Tuesday, 19 December 2023

キャロットケーキの記録

 何ヶ月も前からキャロットケーキを作りたいと思っていて、材料を揃えては結局作らず、を繰り返していた。理由は

1. レシピが定まらない

シフォンケーキ、チーズケーキ、チョコレートケーキなどは、どのレシピを見てもだいたい同じような分量だ。キャロットケーキとなるとそうはいかない。レシピごとに分量が大きく異なる。あまり繊細さを要しないので手順もそれほど細かくない。なので、いろんな人がいろんな方法、分量で試しやすいのだろう。結果、どのレシピを見ればよいかわからなくなっていた。

2. すりおろすのが面倒

これが大きかった。人参をすりおろす手間は、パンを成形したりケーキをまぜたりするのとは違う。ただ面倒。そこでブレンダーが欲しいと思いながらも思いきれず、長いこと買わないままだった。

そこで解決:

1→ またしても若山曜子さんの新しい本が出た。しかし今回は買わずにぐっとこらえて、インスタのライブと、シェアされた分量を参考にして作ることにした。そのかわりバターを使わず太白胡麻油を大さじ1増やすことにした。なぜこのレシピにしたかというと、ほかのレシピにくらべて分量が少ないから。半分ぐらいだと思う。日本の家庭向け、という感じで若山さんのレシピは試しやすい。

2→ブレンダー買った。楽天スーパーセール期間中に。。。と言っても割引になってはいなかったけどポイント還元率は高い。メーカーはブラウンとパナソニックで迷ったけど、なんだかんだでパナソニックを信じてしまう。少し高くてもパナソニックを買う。

***

とにかく簡単で美味しく、今月はすでに(たぶん)3回作った。誰かのために作りたいというよりは自分が食べたい。そして分量はこれで良い。少なくて、2日以内に食べ切るくらいでちょうどいい。レシピどおりではなくて自分で少し変更を加えてみている。たとえばフロスティングにはバターなしでもいける気がしたので今回はクリームチーズと砂糖だけにしてみた。

Wednesday, 13 December 2023

おじがなくなった

 おじが亡くなった。具合が悪いとすら思っていなかったので「なくなりました」と聞いたときには「は?」と思った。

(私の家族は、悪いニュースを隠す傾向がありこういうことが多い。「間」を知らないので次に聞く知らせがとても急だ。私はとくに家族から離れているのもあり寂しさと疎外感を感じる。家族なのに、と思う。近くに住んでいてもそうなのかもしれないし、私自身も無意識にそうしていることもあるのかもしれないが。内容は良くなくても知らせるべきだと思う。)

たくさんいる私のおじ、おばのなかでも一番若いおじちゃんが亡くなった。しらせから一晩あけた今でも、やっぱりちょっと信じられず、きょうも明け方、ふとんに横になって考えていた。なくなる前の晩に、息子(わたしのいとこ)と過ごしたという話をきいて、なんとも言えない気持ちになった。やっぱり若すぎる。早すぎる。あとに残したもの、やり残したものが大きすぎるだろう。こんなに早いのは良くない、と思った。

頻繁に会っていたわけではないおじだけど、やるせなさと寂しさがつのる。「そうかもういないのか」ときのうから何度も思い返している。雲をつかむような、虚しい気持ちになる。死んだら何もないのだ。当たり前だけど。

最後に会ったのは、去年の秋、私の弟の結婚式だった。とても嬉しそうだったのが印象的で、具合が悪かったようだけど元気になったんだなと安心していたのに。病気は良くなっていなかったらしい。こんなことがあるだろうか。

痛みもなく苦しまずに亡くなったということで、おじちゃんらしい感じもした。「そいぎいっちょ」と言って挨拶をする姿が印象的だった。

死、喪失を受け入れるのは難しい。

Thursday, 7 December 2023

家では仕事のメールをみない

仕事のメールを家で見ないようにしている。

と言っても、ほんの数日しか実行できていないが。少なくともこの前の週末は実行できた。

当たり前のことだけど、勤務時間外にメールをチェックする義務はないのです。

私が職場のトップだったら話は違うだろう。部下のことを気にしてメールを見る必要があるかもしれない。だが違う。ただの平社員だ。いちいちメールを見る必要はない。

というのもここ数年で(いつからかはわからない)家でメールを見るのは当たり前になっていて、無意識にログインしていた。自動で通知が来るようにはしていない。自分からチェックしなければいけない。その結果、暇さえあればメールボックスを見ているようになった。今年は特に外部とのやりとりが増えて忙しくなっているのもある。勤務時間だけでさばききれなくなっている。

それが先日、ふとしたことから自分が使っているi padのアカウントからいったんログアウトしたら、メールのログインに手間がかかるようになった。自動でパスワードが入力されていたものがいったん消えたので、いちいち入力する必要が出てきたからだ。「めんどくさいな」と思った。

それをきっかけに、ログインするのをやめてみた。

ありがちな話なのだが、これが意外と快適。当たり前なのだが、仕事から離れているときまで仕事をする必要はないのだ。

特に夜、メールボックスを見たたったそれだけのために不快な思いで就寝しなければいけないということが今までたくさんあった。だったら見なければいいだけなのだ。すべては朝に回すことにする。

勤務時間外にメールをしてくる人のほうに合わせる必要はない。ときどき、一方的に爆弾を投げてきただけのようなメールもある。ストレス発散?メールをそのはけ口にしている?と思うようなメール。

しばらく前のニューヨークタイムズにあったけど、メールの受信箱を開くとき、人は心拍数があがるそうです。ストレスとかプレッシャーとか、無意識のうちに受け取っている。毎日の小さなストレスが健康状態にも影響しているかもしれない。そしてそれは、自力でコントロールできるストレスなのだ。

どうしようもないときはもちろんあるだろうけど、自分のなかのルールにしていきたいと思っている。忙しくなってきたからこそ、メールは見ない。


Sunday, 3 December 2023

海外に住んでいたかもしれない自分

12月になった。今年書いたブログの投稿数がとにかく少ない。いままでの半分ぐらいだ。書くことがなかったわけではない。時間を割こうとしていなかったことが原因だと思う。忙しいというのは便利な言い訳。記録に残さない思考は流れていくだけ、というのを前に聞いたことがある。記録できるものは記録しようと思う。まあ、今年はこんなもんなのだ。

1日のうちで楽しみなこと、または時間は何かと考えてみると、朝5時に紅茶をいれて前日の新聞を読む時間だ。これは高校生のときから変わっていない。いや、高校以来復活した習慣だ。この1年くらい(だと思う)、毎朝、New York Timesを読んでいる。高校時代は家にある日本語の新聞を読んでいた。

この時間だけは日本から抜け出したような気持ちになり、思考が自由になる気がする。海外にいる、とまでいかないけど少し日常から解き放たれたような気持ちになる。すべての記事を読むわけではなく、タイトルだけ見たり、興味があるものだけ読む。ひとつの記事を読み始めても最後まで読み切らないときもある。

海外に住んでいたかもしれない自分、を想像することがある。何をしていただろう。海外に住むことを決めるなら20代だろう、と思う。人生いつでも好きなことを始められる、とはいうものの、いまから海外に移ろうというのは、20代のときにそうするよりは断然ハードルが高いと思う。気持ちの問題だろうか。

「どこにいても自分次第」

だと思っている。言い聞かせている気もする。職場とか、住む場所とか"somewhere not here"「ここじゃないどこか」的な考えはいつでもつきまとう。が、どこへ行っても人間関係がすべてで、その人間関係をどう作っていくかは自分次第である。人間関係というのは同僚や友人に限らず家族も含まれる。

とは言え3ヶ月くらい海外に住むのはいいだろうなと思っていて、ちょっとした夢でもある。いまはまず、地に足をつけて仕事をがんばり子どもを育てることに専念したい。

Monday, 27 November 2023

人助けと、猛ダッシュ

 人助けをした。それともう1点について。

きのう、1時に四ツ谷で会議があった。近くの駅まで自転車で行こうと思ったら小雨が降っていたので歩くことにした。最近まともに歩いていない気がする。自転車にばかり乗っている。

駅のすぐ近くで、坂道をゆっくり歩いている、つえをついた女性を見かけた。外国人だった。とても困った様子だったので「大丈夫ですか」と声をかけると、すぐに手を出して、助けを求めた。手を貸してあげて、一緒に坂を下ってあげた。すぐ近くのマンションにいきたいらしい。流暢な日本語で教えてくれた。病気で下半身に力が入らない、ということだった。硬化症、と言っていた。3日前も転んだらしい。

乗ろうと思っていた電車に間に合わないだろうなと思ったけど、まあなんとかなるだろうとあきらめた。長く感じたけど一緒にあるいた時間は3〜5分間くらいだったと思う。ありがとう、と言われてとても嬉しかった。人助けをするとこんなにも気持ちがいいものなのだな、と、久しぶりに感じた。助けられた側だけでなく、こちらもこんなに嬉しい。お互いにとってこんなにいいことなら、もっとみんな助けあうべきだよなと思った。

そうして、電車には結局間に合った。余裕をもって出発するとこんなにいいこともあるものだなと思った。

新宿から中央線に乗る。

しばらく待った電車は空いていた。さてと、と思ってkindleを開いて読書でもしようと思った。読み直そうと思っていた小説があった。

ふと顔をあげるた瞬間「しまった」とおもった。中央線に乗ると、四ツ谷は新宿の次の駅なのだ。その間に何も駅はないはずなのに、さっきドアが開いて閉まった音がした。思わず立ち上がって窓の外を見ると、どんどん変わっていく景色…。飯田橋が見える。あああやってしまった。乗り過ごした。寝ていたわけでもないのに。滅多にないことを、よりによってこんなときにしてしまった。たぶん乗り過ごすなんていうことは私の人生で初めてかもしれないと思った。思い出す限りで、ない。乗り過ごしたという人の話をきくと「なんでだろう」なんて思っていたのに。

御茶ノ水で降りて、階段を駆け上がった。ホームは向こう側だ。そして「時間に間に合いません」という短い電話を入れた。

5分経って、四ツ谷についた。なんてことをしてしまったんだ。

四ツ谷に着いてからは猛ダッシュした。

繰り返すけど、こんなことは滅多にない。そしてこんなに走ることも滅多にない。ちょうどきのうの朝読んでいたNew York Timesの話題がランニングだった。よく出てくる話題だ。自分の生活にありそうでないものの一つだよなあ、やってみてもいいのかもなと思いながら何年も過ごしている。

そしてまさにその日、走ることになったのだった。息が上がる。苦しい。足の使い方がわからない。それでも走った。日曜の午後、閑散とした四ツ谷の通りをこんなスピードで走る人はほかにいなかった。たぶん。見回している余裕はなかったけど。

結果、3分の遅刻で済んだ。

それでも本当に申し訳なかった。あれだけ余裕をもって家を出たのに、降りそびれただけでこんなことになってしまった。それでもランニングのきっかけが与えられたことについては運がよかったと思わなければいけないのかもしれない。すべてのことはつながっている。

きょう、足の甲あたりに軽く筋肉痛がある。ふだん使っていないってことだな…

Friday, 24 November 2023

アルコールのぬけた身体におとずれた気づき

アルコールの話。

買い物にいくとワインやビールを手に取ることが多かった。理由はない。なんとなく、である。たぶん半年くらい前までの話。それが最近まったくなくなった。

きっかけが何かあったかというとそういうわけでもない。あえて言うなら、夏の間、水代わりにビールを飲むのはやめようと思ったことかもしれない。これは今年はじまったことではない。ビールが飲みたいわけではなく、喉が渇いていてとりあえずビールをあけることが習慣になっている、と去年あたりに気づいた。ビールを飲みたくなったらとりあえず水を飲むようにしたら特に必要なくなった。それでも時々飲むことはあったけど、夏はそもそも暑いので、アルコールを摂取すると体温が上がる感じがして、飲まないで過ごした。いわゆる「禁酒」というわけでもないし、すごく我慢したというわけでもない。自然と「いらない」状態になった。だから外食する機会があれば飲む。ただ、「買って家に持ち込む」ことがなくなったのだ。

それで、去年は夏の間がそんな感じで、その後はお酒を買う生活に戻っていった。が、今年は夏からそれがずっと続いている。特に必要ない。たぶん夏からだったと思う。記録を取っているわけではないが、その前はもう少し買ってたんじゃないか、と。

そんな感じで何ヶ月かが過ぎて、この秋、ある変化に気づいた。

ハンドクリームを手に塗るとき、なんだかこれにおいがするなあと思った。今までと同じクリームを使っているのに、妙に気になるようになった。暑い夏をへて、ハンドクリームの性質が変わってしまったのかもしれないと思っていた。何のにおいだろうな、まったく、と思っていた。

それがある日、拭き掃除をしていたときに「あっ」と気づいた。これはハンドクリームと同じにおいだ、と。拭き掃除にアルコールを噴きかけたとき、同じにおいがしたのだ。

変わったのはハンドクリームの性質ではなく、自分だった。自分のからだからアルコールがすっかり抜けて、その結果アルコールのにおいに敏感になったのだ。実験や検証をしたわけではないので、確実とは言えないが、その期間に感じていたいろんな「?」がつながっていく感じがした。

