Wednesday, 20 August 2025

明日イタリアを出る

16日のパリオは、私が見たのは別の街のパリオだったらしい。まさかシエナ以外の街でもやっていたとは。翌朝にインターネットで見て、全然違うな…と思って、おばあちゃんたちに聞いたら、シエナのは4時過ぎからだったということがわかった。というわけで、一体いつ本物を見られることやら。

さて、明日イタリアを出発する。しかも私だけが出発するので、なんだかもう悲しくて仕方ない。

夏休みは間違いなく楽しかったし充実していた。リラックスできた。その日の朝になって「さてきょうの予定は…」と考えるという理想の休暇の過ごし方だった。きょうの予定は…と言っても特に何もなく過ごすことも多かった。基本的に文字通り、食べることと寝ることばかりを考えて過ごした。

食べ過ぎ飲み過ぎには気をつけて…いたけど、途中から規制が外れて、毎日ワインを飲んでいる。ビールもおいしい。何も気にせずダラダラ過ごしている。

朝起きて、扉をあけると猫が待っている。どこの猫か知らないけどエサあげることになっている。

子が撮った。

それからカフェッティエラでカフェをいれて、外に出て、山を見ながら本を読む毎日だった。KindleでNever Let Me Goを読んでいる。いま6割くらい読んだ。私が長編を読むのは珍しい。音のない環境で、だいぶはかどった。
庭で座って遠くを眺める。目が良くなる。これは朝。

結局ずっとアブルッツォ州にいた。どこかに行きたいともそれほど思わなかった。ずっと前とはイタリアの楽しみ方が変わったと思う。その年齢ごとにものの見方も変わる。

車から見える景色。アブルッツォはどんなところか、と聞かれると「モナリザの背景の丘みたいな…」と説明する。

どこかに行きたいと思わない理由のひとつにオーバーツーリズムもあるだろう。観光地にいってもどうせ観光客ばかりだと思うと、わざわざ人のいるところに行きたいとは思わない。東京で、日々あれだけたくさんの人たちを見ているので、むしろ静かに過ごしたい。

そして、買い物したいと思わない。この違いは20代、30代と違う。円安もあるだろうけど、イタリアに限らず、何かを買いたいと思わない。今回買ったのは、日曜日のメルカートでシャツ4枚。合計50ユーロ。

きょうはグアンチャーレを使ってアマトリチャーナを作ってもらった。

日本に帰ってあれこれ恋しくなるだろうな…。事実を受け止めるしかないです。






Sunday, 17 August 2025

フェッラゴストとパリオ

日本に帰るのが「来週の火曜日」だと思っていたのだが、20日はどうやら水曜日ということがわかった。しかも先日「はぁ、もう14日か…」と思って1日を過ごし、その日の終わりごろに、その日は14日ではなく13日だったということに気づいた。カレンダーを見ないので日付や曜日の感覚が無茶苦茶である。同時に得した気分にもなったので、まあよし。ピチカート・ファイヴの歌のなかに「飛行機に 間に合えば それはそれで いいんじゃない」という歌詞がある。最終的に飛行機に乗れれば、いい。

少し振り返る。

8月15日はFerragosto(フェッラゴスト)という、祝日。「聖母マリアの被昇天の日」だそうです。奇しくも日本のお盆と日にちが重なっているので覚えやすい。イタリアの場合は必ずしも家族と過ごすとは限らない。8月15日にイタリアにいたことが今までも何回かあるけど、その度に違うことをやっている気がする。

今年は祖父母宅でお昼をいっしょに食べた。フェラゴストじゃなくてもお昼は2日に1回くらいいっしょに食べているのだが、この日は手の込んだスプリを作ってもらった。

おじいちゃん特製。つまりはライスコロッケなのだが、特徴的なのは、パン粉が非常に細かいのと、中にモッツァレッラが入っていること。米はトマトソースと調理されているので赤い。揚げ物なのに、胃にもたれず、軽い。こんなに大きなものを、と思うのに、あっという間に食べ終える。

