Friday, 31 October 2025

「さいごの日」

10月よさようなら
10月よありがとう
10月よ きみはうつくしかった
10月それは1年でいちばん素敵なとき
来年また会うそのときまで
10月よさようなら
10月最後の空は、寂しげで、きれいでした。変わっていく色を眺めながら10月にあいさつ。

毎晩、子になにかしらの本を読んでいる。自分の楽しみでもある。きのう、子が「まま、さいごの日が近づいているかもね」と言った。なにかと思ったら、一緒に本を読む習慣もだんだん終わりつつあるのでは、ということだった。「最近、読むのがだんだん少なくなっているから」と。意図的に減らしているわけでもないけど、自然と短くなってきているのは事実だった。いつかこういう日が来るのだろうと思っていたけど、なんとなく認めたくなくて、ずっといっしょに読めるような感じがしていた。猛烈に寂しかったけど、「そうかもしれない」と答えた。

レゴでガンダムを作っているらしい。うまい。今朝、子は続きを作るために、目覚ましをかけて6時半に起きている。

Wednesday, 29 October 2025

運動会、レゴ

火曜。仕事を休んで子の運動会へ。天気がよくて何よりだった。開会式から見に行った。学年ごとのダンスは毎年ながら見応えがあり、とにかく先生たちの苦労を思い知る。これだけやるの大変だっただろうなと思う。今年は正面から見た。昔から、子供たちが何かを一生懸命にとりくんでいる(しかも集団で、決められた通りに)という姿に弱くて、まだ始まってもいないのに、立っているのをみるだけで涙が出てきた。どの学年もすごかったけど、5年生と6年生を見ていると特に、この微妙な、貴重な時期を過ごしているんだなと思うともう泣けて泣けて仕方なかった。自分のころを思い出したり、人の成長ってすごいなと感動したりで、心のふるえが止まらなかった。一年生から6年生まで並んでいる姿をみると、いやはや小学校ほど大事な時期があるだろうか、と思ってしまう。一生覚えているし、人としての基礎を作る時期で、こんな貴重でかけがえのない時期は、もう戻ってこないのだ。1日1日が、この人たちにとってはもうグサグサと刺さる、おおごとなのである。

我が息子はというと、全体と同じ動きができていたというだけでもホッとした。いままでの素行からすると、途中で逃げ出してもおかしくなかったが、無事に成長して、集団に馴染んでいた。なによりである。ぎこちないことこの上なかったが、なんとか活動を終了した。

先生から2週間前に電話がきた。踊りを家で練習するようにという内容だった。そのときに言われた「この運動会を、成功体験にさせてあげたいので…」という言葉がこの2週間わたしのこころにはよく残っていた。これをやりとげることで自信がつき、またぐんと伸びる。

立っている姿を見ながら、顔つきの違いが見てとれた。本当に成長したと思う。1人だけを単独でみると、まだまだぽちゃぽちゃしてかわいいのだが、全体からみると、もうすっかり少年なのである。

息子にせがまれてレゴの作品紹介。
まずジェットスキー。飛びそうなのではなくて浮かびそうな感じ、と言いながら作っていた。途中で「ジェットスキーってどんな感じ」ときいてきたのでインターネットで画像を検索してあげた。なるほど、といいながらハンドルをつけていた。

人を乗せるとこんなかんじ。

続いてロボット。中で人が操縦できるようになっている。ガンダムにしろエヴァンゲリオンにしろ、人が中に入って操縦する、人よりも大きなロボットというのはいつの時代も存在している。ロマンがあるんだろうと思う。


後ろ姿。中を開けると…

入っているのは「まま」だそうです。かわいいフィギュアにしてくれたんだろうね?と言ったら、本当にかわいいのが入っていた。

さ、きょうもがんばりましょう。

Tuesday, 28 October 2025

『全員タナカヒロカズ』、算数プリント

「全員タナカヒロカズ」という本を読んでいる。図書館で雑誌を読むのだが、あらゆる雑誌の書評に最近よく登場する本。しばらく前に予約して、ようやく手元に回ってきた。「田中宏和」さんが同姓同名の人と集まってギネス記録を作る。もちろん実話。バカみたいに笑えるところがたくさんあって、ひとりで読んでいるのに涙流すほど笑った。図書館とかカフェとか静かにしなければいけないところで読んだらこれはたいへんなことだったなと思った。

ばかばかしいかと思いきや、読んでいるうちにいろいろ考えさせられることもあり、しかも学術的な内容も書いてあり、もはやこの人、いや、田中宏和氏のまぎれもない「研究」であるということが感じられる。社会実験であり研究。ふざけではない、真剣なのだ。

同じ名前というだけで仲良くなれる− そんなことはないと思うかもしれないけど、この取り組み?運動?が始まったのはもう何十年も前だということで、そこに田中宏和どうしの強い絆があることは間違いない。

人間ておもしろいな、と思うべきなんだろうけどなんだか今回は「日本人っていいな」と思える。名前の在り方が、各国で大きく異なるのでこの日本での条件下でタナカヒロカズ運動をやれる田中宏和氏たちが、とても、よく思える。

さてきのうは、わたしは仕事だったが子は休みだった。運動会はきょうなのだが、もともと設置してあった代休というわけ。宿題はないけど、やってなかった分のプリントをやっておくように言ってわたしは出勤した。

かなり抵抗していたが帰宅するとこれが机の上にあった。ちゃんとやってる…!