もちろん極端なお酒臭さは敏感でなくても感じる。感じるようになったのは、成分のなかに「アルコール」が含まれているもののにおい。

人生にこんな気づきがあったとは、と感心している最近。健康状態に変化があるかというと、意識して比べているわけではないので正直なところよくわからない。ただ確実に言えるのは、出費とゴミが減った。ゴミを買っていたのかもしれない、とさえ思えるくらい。

Tuesday, 7 November 2023

連休の記録と学級閉鎖

連休から週明けの記録。

4日(土)
とても良い天気。昼は近くの公園でピクニックをし、そのまま職場に連れて行った。こどもたちを集めて何かやるというのでちょうど良いと思った。3時半ごろまで遊んだ。広い環境で自由にさせておけるのは幸せなことだと思った。帰って、5時ごろからプールへ。2日連続。夕飯はマックのポテトとナゲットとモスバーガーで1人1個ハンバーガー。週に1回くらいこういう夕食をアリとしている。罪悪感のかけらもない。たまにはいいよ、たまには。

5日(日)
これまたいい天気。合気道に行った。昼は近くのレストランへ。きょうはカレーにしようと思い立ったので帰ってから作った。にんじんをすりおろしてみたら、やっぱり美味しい。手間がかかったほうがおいしいのだ。いよいよブレンダーを買おうかと思っている。離乳食時代に持っていたけど壊れてしまった。それ以来買ってないのだが、あると便利だろうなと思うことが多い。4時半ごろからまたプールへ。3日連続。帰ってからカレー。

6日(月)
成育医療センターへ。今回はわたしだけ。最近の様子を報告する。9月は発熱が多かったので何も試さなかったが10月はくるみをすこしずつ食べさせている。しかしバレてしまって「ああかゆいかゆい〜」と言うことが多い。実はピーナッツを最近試しているがこちらは何も言わない。少量ならいけるということがわかって、こちらも安心しているところ。今までほど大騒ぎする必要はないのだ。(そもそも負荷試験ですでに試してはいるのだが。)

帰りの電車で、各停を待つ間に「ええい歩いてしまえ」と思ったので2駅前から歩いてみた。年間350日(くらいの勢いで)自転車に乗っている人間なので、このくらいの距離を歩くとなると、実は慣れていない。天気が良く気温が高かったので汗が出てきた。歩くと、使う筋肉が違うなあと実感する。買い物しながら帰る。バッグが重くなって、もう無理だというレベルに達した。

家に帰ってからサラダを準備する。毎日昼ごはんをサラダにしてからちょうど1年ぐらい経つと思う。これにしてから、麺類にそれほど魅力を感じなくなった。かつては、昼になるとどのラーメンを食べようかなと思っていたのに。毎日、葉野菜を求めてスーパーや八百屋に通うようになった。これでいいのだと思う。

食べている途中で、i padにきている小学校からの通知に気づいた。
まさかの…

学級閉鎖。

いつか来るんじゃないかと思っていたけど、きた。3連休ののち、1日だけ登校して、また2日休みになるのか…。元気ぴんぴんなんですけど。早速LINE上でママ友たちと大騒ぎ。「仕事どうしよう」と。そりゃそうだろう。

3時前、外から1年生たちの元気な声が聞こえてきた。窓から外を見ると、黄色い帽子が走り回っている。なんてかわいいんだろうな。ひとつひとつの言動が、かけがえなく、尊い、一年生。世の中の一年生というもの。

明日の学級閉鎖に大喜びの様子。当然だろう。元気なものにとってはただの、降ってきた休みに過ぎない。「みんなありがとう〜 具合の悪い人がいてくれたおかげで〜 ぼくはやすみをたのしめる〜♪」と不謹慎な歌まで歌っている。「それはないでしょう」と言うと「だってそうでしょ」と返す。学級閉鎖は9月からあちこちのクラスで続いていて、聞くたびに「あ〜ぼくのクラスも学級閉鎖にならないかなー」と言っていた。それが実現したわけだ。夢にまでみた学級閉鎖。

4時半ごろからまたプールに行った。4日連続。もう行きたくないと言っていたけど、水に入ると「帰りたくない」と言う。そうなることはわかっていた。

Saturday, 4 November 2023

公園ピクニック、プール

11月なのにこんなに暖かい。25度くらいあるらしい。日焼けを心配するレベルだ。去年の今頃どうだったか覚えていないが、ここまで暖かくはなかったのでは?

3連休、どう過ごそうかと考えていたらきのうの午前中、子の友達2人が公園に行くときいて、いっしょに行くことにした。こういうときに「いく?」と聞くとあまりかんばしくない返事が返ってくることが多いがきのうは行くと答えたので、それならば、といそいで準備を始めたのだった。おにぎりをにぎって、ソーセージをゆでる。一袋、バサッと。6本。こどもについてはこれで十分。わたしはサラダが食べたいので自分の分を準備した。F氏然り。3人3様である。いつもこんな感じだ。そのうち子も自分のものは自分で準備するようになるだろう。待ち遠しいけど、きっとキッチンの取り合いになるだろう。今でさえいつも2人で取り合い、譲り合いしているのだから。

電車に乗っていく公園なので少し時間はかかったけど、行ってよかった。それはもう楽しそうに駆け回っていた。やっぱりね、家のなかにいるより断然いい。

帰ったのは3時半ごろで、それから1時間くらいして3人でプールに行った。プールを「活動」とか「運動」だと考えてはいけない。リラックスのための場、である。温泉とまではいかないが水に浸かっていろいろなものをリリースすることができる。夕方にいくともはやお風呂がわりである。

楽しい文化の日になった。

ところできのうの朝、F氏とゴミ捨てについて議論(言い合い?喧嘩?主張?)をしていたら子が一言:「パパとママがはなすとすぐそしょうになっちゃうねぇ〜」

爆笑した。なぜ「訴訟」ということばを知っているかというと学校で「雨ニモマケズ」を読んでいるから。「訴訟というのはお金についての大人の喧嘩のことです」と習ってきている。いやはや参った。

Monday, 30 October 2023

休日のジレンマ

土曜も勤務だった。23日は出勤しなかったので、5日間働いただけなのになんだかげっそり疲れてしまった。仕事の内容によるのだと思う。

日曜朝、雨が降っていたので合気道はやめておくかと思ったら晴れてきた。行くことにした。以前だったら行ってなかったと思う。そこまで「たいしたこと」ではなくなってきたのだ。今月は3回行った。以前は1ヶ月に1回行ければ上等と思っていたけどそれよりは増えてきたし無理している感じはなくなってきた。

帰ると子がなんだか真剣な顔をしていた。父子で何か話し合いをしている。一度、公園に行ってみたが子は嫌々ながら外に出ていて遊ぼうにも遊びにならなかった様子。それに怒った父、ということだろう、きっと。そんなことで怒るなんて、と思うがわたしもそれはよくわかる。わたしが外に連れ出したとしてもきっと同じことになっていたのではないかと思う。

心が痛んだのは「パパが悲しくなったから僕も悲しくなったんだ」と言って帰り道に泣いていたということ。つらいだろうと思った。親に気に入られようとする一方でやりたくないことはやりたくない。その場にいなかったし完全に任せた状態で合気道に行っていた立場としてわたしがパパをせめるわけにはいかない。

子が興味があるのはレゴで、レゴ以外はあまり興味が持てない。外に出たがらないし身体を動かそうとしない。こんなになってしまうとは、とこちらも危機感を持つくらいである。この1年は特にそうかもしれない。せっかく買った自転車も全然乗らない。さわりもしない。

無理やり何かをやらせるわけにもいかないけど少しは外に出た方が気分転換になる。外に出ないから動くことに興味がないのか、興味がないから動かないのか。

しかもここ数ヶ月で「親の期待に応えられない自分」を責める姿があり、これがまた心が痛む。

声のかけ方やタイミングを工夫すべきなんだろうと思う。それにしても難しい。これが、田舎でのびのび過ごしていたら違ったのかもしれない、などと思い始めると今度はわたしが自己嫌悪に陥る。だったらどうすればいいのだろう。わたしは東京で働いている。

Tuesday, 24 October 2023

東京のうちらは仮の姿、40歳

日曜の朝、少し冷えたが良い天気だった。久しぶりにFacebookに写真を投稿して、「ピクニックにでも行こうかな」と書いたら、高校時代の友達がそれに即反応して、いっしょにピクニックをすることになった。さらにそれを見た友人が「わたしも」ということでくることになった。フェイスブックすごいなあ、とその存在をありがたく思った。先日、高校生が「Faceobokなんてまだ使っている人いるの」と言っているのをきいて「 わたし…」と思ったけど心の中でつぶやくにとどめておいたのだが、ほら見てごらん、こんなに役立っているよ!

10年以上ぶりに会う友達でも、佐賀弁をしゃべった途端に「素」に戻る。短時間だけど笑い転げて楽しかった。年齢は数字でしかないなと思った。わたしたちは高校生だったんだ。Facebookのない時代の高校生。そこから一周回って、今の高校生もFacebookは使っていない。

話している途中に、友人のかぶっていた帽子の上になんとトンボがとまった。居心地がよいのかしばらくそこにとどまっていた。なんて秋らしい光景だろう。これは友人が撮った写真。

別れたあとでメッセージをやりとりしていたら「東京でのうちらは仮の姿だもんね」と言われて、まさにその通りだと思った。佐賀弁をしゃべっている時は、隠すもののない状態。本当の自分。似たような環境と条件下で育って、同じように東京に出てきたわたしたちは、話し始める起点と理解しあう程度が近い。

さて、40歳になった。家族に祝ってもらって素敵な1日を過ごした。1人で何か大物でも買おうかと思い買い物に出かけてみたけどやっぱりどれもピンとこない。買ったのは、布屋さんでシャツの型紙と、練習用と思ってブロードの布を2.2m。時間ができたら作ってみたい。40歳になって何か気持ちを新たにしたかといえば、まあそうでもない。なんの覚悟かはわからないけど以前よりある気がする。調子に乗らない覚悟、かもしれない。そういえばこの半年で飲酒量が減ってきた。減らそうと思っているわけではなくて、自然と減った。あまり魅力に感じなくなってきたのだと思う。以前ほど無理はきかない。健康に気をつけて、と毎年言っているけど今度(というか今後)こそは本当に気をつけていかなければいけないと思っている。

Sunday, 22 October 2023

ぎょうざとふわふわパン

先週日曜、15日のこと。Facebookに「◯年前の今日」という機能がある。ちょうど1年前に皮から手作りの餃子を食べていたという記録があった。
ふむ、と思い、餃子を作ることにした。

とにかく手間と時間がかかるので、物理的、精神的余裕のある日しかできない。日曜は雨が降っていて、家にいるという覚悟ができていたのもある。夕方から作り始めた。これが1年ぶりなのに意外とうまくいった。文字通り「猫の手も借りたい」状態になるので、3人で作る。

せっかく作っても最後の焼きがうまくいかないとボロボロになる。しかも鉄のフライパンなので焦げ付きやすい。差し水をして5分待って…

できた。意外とちゃんとできた。
あれだけ時間をかけて作ったのに、あっという間に食べきってしまった。半分以上、子が食べた。満足な夕食だった。 

次に17日。前日の夜から仕込んでおいたパン。若山曜子さんのレシピで作ってみた。おいしいー!!バター多めなのでやはりおいしかった。

ふわふわパンを作るとつい食べ過ぎてしまうので作るのには覚悟が必要なのだ。それで最近はあまり作っていなかった。


若山さんのレシピは分量が控えめなので出来上がりサイズも「日本の家庭用」な感じで良いです。卵塗るときれいになるねえやっぱり。british bakeoffのおかげでこれを英語でegg washと呼ぶということをよく知っているわたし。


なんと若山さんの本がまた出るらしいです。すごい。先月新しい本出たばかりなのに。

以上、写真で振り返る料理メモでした。

Monday, 9 October 2023

合気道所感

8日。合気道に行ってきた。2週間ぶり。先週も行きたかったけど行けなかったので今週は絶対に行くぞと決めていた。いい汗をかいた。夏が終わると日常生活で汗をかくことがなくなった。毎朝ダンベルで運動するけど一滴も汗をかかない。そうなるとどうも体を動かしている感じがしない。合気道くらいしないと汗が出ない。

この1年だろうか、合気道に行くことへの抵抗が減った気がする。かつてはいわゆる「重い腰を上げて」だったし、月1回行けば自分を許していたので、一回行くと、「よし、今月の役目は終了」だった。それがここ最近はそれほどではなくなってきた。構えずに済むようになってきた、というべきだろうか。行きたいと思って行けるようになってきた。これも継続の効果なのかもしれないと思っている。一回分の大変さがなくなってきたというべきか。

毎週日曜に行くことにしていて、行けないときは仕方ない、と思っている。その結果、月に2回〜4回行っている。理想からは程遠い。が、月1回だったのが今の状態に変わってきたことについて、わたしがこうなるまでにはこれくらい時間が必要だったのだろうと思っている。そしてどうやらそれがわたしのスピードなのではないか、と。