揚げるときに崩れてしまったものは「自分が食べるから」と言って別の皿にとるおじいちゃん。どこの国でも似たようなことがある。

日本のお盆のようすが家族から送られてきたのでおばあちゃんに写真を見せると、たいへん興味深そうにいろいろな質問をしてきた。家の作りや食事の様子など。特に、畳に座って食べているのが珍しくて仕方ない様子。「いつもこうなのか」というので、人が多いときはこの方法が一番良い、普段はこうではなくて椅子を使う、と説明した。総勢19名の写真をみて、大家族が集まるのは本当にいいことだ、と言っていた。

喧嘩もせずによくこれだけのひとたちが集まれるなあと思う。私の親戚一同が喧嘩しない理由のひとつに、ほどよい距離感があるからだと思っている。大事なことは連絡を取り合うし、よく顔を見せ合うけど、べったりしていない。この距離感が実現されているのは、それぞれが自立しているからだろう。

16日。特に何事も起こらない日だが、そういえばシエナのパリオが行われる日なのでテレビで見ようと思っていた。パリオというのは馬のレースで、シエナという街で行われる。なんと12世紀から続くお祭りで、毎年7月2日と8月16日に開催される。

3時から始まるというので構えていて、2レースみたが、いったい本番がいつなのかわからない。これが本番なのか?あっけなすぎじゃないか?と思ったけどとりあえずテレビはいったん終わり。そして今朝になって、そのずっと後にフィナーレが行われたと知って、なーんだそういうことだったのか、と思った。

2005年のパリオ当日にわたしはシエナにいたのだが、とてもじゃないけど会場に近づける状態ではなかったので何も見なかった。去年もイタリアにいたけど見逃した。テレビでもいいからまともに見られるのは一体いつになるのだろう。

中世の格好をする、というのは日本でいう「平安時代を再現」みたいな感じだろうか。

Thursday, 14 August 2025

偏見と思い込みから抜け出すために外に出る

きょうの午前中は台風が来たのかというほどすごい風が吹いた。雨はちょっと降っただけで、お昼ごろには風も止んで普通の天気になった。今は暑い。2週間前、ここに着いたときは寒いくらいだったのが、だいぶ気温が上がって夏らしくなった。きのうの夜は初めて、暑くて起きた。

来週の火曜に日本に帰る。もう木曜なので、1週間も残っていないのか、という事実を認めようと努力している。日本もお盆ということで、インターネットを見ている限り、なんとなく「お休み」な感じが伝わってくるので、こっちも遠慮せず休む。仕事のメールも見ない。多分1週間以上見ていない。こうやって「すべてを止める」期間をもう少し日本も確保していいだろうにな。たぶんお休みっぽくなるのは今週くらいだろう。

日本にくらべるとイタリアのほうががっつり休むだろう。イタリアの夏休みは3ヶ月。ただしこれは「学校の」夏休みである。全国民がいっせいに3ヶ月休んでいるわけではない。この前会ったイタリア人も「明日から仕事」とか「来週の金曜に戻る」とか言っていた。自分が休みをとれるところで取るのだろう。

こういうのは実際に来てみないとわからないものだなと思う。下手すると、イタリア人が3ヶ月ずっと休んでいるように思い込んでしまう可能性はある。日本にいて「いいなあガイコクは…」と思っていると。

思い込み、偏見、バイアスは怖いなと思う。相当意識しないといけない。頭ではわかってはいるけど、いったん自分が住んでいる場所を強制的にでも出てみないと、それらからはなかなか抜け出せない。あるいは統計を調べてみるなど。人間は偏見のかたまりです。

たとえば「◯◯人は〜〜している人が多い」というようなフレーズは簡単に使わないようにしている。せめて「…多いらしい」と断定を避けたり、「こういう人を見たことがある」とか、自分の経験から話すべき。

