Saturday, 14 September 2019

年齢で人を判断しない

本格的に仕事が始まって忙しいのだが同時にとても楽しい。そのためか今日から始まる三連休にはあまりワクワクしない。どうせなら月曜は仕事に行きたかったなあと思っている。

仕事が嫌で仕方なかった頃もあったのかもしれないがたいていは楽しんで過ごしていると思う。今、「呼吸のしやすい」場所にいることがとにかくありがたい。つまり、肩の力を抜いて、言いたいことが言えて、声を出して笑える職場。20代の時に感じた「とりあえず下っ端だから聞いとけ」みたいなことがようやく消えてきたと思う。こうなるまでに10年以上かかるわけだ。10年もかける必要はないし働き始めたばかりの人がベテランより優れていることはきっと山のようにある。私に今できることは、若い同僚を尊重すること。「とりあえず年下は言うこと聞いとけ」みたいな態度をとらないこと。年齢で人を判断しないこと。

さて、子の朝ごはんを準備します。


Thursday, 12 September 2019

9月始まってのつれづれ

9月から仕事再開して早12日。まだ12日間なのか、という感じもする。日本に帰って来たのなんてだいぶ遠い日のような。

当然といえば当然なのだがいっきに忙しくなる。いろいろなことが9月に迫ってくるのはわかっていたので7月のうちから先手を打って色々な仕事をリスト化し順番に片付けていた。資料の作成だけではなく印刷とかそういう作業も含む。なので、ここ1,2週間は7月の自分にだいぶ助けられている。

それでも忙しいことは忙しい。仕事と違って子どもという生きた存在があるから、その日その日でやるべきことが発生する。そしてそれらは予測不能。予測不能だからこそ日々にリズムを作っておくことは大事なのだ。規則正しい生活。すべてはそこに戻る。

ところで子供が熱を出している。おとといの夜から。昨日の夜も、寝ている間におでこを触るとまた発熱しているようだったのできょうもまた保育園を休ませるしかないと思う。

Saturday, 31 August 2019

時差ぼけと誕生日

時差ぼけ回復気味の私が帰国する二人を迎えに成田に行ったのが28日。それから3日が経ったがまさに時差ぼけとの闘いが続いている。これが大人だけならなんとかなるものの、3歳の子供となると大変なのである。

以下は大人にもこどもにも当てはまること:

(1) まず、初日はなんとなくまだ旅から帰って来たばかりでテンションが高かったり戸惑いがあったりする。同時に極度に疲れているのでぐっすりと眠りにつくことができる。なんというか、これが何年経っても「ふしぎな1日」なのだ。

(2) 2日目の夜、眠れなくなる。ぐっすり寝たあとなので、日中はなんとか「日本時間に戻ったかもしれない」という期待を抱きつつ過ごす。それから夜になると、少し眠っただけでそのあとは眠れなくなる。

(3) 3日目の夜もやはりまとまって眠れない。

(4) そのうちに、日中にものすごい眠気に襲われるようになる。これが1日か2日続く。

こうやって1週間を経過すると、どうにかこうにかもとの調子が戻ってくる、という感じだ。ちょうど我が家の2/3が(3)の状態にある。みんなそろって夜1時ごろに元気で起きているというのはとても変な感じである。こどもが8ヶ月のときにイタリアに連れて行ったが、そのときのことを思い出す。帰って来てからの時差ぼけも大変なものだった。小さかったので、抱っこしたまま真夜中にその辺を散歩したりした。

3歳となった今、ものごとが「わかる」だけ余計に混乱が激しいように見える。そう、混乱なのである。1ヶ月近く過ごした場所から、時差のこれだけ違う場所に1日をかけて移動して来るのだからそう簡単に適応できるわけはない。そして、眠れるはずなのに眠れないという状況をやや不思議に思っているようでもある。

東→西の移動は問題ない。たいへんなのはいつも西→東である。行った先で調子が狂うことがないので、そういう面ではヨーロッパ行きはアメリカ行きよりだいぶ良いのである。帰国後の混乱は帰国後に直せば良いと割り切るしかない。それにしてもこどもに付き合って連日夜中に起きているのは辛い。

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こどもが3歳になった。もう3歳である。3年前のきょう何をしていたかなと思うともうただひたすらに痛い記憶しかない。こどもを産む時が痛いと思っている人が多いかもしれないがもはやその時点では感覚を無くしている。痛いのはその前までである。陣痛。あの痛みはもう2度と体験しなくていい。断言できる。人類はどうかしている。感覚を持つ生物に耐えさせるべき痛みではない。出産の痛みは忘れるから、とかいう人いるけど、いやいや忘れませんよ一生。