私は育て方を間違っていないだろうか、と思うことがよくある。親だから当たり前だと思う。基本的な信頼関係がわたしたちの間にはあるのだろうか。どうしてもいままで自分の人生で見てきた数々の親子関係のなかに自分をタイプファイしようとする。もしかしたらどれにも当てはまらない親子なのかもしれない。

きょう、子は運動会で、わたしは仕事がない。合気道に行こうと思えば行けたが、きょうはちょっと休もうと思った。休憩。

Sunday, 26 October 2025

肝臓、運動会、レゴ

誕生日の夜にいつもより40分くらい睡眠が短かったせいか、翌日は仕事しながらすこしめまいの前兆みたいなのがあった。これはよくないなと思った。いつも同じリズムを保っているとこういう変化がすぐにわかる。
金曜夕方、5時ごろに病院に行ってみた。めまいのせいではなく、血液検査の結果を聞きに行くため。木曜は閉まっていたから、タイミングとしては今だろうと思って帰りに寄った。「正常に戻ってるよ」と言われて「へぇえええ」と驚いた。振り返るとこんな感じ;
6月に職場で健康診断
7月に結果通知。肝臓の数値ASTとALTが良くない。
受診。CTも撮る。
CTで異常はなし。「なんだろうねえ。サプリメントとかとってる?」と聞かれて、皮膚科で買った高濃度のビタミンCのことを話した。ビタミンCが悪いとは思えないけどとりあえずやめてみて、3ヶ月後にまたくるように、という指示。
3ヶ月間皮膚科のビタミンCはやめて、10月に検査。
正常値。
ついでにB型肝炎とC型肝炎も陰性。

これだけ聞くと、ビタミンCのせいだったのか、としか思えない。実際のところあまり気にしなくてよかったのかもしれないけど、おかげで気にするようになったし、CTまで撮っていろいろ判明してよかった。問題ないということがわかった。

ビタミンCのせいなのかなあ…とつぶやいたら、先生が「製薬会社が作ってない場合はね、その成分以外にも何が入ってるかよくわからないからね〜。製薬会社は責任取らされるからちゃんとやるけどさ」と言っていた。なるほど。とりあえず、ビタミンCはやめておこうと思った。

土曜。朝5時、少し雨は降っていたけど、合気道に行った。前日からの意志を無駄にしないためにも。カッパさえ着れば行けるのだ。動きがそれほど激しかったわけでもないけど脚の付け根の外側のほうとか、膝とか、痛かった気がする。変な動き方をしているんだと思う。そしてやけに疲れた。体調不良にも至らないくらいの、不調の前兆みたいなものがもしかしたら影響しているかもしれないとも思った。

帰りながら、きょう予定されていた小学校の運動会はきっと中止だろうと思った。帰ってから通知をみると、「延期」とのこと。しかも火曜日。よくわからないのは、土曜は休み、日曜が登校、月曜は代休のまま。えっ、普通は土曜が通常授業で日曜は休みなんじゃないの?こんなのそもそも知らされていたんだっけ?はてなマークが浮かぶ。従うしかないので仕方ない。

問題は火曜に開催ということ。仕事を休めるかどうか、すぐさま管理職と関連の同僚にメールした。この日は、職場からだいぶ離れたところに行くことになっていた。夕方メールが来て「大丈夫です、運動会に行ってください」とのこと。感謝の返事をすると、さらに上の人からの返信が来た。
「気にしなくて大丈夫です。家族との時間を大切にしてください👌」
という、絵文字付きの返信。
ありがたい。職場と同僚に恵まれて、私はラッキーだと思う。文句も言うし納得いかないこともあるけどだいたいにおいて私はラッキーだ。そしてこういうジレンマに当たったときにスムーズにことが運ぶような人間関係を築いているのは大事だと思う。1日で築けるものではなく、日々の姿勢がものをいう。真摯にいくべし。

さて息子がきのう作ったバイク。
本当によくできている。「走り出しそうな感じにした」らしい。
細部までこだわりがある。乗っているのは「ぼく」らしい。
少し上がっているところが、駆け出している感じ。