日本人でもイタリア人でも、3ヶ月休む人はいるだろうし、逆に1日しか休みがないという人もいるだろう。

また、地域差もある。イタリア人はとても明るくてフレンドリーですぐに話しかけてくる、と思われている。日本と比較すると、それは本当にそうだと思う。ただし今私がいるところでは、人々はおとなしめ。観光地で当然のスリも泥棒もない。安全で穏やかそのものである。ローマ、ヴェネツィア、フィレンツェ、ナポリ…といった観光地を訪ねた人たちがここにくるとおそらく驚くはず。

スーパーで撮ったこの写真。

何かというと、全部ビール。ワインをよく飲む国というイメージがある。「イタリア」という言葉から連想されるイラストを描くと、パスタとピッツァに並んでワイングラスを描く人もいると思う。

実際、ワインはとても一般的で身近な存在だが、ビールもたくさんの種類があるし、よく飲まれている。違いとして面白いのは、缶入りはほとんどなく、瓶入りという点。


これらは「バイアスかかってますよみなさん」と知らせたいというよりは、自分への戒め。実物を見たり、データを見たり、経験をつんでいない限り断定をしてはいけない、ということ。繰り返すが、かなり意識しないと、バイアスから抜け出すのは難しい。

海に行った

肌の話の次は、海です。

月曜に行くはずが、前日の夜が遅かったせいで起きたのが遅く、では明日こそ、という話だったはずが、案の定この日(13日火曜)も男たちは10時ごろ起きてきた。(ちなみに私は毎日6時〜7時には起きています。)諦めそうになっていたので、遅くても行こうと私は言った。というのも信用ならないから。翌日の朝8時ごろまでに起きてくるとは思えない。

正直なところ、こうやって「海に行こう」と言う自分に驚いている。これはここ数年における変化ではないだろうか。なぜかというと毎回「海か…」と、むしろ渋々ついて行く感じだったのだ。それが「行きたい」と思えている。なんとなく「海に行かないと夏休みな感じがしない」と思っている自分を、正直なところ認めざるをえない。なんということだろう。

一年前、海についてどう思っていたのだろうと思ってブログを見てみた。うまいこといろいろ書いているけど、やっぱり気は進まないし日焼けを怖がっている。


去年と同じくぺスカーラに行った。車で1時間近く。観光地ではない。混んでもいない。アジア系は私だけ。水がすごくきれいなわけではない。太陽は強烈。

正直に言おう:

行ってよかった。楽しかった。

ぺスカーラの様子も、周りのあらゆる条件も昨年と変わっていないけど自分は変わっている。この海に行くのは5回目ぐらい。ようやく苦に感じなくなってきたということか。

パラソルの装飾?が、すずらんテープみたいなやつでできていて、当然、はげ、落ちまくる。落ちたすずらんテープ、つまりプラスチックは砂のなかに混じり、海に入る。これだけプラスチック減らすとか大騒ぎしているのにこういうのは認めるのか?

長い時間水の中にいた。深さも冷たさもちょうどよかった。海のなかにいるといろんなことがどうでもよくなった。水平線を眺めて、これは地中海?アドリア海?と思った。月並みだけど、この先には何があるかな、と思った。

ここにいる人たちはおそらく9割以上がイタリア人。生後、一体何ヶ月だろう、というくらいの、小さい赤ちゃんもいれば、老人もいる。みんなこんがり焼けていて、肌が白いと逆に目立つ。

パラソルの下に戻って本を読み始めたらものすごーく気持ちのよい風が吹いてきて、いつのまにか寝ていた。どのくらい寝てたのだろう。気づいたらひざより下に日差しが当たっていた。

5時ぐらいにピッツァを少し食べた。昼は食べていなかった。


でいう「海の家」みたいなのが陣地(?)ごとに海岸に並んでいる。パラソルとlettinoという、寝そべることのできる椅子が用意されている。きのうは海に近いほうで35ユーロで借りた。朝早く行けば選べる場所がもっとあったはず。ピッツァは2切れで5ユーロ。