2015年に始めたので8年と5ヶ月。ガッツリはまっているとも言えないけどやめる理由もないので、続けている。

2週間前に合気道に行った時、管長から声をかけられた。「よくがんばってますねえ」。これがめちゃくちゃ嬉しかった。真剣に取り組んでいるのがよくわかります、と言われた。褒められるってこんなに嬉しいことなのだ。月1,2回しか来れていないんです、と言ったら「時々であるからこそ真剣さが出るもの」と言われた。確かに、それはあるかもしれない。慣れきらない、というか。

わたしの日常生活や仕事にも、合気道で学んでいることは生きていて(というほど極めてはいないけど)、少しずついろいろなところに勇気が出てくる気がする。背筋が伸びるいっぽうで謙虚であろうと思う。そしてこうやって人に褒められると、わたしも人を褒めよう、と思う。

Tuesday, 19 September 2023

敬老の日に見たすごいスイマーの話

きのう、久しぶりにプールへ。といっても、この夏は子を連れて毎日のように行っていたが、自分ががっつり泳ぐことはほぼなかった。そういう意味での「久しぶり」である。

祝日なので9時に開く。開館を待ち構えていたように泳ぎ始めた。「ぜえぜえ」いうくらいに泳いで、時計を見ると、なんとまだ5分しか経っていないではないか。たったの5分。こんなにがんばって、たったの5分。体力と筋力が落ちているのがわかる。体力といっても、水泳の体力。久しぶりに泳ぐとこうなるのだ。

天気が良く、まだまだ暑く、祝日、というのもあり朝9時でも人は多かった。どんどん人が入って来る。

一方通行で25m泳ぎきる人たちのためのコースが2レーン設置されているのだが、そこで、すごい人を見た。いや、すごいといっても「泳ぎの上手な人」に過ぎない。女性だった。高校生か中学生だろうと思った。無駄のない泳ぎでスイスイと他を追い抜いていく。見ていて気持ちのいいくらいに早く、しかし邪魔にはならない泳ぎ方だった(時々、およぎは上手だけどすごく邪魔な泳ぎ方をする人がいる。いつぶつかってもおかしくないくらいに危なくもある)。水泳をやってる人だろうなと思った。水泳選手が、ウォームアップ時や練習時に身につけるような水着(脚の部分が覆われてないタイプ)を着ている。メーカーは、arenaのものだったと思う。とにかく見とれてしまうような泳ぎだった。

しばらくして、「水泳をやっている(た)人」らしく、ある程度泳いでから、ビート板を使って脚だけで進みはじめた。クールダウン中だろう。これがまた、いわゆるバタ足(それとも両足そろっていたかもしれない)なのだが、ものすごい勢いで進むのだ。キックだけなのに。うしろから見ていて爽快感がある。

その時だった。「あれ?」と思った。その女性は顔をあげて、ゴーグルをとった状態でダウンをしていた。すれ違うときにふと顔を見てみたら、あきらかに中学生ではない。高校生でもない。驚いた。大人だ。「何歳ぐらいだろう??」と、疑問がわいた。20代?30代?水上でも水中でも見る限り、贅肉というものはゼロ、しかもたるんだところも一つもない体型の持ち主だった。完全に10代だとばかり思い込んでいた。ある意味、裏切られたような衝撃をうけた。

そのあと、どうも気になるなあと思いながら更衣室にいると、その女性があとから入って来た。中学生くらいの女性と一緒にいる。この人もさっきプールにいた。「きょうどれくらい泳いだの」「えーっとね」とか、話をしながら着替えている。

なんと、これはもしかして母娘なのではないか。驚いた。もしかしたら姉妹だったのかもしれないがそれにしては歳が離れ過ぎている気がした。ちょっと尋ねてみようかとさえ思ったがやめておいた。

世の中にはいろんな人がいるなあと思った。常に身体を動かして筋力をつけておくと、ああいう年の取り方もできるんだなあと感心した。あの身体だったら、おそらく毎日を快適に過ごせるのではないだろうか。朝10時、いい刺激を受けて、プールをあとにした。

Sunday, 3 September 2023

『イルタ・スキャンダル』を見た

心にポッカリ穴が空いたようだ。毎回のことである。
気に入っていた韓国ドラマを見終わったらこうなるのである。

『イルタ・スキャンダル』というドラマを見終えた。全部で16話。春ごろに見始めて、その後、見終わっていなかった。忙しくてドラマをみる時間がなかった。長期休みに見初めて、その後、日々のなかで優先順位が下がっていく。(実際、毎回こうで、一つ見始めると継続してみることができない。「愛の不時着」も「梨泰院クラス」もそうだった。)

夏休み前半は実家にいて、そこでしか見られないアマゾンプライムにある「ブリティッシュ・ベイクオフ」を集中して見た。それから東京に戻ってきて、そこそこ時間に余裕があり、イルタ・スキャンダルの続きを見始めたわけだ。

ただのラブコメかと思っていたら、これが、とんでもない面白さだった。後半からたたみかけるように面白くなる。ネタバレはしません。本気でおすすめする。メッセージもかなり強く出ている。いろんな角度から、面白い。笑えるし泣けるし、「ウヨンウ弁護士」以来の大ヒット。というかウヨンウの次に見たのがイルタだけど。

さて、ここで大きなテーマがひとつ:

「韓国ドラマはなぜこんなにおもしろいのか?」

これを考えずにはいられない。私は日本のドラマを見ない。テレビがないのも理由の一つだが、それ以前にあまり興味が持てないというのもある。

なぜか?

それはたぶん私が日本人だからで、日本人の日常生活がだいたい想像できるから。つまり日本人がだいたいどんな感じが知っている上で演技をみるとやはり演技にしか見えない

…からかなあ?と思っている。

これが本当にそうなのかどうかは全然確証が持てません。日本のドラマ見てみたら面白いと思うのかもしれない。ただ、テレビもなく、見る機会がないのと、ドラマは相当ハマらないと自分のなかで優先順位が低いままだ。テレビドラマの製作をしている友人もいるのでせめてその作品は見たいと思いながらも結局見れず。申し訳なさもある。

韓国のドラマは、日常を知らないのもあって韓国がどんな感じなのか、興味がある。となりの国の、背格好の似た人々がどのようにして感情を表現し、物語を創作していくのか見てみたいと思う。何を問題とし、何に怒り、何に喜びを見出すのか、興味がある。

そしてなによりも、設定にしろ役者にしろ、放っている魅力が強烈なのである。強烈すぎて放っておけないのである。最終回が近づいてくると見るのが惜しくなってくる。「もうこの人たちに会えないのか…」と、出演者にお別れするのが悲しくなってくる。カラフルな出演者たち。もっと見たいのだ。実際、今回もぜんぶで16話中、15話までみてそのあとを見るのを躊躇った。(それでも当然見るわけだけど。)日本人の役者はかくも印象的だろうか。これまた日本のドラマを知らない私が語れないだろうけど。

というわけでさっき16話を見終えて、ぽっかり心に穴が空いたような、そんな気持ちです。はあー。続きの世界があったらみんな幸せに暮らしてほしいなと真に願う。見終わっちゃったよ〜。いかなることにも終わりは来るんですよねやっぱり。また何か夢中になれるドラマを見つけよう。

Sunday, 27 August 2023

始業式は金曜日

 昨夜。カレンダーを見ながら、我が家のイタリア人F:

F「学校の初日は金曜なの?」

私「そうだよ」

F「その次が土日で休みってこと?」

私「そう」

F「ハ!(笑いながら)月曜からにすればいいのに」

私「だって9月1日が始まりだから」

F「そうだろうけど」

私「じゃあイタリアは何日開始なの」

F「州によって違う」

私「どうやって知らされるの」

F「忘れたけど、決まってはいる」

私「たとえばラツィオ州は何日なの」

F「9月のはじめだけど何日なのかはいつも違う」

私「なんで」

F「その日が金曜にあたるんだったら、翌日が土日だからたいていの人はバカンスがまだ続いていて結局来ないから、金曜にしない。月曜だったら土日から続いて休むから、月曜でもない。」

私「じゃあ火、水、木のどれか、しかないじゃん」

F(肩をすくめて)「みんなが来ない日より来そうな日に設定したほうがいいじゃん」

ここまで黙って聞いていた息子が一言:

「ダメだねえ!イタリア人は!」

会話はこのように笑って終了する。こういった、唖然とするような異文化体験?が我が家では行われることがある。土日から連続しない、夏休み明けの初日。日本でこの柔軟さはあり得ない。想像もできない。根本的な「違い」を感じる。私は、「イタリア人はダメだ」とは思わない。日本もそれくらいやってみれば良いと思う、が、この9月1日という「節目」または「けじめ」が日本人の精神?にどれだけ大事な要素であるかを考えると、それはまたそれだよねと思う。違うのだ、単純に。この違いを面白いと思う。

ところでイタリアには始業式というものがない。夏休みは6月から8月までの3ヶ月間。そして日々の授業は午前中で終わる場合が多い。塾は一般的でない。あったとしても日本の塾を想像すると全然違う。学校の試験は筆記に加えて口頭試験。筆記:口頭が5:5で成績をつけ、あわせて6/10を下ると留年する。留年は珍しくない。

私の知る限りの知識で、こんなに違う。今はそうじゃないよ、というのもあるかもしれない。この違いは本当に興味深い。

Sunday, 20 August 2023

『ミッション:インポッシブル デッドレコニングPART ONE』みてきた

 久しぶりのブログ。これは書かないわけにはいかないので。最後の投稿からきょうまで、この間あったことすべてをすっ飛ばして書く。

ミッション・インポッシブルを観てきた。普段なかなか映画を見る時間もとれないし映画館に行く時間もないんだけど、これだけは映画館で見ることにしている。自分にとっての優先度がとても高い。

すごかったです!今回のも、期待を上回る完成度でした。映画すごいというかトムクルーズがすごい。この人じゃないとこの映画はできないわけです。最初に見たのが96年、ということは私は小学生だった。96年に見たときはVHSだったよ。巻き戻して「今のどういうこと?」と父になんども聞いたのを覚えている。

そこから30年ぐらいずっと同じ映画を撮り続けている。そして毎回、前回作を超えるおもしろさ。人生でそんなことってあるかな?ずっと見続けているわけだけど、そのうちに映画自体の面白さを超えて「トム・クルーズすげえ」が増す。トムに脱帽、感心、尊敬。ほか、言い尽くせませんがこの人ただもんではないということが、作品ごとに増していく。

今回みどころの一つとなっている、崖からバイクでジャンプするシーン、あれ本当にやってるらしい。と言っても、スタントじゃなくて本当にトムがやってるということはもはや疑わなくなってきたけど。

家に帰ってから、メイキング映像を見てみて唖然とした。これに至るまでの過程がすごい。500回のスカイダイビング、13000回のバイクジャンプ。何度も何度も練習を重ねる。そして飛び降りる角度、綿密に計算し尽くされている。風向き、天候にも影響をうける。いよいよ本番、飛んで大成功するのだがこのあとトムは「もう少しバイクをにぎってる時間を長くできると思う」と言ってさらに飛ぶのだ。信じられない。「きょうすでにトム6回飛んでます」というインストラクターのコメントが入る。完璧主義などという言葉では形容できない。

このバイク飛行?がすごすぎて、ほかのアクションが普通に見えてしまう…ということがミッションインポッシブルにおけるトムクルーズの場合は起きてしまう。たとえば最初の砂漠のシーン、馬で駆け抜けていくわけだがあれももちろんトムがこなしている。また、スピード・フライングも普通に見えてくる。一見、パラグライダーで降りているだけのように見えるが、これ実際はすごく危なくて技術が必要なことらしい。トムならやって当然だとこちらは思っているのでもはや当然のようにみてしまう。あとから訓練の様子をメイキングでみたら、大変な苦労がありました

オリエント急行のシーンも最高でした。あの角度、構成、考えた人、ほんとにすごいと思う。と言っても考えた人はきっとトムかな。ご存じだろうけどトム・クルーズは映画の製作自体に関わっている。そして極限まで、挑戦するのです。はあ、すごい…。

前半でローマが出てきたのは個人的にはとても嬉しかった。石畳とか、交通量の多さとか、unrulyさとか(一般的な)運転の荒さを思い出しながら見ていました。あの街で撮影ができたのか。

ローマで行われたプレミアの様子をYoutubeで見てみたら、トムのコメントが出てきてほとほと感心させられました。どこまでも謙虚で、観客を楽しませる映画づくりに情熱を注いでいる。

先日読んだニューヨーク・タイムズによると最近トムはあまりインタビューに答えていないらしい。そしてどこに住んでるかとか、謎がたくさんあるらしい。私生活が気になったり、たぶんまあいろいろあるんだろうけど、映画が人生であり、人生が映画なのだ。言葉より行動で示している、この姿がすべてなんだと思う。できあがった作品がすべてを語っている。

先日、弟と話していたら「見た人が言ってたけど、前回作までのあらすじをわかっていないと難しいって」と言っていた。確かにそうだろう。私はずっと見ているから特に困難を感じない。それでもわかっているのは「なんとなく」です。見ながら「なんでそうなるんだっけ」とか「何言ってるんだろう」ということは、ある。それでもあんまり考えないことにしている。これまでの作品を見たことがなくてこれからいきなりデッド・レコニングを見るという人は、「あまり深く考えない方がいい」ということだけアドバイスしたい。考えすぎると楽しめなくなるので。