どの本からか覚えていないけどメモしていたレシピでマフィンを作った。何か入れたほうがいいなと思ってとりあえずチョコレートを割り入れた。量が多くて9つもできてしまった。グラシンカップがあると、マフィンが作りやすい。

 

Friday, 24 October 2025

誕生日

またひとつ歳をとった。10年以上前に同僚が「42からが大変なのよ」とか「41と42は違う」と言っていたのを思い出す。体力的に厳しくなってくる歳、ということらしい。同じ40代でも42というのは曲がり角、のような意図で言っていたのだと思う。なんとなくそれを覚えていて、ついにその歳になった。

精神的にも身体的にも、大きな不調がなくここまでこれているのはほんとうにありがたいことである。ただの偶然なのかもしれない。自分の行動がそれに貢献しているとすれば、早寝早起きの効果はあると思う。とはいえ、ギリギリの状態でとどまっているだけなのかもしれないので無理は禁物である。

誕生日は仕事を休んだ。休める日だったのでそこにあてた。とりわけ何かをする予定もなかった。朝から合気道に行こうかと思ったけどおととい行ったし土曜も行くだろうから、まあいいやと思った。子が登校する前に、3人でお祝いをした。わたしのリクエストでティラミスを作ってもらった。

肝臓の数値が良くないので血液検査をしていて、結果を聞きに行こうと思ったけど病院は閉まっていた。聞くのが怖い気もするので、内心ホッとしたのも事実。

合気道の代わりにきょうは久しぶりに1人で泳ぎに行った。最近は子と一緒に行くことが多くて1人でガシガシ泳ぐことがなかったので、本当に久しぶりだった。30分泳いだだけなのにものすごく疲れた。やっぱり水泳はいい。

そのあとお昼を食べに行った。外出ついでに、何か欲しいものがあるかと思ったけど、やっぱり特になかった。誕生日だからと言って無理に何かを買う必要もない。よく作るバナナブレッドに必要なグラシンケースをやっと買えた。それくらい。

特別な日なのに特別なことをしてなくて焦るような気もするけど、なにごともなく過ぎていくことがありがたい、とも思う。例年より寒い気がした。金木犀のかおりがそこらじゅうにただよっている。自転車を走らせながら、ここまで生きれてラッキーだな、と思った。空が高くて、きれいだった。いろんなことがありがたい、と思った。

韓国ドラマを見始めたときに子が帰ってきた。宿題をやるより先にYoutubeを見たせいで、出かける直前まで宿題をやる羽目になり、言わんこっちゃない、大変だった。最近は、かけざんのひっさんをやっている。これは、そこまで困っていないように見える。

夜は友達が来てくれて、誕生日会をした。誕生日自体よりもはや友達に会えたことが嬉しかった。朝から、友達に会えることが楽しみで過ごした。

42歳。本を読むようになってきた。体重がベストより2kg多い。自転車通勤。迷いも戸惑いもある。以前ほど仕事は楽しくない。しかし以前より生きるのが楽。

Monday, 20 October 2025

Lego バトルシップ

日曜夕方にふと、子が作り始めたバトルシップ。毎回レゴの才能には関心させられるが今回の作品も大したものだった。1時間もかかっていないと思うが、あっと言う間に出来上がった。設計図があるわけでもないのに上手い。見えないところまでだいぶ凝っている。
たいてい写真を撮る前に崩れてしまうので、今回は、忘れる前に撮っておく。
手に武器を持っているし、壁に武器をかけるところもある。



屋根が可動式になっていて、中にも戦闘機が入っている。
砲台もあって、これも360度動く。中に人がいるけど見えない。

作っている途中に「ままー見て」と言って持ってくるのだが「ほー、すごいね」と言ってたいてい終わる。しかしあとになってあらためて見てみると本当によくできている。レゴにまったく触れない時期があったのに、この数ヶ月は復活している。不思議なものである。

 

Sunday, 19 October 2025

理想的な日曜

土曜夜でも9時に寝るし、日曜でも5時に起きる。特に無理しているわけではない。朝起きたときのことを考えると楽しみなのだ。
窓をあけて外の様子を見る。ベランダに出て、気温と、空気を感じる。空の様子をみると、きょうはこういう模様。朝日が当たり始める部分が、とにかくきれい。

朝顔が咲いているかどうかをみる。花はすごく小さい。色も薄い。10月だしね。ふと気づくと雲と同じような色をしている。
パンを焼くために材料を量って、パン焼きマシーンに入れる。発酵中に、空の色が変わるのを見ながら読書と、duolingoと、wordle。誰にも邪魔されない至福の時間。5時から6時半くらいまでが、どうしても欠かせない自分の時間。