帰り道、車のなかで感じる日差しも風も気持ちよかった。いろんなことがどうでもよくなった。少しくらい焼けるのも、勲章みたいなものかなと思った。夏を楽しんだ証。


に帰ったら、それほど焼けていなかった。首から胸にかけては赤いけど、何年か前のように肩から背中にかけて肌がヒリヒリして困ることもなかった。日焼けしないために必死になるより、いっそ水のなかにいる時間が長いほうがいいのかもしれない。だんだん慣れてきたのだろう。

スーパーに寄って、家に帰って、ビールを飲んで、チキンとかサラダとかいろんなものを食べた。とてもおいしかった。

また海に行きたいかと言われると、今年はもういいです。次に行きたいと思えるときまで。

Tuesday, 12 August 2025

肌について不思議に思うこと

肌の話。

昨夜、レストランでの夕食にはいわゆる子育て世代の人たちが集まっていて、私以外に女性が3人いた。その中の1人はスイス在住。夏休みでイタリアに帰ってきているらしい。その人に向かってほかの2人が"bella abbronzata”(よく日に焼けている)と言っていた。これは褒めているのだ。「焼けちゃったね」ではなく「焼けてきれい」なのだ。確かにきれいな小麦色。そう言っている2人も、小麦色。いや、小麦より濃いかもしれない。しかし茶色ではない。

この文化圏では、焼けているのが健康的で良いとされる。東アジアでは「陶器のような白い肌」が良しとされるので、ところ変われば美の基準は変わるというとてもわかりやすい例だと思う。

それにしても、だ。どうしてシミがないのだろう。40代どころか50代、60代の人たちも、シミがない。ほくろもない。これは体質、もっと言うと細胞?の違いなのだろうか。メラニン形成の仕方が違うとしか思えない。南ヨーロッパはアフリカ大陸に近く、黒人の肌みたいな、強さ?もあるのだろうか。ちょうどよく焼けるようになっているのだろうか。

ちなみに日焼け止めは、海に行く時くらいしか塗ってないように思う。それ以外で塗っていたとしても、日本ほど、日常で使うものとされていない。そもそもそんなに種類もない。日本(や、おそらく韓国)が、国をあげて日焼け対策に必死になっているいっぽうで、ほぼ対策をしていないこの人たちが、シミもなくきれに全体が焼けるというのは、どういうことだろうか。むしろ対策をしないほうがいいのだろうか、とさえ思ってしまう。

日焼け対策をしないからシミができないのか?

シミができない体質だから日焼け対策をしないのか?

もはや卵が先かニワトリが先かの議論。

ちなみにイタリア人にシワはある。そして紫外線の影響による肌のたるみも、ある。手元首元は、ある程度の年齢の人たちを見ると確かに傷んでいる。

しかしながら顔のシワはそもそもほとんど気にならないくらい。なぜか。

顔が小さいから。そしてほりが深いから。

骨格が根本的に違って、顔の面積が東洋人とは全然違う。そもそも彫りが深いと、もはやシワなのか何かわからない。

首元手元については、年をとったときのために肌を覆いながら過ごすほど若さを惜しみながら暮らしてはいない。大事なのは「今」が楽しいことで、将来のために我慢しない。

…というのはあくまでも、私が今まで出会った人たちを見て思うことです。もちろんある程度の貯蓄などはするだろうけど、肌に関していえば、焼けないための努力などあまり存在しなさそうだなと思う。繰り返すけど、海に行くときだけは別。海だけは、しっかり日焼け止めを塗ります。

Monday, 11 August 2025

終わりがなかなかこない夜の外出

Fが昔の友達と食事に行くことになり、私と子も一緒に行った。日曜夜、開始は8時半。イタリアの夏は9時ごろようやく日没なので8時ごろはまだ「夕方」な感じがする。すぐ近くのレストランに歩いて行く。地元の人たちがちらほらとやってくる。我々の場合は「友人とその家族」が集合して結局15名だった。小さな子どもがたくさんいた。
イタリアの食事は、アンティパスト、プリモ・ピアット、セコンド・ピアット、ドルチェ、と続く。全部頼まなくてもいい、ということはもしイタリアのレストランに行く予定の人がいたら覚えておくといいかもしれない。