ちなみに毎回テーマが時代に即していて、今回のもだいぶ良かった。なんてったってAIの脅威がテーマなので。監督が「映画を作っているあいだにリアルな問題になってきた」みたいなことを言っていて、ほんとだなあと感心した。見ると世界、またはものごとを大きな枠でとらえる練習になるんではないかなと思う。

Friday, 4 August 2023

体調を崩した

 風邪をひいた。いつもと同じパターンだ。つまり、学期末に体調を崩す。林間学校と保護者面談があったので、それまでは乗り切ろうと気を張っていたのだと思う。炎天下を自転車でよく行き来したと思う。保護者面談は5日間続いた。エアコンのきいた室内で長い時間、話し続けているうちに、鼻水が出てくるようになった。家ではなるべくよく寝るように心がけた。それでも、数日間、頭がふらふらする感覚があったので、これはいわゆる「じわじわ熱中症」だろうなと思っていた。疲れで身体が弱っていたところへの夏風邪である。きのう午後、最後の用件が一つあったのでそこまで力を振り絞って、家に帰ってからは横になった。鼻水がとまらない。夕飯にピッツァを作ってもらってだいぶ元気になった。通常はこどもに読み聞かせをするところだが、きのうはあきらめて寝た。

今朝はだいぶマシになっているようには思う。それにしても毎度みごとに同じパターンだなと思う。学期中に気を張っていて、実家に帰るときに体調が崩れる。そうなんです、今日から実家に帰るのです。飛行機にのる。コロナを経て、(なのか、年のせいなのか、いっしょにいる我が子が車酔いするせいなのか、)飛行機が苦手になってきた。前まで、あんなに大したことなかったのになあ。さて、ゴミを捨てに行って、着替えて、出かける準備をせねば。

Monday, 31 July 2023

もっと泳げるようになっている

 なんと、7月が終わるなんて。早い。

子の水泳について。

22~24日まで、私が引率で不在だったのだが、戻ってきたら子が発熱していた。なんてこったいと思いながら寝せる。そのあともなんだかまる1週間、不調の日が続いたのでプールには行かないでおいた。

それで、金曜には学校の水泳講習があり、体調はなんだか回復していたようだったので連れて行った。それから土曜、日曜と連続で区のプールへ行った。

水に入ると、足をバタバタさせながら、自由泳法ではあるが前に進んでいる。息継ぎはしていない。それでもだいぶ前に進んでいるのだ。驚いた。こんなに泳げるのか!私がたっていると、股の間をくぐっていった。こんなことができるということは誰かに習ったのか、と思ったがそうでもないらしい。

考えてみれば、1ヶ月前と全然違う。「顔をつけれるんだね」と喜んでいたのは、今年の夏の話なのだ。それが、こんなに進歩しているとは。

いろいろな指示はいらないなあと思った。水に慣れさせるのが大事。そして水につけてさえおけば、動き方もどんどん変わってくる。自然なことなのだろう。

プールが終わった後の、夕方の風がとにかく気持ちいい。こんなに暑い夏だけど、プール後の夕方だけは涼しくて快適。濡れた髪で、自転車にのる。

たまに、プールに行った日は夕飯をハンバーガーにしてしまう。なにも作らず、3人でフライドポテトとハンバーガーとナゲットを食べて終わる。こういう日もあっていいと思う。子は無我夢中でモスのテリヤキバーガーにかぶりついていた。

Thursday, 6 July 2023

習いごとについて思うこと

 先日、子の保育園時代の友達が公園に集まるという機会があった。保護者と話していたところ「スイミング行きたくないって言ってて…。」と、自分の子について言っている人がいた。その人は自分の子をかれこれ1年以上(だと思う)が、スイミングスクールに通わせている。毎週日曜、2時半ぐらいから。

ここまできくと、なんの変哲もない、普通の会話だ。どこにでもあることだと思う。習い事に行っている、子供は行きたがらない、という。いつものパターン。

それから少し私は考えていた。「行きたがらない」という事実を初めて知った、ということもある。喜んで行っているものだと思っていた。それが、行きたがらない、と…

おそらく通い初めとは違うのだろう。小1の今は保育園の時よりも意思がはっきりしている。ほかに興味のあることも出てくる。行きたくなくなるのは当然の流れかもしれない。

我が子はなにひとつ習い事をしていない。特に興味はないらしい。本人が言い出すまでは特に私からすすめることはしないでおこうと思っている。

最近、すごい頻度で区営プールに行きたがることについては以前も書いた。本人はお風呂がわりだと思っているところもあるが、しょっちゅう行っているおかげで潜っている時間が長くなり、少し前に進んだり足を動かしたりするようになった。

ふと、スイミングに通いたくないけど通っている子と、スイミングじゃないけど水に入りたくて毎日プールに行くうちの子を比べてみた。実際に泳げるようになる時期や程度はあまり変わりないのではないか。想像にすぎないがそんな気もする。

信頼できる同僚のうちの1人と話した。本人は60過ぎで、成人した娘が3人。「娘さんはなにか習い事していましたか」と聞くと、しばらく考えて「うーん、何もしてなかったね」と。近所のこどもたちとひたすらよく遊んでいた、と。そして中学高校になってから急にジャグリングに興味を持ったり、地域の劇団に入ったりしていた、と。やっぱり。

習い事について、させたほうがいいのだろうかと去年あたりから少し考えることがあったが最近は迷いが減った気がする。好きなようにすればいいと思う。私自身、嫌だったピアノに通わされてさらに嫌になった経験がある。ああいうおもいは、する必要がない。そもそも、嫌で何かやってもたいして伸びないし身につかない。家でレゴをしたり近所の子たちと仮面ライダーごっこをしているこの時間こそがかけがえのないものなのだと思う。

習い事、その人に合うならいいし楽しんでいるならそれでいい。我が子のように「いやだ」「別にいい」「うちにいたい」と言う子をむりやりひっぱりだすことはない。

それに、そもそもどこかに連れて行けるような、親の余裕がない。日曜の2時半?絶対的に家でごろごろタイムでしょう。

Tuesday, 27 June 2023

毎日プール、と水泳カードの旅

 またプールに行った。親2人で、交代で連れて行っている。もうこの10日くらい、行ってない日がない。日曜の朝に行き、夕方になっても「ぼくプール行きたい」と言う。もう無理、と言って、さすがに夕方は行かなかった。

土日私が行っていなかったので、きょうはきっと行くことになるだろうと覚悟して返ってきた。すると自ら宿題に取り組んでいる姿。「ぼく『なぷり』やってるー」と声が聞こえる。感心だ。ちなみになぷりというのはひらがなの「な」を書くプリント。上手とは言い難いが間違えずに自分でできていた。「なぷり、ってなぷきんみたいねー」と笑っている。

問題は「けいど」、つまり計算ドリルである。そもそも問題を読むことにも慣れていない。「しき」という言葉もわからない。「だからさー」とこちらもイライラしながら説明する毎日。気がつくと怒っている私。「なんでわかんないのよ」と言った瞬間「あ、しまった」と思う。また言ってしまった。こんなにわからなくていいのかこの子は、と思うが、これもそのうちなんとかなるのだろう、と思うようにしている。宿題以上の何かは課すことなく過ごしている。

みずから、明日の準備をする。えんぴつも研いだ。これをすべて6時までに終わらせて、プールへGo。私は5時半ごろに帰宅しているのでそこから6時に間に合うようにプールの準備をする。結構きついけど、実際プールに入るとスッキリするし行く意味は大きいと思う。

プールに行ったのは金曜以来だったが、子が水に頭をつけられる時間が伸びていた。さすがに毎日行っているだけのことはあるなと思った。泳ぎこそしないものの、水に浮かぶのも、潜るのも、しばらく前からは信じられないほど上達している。すごい。

きっと「けいど」もできるようになるだろう。この人のスピードなんだと思う。

プールから上がると、電話に着信があった。なんだろう、と思ってみてみると、ショートメッセージも残っている。子のクラスメートの親からだった。その子の「すいえいカード」を金曜に間違ってうちの子が持って返ってきてしまっており、金曜の夕方に私が電話をして謝ったのだった。なんと、今度は、うちの子のすいえいカードが、その子のところに行ってしまっているらしい。もう笑うしかなかった。その子の分だけを渡せばいいのに、自分のものも先生に預けたらしい。そして先生はそのままその子に渡したのだと思う。水泳カードもずいぶん旅をしている。

ちなみに水泳カードというのは、保育園時代からあったけど、親がサインをしていない限り絶対に泳がせないという紙。学校から連絡もこないので、最悪の場合、泳げるのに入れず悔しい思いをする。こういうの、デジタルにしちゃダメなんでしょうか。毎朝体温測ってサインするの本当に大変なのです。

Friday, 23 June 2023

「ぼくがもしうまれてなかったらどう思う」

 きのうもまた、子は迷いもせずプールに行った。

私が5時半ごろ帰宅すると、同じマンションの隣の部屋に、いつものようにいるということだったのでピンポンをならしてみた。「遊んでいたら落ちて割れてしまい冷蔵庫に入らないのでもらってください」という巨大なスイカ半分を持って奥さんが出てきた。なんと。お礼を言って、「あしたから学校でもプールですね〜」なんて言いながら別れた。

宿題は半分終わったらしい。「マンマ〜ぼくnuoto(イタリア語で水泳)に行こうと思うんだ〜」。行っていいと思うよ、残りの宿題終わらせよう、と言ってさんすうのプリントなど終わらせた。いつの間にか時計の読み方がましになってきた。永遠に無理なのではないかとこの1年くらい思っていたのだが、なんとなくわかるようになってきたらしい。

私はきょうは留守番することにして、相方に行ってもらった。ママも来てよと言われたが1日ずつ交代にしよう、ということで落ち着いた。実際、私が行ったのは土、月、水だ。

見送ったあときのうのことを思い出した。こどもがいかに親に気に入ってもらおうと必死かを考えた。プールのなかで「ぼく、きょうは何も怒られてないよ」と言う。「そして宿題終わってるしこのあと怒られることもないよ」と。この子が怒られない日はほぼないのだなとあらためて気づく。

帰り道、突然

子「ママ、ぼくがもしうまれてなかったら、どう思う」

私「うーん それは寂しくて仕方ないだろうね。なにやったらいいかわからなくなると思う」

そのあとどういう会話が続いたか、思い出そうとしても思い出せない。ちょっと面食らったのだと思う。たぶん、私にとって自分がいかに大事かを確認したかったのではないか。似たような質問を、私も自分の親にしたことがあったなあと思い出した。「あなたがなによりも大事だよ」という答えが返ってきたのが嬉しくて嬉しくて、とびはねた。ちょうど小一くらいだったと思う。

私がニコニコしていることが嬉しくて仕方ない、そんなこどもの様子をみると、やはり普段の言動について反省せざるを得ないことがたくさんある。怒るのは仕方ないとしてもネチネチと、こちらの立場を利用したような嫌味な怒り方をすることがある。そして「それは言ってはいけない」という一言が出てしまうことがある。例えば、「なんでできないの」とか。言いながら、私は何を言ってるんだろう、と思うことがある。わかってはいるのに嫌な態度をとることがある。こんなに必死な6歳の、かけがえのない気持ちを、私はつぶしているんではないか。

「子育てはニコニコしてせんば」という父親のことばが時々よぎる。何年も前に言われたけど、その言葉を思い出すと必ず父の母、つまりおばあちゃんを同時に思い出す。どんな想いで5人のこどもを育てたのか。時々、おばあちゃんの写真を見て自分を立たせようとする。ニコニコできないような状況のときに彼女をささえたのは何だったたのか。こどもが生まれてからのこの6年(もうすぐ7年)、一番話してみたい人はおばあちゃんその人なのだ。

Thursday, 22 June 2023

「うかんでるよ!」


 こどもがプールに行きたがる。

徒歩5分の場所にプールがある。15,17,18,19,20,21日…と、ほぼ毎日行っている。6月からは一般開放が6時以降になる。その時間から連れて行くと夕飯の時間も遅くなるので無理だろうと思っていたのだが、行ってみたらできないことはなかった。そもそも、この子が自ら何かをやりたいと言い出すのは、レゴ以外であまりないので、とても珍しいことなのだ。なるべくこちらも要求にこたえてあげたいと思った。仕事が終わってからのプールなので面倒ではあるけど。

そもそもプールは、おむつが取れた3歳ぐらいから連れて行ってはいた。が、顔をつけようとしないし、行こうと言って「えー」という反応が返ってくることがほとんどで、嫌々ながら連れて行くことも多かった。水に入るとなんだかんだで楽しそうなのだが、顔をつけようとはしない。泳ぐとは程遠かった。

それがどうだろう、この1週間でじゃばじゃばと顔をつけている。私が同伴したのは、確か19日で、きのうはそれから2日ぶりに一緒に入ったのだが、さらに顔をつける時間が長くなっていた。驚いた。

前から、腕に浮き輪をして入っていた。家から持って行って入っていたのだが、同じようなもの(浮き輪じゃないけど、ビート板と同じ素材で腕につけるやつ)がプールにあることに気づいて最近では持っていっていなかった。

きのう。

その補助を腕から自ら外して、顔をつけてバシャバシャやり、驚いた顔をして顔をあげて「braccioli(イタリア語で、腕の輪っかのこと)がなくても浮いてる!!」と言った。

