19日の朝に日本に戻り、今日は既に22日。ようやくちゃんと寝て、調子が戻ってきた気がする。調子が戻るというのは、時差ぼけから回復するということだけではなくて、睡眠をきちんととって、顔がしゃきっとしてきて、増えていた体重が戻り始めて…というようなこと。疲れが取れつつある。
時々、「さっき成田に着いた」と言って、成田から直接仕事に来たり、すぐに人に会ったりできる人がいるけど、私には信じられない。私がヨーロッパから成田に着いたときの疲れ方は凄まじい。機内では睡眠もほとんど取れない。その結果、頭もガンガンするし、揺れのせいで吐き気もする。それが全て顔に表れる。目の下にはくまができ、肌が荒れて、脚もむくむ。はっきり言って笑顔に人に会えるような状況ではないのだ。この10年ちょっとで長距離の移動にもだいぶ慣れたといえば慣れたけど、ケロっとさわやかにしている人を見るとすごいなあと思います。
日本に帰ってきてから寝屋川の事件を知った。ずっと前に日本とイギリスのハーフの子がこういうことを言っていた。
「日本は通常とても平和だけど、時々起こる事件がすっごいひどくて気持ち悪くて犯人も変態みたいなのが多い。イギリスは、そういう極端なのはあんまり無い代わりに、悪いことは常に起きる。窃盗とか、飲みすぎてケンカとか。日常茶飯事。」
寝屋川の事件を見て、イタリア人の友達も同じことを言っていたので、そのことを思い出した。イタリアで盗みなんて本当に日常茶飯事だし、怪しい人たちは見るからに怪しい。避けるべき場所や人が、誰にでも分かる。住んでいる人は常に注意を払って生活している。たとえば日本からの旅行者などにはそれが分らないから被害にあう。
日本人は普段とても穏やかだ。誰かに銃で撃たれるかも、とか、財布盗まれるかも、みたいな心配はあまり要らない。犯罪率が低くて、こんなに安全な国は無いと言われる。だけど、普段表に出ない分の感情の行き先が、時々変な方向に向くことがある。
ちなみにほかの国では痴漢はこんなにしょっちゅう起きませんが。
普段、几帳面で、いわゆる「まじめ」で、これまで優等生でやってきました、みたいな人がすごい変態で事件を起こしたりするのをたまに見ると、「何考えてるか分らない」って怖いなと思う。だったら普段から感情を表に出していてくれたほうがずっと良い。
Saturday, 22 August 2015
Wednesday, 19 August 2015
18.8 空港にてメモ
今からイタリアを出てルフトハンザでフランクフルトを経由して日本に帰ります。これからドイツの管理下(?)に入ると思うと少し安心する。だけど同時に寂しいですね。
目があった瞬間に、目が何かを語りだす、そういう人たちの中にいると、やっぱり日本はだいぶ物足りない気がする。すべてがきちんと機能して何も困らないんだけど。
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イタリアを出てフランクフルトに着いた。すでに寂しい。イタリア語が聞こえてこないというだけで、ああ別の国に来てしまったのだなという感じがする。コーヒーのにおいもしないし、空港に清潔感があるし。
ローマ→フランクフルト便で、ビーチ・サッカーのチームと一緒になった。イタリア代表らしい。ユニフォームを着ている。
あれだけ生命力にあふれた若いイタリア人男性が20人もいると突如その場の空気が染められる。分かる人は分かると思う。イタリア人じゃなくてもそうですよね、たとえばアメフト選手が20人同じ飛行機に乗ってたら、その場の雰囲気が支配されるはず。それがよりによってイタリア人だから、例えるなら小学(中学じゃなくて)2年生ぐらいの少年がそのまま大きくなったような感じ。
私はちょうどその群れの中に座っていたのだが、本当にこの人たちじっとしてない。少しも黙らない。CAにやたら話しかける。
仲間にまず聞く:「おい、気温は何度ですかって何て言うの」「ハウ・メニ・ディグリーズだよ」「オッケ」
CAに聞く「ハウ・メニ・ディグリーズ?」
