Saturday 24 August 2019

ひとり生活、知らない人には話しかけない

こどもが生まれて3年。初めてこどもなしで、東京ひとり生活を送っている。と言ってもほんの数日間だが。私は仕事があるので一人での帰国となった。

まず、こどもいなくて寂しいかなと思ったけどそれほどでもない。好きな時間に好きなことができるのは快適である。昨日帰ってきてから1)家が静かなこと、2)しなきゃいけないこと(こどもをお風呂に入れたりご飯作ったり)が無いことに少し戸惑いはした。でも日本とイタリアで簡単に連絡も取れるしとにかく元気であることさえ分かれば特に問題はない。面倒を見てもらえていることに感謝。おかげで長旅からの回復と、後片付けと、掃除に集中できる。

昨日夕方ちょっと買い物に出たときに、やはり日本って静かだよなとあらためて思った。これが悪いというわけではなくて、ひたすらに「違う」と。異様な静けさ。

そもそも、知らない人に話しかけることは滅多に無いのが日本。誰かに話しかけられるとも思っていないので、話しかけられるとみんなびっくりする。単独でいる時にはコミュニケーションreadyな状態ではない。だから逆に、誰かと社交する場となるときっと普段以上に神経を使うはずだ。表と裏とでも言おうか、差が大きいと余計に疲れるだろう。これは田舎だとちょっと違うかもしれない。

いっぽうイタリアでは隣の人に話しかけるのは普通である。何もおかしいことではないしこれはイタリアに限ったことではない。結構ふつうにバス停で「雨降ってきましたね〜」みたいなことをお互いに言い合ったりする。飲食店の店員と世間話をする、とかも日常である。これが日本だと、話をするとなると余計に気合いが入ってしまったり、どこで話を切っていいかわからなかったりするのだが、こういった社交スキルに長けた人たちは適度な話の長さと質が自然と身についている。

東京に帰ってきて最初に感じる寂しさが、この、知らない人と会話をするのが当たり前ではないという環境。寂しいし、もったいない。

さらに、話をしたとしても目を合わせない。まっすぐ目を見て話すということがどうしても身につかないのだ。大人がそうなのだから、あたらしく生まれてくる子供たちがそう育つわけがない。

「日本はそうですから」と開き直るのもありかもしれないが、もはやそうは言っていられないのではないか。帰国してすぐの諸々の感想というのは結構フレッシュかつ今限定のものなのでこうやってあえて記しておく。

ありがとうとカルボナーラ

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