しかしきのうの場合は全部頼んでいた。分けあって食べられるように大きな皿で運ばれてきた。きのうは店の人がなんと1人しかいなかったらしく、ウエイターとシェフ役を1人でやっている女性は本当に大変そうだった。

そのせいで料理が出てくるのはとても遅くて、ようやく肉が出てきたときには食欲より眠気が勝っていた。時計は見ていないけどおそらく11時ごろだったと思う。

そこからさらにデザートを頼み始め、エスプレッソも出てきて、ついに12時をまわったころには私はイライラし始めた。子供たちはレストラン中を駆け回り、鬼ごっこをしている。いつものように「もう帰ろう」と言い始めてから少なくとも1時間はかかる。いい加減にしてくれと思う。

わたしのように朝型で、睡眠時間を何よりも優先させて日々を過ごしている人間には苦痛以外のなんでもない。20代のころは、日付が変わるような遅さに付き合えていたのだがだんだん無理になってきて、40過ぎた今となってはこの通りである。ただひたすらにつらい。「異文化体験だ」と言い聞かせて耐えている。

寝たのは1時を過ぎていた。ワインを飲んだのもあって、おかげできょうは頭が重く、朝から何をする気にもならない。夜ダラダラして、翌日、特に午前中をつぶすというのは愚かなことだと思う。昨夜の人たちが自分の友人だったら違ったのかもしれないが…。

イタリアの人たちにとっては、夜出かけて遅くまでいるのは当たり前のことで、楽しい時間はあっという間に過ぎるものだという共通認識(イタリア人に限らずそんなことは知っているけど、イタリアではもっとそんな感じがする)があり、日付が変わっても「楽しいならいいじゃん」「休暇だし」と、誰もが言う。いつも朝6時より前に起きている、なんて知ると「何か理由があるのか」とたいへん驚かれる。説明するのが面倒なので特に言わない。私のように朝型で、人と出かけるよりも早く寝たい人もいるのかもしれないけどきっと変わり者の部類に入るだろう。

Saturday, 9 August 2025

9日目の雑感

イタリアにきてあっという間に1週間が過ぎた。そう言っている間に10日、つまり休暇の半分が過ぎ、最後の1週間がやってくる。休暇が始まるやいなや「あとxx日か」と考えはじめる。まあそういうものだろう。

旅立つ前には「あれも要る、これも要る」と準備するものの実際に滞在してみるとさほど必要ではない。経験からじゅうぶんわかっているはずだが、渡航前はやはりいろいろな心配が出てくるものだ。服も、ほんのいくつかで十分足りる。

ヨーロッパではYahooが使えないので、日本でなんとなく見ていたYahooニュースに費やす時間が減った。これはよかったと思っている。あれは無駄な時間だった。ほとんど無意識に、ダラダラと閲覧することが多かった。しかもほぼ毎日。Yahooニュースには必要なニュースも含まれているけどたいていが無駄で、出どころのよくわからない記事の寄せ集めだ。それがわかっているのに見てしまう。日本でもいっそのこと見れなくなるといい。自分が見なければいいだけなのだが。その勇気があるだろうか。

日本のことを考える。自転車に乗って、平和に生活できるあの日常がいかにありがたいものか、を考える。必要なものがきゅっとまとまって、清潔で、安全で、いろんなものがよく機能する日本。極端に働き者で、人の話を聞き、周りのことを考えて動く日本人。もう少し楽に生きていいのに。

8連勤とアルファルファ

もういい加減にこの暑さに疲れてきたなあ。雨が降る前よりだいぶマシになったと思うけど、それでもこの季節はもっとこう、スーッと風が吹いてほしい。もう体力がもたない。今週は土日勤務で、9月第1週は長い。8連勤。毎年のことだ。きょうは7日目。 なるべく元気に過ごしたいけどまだ身体は夏休み...