキャタピラ部分?こんなの知るわけない。が、最近確実に私の語彙として加わった。furgoneというのはバスとワゴンの中間くらいの車。バン?と呼ぶのかな。

単語だけではなく文になってきたし、女性名詞と男性名詞もなんとなく使い分け始めている気がする。冠詞がつくようになる日も遠くないのだろう。すげえよ、ネイティブ。

せきどめのシロップを飲ませて、そのあと粉状の「ドライシロップ」を取り出したら「tipo...」という。tipo ~ というのは「〜みたい」というい意味で、英語だとlikeとほぼ同じ。

「tipo.. なに?」と聞くと
「tipo sale(塩みたい)」と答えた。おっとこりゃ驚いた。たしかに粉薬、塩みたいなのだけどそんなイタリア語が出てくるとは。同じことを日本語で言えるのだろうかと考えたが、たぶん「〜みたい」とはまだ言えない気がする。

イタリア語のネイティブと一緒にいる時間が長いので、こうなるのは自然と言えば自然なのだが思った以上の入っていきかたなので毎日本当に驚いている次第。

ここ数日は私も仕事に少し余裕ができて、保育園の送り迎えを父母一緒にやっているのだが、別れるときは「パパ」と涙を流して叫び、離れようとしない。「あのー マンマもいるんですけど」と言うと子供は「ちがう」と良い先生たちは笑う。二人で迎えに行っても私のことはほぼ素通り。そしてたまに私ひとりで迎えに行こうものなら「パパー!!」と言って泣き叫ぶ。「マンマが来たんですけど」と言っても「ちがう」らしい。どんどんパパっ子になっていく。

Tuesday, 11 December 2018

ストウブ来たる

きのうは賞与の日だったようだが例年通りそこまで気にしていなかったので「お、そうか」と思ったときには嬉しかった。そのせいかちょっと強気になって、楽天のスーパーセールで買おうと思っていた最後の大物を買うことに心に決めたのは職場にて。それから家に帰り、そのことはしばし忘れ、ようやく訪れた今朝の一人自由時間にてポチっとしようと思ったら、あれ、楽天の画面がなんかおとなしい…なんか違う。もしかして… そう、スーパーセールは11日の午前1時ごろ終了していたのでした。ガビーン。

まあ、でも、これだけ迷うくらいのものだし、まだ迷いが残っているくらいなので、そこまでショックでは無い。いますぐ生活に必要というわけではないし。ただ、あればちょっと生活がより快適になるんではないかな、と思う。また次回に持ち越すこととしよう。

というわけで、今回楽天で買ったものは、まあいくつかあるんですがそのなかでも大きかったのが:

「ストウブ」!!!


ストーブ?ではない。暖房器具ではない。鍋です。我が家にはル・クルーゼがひとつある。おそらく22cm。これ使い始めてもう10年は経ったのだがいまだに大活躍である。鍋底も傷ついてボロボロなのだがそれでも全然かまわない。効果とそのすごさは巷で言われるとおり。

しかしこれが結構大きい。もう一回り小さい鍋が欲しいなと思うことが最近増えてきた。たとえばちょっとかぼちゃを煮たいときにこれだと大きすぎるので別の鍋を使わざるをえないのだが、やはり熱の回り方がちょっと効率悪いし時間もかかる。どうしようかなとずっと思いながら結局思い切って買うことにした。あちこちのブログでよく登場するストウブ。何ヶ月も調査(というほどではないが)を重ね、店頭でも実物を手にし、大きさもどれがいいか調査した。結果、色は(また)赤で、18cmにした。これはきっと重宝する。

届いてすぐに子供が遊び始めたので早速少し傷がついた。まあ良い。この程度で壊れるストウブではないはず。

ということで今はコンロの上に飾っている状態ですがやっぱり絵になる!

ところでそんなにものを増やしていいのかというと、もちろんちゃんと置ける場所を確保してから買った。不要なマグカップがいくつもあったのでそれらをリサイクルショップに出したらスペースできた。それから家にもう一つある土鍋みたいなのにひびが入っていて、もうすぐ壊れるだろうという見込み。私は使ってないんですけどね。心のなかでは「早く壊れろ」とさえ思い続けているここ数ヶ月。