大谷がきのうも大活躍だったらしくて、動画を少しみたら、凄過ぎて笑いが出てきた。こんな人は見たことも聞いたこともない。小説や映画でもない限り。

だんだん活動し始める。ちょうどよく熟してきたバナナがあったので、バナナブレッド、バナナとココナッツのドロップクッキーを焼いた。
焼きたての美味しさはほかの何にも変え難い。家でこんなに簡単に作れるとわかっていると、どうしても市販のものをわざわざ買う気にはならない。

9時から、子とプールへ。きょうはバタ足で300m泳ぐ約束になっていた。「がんばれー、ほら、まだまだ」「もっともっとー」と声をかけながらなんとか泳いだ。「もう無理」と言っていたので、どれどれと思って自分もバタ足だけやってみたら、これがめちゃくちゃ疲れた。全身で泳いだほうがずっとマシだ。
子は、あいかわらずひざが曲がった状態でバタ足をしているが、それでもだんだんマシになってきたと思う。約束どおりガンダムのプラモデルを買った。甘すぎる、と思ういっぽうでたったこれだけで泳げるようになって自信がつくようなら安いもんだな、とも思う。

昼はいつものレストランへ。それから図書館へ行き、読みたいだけ雑誌を読んだ。文春も手に入った。制限時間なしで雑誌を読めるのが、自分にとっての幸福である。インターネットの記事と違って、読んでも疲れない。

自分は読書家ではないけど、ここ数年、読むことによって、「心が満たされている」と感じることが多い気がする。現実世界で何か困ったことがあっても、心にしっかり糧があって、そのくらいでは動じない、私にはあの世界がある、と思える。それは決して逃げではない。

4時ぐらいに家に帰り、ごろごろして、だんだん体は「終わり」モードに近づいている。あとは食べて寝るだけ。明日の朝を楽しみにして。

Friday, 17 October 2025

Monkey届いた、体重、疲れ

 きのうの夕方は会議で、途中で目をつぶったらふらーっと暗闇が回る感覚があったので、これは疲れているなと思った。しばらくのあいだ、あの、立てなくなるようなめまいは出ていないけど、前触れのような気もするのでなるべく休みながら過ごそうと思った。夏の疲れが取れるのは思った以上に時間がかかる気がする。

頼んでいたMonkey 37号がきのう早速手に届いた。「猿の英単語」がテーマ。読まないわけにはいかない。中身も見ずにタイトルだけで購入を決めた。今朝も、How to Pronounce Knifeを読んだあとにパラパラと興味のあるページをめくって読んだ。

夏が終わってから、困ったことに体重が高止まりしている。理想より2キロも重い。ミレーナの影響で、上がり下がりがあるから、心配しなくてもすーっと減る…はずなのに、減らない。なんだかんだで蓄積されていっているのか、脂肪は。これは困った。運動も食事も問題ないはずなのに。問題は何か。年齢だろうか。2キロ分の負担を体にかけているのかと思うと、足とか腰とか膝とか、ごめんよと言いたくなる。つらいだろうな。

きのうの朝、我が子を起こそうとしたら、ふとんにくるまって「ぼく、あと2日とか、もう無理だよう〜」と嘆いていた。木曜はたしかに辛い。1週間の半分が終わっているけど、まだまだある気がする。さてきょうは1週間の最終日。なんとか乗り切りたい。幸い、天気も良いようだ。

Thursday, 16 October 2025

朝顔、朝読書、扇風機

夏休み、家をあけていた間に、せっかく育った朝顔は枯れ果てていた。しばらくしたら種ができていたのでそのまま土に埋めたら自然と育ってきて、10月の今、うちには朝顔が咲いている。10月でも咲く。
これはおととい、火曜の空。これはこれできれいだけど9月のような明るいピンク色にはならない。薄い紫というか。やっぱりあれは9月だけの醍醐味なのだと思う。

先日も書いたけど、この本を毎朝読んでいる。独立した短編集。ラオスからの難民、という点では共通しているがそれぞれの話はつながっていない。今朝の話Edge of the Worldは特によかった。

難民にも移民にもなったことのないわたしはその視点が完全に欠けている。想像したこともないことがたくさんある。そのことを思わされる。「世界にはいろんな人が」と簡単に(偉そうに)言うけど、その、どの程度を知っているのか。常に自分が「こっちがわの人」で彼らは「あっちがわの人」と考えたがるのが人間で、そうならないように、相当意識していないといけないと思う。

暗くて寒い季節に入ってきて、どうも寂しいというか名残惜しい。これは毎年のことなんだけど10月に入っても半袖を着ている。家でも真夏と同じ格好をしているときがある。太陽にすがりつくかのように。明るい季節は終わりか…。

月曜に、扇風機をきれいにして、しまった。来年またよろしくという気持ちをこめて、きれいに磨く。かれこれ20年以上使っているのだが今年ついに断線した。それでも使える。とりあえず苦労を労って、ほこりをはらってよごれをふきとった。衣替えもした。毎年訪れる、せつない作業である。