というわけで3人とも時差ぼけと寝不足で苦しみながらの誕生日である。なんとか助け合いながら、お互いに休めるよう交代で子の相手をしながら午前を過ごした。来年はもう少し早めに帰国したほうがいいらしい。

昼に、いつものケーキ屋さんのケーキでお祝いをした。年々、より嬉しそうな顔をする。お祝いであることがよくわかるようになってきたのだ。

昼間に寝せるのは難しいけど少し昼寝すればいいなーと思いながら、子が静かにミニカーで遊んでいる横でパソコンを見ていた。そのうち、あれ、静かになったなと思ったらそのまま床で寝ている。滅多にないことなので、これは相当疲れていたということ。

本来は3時くらいで起こすべきかもしれないがせっかく寝たのでしばらくこのままにしておこう。

Tuesday, 27 August 2019

仕事に戻る

久しぶりに仕事に行った。8月1日以来だから3週間以上が経っている。こういうときにやや緊張するのは実際は自分のみで、周りは気にしていないし、私が久しぶりに来ているのかどうかさえ誰も知らないし、そもそも周りだって休んでいる。だから結局みんな久しぶりなのだ。

仕事のペースに戻れるか、というと、戻れる。というのも、職場もまだ休みみたいなものでみんなのんびりしているから。これから8月最終週、ぼちぼち通ってペースを戻すという感じである。

夕方から友人に会いに行った。気軽に会える友達が近くにいるのは嬉しいことだ。みんなもっと近くにいてしょっちゅう会えればいいのに。

こどもがいないのは寂しいけど、自分の自由時間が心地よい。やっぱり一人になる時間、自分のために使える時間が必要だ。

Monday, 26 August 2019

片付け、買い物、水泳

きのうは朝3時ごろからずっと寝ていなかったにも関わらずそのあと日中に睡眠をとることなく1日を終えた。朝6時とかそれくらい早くから普段なかなかできなかった場所の片付けをはじめた。それからやるべきことを一覧にして書き出した。いらなくなったピアスとブレスレットとネックレスをすべてリサイクルに出した。

10時ごろ出かけた。気持ちの良い天気だ。秋っぽくなって来た。それでも夏のワンピースを来て出かけた。電車のなかではどうも私だけ浮いているような感じがした。夏の終わりはこういうことが多いような気がする。

頭のなかには行くべき箇所が3箇所描かれていた。まずはイタリアでもらった万年筆のコンバーター購入。プロに見てもらって適切なコンバーターを出してもらう。「ヨーロッパ型ですね…」と言いながらスポイトでペン先を掃除する男性はまさにプロだった。モンブランの万年筆はカートリッジしか使えないということだった。watermanの万年筆2本はコンバーターを取り付けてもらえた。こういう、プロに頼んで小さい仕事を丁寧にやってもらうのが結構好きである。大したことない電池の交換とかでもわからない場合はプロに聞くとすっきりする。そして古いものをこの程度の手間で復活させるのも好き。その後、ヒカリエと無印に行って2時間くらいで帰る。それから家の片付けの続き。その間イタリアに一度電話。

4時ごろから水泳。夏休み終わりの日曜ということで人は多かったがそれでも快適に泳げた。海水浴もいいけどやっぱり普通に泳ぐに限る。

食べたいものをいくつか買い物して、ゆっくり家に帰る。こどもがいないので何時までに帰らなければいけない、という制限がない。なんという自由。家に帰ってふと気づくと7時から「村上radio」が始まるところだった。ビールを開けて、最高の気分でラジオを聞いた。ジャムセッションの収録が6月に行われたらしいがその録音が放送されたのであった。あまりに心地よくて気づいたらもう8時が近づいていた。村上radioが放送され始めてこれで一年くらい経とうとしている。「村上さんのところ」あたりから、村上さんが外に出てくる機会がだいぶ増えたなという印象。この5年間くらいだろうか。

9〜10時ごろにまたイタリアに電話。こどもはとても元気そうだった。あちらもそろそろ出発の日が近づいて来ている。

程よい疲れで気持ちよく眠りについた。暑さがないのでエアコンもいらず快適に眠ることができる。

Sunday, 25 August 2019

時差ぼけと夏の終わり

絶賛時差ボケ中である。

今回こそはいけると思っていたのに…!!