私「そうだよ、浮かべるんだよ、できるようになったじゃん」

子「これをしてるからかな?」と言ってゴーグルを指差した。

私「それは関係ないよ、ゴーグルで浮かぶわけじゃないから」

子「はずしてみようかな」

ゴーグルをはずして同じように浮かんだ。またびっくりした顔をばしゃっとあげて「うかんでる!わーい!」と喜ぶ子。

「プールだいすきー!」と言いながら両手をあげている。

それをみて涙が出そうになった。何かができるようになるってこんなに嬉しいことなのか。人の成長ってすごい。

私が喜ぶ様子がさらにうれしかったようだった。しばらくして「きょうぼく一回も怒られていないよ」と言う。「宿題も終わったからこのあと怒られることもないよ」と。確かに。

6時から始まるプールにあわせて、自ら宿題を終えるようになってきたここ数日。プール効果は大きい。

顔をつけるようになるまで3年もかかった。だけどこれがこの子のやり方で、スピードなのだ。今週末からついに学校でプールが始まる。

家に帰り、パパの作ったcotolette impanateという、うすーいチキンカツみたいなものを食べた。感無量だなあなんて思いながら、学校に持って行くのに必要なプールカードを準備しようと思ったら、ない…。あらかじめ名前も書いて準備しておいたのに。ない。どこに置いたんだろう。あれがないと学校でプールに参加できない。なんてこったい。

探し物は、探してないときに見つかる、という法則を思い出して探すのをやめた。もう一回先生にもらうしかない。これから連絡帳にそのことを書くところ。こういうの全部デジタルにしてくれないのかなあ、というのはカード紛失した保護者の言い訳です。

Tuesday, 30 May 2023

よく人が行き来する家になった

 子の小学校入学以来、家への人の出入りがいっきに増えた。子の友達が学校帰りに寄ったり土日に遊びにきたりすることが多くなったため。

どうしてこれが保育園時代に叶わなかったのだろう?ときのう1人で考えていた。ひとつにはコロナが原因だと思う。が、それだけではない気がするのです。子どもたちではなく保護者どうしの壁が大きかったのではないかと。遠慮なのか、それほど仲良くなかったのか。保育園に通わせている区域が大きくて、それほど近所ではなかった、そして関係する人数が多かったのか。公園で遊ぶことはあっても、家のなかにまで人を入れて遊ぶということはなかった。

小学校になって何が変わっただろう。

・遊びに来れる時間帯が早くなった

・子どもがたくましくなった

・子どもの意志が強くなった

・同じ保育園からの友人が本当に近所の子たちだけになった

・親が共通の悩みや相談をかかえて共感しあうようになった

・コロナの規制が減った

こんな感じだろうか。こどもだけでしばらく友達の家にいたり、逆にこどもだけうちに数時間いて遊んだり、ということも多い。こどもは24時間くっついてあげる必要もないくらいに大きくなった。

それで、だ。

土曜のこと。近所の子と家の前で遊んでいたら、親から「サーカスのチケット」をもらった。どうやら、予定していたのに行けなくなったらしい。運動会の代休の日。なんともありがたい話だ。3人分買ったら何万円もするようなチケット。私は通常月曜に仕事が休めるのに、この日に限って仕事があったので、サーカスへは行けなかった。父子2人で楽しんできたようだ。

帰ってから、また「うちにきてください」と招待されていた友達の家に、子だけ遊びに行ってきた。送って行って、しばらく遊んで、戻ってくるときはあちらの家族がわざわざ送ってきてくれた。ありがたい。家の玄関先で「どうもありがとうございました」と話をしていたら、隣の家の子がドアから飛び出してきて、廊下で3人で騒ぎ出す。

それがきのうの話。

日曜の午後は、昼を食べたあとにふと別の、子どもの友達が遊びにきた。歩いて3分くらいの近所。2時間もないくらいレゴで遊んで、私はその子のお母さんと運動会の感想など話した。「来週はうちにきてください〜」と言われて別れた。

東京に住んでいて、こういう付き合いができるとは思っていなかった。

「どこにいても、結局は人間関係なんですよ」

という同僚のことばを思い出す。職場しかり、家しかり。人とのつながりがすべて。小さい家で、自然もやや足りないけど、周りの人たちとのつながりをとてもありがたく思っている。まさにそのつながりのきっかけになっている我が子の存在をこれ以上なく尊く思う。

Sunday, 28 May 2023

小学校の運動会

 小学校の運動会に行ってきた。入学以来、本当に運動会になんて参加できるのだろうかと心配していたのだが、無事にやるべきことを果たしていた。すごい。本人も、先生も。


徒競走を写真に撮ることの難しさを思い知った。(これは失敗した写真。我が子の足さえ写っていない。)写真をとるのに立つべき位置や、出走順などしっかり準備を整えてから行かないと、気づいたら終わっている。出走順1番目に、保育園から同じ子がいたので、写真に撮ってあげたのだが、その後からの子供たち、誰が誰か分からぬまま。うちの子は何番目だろう、と思いながら隣にいた人が持っていた表をちらっと見て、よし8番目かなと思っていたらどうやら7番目にいる。あれ?これか?似た子なんじゃないか?とりあえず撮るか?としていたら終わってしまった。なんてこったい。

保育園のようにはいかない。というのも、全員が同じ格好をしているのと、人数が多いのと、会場が広いのと。とてもじゃないけど判別がつかない。私服だったらまだ区別つくだろうに、全員が真っ白な体育着を身につけている。

こりゃまいったなと思った。

徒競走が終わって、ダンスが始まるまでに少し時間があくので、一度家に帰った。そして、隊形ごとに踊る場所を示してあるプリントを確認した。これを忘れていったら話にならない。

しばらくしてもう一度、小学校へ。ダンスも同じく、どこに自分の子がいるのかわからない。ビデオを撮っているつもりだが、画面が反射していて、ちゃんと写っているか確認できない。そしていつの間にかささーっと全員が移動する。ああちょっと待ってと思いながらカバンからプリントをがさごそ。このプリントがこんなに重要になるとは。そうしている間に踊っている姿を見逃す。ああやっぱり写真も一枚くらい撮っておくべきかなと思ってビデオを中断する。手元を見ると、あれ、撮っていたと思っていたビデオはボタンを押してなかった。よって撮れたのはたった2秒のビデオ。こんなことしている間に踊っている本人の姿を肉眼で見ていないんじゃないか私は?と思ったのでもはやビデオあきらめる。

…とかなんとかほんの数分間の間に結局どこにも集中せずに終わった。これは始まる前から作戦を立てておくべきだったのだ。これに慣れている親たちは、きっと家族で役割分担もしっかりやって、バッチリ写真と動画撮影をするのだろう。

本当に難しかったです。

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我が子さておき。久しぶりに小学校の運動会を見たけど、想像以上にすごかった。まあ見なくてもよいかなと思っていたダンスや演技に引き込まれて、結局最後の閉会式まで見てしまった。4年生が旗を持って演技を始めた時に、涙が出てきた。こどもってこんなになるのか。何に感動したのかと言われると、なかなか言葉にならないが、一生懸命なこどもたちと、それを支える先生たちの様子が、胸に突き刺さるような感じだった。自分の小学校時代を思い出したりもした。この子たちと、その未来を支える小学校はすごい場だなと思った。よく見ると車椅子の子がいて、先生が後ろから押してあげて一緒に参加していた。それを見てまた泣けてしまった。この、まっすぐなこどもたちの心を、大人の都合でねじまげたりしてはいけないと思った。

6年生はダンスだけでなく組体操をしていた。「これまでコロナでできなかった、先輩たちの思いも汲んで」と言っていた。マイクでしゃべっている6年生がすでに泣きそうだった。立派な組体操だったと思う。こどもってここまで成長するのか。これが中学生になって、高校生になって、大人になるんだなあと、ふだん目の前にすることのない、人の成長過程を見て感心した。

閉会式の、校長先生の言葉がとてもよかった。

「近隣のみなさま、保護者のみなさま」に感謝します…までは普通かと思ったが、そのあとに「教職員」が入ったからだ。具体的な言葉はしっかり覚えていないけど「きょうまでこの運動会のために準備をしてくれた本校の教職員」と言っていたと思う。つまり自分の身内、部下に対して、閉会で一言感謝を述べている。これはすごく聞いていて嬉しかったし、よかったと思う。ここで先生たちが認められているのは大きなことではないか。

この学校すんばらしいな、とつくづく感心しながら家に帰った。この小学校を、全力で応援したくなった。そして素晴らしいと思った点について、アンケートに書いて先生に伝えようと思った。すごい。小学校すごい。

あとから我が子が家に帰ってきて、話を聞いていたら、パパにイタリア語でこうしゃべっていた。「6年生がほんとにすごいことをしたんだよ。人が、人の上にのったり、逆さまになったり、こんなになったり、こんなになったり、しかもみんな裸足で」。興奮気味に語っていて、正直なところ私はとても驚いた。学校で起こったことを、少しずつ話すようにはなってきていたが、こんなに感動してしゃべっていることは今までに一度もなかったからだ。その場を私も体育館から見ていたので「私も見たよ、それ、すごかったよね」と言った。同じものを見ていてよかったと思った。1年生として、6年生の集大成に感動するらしい。こどもの心は、そういうところに反応するのか。自分よりだいぶ大きい「お兄さんお姉さん」の姿を見ることの効果は絶大なのだ。

昼にマルタイのラーメンを食べるわが子に「小学校、たのしい?」ときいたらはっきりと「うん」と返事が帰ってきた。おお、すごい。これは初めてのことである。嬉しかった。良い傾向だと思った。

Sunday, 7 May 2023

クープがひらいた

連休はバゲットばかり焼いている。クープが開かなくてもうだめなんじゃないかと思っていたけどひたすら練習を続けていたらきのうの夕方…

開いた!! 

今まで焼いた中ではたぶん一番か2番目にきれいに開いたと思う。


満足なのでいろんな角度から写真をとった。

これも開いた。けど、クープがつながってしまったのでそれほどきれいではない。

↓これがやっぱりきれいにできた。焼けてすぐ、お隣さんにあげたら10分以内に家族みんなで食べきっていた。


しかし、後から断面を見てわかったけど、気泡はそれほどできていなかった。つまり普通のパンに近い。原因は、冷蔵発酵の時間が比較的短いのと、水分が少なめだから。

確か分量は;

オーベルジュ 250g

水 160ml ぐらい?ここが肝心なのに覚えていない

モルトエキス 1g

塩 3g

イースト 0.4g


とりあえずクープが開いたのは嬉しかった。パン屋を経営している友人から「しっかり発酵させて、ハリのある生地に切れ目をスパッと入れる」というアドバイスをもらったのがよかった。というのも、当たり前のことなのだ。言われて原点に戻った感じがした。時間とか、分量とか、いろんなことにこだわりすぎていて、何を大事にすればよいかわからなくなっていた。

それにしても、ずっと練習しているとだんだん感覚がつかめてくる。それに尽きる気がする。そこに適切なアドバイスがくるとグンと伸びる。製菓学校やパン教室に通うとさらにいいんだと思うけど。初めて作った数週間前の「?」がいっぱいの状態からすると、格段に上達した。やってみたらできないことはないのだ。あとは根気、やる気の問題。

Friday, 28 April 2023

一年生協奏曲

 我が子が小学1年生になって三週間が経った。

最初の一週間、学校のことを何も話さず、様子が分からないまま過ごしていた。通い始めて3日くらい経ったころ、昼に電話が鳴り、出てみたら担任の先生だった。「鉛筆が目に入ったというのですが見てみたところおそらく大丈夫かと」という、保育園でもよくあったような電話だった。ついでに普段の調子についてきいてみるとやはりうまくいっていなかった。家でも、学校は嫌だ、学校はつまんない、学校にはいかない、の繰り返し。どうしようかと思っていたときの電話だった。

悩みながらのそれから一週間、また電話がきた。20日のことだったと思う。「その後おうちではどうですか」というフォローの電話。前の週より少しマシではあったので、そのことを伝えた。学校での様子をきくと、なかなかまっすぐ座っていられないし、反発をするらしい。やはり先生はだいぶ苦労をされている。「一度面談をしたほうがよいかと」と言われて、早速5月に日程を決めた。そして、「一度その前に授業も見られるとよいかと」と言われたので、翌週月曜の24日に見ることにした。偶然21日金曜も仕事がなくなったので、急だったが対応してもらい、授業を見に行くことにした。

想像してはいたものの、本当に話をきいていない。そしてじっとしていられない。1人だけ水筒を肩からかけている。机の上にあるものが周りの子と違う。これは大変だと思った。見ながら自分の顔がしかめっつらになっていくのがわかる。

そのうち、子は私に気づいて「あっちいけ」という。それはそうだろう。サポーターとして授業を見てくださっている、卒業生の保護者の方が「大丈夫ですよ、うちも大変でしたから」と声をかけてくださった。これがとてもありがたかった。

そのあと、家で待っていると、見事に宿題を忘れて帰ってきている。一緒に取りに戻ることにした。ぶつぶつ怒る。

面談は5月まで待たない方がいい、と思って、26日に時間をとってもらうことにした。その間も、先生とすこし電話で話した。

「きょうは一度も注意しませんでしたよ。そして健診のときに静かにしてました。褒めてあげてください。」と言われた。電話をきってすぐに褒めると、「いぇいいぇいいぇーーーい!!」と言いながら、見たこともないような喜び方をした。両手を上げてソファで跳ねている。びっくりした。