20度ぐらいです、と答えられてすぐに、向こうの席の仲間に「おい20度だってよー!」と話す。
この人たち、すごい距離で会話をするのだ。スーパーでもそう。レジの人たちが、レジ同士で会話をしている。それぞれに数メートルずつ離れているのに。
さらに、サッカー選手、ずっと立ってうろうろしている。ついにCAが「座って下さい」と言う。
私の隣の選手がパニーノを食べだしたのだが、パンくずがぼろぼろこぼれる。
床がくずだらけになった。
この人たち、まったく周りの迷惑を考えてはいない。…というのも、周りもみんなこんな感じだから!イタリアでは何よりも自由気ままに、自分が心地よく過ごすことを優先して考える。その結果、こういうことになる。
私は興味を持って彼らの生態を眺めているので特に迷惑だとは感じない。むしろ、見ているだけでこんなに面白い人たちもなかなかいないなと思う。
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で、今日本に戻ってきました。日付変わって19日。やっぱり寂しい。人と目が合うことが無いし、なんかこう、素敵なことが起こりそうな予感が無い。うまく言えないけど、そういうのが道に転がってない。人が、人を見ていない。道の照明もギンギラギンで雰囲気のふの字もない。素敵な服を着て歩いても、街に自分が合わない。逆か。自分に街が合わない。素敵な服を引き立たせてくれる街には、無意識なようで計算されて作られた統一感のもとに、ある空気がうまれる。壁、屋根の色、窓の形、それから何よりも、照明。
それにしても日本は静かだと思う。今になってようやく分かった。成田に戻って来たときの、最初の印象をまとめる言葉は「静か」。そういう時間帯に着くというのもあるかもしれないけど、相対的に、住んでいる人たちの口数が少ないから。電子音だけはやたらよく聞こえるけど。
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で、今日本に戻ってきました。日付変わって19日。やっぱり寂しい。人と目が合うことが無いし、なんかこう、素敵なことが起こりそうな予感が無い。うまく言えないけど、そういうのが道に転がってない。人が、人を見ていない。道の照明もギンギラギンで雰囲気のふの字もない。素敵な服を着て歩いても、街に自分が合わない。逆か。自分に街が合わない。素敵な服を引き立たせてくれる街には、無意識なようで計算されて作られた統一感のもとに、ある空気がうまれる。壁、屋根の色、窓の形、それから何よりも、照明。
[ヴェルヴェデーレから降りるところ]
それにしても日本は静かだと思う。今になってようやく分かった。成田に戻って来たときの、最初の印象をまとめる言葉は「静か」。そういう時間帯に着くというのもあるかもしれないけど、相対的に、住んでいる人たちの口数が少ないから。電子音だけはやたらよく聞こえるけど。
Sunday, 16 August 2015
15.8 Ferragosto フェッラゴスト
2週間住んだアパートを出た。クリーニングが入るのは日曜の朝らしいので滞在を一泊延長することもできたのだが、それを知ったときには既にホテルを予約してしまっていた。まあいっか、と思って荷物をまとめて出た。今はホテルにいる。やっぱり少し切ない。ほかの場所を出る時と少し違う。いろいろと理由はある。初めて来た時から10年経った今、もはやここで私は観光客では無い。
今日、道で、10歳前後の男の子に声をかけられた。電話番号ちょうだい、と言う。これは過去最年少だ。あいにく電話を持っていなかったので、電話無いのよと答えたら「ああ…」と納得して帰って行った。
いやはや。
今日は8月15日、イタリアではFerragostoという祝日。祝日と言っても夏休み中なので関係無さそうだけど、祝日の雰囲気は漂っている。通りが静かだし、多くの店が閉店している。今週と来週でヴァカンツァに出かける人たちが多い。今年、久しぶりに来てみて気づいたのは、昔よりも土日祝日に営業をする店が増えているということ。以前は、食べるものがなくても土日は諦めるしかなかったのに。