というのも帰ってきた日、23日はそのまま夜まで寝なかったのだ。これはおそらく、ここ14年間において初めてのことである。つまり帰国後はだいたい午後に眠りに落ちていた。

昨日(24日。と言ってもほぼ境がないのだが)を振り返る:

8時半。近所で行われる工事の音で起きた。前日の9時ごろに寝たからほぼ12時間寝たことになる。本当にぐっすり眠っていた。こどものいない状態でこの部屋で寝たのは初めてのことだった。

たぶん掃除とかしたのだと思う。10時前に家を出て、10時から美容院。これはこどものいない間にできることとしては優先順位高い。

昼頃家に戻り、家を修理する人がくるのを待つ。部屋の壁と床の間に隙間があり、そこから虫が出てくるのでそれを塞いでもらう作業。

それから少し暇になる。洗濯とかしている間にあっという間に時間がたつ。

5時半から合気道へ。こどもの世話を頼まずに好きなことができるって、なんて素晴らしいのだろう。汗だくになって帰宅。ビールを飲んで、水菜とツナのサラダ。オリーブオイルが無いことに気づく。いや、無いのはわかっていたのに買うのを忘れていた。明日やることリストに追加。

10時ごろ寝た。

と思う。ちゃんと寝れたのだろうか。それさえわからない。とにかく途中で眠れなくなった。寝返りを打ち続けた。どれくらい経ったかわからないけどおなかが空いた気がしたのでヨーグルトを食べた。それが3時半ぐらい。

それから全く眠れず、いろいろ試みたけど外も明るくなってきたので、寝ようとするのをやめることにした。もういい。

結局帰国後の3日間くらいはこうやって境のないような状態になる。実際何日が経過したのかさえ自分でも不明になる感じ。それが夏の終わりのぬるく切ない空気とあいまって、一つの情景というかノスタルジックな感覚として自分のなかに、確実に存在している。

さて、何をしようか。

Saturday, 24 August 2019

ひとり生活、知らない人には話しかけない

こどもが生まれて3年。初めてこどもなしで、東京ひとり生活を送っている。と言ってもほんの数日間だが。私は仕事があるので一人での帰国となった。

まず、こどもいなくて寂しいかなと思ったけどそれほどでもない。好きな時間に好きなことができるのは快適である。昨日帰ってきてから1)家が静かなこと、2)しなきゃいけないこと(こどもをお風呂に入れたりご飯作ったり)が無いことに少し戸惑いはした。でも日本とイタリアで簡単に連絡も取れるしとにかく元気であることさえ分かれば特に問題はない。面倒を見てもらえていることに感謝。おかげで長旅からの回復と、後片付けと、掃除に集中できる。

昨日夕方ちょっと買い物に出たときに、やはり日本って静かだよなとあらためて思った。これが悪いというわけではなくて、ひたすらに「違う」と。異様な静けさ。

そもそも、知らない人に話しかけることは滅多に無いのが日本。誰かに話しかけられるとも思っていないので、話しかけられるとみんなびっくりする。単独でいる時にはコミュニケーションreadyな状態ではない。だから逆に、誰かと社交する場となるときっと普段以上に神経を使うはずだ。表と裏とでも言おうか、差が大きいと余計に疲れるだろう。これは田舎だとちょっと違うかもしれない。

いっぽうイタリアでは隣の人に話しかけるのは普通である。何もおかしいことではないしこれはイタリアに限ったことではない。結構ふつうにバス停で「雨降ってきましたね〜」みたいなことをお互いに言い合ったりする。飲食店の店員と世間話をする、とかも日常である。これが日本だと、話をするとなると余計に気合いが入ってしまったり、どこで話を切っていいかわからなかったりするのだが、こういった社交スキルに長けた人たちは適度な話の長さと質が自然と身についている。

東京に帰ってきて最初に感じる寂しさが、この、知らない人と会話をするのが当たり前ではないという環境。寂しいし、もったいない。

さらに、話をしたとしても目を合わせない。まっすぐ目を見て話すということがどうしても身につかないのだ。大人がそうなのだから、あたらしく生まれてくる子供たちがそう育つわけがない。

「日本はそうですから」と開き直るのもありかもしれないが、もはやそうは言っていられないのではないか。帰国してすぐの諸々の感想というのは結構フレッシュかつ今限定のものなのでこうやってあえて記しておく。

年齢で人を判断しない

本格的に仕事が始まって忙しいのだが同時にとても楽しい。そのためか今日から始まる三連休にはあまりワクワクしない。どうせなら月曜は仕事に行きたかったなあと思っている。 仕事が嫌で仕方なかった頃もあったのかもしれないがたいていは楽しんで過ごしていると思う。今、「呼吸のしやすい」場所...