26日。仕事を早めに終えて、雨のなか面談へ歩いて行った。1時間以上話をきいて/してくださった。今までのことや、学校での様子、アプローチの仕方について。

「同じことを褒める」

これが一番、残った。先生と親が、同じことについて褒めること。「いっぱいいいところがあるので、よくできたねってほめてあげてください」と言われた。

学校で起きたダメなことについて、私が「すみません、家でも言ってきかせます」と言ったら、「それはもう言わないでください」と言われて「?」となった。

「本当にダメなことだったら、それは私が電話してお伝えします。そうじゃなくて学校で解決できることであれば、そこで終了、でいいです。」

…ほう。と思った。

27日。連絡帳に、先生にきのうのお礼を書いておいた。するとその倍以上のメッセージが書かれてあった。きょう起きたことのなかで、よかったことが3点書かれてあった。

・ひらがなのプリントの裏はいつも宿題になっているので授業中にはやらないきまりになっている。それをいつもやってしまっていたのだが、きょうは説明を聞いて、宿題として残しておけたこと。

・水筒の水を飲むときに、「今飲んでいい?」と聞けたこと

・算数の時間に手をあげて発言ができたこと

連絡帳を読んで、この3点を「先生が褒めてくださいって」と我が子に伝えると、とても喜んでいた。その後、驚くべきことに、急になんでも自分でやり始めた。宿題のみならず、洗濯物も自分でたたみ、片付ける。「ぼくはいいこだからね〜」と言いながらご機嫌である。夕飯もおかわりをしてきれいに食べてしまった。

人間ってすごいなあと感心してしまう。私が今まで要求しすぎていたかもしれない、ということが今回の件でよくわかった。怒る以外のことをしていなかったのと、できたことについて認めていなかった。褒めすぎもよくないかもしれないけど褒めなさすぎた。あの反発は承認欲求の表れだったかもしれない。人が成長するのを見るのはとても面白い。そして人を変えようとしても変わらないけど、自分が変われば相手が変わる場合がある。

それにしても良い担任の先生に出会ったものだ。こちらも学ぶことが多い。こうして紆余曲折の4月が終わろうとしている。

Tuesday, 4 April 2023

佐賀に行ってきた

1日〜3日まで、佐賀に行ってきた。姪っ子を抱っこすることと、(東京にはない)春の空気を吸うことが主な理由である。我が子は東京に置いてきた。こうやって離れてみるのもたまには良い気がする。一緒にいるといつも怒ったり注意したりの連続でお互いに疲れてしまう。離れるとありがたみがわかるというものだ。

実家の裏の山を、5分〜10分いくと、少し開けたところに出る。森と呼ぶほど茂ってはおらず、かと言って原っぱでもない。小さい頃はここにわらびをとりに行っていた。この季節になるとどうしても行きたくなる。今回もすこし行ってみた。少しだけだがわらびが取れた。あまりにもきれいだったので、いったん家に戻ってレジャーシートと本とカメラを持って出直した。そこでしばらく座って読書をした。

これだけでもじゅうぶん来た甲斐があると思えた。

5ヶ月の姪っ子がいる。最初は私を見て泣いていたがしばらく一緒にいるうちに慣れてくれた。すべてがかわいくて尊くて、目が離せない。次に会うときには今とは全然違う感じになっているんだろう。ほんの少しでも会えてよかった。

きのうの2時ごろ羽田に着き、家に帰る。そのあとニュースを見たら、なんと3時ごろにANAでシステム障害があったとのこと。欠航便もあるらしい。ギリギリセーフだったと胸を撫で下ろす。

これで「どこかに移動したい欲」はいったんおさまった。時間があってコロナの制限もないのにどこにもいかない春休みなんて信じられなかった。こどもが生まれる前だったら必ずと言っていいほど海外に行っていた。春休みは最高のタイミングなのだ。佐賀に行かなくても新年度を迎えられたかもしれないが、いったん日常を離れたことで、少し切り替えの気持ちが働く。そして日常がよりありがたいものに思えるのだ。

Tuesday, 28 March 2023

「さすがに」「それに対して」

 「えーそれっていつー 何時何分地球がまわったときー」

我が子の言葉。いつ頃からかこれを言うようになった。ちなみに、惜しい。

「地球が回ったとき」ではなく、

「地球が"何回"回ったとき」が正解である。

この前、「なんかい」だよ、と教えたらびっくりして「え?ママしってるの?」と聞いてきた。自分たちだけの共通語だと思っている。いやいや、そのフレーズは古代(?)からあるよ。少なくとも30年前にはあったよ。その年齢のこどもたちはみんな言うんだよ。

そう説明しても、子は冗談だと思っている。おもしろいなあ。

こどもの言葉は面白いのでこうやってメモしておかなければいけない。

しばらく前、「さすがに」を覚えたらしく、ことあるごとに「さすがに」が出てきてこちらは笑いをこらえていた。使い方がまったく合っていないときもある。

先日は「それに対して」と言っていて驚いた。これも使い方が合っていなかったが。

大人のいう言葉を真似しているのだがその「もと」はどこなのか考えてみた。親や先生の言葉しかない、と思うかもしれないが、それ以外にもYoutubeの影響がある。

Youtubeはかなり制限して見せている。見せていいことになっているのは、レゴの作り方を見せてくれる動画。作りながら日本人が解説している。ここからインプットを得ている場合が多いように思う。先日「がんじょうにできている」と言ったときに、私が驚いて「そんな言葉知ってるの?」ときいたら、動画で言ってた、と教えてくれた。ちなみにこれは、使いかたが合っている。

そういえば2歳ごろ、ひとりでトミカを持ってYoutuberさながら「はい、きょうは○○をしょうかいしまーす」とか言っていたが、あれと同じである。

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さて、きのうもきょうもだいぶ寒い。今週は、入学準備の追い込みである。あとは防災頭巾を作らなければいけない。買うと4000円もするらしい。おそろしや。

Thursday, 23 March 2023

最近の記録 写真とともに

 3月。色々なものが終わりに近づいていく。12月の終わりとは違って、年度末は、忙しいながらもほっこりした感じがする。暖かくなってくるし、とりあえず1年間お疲れ様という気持ちになる。

それにしても桜の開花が早い。咲き始めに見たときは「ん?」と思った。「別の種類かな」と思って通り過ぎていたけどどうやら本当のソメイヨシノらしい。終業式に桜とは。むしろ入学式とセットのイメージだけど今年はそうはいかないらしい。

最近の写真をいくつか。

我が子は相変わらずレゴに夢中で、そのレベルも上がってきている。1年前の写真なんかを見ると、その差は歴然だ。何も見ずに自分でスイスイと作る。10時間でもやれるのではないかと思うくらい集中してやる。いつも「外で遊んでみたら」とか習い事には興味がないのか、とか声をかけるが、レゴしかやらない。ほかのことにも興味を持って欲しいと思っていたときに、村雨辰剛さん(元々スウェーデン人で、日本で庭師をやっていて、日本国籍を取った人)の本を図書館で読んだ。正確な引用ではないけど「スウェーデンの親は、こどもが興味を持ったことをやらせてあげる。選んだことを否定しない」みたいなことを書いてあった。当たり前のことなんだろうけど、ああ、そっか、と思った。基本的にその人の意志なのだから私がとやかく言うべきではないのだ。ということで思う存分にレゴをやらせている。

写真は、PJパグアピラー、というキャラクターらしい。絵を見て、そこからレゴ化している。


ゆで卵をよくゆでます。両側に小さな穴を開けること。そしてお湯には少しだけ酢を入れる。沸騰してから6分半。5個ずつゆでる。生卵と間違えないように、「ゆ」とマジックで書く。

スーパーで水曜日に行われるじゃんけん大会でついに買った。これは嬉しかった。1位ではなかったけど。商品はマフィンでした。おいしいんだけど、やっぱり家で作ったほうが美味しい。

昼ごはんのサラダ。やっぱりこれが一番美味しい。これは家で。こうやって食べるようになってからというもの外食の必要がなくなった。仕事が休みの平日にどの店のラーメンを食べるか、よく考えていたんだけど、それよりも家で食べたほうがおいしいと思えるようになった。




若山曜子さんの「マフィン型でつくる小さなお菓子」を発売と同時に買った。レシピ本はたいてい、まずは図書館で借りて、どうしても欲しいようなら買う。そうしないとキリがないので。ということで滅多に買わないのだが、若山さんだけは別だ。昨年、若山さんの本をより知って、これは買う価値があると思うようになった。料理家としても、ほかの料理家とは違うものを感じる。フランス語学科を出てフランス留学していてフランス菓子が作れる、というのは、レシピに断然説得力を感じる。文化と言語がわかっている人のやることだから。同じ大学出身なのでよりひいきに思える、というのもある。

ということでマドレーヌを作ってみた。あの、おなじみの貝殻の型がなくてもマフィン型で作れるのだ。

Saturday, 11 March 2023

高度の健康状態にない

ここ1週間くらいだろうか、どうも元気が出ない。いや、普通の人並みの元気はあるし、日常のやるべきこともこなしている。それでも、「高度の健康状態」を感じられないのだ。以前読んだ『心地よさの発見』に書いてあるような、すっきりした健康さではない。特にこの数日は、水泳に行きたいとさえ思わないし、夕方はもう誰とも口を聞きたくない。

象徴的なのは、朝が起きられないということ(と言っても5時台には起きているけど)。以前は、5時を待ち望んですっきり起きていた。目覚ましの鳴る前に起きることが多かった。それなのに最近は5時の目覚ましが鳴って、止めたあとにまた眠ってしまう。就寝時間が遅くなっているかというとそんなことはない。相変わらず9時だ。

そして目の下のクマも目立つようになってきた気がする。数ヶ月前は、ずっと悩まされていたクマが「そういえば消えたなあ…」と鏡を見て思っていたのに。

そして日中にふらふらーとすることもある。頭痛やめまいとまではいかないけど、ふらふらする。

さて原因はなんだろう。

花粉症のせいか?疲れているせいか?

私が思うに、たぶんこれまでのやることから解放されて身体がゆるんだ状態にあるのではないか。というのも3月はここまで本当に忙しかった。仕事の間にこどものことを挟んでいくような感じだった。

3/1  AM 仕事 PM こどもとアレルギーの面談@小学校

3/2  成育医療センター アレルギーについて診療

3/3  こどもの卒園式 →終わって即、仕事

3/4  (自分の)保護者会

3/6  こどもの整形外科 自分の授業の合間に。

3/7  今年度の授業終了。期末試験提出。

怒涛の毎日だった。授業終了、というのはひとつ大きな区切りなので、これでからだも心もホッとしたのだろうと思う。たまっていた、半端ない疲れを、リリースしているところかもしれない。

「なにもしない日」を作るべきだ。Netflix見てゴロゴロして、運動もせず仕事もせず家にいるだけの日があっていい。

きのうは毎年行っている婦人科の健診だった。はじめてマンモグラフィというのもやってみた。なるほどこれかー、という感じ。終わってから、せっかく時間があるので美術館にでもお買い物にでもプールにでも行けただろうに、結局やめた。どれをやるよりも、とりあえず家に帰ってホッとしたかった。疲れやすくなった、というより家がホッとする場所になったということにしておきたい。

Friday, 17 February 2023

ふと訪れる休日には

水曜日。風がとても強く、冷たい日。ふと仕事が休みになったので、自由な時間が持てた。5時少し前におきてブリオッシュを仕込む。発酵している間に新聞読んだりspelling beeを解いたりする。せっかく朝食べられるように焼いたのに息子は「ぼくいらない」だそうだ。残念。焼きたてのブリオッシュは、それはそれは美味しいです。若山曜子さんのレシピ。もう繰り返して何度作ったことだろう。

どこかに行きたいという気持ちが以前ほどわいてこない。歳のせいか、コロナのせいか、寒さのせいか… と、いろいろと言い訳はできるが、たんに家にいてやりたいことが多いのである。そして、やるべきことの優先順位を決めると、家周辺ですべてを済ますほうが良いということになる。 

この日一番優先順位の高かったのは水泳だった。そしてお昼に食べたいものが、外食ではなく家で食べるものなので、やはり電車にのってどこかに行こうという気にはならない。

10時ごろから図書館で本と雑誌を読む。くらしの手帖とAERAを手に取って、ふと「きょうかえってきた本」のコーナーにあった「村雨辰剛と申します」という本が目に入った。おもしろそうだったので借りずにその場で全部読んだ。ここ数年で有名になった、日本に帰化したスウェーデン出身の庭師さん。

とても面白かった。上から目線じゃないところがいい。自分が高校時代に、日本の高校生と話したときに「幼稚な印象を受けた」というところに、やっぱりね、と思った。高校生くらいだと政治、文化、歴史の話をスウェーデンでは日常的にするのに、日本でそれに触れると、話題にのってこない、という話。これはよくわかる。スウェーデンだけではないから。