そうは言ってもあっという間にまた冬がきて春がきて夏がくるのだろう。超スピードで過ぎていく。からだにいいものを食べて、いまあることに感謝をして、1日を大事に生きよう。

Wednesday, 15 October 2025

インターネット契約。タイミングをつかめるように生きること。

世間は3連休だったが私は4連休だった。

月曜の午前中、修理に出していたカメラを受け取りに行こうと思い立った。電車に乗るなら平日のほうがいいだろう、火曜日も休みだから火曜日に行こうかなと思っていたけど火曜になるとまた新しく何か別のやりたいことがあるのかもしれない。こういう、後からやっても支障のないこと、しかしちょっと面倒で乗り気ではないこと、はなるべく先にやったほうがいいと思った。天気も悪くないし、月曜の朝思い切って電車に乗った。電車といってもたった5分くらいなんだけどね…。

リュックに、お金とキンドルだけ入れて家を出た。身を軽くして街を歩くのは楽しい。

電話で知らされたときは3万を超えるはずだったのに行ってみたら2万円で拍子抜けした。宝くじに当たった…とまではいかないけどラッキーだと思った。御礼を行って出た。

朝10時ごろで、店も空いていたので、以前から気になっていたインターネット料金について、相談にのってくれるカウンターはないだろうかと思ってフロアを探してみた。ずっと前、10年以上前にここでプロバイダを変えたり契約したり、したことがある。眺めたところ、それっぽいところも「携帯、スマホ」って書いてあるからたぶんこれではないな、と思った。

いったん去ろうとしたけど、もう一回ぐるっと回ったらやっぱりその「携帯」のところに料金の表があった。価格帯もそれっぽい。これかなと思って眺めていたら若い、色の白い男性が、近づいてきた。客が少なくて暇だったんだろう。なにかお探しですか、と言った。と思う。すごく声が小さかったからよく聞き取れなかった。

「今、インターネットに月々五千円払っていて、高すぎるんじゃないかと思って」

と言ったら、ほかの会社を紹介してくれて、「ほー」と言いながら見てたら「見積出してみましょうか」と言われた。こちらも暇だったし、この人に嫌な感じがしなかったので、はいと答えてお願いした。

案内された席に座って、説明を聞いた。思っていたような難しさは何もなかった。家にあるモデムもルーターも、変えなければいけないものが何もない。そして料金が月々900円ぐらい安くなる。「これ、今ここで申し込めるんですか」と聞いたら、はい、と言われた。

問題は、今契約している会社である。これに電話をかけなければいけない。そのへんはどうするのかと訊いたら「いま、いっしょに電話しましょう」と言われた。なんて心強いのだろう。

少し過去の説明に戻る。

今のインターネットで契約しているきっかけは、その当時問題なく使えていたときに、ふとやってきた電話だった。今より安くなるし、違約金も負担します、という、北海道かどこかの会社で、まんまとわたしはそれを信じて解約の手続きをしたのだった。実際、少し安くなったものの、長く使っている間に当初の割引もとれてしまって、なんだかんだで上がって今の5060円になってしまっていたというわけだ。

今考えてみると、あんな電話をよく信じたものだよなと思う。怪しいことこの上ないのに。実際に違約金も負担してもらったし、問題はなかったけど、手続きが煩雑だったのと、窓口の人がいまいち話通じなかったのと、「違約金」と言われていたのに商品券が送られてきたりで、無駄に神経を使った覚えがある。そうだ、思い出した、トライバルユニットという会社でした。

それ以降ももちろん、インターネット関連では、かかってくる電話も多いし、広告が入っていたりするし、わたしは狙われてるんだなと思うことがよくある。わたしだけじゃなくて世の中の人たちはターゲットにされていて、需要も多いし、ひっかかる人も多い。問題は、わたし自身がその仕組みをよくわかっていなくてルーターとかモデムとかプロバイダとか回線とか、聞くだけで「ええい、今ので使えてるならいいや」と思ってしまうということ。

だから正直なところ目を瞑ってここまできた。考えたくないのだ。

だまされたくないし、ランダムにかかってくる電話に乗ってしまうわけにはいかない。こういう情報は「自分で取りに行く」しかない。いつか自分で調べて自分で換えよう、と思っていたのだった。情報は、自分で取りに行くべし。

そこで出会った、この色白のひかえめお兄さんはまさにこれ以上ないよいタイミングで、わかりやすく説明をしてくれたし、そもそも「売ろう」という感じが全然しない。(これ、大事。)この勢いに乗るしかない。提案してくれたとおりに「いっしょに」電話をして、電話できくこと、このあとやることをすべて整理してくれた。