たぶんこれから一生モノの付き合いとなる、ストウブ。使い心地についてはまたいつか。

Monday, 10 December 2018

こっちが泣きたいわ

また爆発してしまいましたね、週末。怒鳴ってもどうしようもない相手に怒鳴る虚しさと情けなさと言ったら。辛い以外のなんでもないなこれはと思った。

昼寝をしたいくせに昼寝しない。疲れているものだからわがままも余計にエスカレートする。寝る用意をするとここは嫌だと言って泣き叫ぶ。そして蹴る。ものを投げる。夜はお風呂に入らないと言って泣く。むりやり入れると今度はお風呂からあがりたくないと言って泣く。

もう勘弁してくれと本気で思った。週末だけでこどもは500回くらい「いや」という言葉を言ったのではないだろうか。

ずっと目が離せなかった時期よりは確実にましなはずなのだが意志が強くなってきて体重も重くなってくるとそう簡単には「動かす」ことができなくなってくる。

日曜夜には例のごとくまったく気力がなくなり、笑う余裕もなかった。それでもこどもが布団に転がり込んでくると、それはもう暖かくていいにおいがして本当にかわいいと思う。小さな足をにぎってあげると安心して眠りにつく。愛おしい。ただこれは1日のうちのほんの一部である。

美談?を語る余裕はない。SNSでこどもと写った、キラキラした写真を投稿できるとしたら、それはやっぱりほんの一部、いや文字通り、写真を撮ったその一瞬にすぎなくて本当の私の「日々」はもっとずっとドロドロしている。散らかった部屋を片付け、食器を洗い、洗濯物をたたみ、掃除機をかけるのがここにいる時間の大半なのではないかとさえ思う。行き場のない怒りとイライラにまみれている。

通常、人生のあらゆる場面にはいくらか選択肢があってそれらを選べば次に進んでいく場合が多いのだが、こどもが「ギャー」とか「いやー」とか泣き叫んでいるのを目の前にしたとき、私にはそれを解決に導く選択肢がない。そのことに昨日気付いた。前にいくのか?後ろにいくのか?右?左?どちらもできない。というか無い。そこに置き去りにするか、怒鳴るか以外にない。それが「選択肢」だとすれば。抱きしめてあげればいい?ゆっくり話をしてあげればいい?いやいや、そんなんで済んだら苦労はしない。そんなのは今の私にはおとぎ話にしか聞こえない。抱きしめても振り払われるし泣き叫んでいるのだから話しても聞こえない。

耐えるしかないのはわかっているが、耐えられないときもある。だって私も人間なのだ。きのう泣かれて思わず出たセリフはこれでした。

「こっちが泣きたいわ!!!」

Sunday, 9 December 2018

病院で土曜午前をすごす

こどものインフルエンザワクチン2回目を接種しに行かなければいけない。というのは分かっていながらもなかなか実行に移せないのはやはり自分の体のことじゃないからなのかもしれない。毎日思っているのに病院に予約と確認の電話をするのを忘れる。忘れつづけて1週間くらいたった。普段どおり元気にこどもは動いているしワクチン接種しなくても日々はいつものように平和にすぎて行くので必要性に迫られる感じもしないのだ。

とはいえ。

金曜夕方にまた思い出して電話をかけた。ということで土曜に行くことに。

しかしこども、金曜夜から咳と鼻水がひどい。これは怪しいな接種できんかもと思ったけどいずれにせよ行かなならんやろ、つまり先生に見せといたほうがよかろうという判断でこどもを連れて小児科へ。

「きょうは注射やめときましょう」

という結論。やっぱね〜。
しかしながら喉のぜえぜえがひどいので鼻水吸引と口開けて5分吸入を繰り返すことに。診察するたびに足の指に何か巻いて、体内の酸素量を測る。通常95は無いといけないのにきょうは91しかない。「ちょっともう少し待合室で遊んでおいで」を繰り返し、結局2時間以上小児科にいることになった。最終的に95を超えたので帰ってよしということになったが、そんなに数値が大事だったのだろうか?いずれにせよ親子ともぐったりだった。通常12時前に昼食をとるところがこの日は12時半。

仕方ないとはいえなかなか辛いものがありました。

ま、おかげで「ぜえぜえ」はだいぶよくなり、鼻水も出なくなった。熱はそもそもないけど、いまにも熱が出そうな感じだったのでやっぱ見せといてよかったと思った。

というわけでワクチンは来週に持ち越し。

たたかいの日々

昨日の朝。5.59に目覚ましで起きた。目覚ましが鳴るまで寝ているのは珍しい。しかも前の晩は8時に寝たのだ。10時間ずっと寝続けていたことになる。疲れていたのかなと思いながら紅茶をいれて座ってパソコンを開く。30分するかしないかのうちにこどもの足音がした。開口一番「きゅうきゅうしゃ...