12時からプールに行き、30分泳いで、買い物をして帰宅。お昼は2時近くになったけど、仕方ない。水泳を優先させるとこうなる。そしてきょうのお昼はこれ↓

「きょうのお昼」といっても毎日同じものを食べている。ケールのサラダ。おしゃれをきどっているのではない。本当にケールが好きなのです。入っているものはその時によって少しずつ異なるけど、にんじんサラダとナッツと卵と玄米はだいたいいつも入っている。この日は家にいたのでツナも加えた。どんな店で食べるよりこれが一番おいしいです。

食べながらEmily in Parisを1話見て、時計をみるともう2時半だったので、急いでスーパーへ行った。近所にあってとても良いスーパーだと知っていながらなかなか行く機会のなかったスーパーへ、きょうはどうしても行ってみたかった。これといって買いたいものがあるわけでもないが。

行ったら案の定楽しくて、2000円分買った。野菜が新鮮で大きい。豆腐ひとつとっても種類が多い。私はスーパーマーケットが好きだ。どの国にいってもスーパーに行くのが楽しみだ。この世で一番好きなのは、と聞かれたらスーパーと答えるだろう。

夜にメンチカツを揚げるということになっていたので、その分の時間も確保しなければいけなかった。子を保育園に迎えに行き、お風呂に入るまでの時間でバナナ・シフォンケーキを焼いた。新しく届いたハンドミキサーを使った。なんとメレンゲが旧ハンドミキサーの1/3ぐらいの時間で出来上がった。これはすごい。いっきにお菓子作りへの気持ちが上がる。もっと作りたくなる。

これは翌朝に撮った。いつになく崩れが少なかった気がする。そしてめちゃくちゃ美味しかった。シフォンケーキはバターも使わないし砂糖も少なく、軽いので、食べていて罪悪感がない。

メンチカツは、オリーブオイルで揚げることにした。もったいないような気もするけど、オリーブオイルを使うと揚げ物のにおいがまったくしない。しかもこれまた食べる時の罪悪感がない。

そんな感じで休日はあっという間に終わっていく。

Wednesday, 8 February 2023

閾値を広げる アレルギー負荷試験2回目

 今週は重要なイベントがいくつかあり、日曜の夜にはプレッシャーを感じていた。プレッシャーに「押しつぶされる」というほどではない。

まずは6日の月曜、朝早くに仕事で遠くまで行き、行ったかと思うと2時間後には早退した。何のためかというと、小学校の保護者説明会。来年度、子は小学生になるのである。この優先順位は高かった。

同じ時間帯、その裏では、子の整形外科通院があった。これは体を半分に割って行くわけにはいかないので相方にお願いした。日本語がよくわからないかもしれないけど、みたところ右腕は回復してきているので、たぶんわからなくても大きな問題はないと思った。保育園に迎えに行ってもらって、そのまま病院へ。

2件とも3時ごろに終わり、なんとか終了。小学校への不安はさておき。

7日の火曜はフルに働く。授業と会議で空き時間がほぼない。

そしてきょう、8日。メインはこれである。アレルギー負荷試験。1月に行ったのがクルミで、今回はいよいよピーナッツだ。ラスボス、最強の敵と言っても良い。

2歳の3月、子はこれを食べて死にかけたのだ。お風呂で真っ青になっていたこと、吐いたこと、段々と意識が遠のいていく様子、目が閉じていく様子、叫びながら頬を何度も叩いたこと、救急車に乗りながら、この子は死ぬのかもしれないと覚悟した時のこと、意識を取り戻して病院で眠った瞬間号泣したこと、すべてを鮮明に覚えている。これまで自分がいかにアレルギーを甘くみていたかを痛いほど思い知った。

そのピーナッツを食べる。ほんの少し、0.05gをまず食べる。それから時間を置いて0.1g。怖くはあったものの、1ヶ月前にくるみの試験で症状が出なかったのと、だいたいの要領がわかっていたので準備もそこまで手間取らずにできた。そして、この病院のこの環境なら、何が起きてもきっと大丈夫だという確信があったので、不安も抑えられた。

それにしても持参するものが多い。朝8:30〜午後までずっと病院のベッドにいることになるので、退屈しないように、ぬりえ、レゴ、i pad、本などなどたくさん持っていく。さらに、症状が出て入院が必要になったときのための着替えや洗面用具も持っていかなければいけない。それに提出の必要な書類がいくつか。水のボトルと、ピーナッツと一緒に食べるためのパン、チョコレートクリーム。そしてお昼ご飯のおむすび。キャンプ並みの荷物だ。最も大事なのは、ピーナッツを持っていくこと。先週のうちにスーパーで買っておいた。「落花生」と書いてあって、まあこれで間違いないだろうなと思いながらおそるおそる買った。

9時半ごろから始まった。2回食べたが結果的に症状が出なかった。1回目を食べたあとに、しつこいほど「大丈夫?」ときいたけどどうやら大丈夫らしかった。4年間で体質の変化もあったのかもしれない。ホッとした。心からホッとした。

会計を済ませて(といっても0円)、病院の休憩場所で、きのうパパが焼いたマフィンを食べ、仮面ライダーのぬりえを買ってあげて、帰った。3時ごろ家に着いた。

「はあ、よかった」「がんばったね」と何度言ったことだろう。本当によかった。こうやって少しずつ世界は広がっていくのだ。

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完全にクリアはしなくても、閾値をひろげていくこと。ここ半年くらいでいろんなことに当てはまることに気づいた。9月ごろ、アレルギー検査の説明で、閾値をひろげるという話を聞いた時に、なるほどと思った。ちょうどそのあと行った合気道でストレッチをしたとき、同じだと感じた。いつものストレッチとは違って、ギリギリまで相手に押してもらって伸ばすストレッチだったのだが、この後から、可動域、つまりが広がった気がした。それからストレッチのやり方を変えて、人に押してもらうようにしている。そのうち開脚がペタンとできるようになるのではと期待しながら。

勉強や人生経験、同じことが言えるのかもしれないと思っている。閾値を広げる。完璧じゃなくてもいいから。少しずつ。

話は戻って、くるみとピーナッツはここから食べてよいというわけではなくて3月の診察を待つことになる。これから長ーい付き合い(というか、たたかい?)になるのかもしれないが、少しずつ閾値を広げていくことになるんだと思う。

そんなこんなで今週のストレスフルな大イベントはいったん終了。ぐったり疲れてしまった。ストレスというのは、必ずしも敵ではない。外的な「押し」があるからこそ動ける機会でもある。というようにポジティブにとらえていきたい。「なんでこんなことやらなきゃいけないんだよ」ではなくて。

Saturday, 4 February 2023

名前を教えておいてね

先日、子とお風呂に入りながらの会話

私「大きくなったら、イタリアに住むかもしれない?」

子「うん、でもさ、そのまえにママとパパがどこにいるか教えておいてね。ほら、がっこう、じゃなくてなんていう学校か、とか。たとえば、びょういん、じゃなくて自衛隊中央病院、とか、名前があるでしょ、それを、行く前に書いておいてね」

「そうか、わかった。わかったよ」と言いながらも、かわいすぎてそれ以外に言葉が出なかった。この年齢の子にとってはいま、何よりも親が世界なのだということを実感した。

私の勤務している学校の名前を教えてあげたら、子はそのあとずっと、ひとり言のように呟いていた。

Thursday, 2 February 2023

アルコールはよくない

寒いけど先週よりだいぶマシ。いつの間にか2月になってしまった。早い。

毎朝、前日のニューヨーク・タイムズを読んでいる。国際版なので薄いけど朝めくるにはちょうどいい。1週間くらい前だったと思うが、「少量でもアルコールは体に良くない」という記事があった

まあ知ってるんだけどねと思った。今までも似たような記事は何度も目にしている。読まなくてもわかる。アルコールが体に良いわけがない。アルコールを売りたい企業の仕組みのなかにしっかりはまってしまっている消費者と、その消費者の言い訳で「少しならいいよね」という説ができているだけのことだ。

良いわけがない。

ふらふらになるまで飲むことは滅多にないが、夕方にワインを飲むのが習慣になっていたのでこれを機に遠ざかってみようと思った。何度もそう思ったことはあるが家人が買ってくると結局また振り出しに戻るのである。

それが、今回は「アルコールは良くないらしい」と彼も言い始めた。おお、と思って話を聞くと、アスベストと同じくらよくない、と。うーん。科学的根拠はわからないけど、どうやら買わない方向らしい。

ということでここしばらくアルコールがうちにはない。もともとそんなに消費する家ではなかったので、そんなに我慢している感覚はない。ただ、「なんとなく」買うことをやめただけのことだ。根絶したわけではないので機会があったら飲むだろう。毒とも思っていない。

それでも、飲まないことで無駄な出費もゴミも減ったし自分の生活には何の影響もないので、これからもこんな感じでいけるといいと「ゆるく」構えている。

Wednesday, 25 January 2023

寒い

寒い。今朝5時、窓の結露をワイパーで撮ろうとしたら少しガリガリという音が聞こえた気がする。どうやら凍っている。珍しい寒さだ。しかしマスコミはやや煽り過ぎな気がする。東京は今朝、寒いけど雨も雪も降っていない。ただひたすらに気温が低い。そして太陽が出ていてとても良い天気だ。

寒いけど、泳ぎに行こうと思っている。プールに入れば関係がない。肩甲骨を動かしたい。

きょうは、夜にホットドッグを食べようということになった。ウインナーがたくさんある。ということは、パンを焼く必要がある。さて、やるか。

きょうも平和な1日でありますように。



Thursday, 19 January 2023

「うまれてきてごめんなさい」

18日。仕事には行かない予定だったのだが急遽、要件ができたので午後から行くことにした。ボランティア出勤のようなものである。午前中、保育園に子を送って、図書館に本を返し、開店と同時に美容院へ行った。前髪の縮毛矯正とカットを少し。

12:30ごろ終えて、仕事へ。久しぶりに茶沢通りを自転車で走ってみた。店も、人も多い。とにかく走りにくいし危ない。長年ここが通勤路だったのだが一昨年ルートを変えたので通らなくなった。

仕事が終わったのが5時ごろ。というか途中で出た。途中で出やすくなったのは職場の雰囲気によるところが大きい。私の年齢もあるかもしれない。

急いで帰って子をお風呂に入れる。骨折している腕を、ラップでくるんで、さらにビニール袋に入れる。それからお風呂のお湯を浅めに入れて、片腕をお風呂の端に上げた状態で入らせる。1週間以上経つと、お互いに慣れてきた。ほんとうは肩までつかりたいだろうけどそうもいかない。

お風呂から上がったあと、こどもが歌を歌っていた。自分で作った歌だろうけどそのなかに「うまれてきてごめんなさい」ときこえた。私は激怒した。うまれてきて良かったと思っているのに冗談でもそういうことを言ってはいけない、と言ったらものすごくしょげていた。怒り過ぎたかなと今になって反省する。言ったことにそれほど深い意味はなかったはずだ。そして怒る時間が長いのはよくない。これはいつもの反省事項。怒るときはサッと怒る。ネチネチと怒るのは逆効果だし、自分だって嫌だ。

8時過ぎに本を読んであげていたが、8時半を過ぎたらもう眠さの限界がきて2人で寝てしまった。

Wednesday, 18 January 2023

ふたたびリズムを取り戻す

 子が、骨折前より元気になっているような気がする。とにかく調子が良い。不便なことが多いのでそれに対して弱音を吐くかと思いきやそんなことが全然ない。これは良いことなんだろうと思う。

毎朝5時に起きて、NYTimesを開き、DuolingoとWordleとSpelling Beeをやり終えるとだいたい7時になる。紅茶をいれて、その時家にあるものを食べている。最近はパネットーネ。7:50に家を出て、仕事。10時ごろにお腹が空くので忙しくなければ何か食べる。そしてできれば12時前に昼ごはん。玄米、水菜かケール、アーモンド、にんじん、茹で卵。時間をかけてゆっくり食べる。夕飯はほとんどいらない。とりあえず納豆を食べる。きのうはそれに、こどもといっしょにハンバーグと、アボカドも食べた。そして9時に寝る。このサイクルが自分に一番合っているし心地よく過ごせる。毎日同じことの繰り返しだが、それが、いい。実家から戻って、コロナからも回復し、こちらでのいつもの生活が戻ってきて、だんだんリズムができてきた感がある。

私は決して天才型ではない。恵まれた才能もあるかもしれないけど一般的に言ってそれほど飛び抜けたものではない。むしろ努力型だと思う。コツコツ何かを続けることはできて、その積み重ねで得たもので、欠けた部分はカバーしている。毎日、小さな自信を得ながら、毎日、同じことをして生きている。

きのう、息子の就学通知書が届いた。ほう、こういうものが届くのか。いよいよ小学校まであと2ヶ月ちょっと。

Tuesday, 17 January 2023

診察の月曜

 年末年始、コロナにかかった。周りの人たちにも移して申し訳なかった。東京に戻ってきて、咳を止めるための薬をいくらかもらって、日常の生活を送っている。職場でもちらほら「コロナ陽性」を見かける。マスクをしていてもかかる人はかかるんだなと思う。