時間がかかるのは電話と解約で、新しい契約自体は10分ぐらいで済んだ。解約をする、というと、「このお電話で継続を決めていただければ1万5000円割引します」と言われたけど、断った。

インターネットの乗り換えがどうしてこんなに面倒で気が乗らないかというと、二社に関わらなければいけないからだ。この二社が直接やりとりしてくれるわけではない。その間にいるのは自分しかいない…のが普通なのだが今回はこの色白ひかえめお兄さんがついている。怖いもの無し。

ぜんぶで1時間くらいはかかったかもしれない。すべてが終了した。なんというか、今までつっかえていたものが取れたような感じでものすごくスッキリ上機嫌になった。しかも、今まで、つっかえていることに意識さえしていなかった、そういうものがスポッと取れたような感じ。体の不調はなかったけど、それが取れたら急にもっと元気になったような、そんな感じがした。

あとは家に帰って、回線変更なんとか届けの番号を確認して、あのお兄さんに電話をして知らせるだけ。それ以外に何も必要ない。そしてここから3ヶ月割引がきいてタダになる。料金を5000円払い続けるのは馬鹿馬鹿しいことだったということがわかった。

生活を、より快適なほうにするには自分で動き出さないといけない。それにはやっぱりある程度のエネルギーが必要で、なにかきっかけがないと動かないものだから、タイミングや勢いに、ぐわっと乗ってしまうのは大事。そのためのセンサーとかアンテナとかは自分で研ぎ澄ましていないといけない。わたしの場合はそれが、持ち物を減らして身軽でいることからきている気がする。

家に帰って「めっちゃいい日だわきょう」と言った。2人は「ふーん、そう」と言った。お昼に何を食べるかという問題があるが、今日こそは子のいうことをきいてあげて、中華料理になった。特に食べたいものもないのになと思っていたら、まだ冷やし中華があった。驚いた。ここでは一年を通して食べられるのかもしれない。戻ってきたばかりのカメラで、1ヶ月ぶりの写真をいくらか撮った。夕方、友達から「誕生日会に参加してもいいか」というメッセージが届いて、これまた嬉しかった。とても嬉しかった。この日は本当にいい日だった。

Sunday, 12 October 2025

ヴィクトリア・ベッカム、サイゼリヤ

連休初日。2週間ぶりに土曜休みだ。9月末も、先週も土曜出勤だった。やっと普通の土曜日。朝から合気道に行った。納得いく動きはまだできないけどそれでもこの爽快な感じはやめられない。6時に家を出るので、日の出の時間が遅くなってきているのがよくわかる。段々と暗い時間に突入しつつある。

帰りに少し雨が降っていた。きょうはそういう天気予報だったっけ?

帰ると「おかえり〜合気道どうだった〜」という声が聞こえた。子が、なんと自分で朝ごはんを用意して食べている。びっくりした。バナナとクッキーを、きちんと皿に、さらにお盆にのせて、それからヨーグルトを冷蔵庫から出して、ひとりでもぐもぐしていた。そうか、「自分でできるでしょ」とふだん言っているから、自分でやったんだろうな。ひとりで食べさせるのは申し訳ない感じもするけど、私がいたって自分ひとりで食べることは多々ある。

それから小雨がずーっと続いた。クロスタータを作った。Netflixをみたらヴィクトリア・ベッカムのドキュメンタリがあったので見始めた。

昼は、蕎麦屋に行こうということになっていたがこの雨でどうしようかしばらく様子を見た。それでも、小雨ならいいだろうということで、カッパを着て自転車で行った。

こんな日に限って蕎麦屋は混んでいて、外で待つ羽目になった。予想が外れた。ようやくなかに入り、子は、セットメニューを頼んだが、カツ丼もそばも、どちらも食べた。こんなに食べるのかと驚いた。大人でもお腹いっぱいになるのに。

家に帰ってから、ヴィクトリア・ベッカムの続きを見た。面白かったけどデイヴィッド・ベッカムのドキュメンタリほどではなかったな。デイヴィッド・ベッカムのスピンオフ的に見えた。それでも、見ているうちに、洗練された服が着てみたいものだなと思った。

子は友達のうちに遊びに行ったが、そこにほかの子もいたので、仲間はずれにされたと言って不機嫌なまま帰ってきた。まあそういうこともあるだろう。学んでくれ。

夕方は、友達に会いに行った。5月ぶり。いつも行っていた店が、かわってしまったらしく、サイゼリヤに行った。これまた久しぶりだが、あまりにも変わっていなくて驚いた。そもそも、コロナを経ても値段が同じ。たいていのメニューが四百円以下。そしてなによりも美味しい。驚くことに、アブルッツォ名物のアロスティチーニがある。メニューをみる限り、イタリアに行ったことある人が考えているな、ということがわかる。もちろん「そんなのはイタリアにない」という食べ物もあるけど、日本人向けに作られていて、結局はおいしい。どれを頼んでもハズレはない。

