Thursday 19 May 2011

黒電話の鳴るころ

先日、小津安二郎の「早春」を見た。確かこれは原節子が出演していたはず…と思いながら見ていたんだけど最後まで出てこなかった。あれは一体誰だったのかと思って昨日ツタヤに立ち寄った際に早春を手にして後ろを読んでみたら淡島千景でした。ええっ、あの人、こんなに綺麗だったのか!と、思い浮かべた今の姿は「扇千景」だった。おっと、間違い間違い。

なんでしょうね、あの凛とした美しさは。どの角度から見ても美しい。

小津映画には世話焼きな人たちがいっぱい出てくる。隣の奥さんとか、同僚とか、上司とか。
勝手に結婚の話を進められちゃったり、そして本当に結婚しちゃったりする。
この「早春」も、妻のある男がほかの女に浮気(やってることとしては「不倫」になるんだけどなんとなく「不倫」という言葉があの映画に合わない気がする)するのだが、それについて同僚が当事者たちを呼び出して問いただしたりする。
同僚と言ってもみんな仲良しである。
そろってピクニックに出かけたりする。しかも世話をやくのは1人ではない。10人近い集団だ。

今だったらこうはいかないなあ。本人たちの好きにさせてやれよ、という感じだろう。
だけどみんなうるさいんだこれが!

これが50年前の日本。アドバイスを求めたり、ちょっかいを出したりして生きていた。
それぞれが、頼りあいながら生きていた。

年頃の娘には

「この人どお」

なんて言って会社でやり手の男性の写真を持ってきたりしていたわけだ。

2011年の今じゃなかなかそんなの無いですね!
集団に見守られている感覚なんてむしろ負担に感じちゃうんだもの。

ただ、映画のなかの「バア」でお酒を飲みながら戦時中を語ったり、転勤する同僚へ向けて「ほたるの光」を歌ったり、となりの奥さんが「ちょいと奥さんッ」て言いながらいきなり玄関開けて入ってきたりするのを見ていると、少なくともこの人たち、寂しくは無さそうだなと思う。夫が飲んだくれて帰って来なければ、女学校時代の友達や、母親や妹がすぐに訪ねてくるし。不満は大いにありそうだけど、例えば休日に誰ともしゃべらずに過ごすなんてことは無さそうだ。

携帯もパソコンも無かったころ。黒電話が鳴り、会社ではそろばんを弾いていた時代。

今さらだけど当時の話を祖父母にもっと聞いておけばよかったと思います。


小津映画の代表作はだいたい全部見ているはずだけどもっと色々見てみたいので今度別のツタヤにでも行ってみようかな。

さて、天気も良いので出かけるとします。

ありがとうとカルボナーラ

 新学期スタート。 子が帰ってくる時間に家に人がいる、というこの幸せ。保育園は4時とか5時まで預けていたのでこんなことはなかったけど小学校は本当に「帰ってくる」ので誰かいないといけない。自分が仕事していてその時間に家でFが子を迎えてくれているというこの安心感は、あらためて、ほかの...