どこもかしこも"Buon Ferragosto!"と挨拶し合う人たちばかり。この感覚ってなかなかつかめませんね。「祝・お盆」とか言って祝ったりもしませんしね。
今朝はPalazzo Davanzatiに行った。学校が用意したプログラム。詳しくは後から書くとして。それからアパートに戻り、パスタをゆでて、ゆっくり昼を食べて、パッキングをして、ホテルに移り、少し散歩をした。
テレビでは『パール・ハーバー』をやってます。あと、終戦記念日です、というニュースも。この前、花屋の奥さん(ロシア人)から、「ヒロシマとナガサキについてどう思うか」と聞かれた。驚くほどにイタリアでは日本の原爆について人々がよく知っている。というか気にしているんですよね。
さて、寝ます。
Saturday, 15 August 2015
10.8 Basilica di Santa Croce サンタ・クローチェ聖堂
フィレンツェに滞在するときはこのサンタ・クローチェの地区であることが多かった。今もそう。というのは、学校がこの聖堂の近くだから。歩いて5分もかからない場所にある。ほかの場所より馴染みがあるせいかもしれないけど、少し落ち着いていて、庶民的で過ごしやすい。
こんなに近くにいたのに、サンタ・クローチェ聖堂に今まで一度も中に入ったことが無かった。誰に聞いても、一度は行くべきと言われる。8月10日、月曜日、学校が終わって一度家に帰り、行ってみることにした。あいにく雨が降っていたが、傘もささずにそのまま聖堂へ向かった。
ものすごい有名な人々がここに眠っている。今まで知らなかった。
[ガリレオ・ガリレイの墓]
手には球体と、望遠鏡を持っていて、下のほうをよく見ると惑星の図みたいなのがある。凝ってるなあ。
[ミケランジェロの墓]
[ダンテの墓]
色々な人物の像をあちこちで見るんだけどダンテの像が一番威厳がある、と個人的には思っています。時代が少し古いからかもしれないけど。表情の厳しさがほかの人に無い気がする。かっこいいね。
[マキアヴェッリの墓]
[ロッシーニの墓]
[聖堂内]
先生が"Sindrome di Stendhal(スタンダール症候群)"という言葉を教えてくれた。フランスの作家、スタンダールが、このサンタクローチェ聖堂を訪れたときに、聖堂内を見上げていたらその美しさに圧倒され、めまいがして具合が悪くなっちゃったという話。それに由来して、美し過ぎる作品などに圧倒されて具合悪くなることをこう呼ぶらしい。知らなかった!それならローマのヴァチカンのほうが圧倒的だと思うけど。
[中庭]
お墓以外に、今回見たいものがひとつあった。それはナイチンゲールの記念碑。
キエフの博物館で、クリミアの資料を見たときに、そういえばナイチンゲールってどこの人だろう、と思った。そのあと調べてみたら、フィレンツェ生まれだということが分かって驚いた。イタリア人ではないらしいけど。そして調べていたらサンタ・クローチェの中にナイチンゲールの記念碑があるという。ただ、ガイドブックも持たず、聖堂のどこにあるのか分からない。観光ガイド的な人を見つけたので「有名な看護士の像はどこですか」聞いてみたら、たぶんそれは聖堂の中ではないと言われた。その人も知らないらしかった。ナイチンゲールという名前を出したけど分かってなかった。もう見つからないかなと諦めかけていたそのとき、目の前に現れた。
ラテン語ではなくてイタリア語で書かれてあったのでだいたい読めた。
近くにあってなかなか行こうとしなかったけど、行って良かったと思った。何よりも、混んでないというのがいい。
9.8 Museo Casa di Dante ダンテの家
振り返って。せめて写真だけでも載せておく。
9日(日)
ヴェッキオ宮殿にもあったんだけど、またダンテのデスマスクがあった。カーカップというイギリスのダンテ研究者がこれに関わっているらしくてKirkup Maskとも呼ばれているらしい。いくつかニュースを見てみたけどこちらが「より本物」らしい。