注文が、QRコードからというのはそれほど驚かなかったが、会計までセルフレジになっていて、これにはびっくりした。コンビニと同じじゃないか。無銭飲食もいるだろうに、と思ったけど、その可能性を考えるよりも人件費を削減したいのだろう。

土曜の夜というのもあるだろうけどとにかく混んでいた。90分経つと店員がきて、退店を促される。無理もない。

3人で食べまくって、ちょうど六千円。ほかのレストランではありえないな。

小雨の降り頻るなか帰ったら8時だった。いつもと同じように9時に寝た。

Friday, 10 October 2025

ママは何分くらいで寝る?

今朝は曇り空で朝焼けが見えなかった。秋っぽくなってきた。きのう帰り道、自転車を走らせながらやっぱり10月は最高だなと思った。こんなにいい時期はないんじゃないか。ずっと続くといい。気持ちがいい。

カズオ・イシグロのthe Buried Giantを読み終えたあと、同氏の読みたい作品があったが、手元にはなく、Souvankham ThammavongsaのHow to Pronounce Knifeを読むことにした。このなかの一つはすでにMonkeyの和訳で読んでいるがほかの話は読んでなかったし、何よりも手元にあるのでこれにしようと思った。Kazuo Ishiguroを読んだあとだと、だいぶ簡単に感じる。そして一話をあっという間に読んでしまう。移民の話。かなり面白い。読みやすい。今朝は二話目を読んだ。

英語を読み慣れると、英語力がつく以外にいいことがある。そのなかの一つは、日本語を読むのが一気に速くなる(気がする)ということ。たまに、予約していた本が図書館に届いて取りに行く。たいてい話題の(日本語の)本なのだが、読んでみるとさらさら〜っと読めて翌日には返却できることがある。

きのう帰宅してみると、子はオンラインでわたしの父母と会話をしていた。家に誰もいなくて、ひとりでいないといけない時が最近よくある。それで、完全に1人にしておくより、遠くにいる祖父母とつないでおくという手段をとっている。これがとても助かる。

ほんの数ヶ月前、はじめて鍵を持たせたときのことを思い出す。私が帰ってくるまでの20分間、誰もいないことに不安を感じて1人でソファで泣いていたらしかった。そのことを思い出すとやっぱり1人にさせちゃいけないと思うのだが、今となってはその心配もいらなくなってきた。成長は早い。

きのうはあれだけ学校に行くのを嫌がっていたので、結局どうだったかと聞いてみたらやっぱり楽しかった様子だった。6時間だったけど、仲の良い子たちと一緒に帰ることができたようだ。仲間の存在はありがたい。そして信じられないことに運動会の練習が楽しかったらしい。「Yくんがやってるから、ぼくもやろうと思った」と。こういうのにすすんで参加することは滅多にないのに。家でもその音楽をかけて少し踊ってくれた。

Fがいない夜なので、不安はそこにあるらしい。「ママは、何分くらいで寝る?」と聞いてくる。わたしが先に寝て、1人で目を覚ました状態になるのを恐れているのだ。「何分で寝るかなんてわからないよ。」

8時前に「そうか、今寝れば、ママが起きてて、ぼくが先に寝られる」と言う。「早すぎるよ、大丈夫だよ」と言って、結局9時にふたりで寝た。どっちが先に寝たかわからない。この季節は暑くもなく、寒くもなく、深く寝るのに最適だ。

きょうもいい1日でありますように。

Thursday, 9 October 2025

きっとこれからも大丈夫

子がみるみるうちに大きくなっている。当たり前だけど。身長は140cmもあって、平均よりだいぶ高い。1年に10cmは伸びている。あっという間に中学生になるのだろう。給食のときに同じ班の人にしゃべっても誰もきいてくれないから、隣の班の人としゃべると、しゃべっちゃだめと言われる。だから学校に行きたくない、ぼくは辛い、ときのう言っていて、それくらいなによ、大したことないじゃん、行ってらっしゃいと言って送り出した。そもそもしゃべってはいけないことになっているんだったら、それは仕方ない。

この「学校行きたくない」は軽いほうだと思っている。「それくらい大したことないさ」がどこまで通用するかな、と思う。もしかしたら深刻な状態のサインを出してくれているときもあるかもしれないし、本当に大したことないのかもしれない。たいていのことは受け流せるが、そうではないときもあるかもしれない。

子は、学力だけならまだしも注意力が著しく低い。さらに自分を客観視することが苦手で、これを今、この集団内でやるとどうなるか、という想像はせずに行動する。給食のときに話を聞いてもらえない、というその様子がわたしには想像できる。成長とともにできるようになっていくものだろうと思っているが、本人としてはそれがつらく、さらになぜそうなるのかわからないこともあるかもしれない。

