Wednesday 17 August 2011

ローマ・レポート イタリアを離れた

13日から昨日まで、セルビアに行ってきた。
ベオグラードで働いている友人を訪ねていった。
ベオグラードに住む予定であるという話を聞いたのは去年のことだった。
当時、「来年の夏なんて、訪ねて行けたらいいだろうね」と話していたのだが実現したわけだ。

ベオグラードは小さな街で、動きやすかった。
東ヨーロッパに行くのは初めてだったのだが、東であれ西であれ、ヨーロッパはヨーロッパである。
人間も街も、イタリアとぜんぜん別物!という感じはしなかった。

ただ、イタリア人のアグレッシブさと陽気さと声の大きさに慣れていると、なんだか物足りなく感じる。人間は結構静かで、車の運転もローマほど荒くはなく、道で喧嘩している人も見ない。
炭酸の抜けたコーラというか、そんな感じ。
街全体が、ぐぉおおーっと迫ってくるような、そんな感じが無かった。
帰ってきてから気づいたが、三日間で一度も救急車を見なかった。
ローマにいると救急車のけたたましいサイレン音を1日に5回は聞く。

人の「適当」加減は、イタリアと同じ。ヨーロッパはどこでもそんな感じだ。
いや、日本人の目から見れば世界中どこでも、だいたいそう見えるかもしれない。

街にいるハトとかネコとか、なぜか黒かった。
汚れているのかそもそもその色なのか。

建物の壁はもう、崩れそうで、いろんなものがぼろぼろなのだが、特に直そうとしている様子は無かった。たぶん来年行ってもまたこんな感じなのだろう。

物価は、安い。お金があればここではけっこうな贅沢ができる。
ドナウ川が見渡せる船上バーで飲み食いしても、1000円にも達しない。
日本人はみんなびっくりするだろう。

セルビアの一般の人の平均月収は3万円くらいだと聞いた。
初任給でたいてい20万が確約される日本のような国って実は世界にそんな多くない。
という事実を以外と我々は知らない。

タクシー運転手の話によれば、共産主義時代は、もっとよい生活ができたらしい。
ユーゴスラビア連邦が終わってから、貧しくなった、と。

ローマの空港に着き、タラップをおりると暖かくてやや湿ったローマの風が吹いた。
パスポートコントロールを終えて到着ゲートの扉が開いた瞬間、イタリアのにおいがした。
コーヒーの香りだろうか。ああ帰ってきた、と思った。

帰宅は夜11時を過ぎていたが、満場一致(二人しかいないけど)でパスタをゆでた。
トマトをたくさん切って、オリーブオイルをかけて、シンプルなパスタを食べた。
ほっとして、眠りについた。

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(追記です。)

話題の場所を目的地とした「主要箇所はとりあえず行ったことあります」みたいな海外旅行もいいけど、やっぱり知人友人を訪ねて行く旅はぜんぜん違う。
より街に馴染める感じがするし、その土地への想い入れみたいなのが変わる気がします。
友人が毎日息をしている街はいったいどんなところなのだろう、と、違った方向からの興味がわきます。

日本語学習中の大学生にも会いました。

公園で日本人観光客を見かけ、嬉しそうな顔をしていきなり「日本人ですか」と話しかけていました。
それを見て、なんかもー、こっちもうれしかった。
その、意欲が手に取るように伝わってきて。

その大学生に「せんせー」と呼ばれ慕われるる友人を見てまたうれしかった。


日本語や日本の文化が、本やインターネットではなく、人から人に伝えられる様子を目の前で見て(珍しいことではないんだけど、あらためて)ちょっと感動してしまった。

ある文化と文化のあいだには、小さな誤解や勘違いが生まれます。
それは結構避けられない。

だけどこうやって少しずつ誤解は解けていくんですね。
「イメージ」だけで語るレベルからだんだん上昇していく。
いつも、世界中のどこかで、少しずつだけど理解は深まっているんだと思った。
日本とセルビア、という話ではなくて、あっちこっちの文化で。


それぞれがその一端を担えるわけです。
だから、やっぱり外に出ないと、と思います。
もっともっと、人と話さないと。

遠くから一方的に憧れたり、憎んだりしているだけでは近づけない。


「○○人は…だ」

と、実際に目で見たことすらないのに一般化をしている人って世界中どこにでもいます。
実は危険なことだと思います。


…と、実際にセルビアを見た者として、今回感じたことを人に伝えなければ!
と思いました。


あと、今回はキリル文字がぜんぜん読めなくて困った。

ありがとうとカルボナーラ

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