こちらは「神曲」。イタリア語ではDivina Commedia、英語ではDevine Comedyと言う。
「神曲」を図にしたもの↓
9日(日)
「ダンテの家」に行ってみた。家とは言うものの本当にそこに住んでいたかどうかは誰も知らない。とりあえず今は小さな博物館になっている。
[ダンテの時代のヨーロッパ↑]
[当時はこんな寝室だったでしょう、という部屋]
[と、その説明。当時はクローゼットというものが無かったけどその元になったのがarmaioという木の入れ物だったのではないか、と。]
ヴェッキオ宮殿にもあったんだけど、またダンテのデスマスクがあった。カーカップというイギリスのダンテ研究者がこれに関わっているらしくてKirkup Maskとも呼ばれているらしい。いくつかニュースを見てみたけどこちらが「より本物」らしい。
こちらは「神曲」。イタリア語ではDivina Commedia、英語ではDevine Comedyと言う。
[世界一小さな神曲↑]
「神曲」を図にしたもの↓
まったくまともに読んだことが無いのだが、入り口のところに貼ってあったポスターを見て、驚いた。一枚の紙におさまっている!
なんだ、べらぼうに長いのかと思っていた。
本屋で手に取って読もうとしたが、難しくて分からない…。トスカーナ方言で書かれてあるらしい。だからと言って今さら日本語で読む気にはならない。
ただ、ベアトリーチェの話とか、少しあらすじを読んでみると、結構気になってくる。
そういえばロベルト・ベニーニがダンテの神曲を暗唱していたビデオを以前見たことがある。現代人(?)も普通に読めるんだろうか。
ちなみにこの博物館も、ダン・ブラウンの「インフェルノ」に関わってくるらしい。そうか、この夏読むべき本はインフェルノだったんだな。日本に帰ったら読もう。
ただ、ベアトリーチェの話とか、少しあらすじを読んでみると、結構気になってくる。
そういえばロベルト・ベニーニがダンテの神曲を暗唱していたビデオを以前見たことがある。現代人(?)も普通に読めるんだろうか。
ちなみにこの博物館も、ダン・ブラウンの「インフェルノ」に関わってくるらしい。そうか、この夏読むべき本はインフェルノだったんだな。日本に帰ったら読もう。
Thursday, 13 August 2015
語学の教室というものは
書きたいことはたくさんあるのにまったく追いつかない。見たり聴いたりすること、つまりインプットがあるとアウトプットも自然とあるんですね。これだけ毎日色々なものを吸収していると、時間さえあれば文章なんていくらでも書ける。提供できる話題も山ほどある。
[通常の朝食]
前置詞、冠詞、定冠詞だけでもかなり重い。これについては、イタリア語の場合は英語ほど規則正しくない。先生曰く、「どう考えても理屈に合わない、ばかみたいなルールがあるし、イタリア人だって何故だか分からないのもある」。常にしょっちゅう首をかしげてばかりだ。
で、先生が言ってたことのなかで納得したのが「passivoになってみる」ということ。つまりある程度は受身でいることが大事。何でもかんでも「なんでなんで?」と疑問を持つよりも「ふ〜ん、そういうもんなのね」ぐらいの姿勢でいたほうが言語は身に付きやすい、と。なるほどそうかもしれない。その証拠に赤ちゃんなんて何も疑問を抱かず、あらゆるものをすいすい身につけていく。
ただ、私ぐらいの年齢の場合は、時制と、名詞と動詞の一致に関してはきちんとした説明があって頭を使って理解をすることが必要だと思う。英語ならまだしも、イタリア語はもっと細かい。過去から見た未来の言い方とか、半過去の正しい使い方とか、結構細かいところまで教えてもらって、毎日本当に有り難いと思っている。
[授業について]
私がとっているコースは:
9:00~10:50 授業①
11:10~13:00 授業②
×5日間×2週間。
生徒は12人以下ということになっているが、たいてい5〜10人におさまる。