いっぽうで人と違うことはいいことだ、と思っているのも事実。人の言うことをきかなかったり周りの状況をみなかったり、ということにつながる原因の一部でもある。ありのままを受け入れるとは言え、集団で過ごすなかで身につけるべき作法はある。

とは言え、暗くならないようにしたい。何があっても、暗くならないように。わたしの祖母の、太陽みたいな笑顔を思い浮かべる。

自分の育ってきた家族、環境にはたくさんの人がいて、だいたいいつも明るかった。誰かひとりが明るいというより、そこにある空気が明るかった。ほどよい距離感のもとに、いつも冗談と笑いがあった。それは個々人の努力によるものだったはず。わたしにはその、よい空気の影響が幸いまだあって、ここにいても大丈夫だと思える。しっかりとした基盤を18年間で築いてもらったので、きっとこれからも大丈夫だと思える。

Wednesday, 8 October 2025

"The Buried Giant" 読んだ

とうとう読んでしまった。
9月に入ってから読んでいた、カズオ・イシグロの"The Buried Giant"を今朝ついに読み終えた。8月、夏休みのあいだに同氏の"Never Let Me Go"を読んだことがきっかけで「私も英語の長編読めるのか」と思い、本棚にあって読んでいなかったthe Buried Giantをやっと読み始めたのだった。(本棚を新調して、手に取りやすくなったのもあるかもしれない。)

すごい話でした。ファンタジー小説に興味はなかったけど、これを読んではじめて面白いと思ったしわたしがイメージしていたファンタジーとはだいぶ違った。Never Let Me Goに負けず劣らず、深い深いテーマ。だけどNever Let Me Goほどの衝撃はないかもしれない。最後のシーンの意味するものはなんだろう、と思わずにはいられなかったのでいくらか読後の感想をネットで読んでみた。なるほど、と思うものがいくつもあった。

よくわからないままの箇所がいくつかあり、あとから日本語訳を読んでみたい、と思ういっぽうで、英語で読んだままの雰囲気を保っておきたい気持ちもある。たとえばドラゴン退治のシーンはよくわからなくて、本当に何度も読み返したけど、それでもわからない。でもそこに並んでいる単語以上のものはないはずなので、それが読めたらあとはもうこちらが想像するしかないのだろう。

ドラゴンだけでなく、ogre(怪物)やpixie(妖精)なども出てくる。前知識のある人は読みやすいんだろう。5、6世紀の英国が舞台なので、使っている言葉も違う。旅をする老夫婦の話だが、そもそも「道」というものが存在しないころの話。霧に覆われた草地を想像するには、英国に行ったことがあるとより良い。もう20年前、長距離バスで英国を移動するときに見た、絵本のなかのような風景を無意識に思い出していた。羊がいて、霧がかかっていて、寒い、そんな感じ。

インターネット閲覧のできる機器、つまりPCやスマホ(もってないけど)やタブレットが身近にある環境で読書に集中するのはわたしにとってとても困難である。たぶん意見を同じくする人は世の中にたくさんいるはずだ。

それが夏休みに一冊読めたのはなぜかというと、朝起きてから1番最初に読んだから。タブレットを開くより先に本を開くようにする。実は、8月から実践し始めたわけではなく、以前から「朝起きたらまず英字新聞」とか「ビジネス英語のビニエットを一つ聞く」とか自分に課すようにしていた。8月はそれが本にかわっただけのことだが、出会った本が良い本だったので継続に至った。しかも朝はほかの音がないので読むことに集中しやすい。

話に入り込みづらいかと思っていたがしばらくすると慣れてきて、いつの間にかその世界に浸かっていた。毎晩、「明日の朝、またあの世界に戻れること」を楽しみに寝ることができた。ぜんぶで17章、345ページある。1日一章読む日もあれば3ページしか読めなかった日もある。それでも毎日読めた。

こういう読書経験を、もっと若いときにできたらどんなによかっただろうなと思う。今からでも遅くはないけど、若い時に読んでいたら人生にはまた違った深みが出たにちがいない。それでも、英語でこれを読むとなるとやっぱり今ぐらい語彙力がないと読めないだろう。

さて明日からは何を読めばいいだろう。まだもう少し、6世紀の英国にいたいような気がする。

11月になった

11月になったらいっきに年末感が出てきた気がする。カレンダーが、あと2枚になると、ああいよいよかと思う。冬休みを楽しみにして、あと少し、駆け抜けるだけ。体調を崩さないようにしておきたいけど、先週すこしだけのどが痛くなってから、その後の咳が長引いている。あまり声を出さないようにすれ...