Saturday 21 December 2013

ウディ・アレンのTo Rome with Loveを見た

やっと見た。ウディ・アレンの"To Rome With Love"。
「やっと」である。

日本に住んでいて不便というか「えええ」と思うのは、映画の公開の遅さ。
時間差、いや、年月差がありすぎるのだ。
これ、イタリアで公開されたのが2012年の4月。
日本で公開されたのが2013年6月。

いくら日本が「極東」とは言え、1年と2ヶ月の待ち時間は長い。長すぎる。
私は映画館で見損ねたので、結局DVDを待つ羽目に。
今ようやく「新作」として入ってきていて、借りた。
つまり1年半遅れでようやく見ることができたのだ。

そういえば、日本に住んでいるアメリカ人で、どうしても見たい映画―確かロード・オブ・ザ・リングだった―の公開を待てずにアメリカまで帰ったという人がいた。気持ち、分からなくもない。

さて、本題に入る。

映画を選ぶときに、「ああウディ・アレンの気分だ」と自覚することがある。
気を張らずに映画が見たい、と思う。
舞台として魅力的に描き出される街を味わいたい、と。
自分もその場にいて、一緒に散歩しているような気持ちになるのだ。
そしてハッピー・エンディングであることはなんとなくわかる。
この映画も期待通りだった。
坦々と進む。
感情の起伏もなく、「まあ、みんないろいろあるよね」という気持ちになる。

・アレック・ボールドウィン演じる建築家が、途中でコメンテーターのように解説やアドバイスをつっこんでくるが、彼の姿がジャック以外の人たちに見えていたのだろうか?そこをあいまいにしておくところがまたこの映画の良いところでもある。

・ペネロペ・クルスのイタリア語がごく自然だった。まあスパニッシュのネイティブにとってはそういうものなのだろうか。スペイン語の上手なイタリア人にはたくさん会ったことあるけど、イタリア語の上手なスペイン人はあまり会ったことが無い。

・ジェシー・アイゼンバーグほんと早口だなあ

・ロベルト・ベニーニが終わりのほうで道路に出て行って「私はレオポルドだ」と叫ぶシーンがあるのだが、この1人芝居的な動きはまさにロベルト・ベニーニで、映画のなかの一つの楽しみでもある。せっかくこの人を映画に出すんだったら、1人でぺらぺらしゃべるあの演技が見たい。

・シャワーを浴びて歌うお父さんがツボ。シュールすぎる。

・結局この映画のメッセージは何だったのだろう?教訓ぽいことを言う人もいなかった気がする。ミッドナイト・イン・パリなんかはその辺がはっきりしていたようだが。

・ところでこの邦題「ローマでアモーレ」はなんとかならないのだろうか。近年の映画の邦題はセンスがなさすぎてびっくりする。

ありがとうとカルボナーラ

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