パッとしない天気の月曜。午前中は働き、午後から子の診察に行った。雨のなかカッパをきて自転車でいったん家に帰り、荷物を置き、歩いて保育園に行く。1時半ごろ。それから電車とタクシーを使って病院へ。これが2時半ごろ。2時半にきてくださいと言われていたのに3時過ぎても全然呼ばれない。おかしいと思って尋ねてみると、レントゲンをとるようにいわれましたか?と。何も言われてない。だったら早く言ってよ、と、ぐったり、そしてがっかりする。レントゲンの待ち時間も長かったがそれが終わってようやく診察。このときすでに4時近く。2時半の予約が4時。ありえない。家に帰ったのは5時過ぎ。ものすごく疲れていて神経が逆立っていた。何か食べてさっさと寝るに限る、と思った。

子は、もはやとても元気になっていて、不便さに音を上げることもなく、冗談を言ったり走り回ったりしていてご機嫌である。骨折という特別扱いがどうやら心地よくもあるらしい。「ママも骨折したときいいなと思った?」ときいてきた。「そんなことは…」と答えかけて「あるなあ」と思った。

私も小学生のときに右手を骨折した。

なんでもやってもらえて周りの人がいつもより優しいのが嬉しかった。特別扱いは心地よかったのをよく覚えている。それに比べると、右手の使えない不自由さはほとんど気にならない。自分のことを振り返ると、左手の世界が拡がることのほうがこどもには大きい気がする。

明るく生きてくれたらそれに越したことはないし、幸い、状態も悪くない。きのう寝る前にこども向けの「骨格」という本を読んでいて「ほねの再生するしくみ」というページがあってとても興味深かった。身体は修復しようと一生懸命がんばってるんだなあ。人のからだはすごいと思う。

親子とも9時に、コトッと寝てしまった。

Monday, 16 January 2023

落ち着いた土日

土日ともにプールに行った。気づくと水着がボロボロなので買い替えることにした。この土日は合気道が寒稽古なので早朝しかやっていない。行かないと決めていた。

天気もイマイチだし、合気道は行かないし、骨折している子は外に出て遊べる状態ではないので、すべてに最初から諦めがつく。電車に乗る予定も人に会う予定もなく、行ったとしても図書館かスーパーぐらい。家の周りですべてが完結する。

子はずいぶん元気になった。右手の使えない不自由さはあるだろうがあまりそこに嘆く様子はない。逆に、3人で家にいられることが嬉しそうだ。レゴをやることはできないのかもしれないと思っていたら、なんの、左だけでどんどん作っている。できるもんなのねえと感心してしまう。

土曜日はブリオッシュとサブレを焼いた。かぼちゃのサラダとにんじんラペも作った。あとはおにぎりそのほか。

日曜はパンと、ガトーショコラを焼いた。小豆も炊いた。

休みの日の台所が大好きだ。

Friday, 13 January 2023

アレルギー負荷試験

1月5日、東京に帰ってきた日のこと。電話が鳴った。成育医療センターから「アレルギー負荷試験のキャンセル出ました」とのこと。2月に実施予定だった経口食物負荷試験が、1月11日にできるようになったというお知らせだった。ちょうど仕事も休める日だったので急遽その日に実施することに決めた。

負荷試験というのは、アレルギーを引き起こす(であろう)食べものを実際に食べてみる試験。体に反応が出た時のために、医師のいる状態で、1日がかりで行う。ちなみに今回はクルミ。この試験のために9月から受診を繰り返しているのだ。いよいよその試験の本番というわけ。2月だからなあと思っていたらこんな形で急に迫ってきた。

そしたら骨折した。骨折は外科、アレルギーは内科なので直接の関係はないと思う。それでもこれらが連続するというのは、子にとっても私にとってもストレスがかかる。前日まで大きな病院に二つもかかっていて、ようやく終わったかとおもったら翌日の早朝からまた別の病院に行くわけだから。準備や、時間や、決められたことを間違ってはいけない。果たして私は体力が持つのだろうか、と思った。

11日の朝、私は持って行くための塩おにぎり(昼食はこれに指定されている)と、クルミと一緒に食べさせるためのパンを切った。その他の荷物は前日に用意していたが、入院の可能性も考えて洗面用具一式を準備することになっていた。しかも朝から午後まで1日過ごすので、退屈をしのぐための道具(PC、ipad、ぬりえ、本、レゴなど)も持って行く。荷物の重さと言ったら、キャンプ並みだったのではないか。実際、普段使わないリュックを引っ張り出してくるしかなかった。7時過ぎに子を起こして、7時半には家を出る。寒い。

8時半ちょっと前に着いて、8時半には受付開始。身体測定。血圧測定。これは嫌がる。そのあと医師の診察。骨折していても、特に関係なく、試験は受けられるということだった。

9時過ぎに透析室というところに入り、ベッドに座って説明を受ける。本人は早くYoutubeを見せてと言って駄々をこねている。

同じように試験を受ける人がとなりのベッドにもいて、どうやらきょうは3人が受けるらしい。医師、看護師、それから栄養士がそれぞれベッドをまわって挨拶。

食べさせる予定のクルミを渡す。しばらくして、計測されたクルミがきた。まずは0.5g。こまかく刻んだものを渡される。ふっ、と吹いたら飛んでいきそうだ。これを食べやすいように、チョコレートのクリームといっしょにパンに塗って食べる。1日かけてこれを3回繰り返す。ただし、0.5g→1g→1.5gと増えていく。このグラム数は11月の診察のときに医師と相談して決めたもの。この通りにやっていく。

3回目を食べ終えたのがおそらく11時半ごろ。なんと、何の反応も出なかった。

その後、作ってきた塩おむすびを食べ、何事もなく、1時半に帰宅指示。よかった。

小学校に提出するための生活管理指導表作成の依頼を郵送でしていたが、それを受け取るのをこの日、忘れないようにする必要があった。手にもマジックで書いておいた。お金がかかるはずだったのに、なんとこれも保険でカバーされているらしい。知らなかった。ということでこれだけのことをやって0円。すげー。

すべてが終わって心底ホッとした。本当に大変な3日間だった。ここでいったんお疲れ、私。と思った。ようやく仕事に戻れる。ほんの2日行かなかっただけなのにすごく遠ざかって行く感じがした。早く仕事行きたいなと思ったしいろんな人たちとたわい無いことを話したかった。診察はまだ終わってはいないけど、とりあえず翌日、仕事に戻れることが嬉しかったし、こどもの骨折とアレルギーが、心配するほどではない状態であることも救いだった。普通の日が普通に送れるのはこの上なく幸せなことなのだと思う。

Thursday, 12 January 2023

子の骨折②

というわけで自衛隊中央病院に行った。11時の受付に間に合うかどうかギリギリだったのでタクシーの運転手の助言どおり、とりあえず電話で遅れる旨も伝えておいた。初めて行ったけど、入るまでに手続がいる。自衛隊員がうろうろしていて、不思議な空間だった。

予約がなかったのと、午前中最後の受付だったせいか、とにかく時間がかかった。お昼も食べずに長いこと待たされた。レントゲンは2回もとった。CTスキャンもとった。よく頑張ったと思う。ちなみに同僚の話でも、タクシー運転手さんの話でも、自衛隊中央病院は「かなり良い病院」と聞いていた。

詳しく診てもらって、このあと急いで手術が必要だったりはしません、ということがわかった。これにはホッとした。それでも右手を握ったり開いたりできるかどうかは大事なので、来週また様子を見ることになった。この種類の骨折は、神経に影響が出る可能性があるから。

だいぶ疲れた。日が暮れそうな時間に帰った。でも前日よりいろんなことがマシになっていった。2日ぶりにお風呂に入れてあげることができた。難しいけど、右手をビニール袋に包んでだったらお風呂に入れる。ようやく顔とか手とか洗えて、子はほっとした様子だった。骨折のショックが大きくやや情緒不安定にみえる。これもだんだんとよくなって行くだろう。

今考えてみれば、骨折当日はさっさと救急車を呼ぶべきだったろう。あれは救急車に該当する怪我だったと思う。しかしそうしなかったのはなぜなのだろう。もらった紙に書いてある番号にひたすらかけた。公園の人の判断が自分より前にあると思ったからそれに従ったのだろうか。

いろいろなことが落ち着いた今、すべては経験だなあ、と思う。今度同じことが身近な人に起きた時、どういう判断をしてどういう行動に出るか、今回ほど迷うことはないと思う。経験があるかないか、は大きい。病院の仕組みもいままでと違った側面を見た気がする。

さてこの翌日、つまり11日もまた別件で一日中病院に滞在したのだがそれはまた別の話。疲れた。私の仕事(授業)始めは実質今日からだと言える。

子の骨折①

 子が骨折した。ちょうど3日前、祝日に「ああきょうは普通の休みだ」と書いた数時間後のことだった。結果的に全然普通じゃない休みになってしまった。

近くの公園で遊んでいたときに「落ちて」右ひじを骨折した。祝日だったのであいている病院が少なくて困った。今考えてみればさっさと成育医療センターの救急に連れて行けばよかったのだが、成育医療センターが24時間なのかどうか、などまったく考えずに、公園の人からもらったメモにしたがって電話をかけた。これにも相当な時間がかかった。

結局、中野区にある病院を見つけて、当日の受付ギリギリセーフで連れて行くことができた。タクシーはすぐにやってきたのでよかった。

若い女性の医師だった。「モンテジア骨折」と「尺骨骨折」だと言われた。肘をみると、頭骨が外れていて、外から見てもわかるくらいに変な形をしていた。開放骨折ではなかった。その、外れた骨を、レントゲンを見ながら(透視というらしい)元に戻してもらった(整復というらしい)。外部から麻酔なしで、素手でやるんだからこれほんとすごいと思った。整形外科にかかることはめったにないけど、優秀な方なのだと思った。

短時間でこれをやってもらって、本当に助かった。痛い痛いと泣き叫んでいたのが、ズレた骨が元に戻っただけで、痛くなくなったらしい。もちろん普通の痛みは残るだろうけど。

翌日は、朝から整形外科探し。中野区の病院に通うわけにはいかないので、より近くの病院で、しかも総合病院を探す。9時から電話をかけまくった。これが本当に大変だった。病院の種類も数もめちゃくちゃ多いので、選ぶのも大変だ。

まず、絶対の信頼を置いている成育医療センターにかけたが「当日診るには救急しかない。しかし救急には整形外科の専門はいない。整形外科にかかりたければ予約センターにつないでそこから予約をとる。ただし明日以降になる」と言われた。

これは迷った。明日以降まで待てるものではない。中野の先生も早めがいいと言っていた。そして専門の人に診てもらう必要がある。

いくらかほかの病院にかけたが「きょうは無理」というところが多かった。それはそうだと思う。ほかの予約や手術があるわけだ。きのういったん処置してもらっているので救急というほどでもない。しかし、絶対今日診てほしい。

しかし評判もよくわからないところにかかりたくはないものだ。こういうときには自分が言って経験があるか、とか、周りの人の口コミが役に立つ。同僚がよく話している病院話(?)は、正直なところうるさいなあまったくと思うこともあるのだが、こういうときに役立つなと思った。

電話かけまくった結果、今日の予約がなくても診てもらえるところを見つけた。自衛隊中央病院。ここまでがもう、ストレスフルだった。かけてもかからない病院もあるし、折り返しますと言って30分折り返しがこなかったりしたから。そして時間は経って行くし、そもそも骨の状態がどうなっているかはっきりわからなかったから。


Monday, 9 January 2023

年明けベイク

 ずっとブログを書いていなかった。新年あけておめでとうございます。年末年始はコロナにかかって大変でした。私自身の症状よりも周りの人にうつしてしまったのが悔やまれる。

5日に東京に戻って、6,7,8日と仕事。そして今日は休みらしい休みです。久しぶりにプールに行こう。

きのうは午前中で仕事が終わったので、帰ってから食事。水菜、ゆで卵、にんじんサラダ、玄米、アーモンド。食事はこうじゃないとなあと思えるくらいここ数ヶ月で定番化している。久しぶりに食べたので「やっぱりこうじゃないと」とさえ思った。

それから家のなかを整える。砂糖、塩やスパイスを袋からその容器に足していき、食器を片付ける。冷蔵庫のなかを見渡し、整理。

それからシフォンケーキと、クッキーと、パンを焼いた。その合間でケールを洗って切り、ステンレス容器に入れて冷蔵庫に置いておく。パンは、2時発酵までを昨日のうちにしておいて焼くのはきょうの朝。クッキーは年末に買った若山曜子さんのレシピでやってみた。焼けたあとに放置した状態でお風呂に入ってしまったためすこし焦げてしまった。子どもが「なんで取り出さないの?」というのも聞かずに「いいのいいの」と言ってたら、言わんこっちゃない、という感じです。次回はすぐ取り出します。

今朝、型から取り出したバナナシフォンケーキ。年末に見たブリティッシュ・ベイクオフでシフォンケーキを作っていて、作りたくなったんです。ちなみに番組では全然違った型で焼いていた。

やっぱり自分の家のキッチンが一番好きな場所かもしれないなあと作りながら思う。

お父さんの回復、12月の疲れ

父が入院している。経過は良いようで、退院が見えてきたらしい。よかった。毎日のようにテレビ電話で様子をきいているが、話す様子が1日、1日と元気になっていくのがわかる。人間の身体はすごいなあ。 話を聞くたびに、普段の姿勢とか、動き方とか、注意しなければと思う。身体に負担をかける動きを...