コースの終わりと始まりが人に寄って異なる上に途中で数日間休暇に出たりする人もいる(お金もったいなくないのかなあ?)。
国籍は様々で、同じクラスにいたことのある人たちを思い浮かべてみると:
ベルギー、アメリカ、スペイン、ポーランド、ロシア、中国、シリア、クロアチア。
各国から1人ずつなので、本当に国際色豊かだ。
今日はそのうち5人だった。
[瓶ビールが€1で手に入る。イタリアだからと言ってワインばかり飲む訳ではない。]
授業①では文法。これはもう徹底的に。先生がとことん説明をして、練習問題を解く、というたったそれだけ。こんなにシンプルなのに、時間はあっという間にすぎていく。ひとつには、少人数だからというのがあるだろう。生徒がとにかくよく質問をする。
授業②では、読解と会話。先生が実に色々な話題の文章を持って来る。たいていの場合、エッセイ。読む前に先生がその話題についての質問を投げかけるので、自分の国ではこうです、とか、自分の経験ではこうです、とかしゃべりたいだけしゃべる。全員。そのあと、文章を順番に声に出して読み、分からない単語、箇所があれば聞く。1人が読むたびにまた先生がその話題についての質問をする。それに1人ずつまた答えていく。
これであっという間に110分x2が過ぎて行く。先生の話題の豊富さもすごいし、なにより、気持ちが楽なのだ。「これやったら怒られるかも」みたいなのはまったくない。私たちが大人だからなのかと言えばそういうわけでもなく、生徒の中には10代の子もいる。厳しさって何でしょうね。
当然だけど、先生も椅子に座ってます。途中でコーヒー買いに行ったりもする。買い物に行って遅れて来たりもする。「スマホのマナー」について読んでいる間に先生のスマホが鳴ったりもする。
先生のことを下の名前で呼ぶのが普通で、生徒と教師の関係に水平さを感じる。文法を少し間違うと先生が「ちがーう!」みたいな感じで言う。これを生徒も特に気にしないあたり、日本との違いを感じずにはいられない。つまり「ちがーう」と言われても特にショックを受けている様子はない。
そして練習問題を解くときも、日本だったら「はい次」とか名前を呼ばれてからじゃないと答えを言わないのが普通なのだが、この場だと生徒が次々に自発的にしゃべる。日本人の繊細さと丁重さと慎重さと、(言葉に表すのが難しいんだけど)あの独特の空気は、この人たちには分からないだろう。逆に、日本人が普段、無意識のうちに気にしているようなことはあくまで日本特有であり、世の中(地球上)の人たちにとっては実に些細で瑣末なのだ。
…ということも、いったん外に出てみないと一生気づくこともないわけですが。
[ダンテ先生。動き出しそう。]
だが、個人的には、アクティビティ系のもの無しで落ち着いて座って説明を聴くのはとても居心地が良い。少人数で、質問したいだけして、ホワイトボードにきちんと整理して書かれた説明を、ノートに写す。ただし説明は本当にきちんとしてなければいけない。ネイティブ・スピーカーで、しかもプロだからこそできる説明は、本当に分かりやすいし、隅から隅まで疑問が解決される。
外国語学習に関してはよく○○メソッドとか○○法とか騒がれているけど、うーん、あんまり凝ったことしなくてもいいのかもしれない。インプットと、アウトプットのバランスさえ取れていれば、あとは本人の努力次第ですかね。
…なんて偉そうに言ってみたりして。
あと、先生が楽そうだと、こっちも楽です。ある程度の距離を保った状態でさえあれば。恐怖とか緊張感無く学べるかどうかは先生にかかっている。合気道やってても同じことを思う。先生はめちゃくちゃ穏やかで優しいんだけど、みんな、大事なことはきちんと学ぶ。厳しさって何でしょうね。
Tuesday, 11 August 2015
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子の発熱
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