Sunday, 3 August 2025

干草、お祭り

前日、寝る時間はすでに日付が変わって8月2日になっていた。それでも6時半ごろ目が覚めたのは、朝型のためか、時差ぼけのためか。いずれにしても朝は気持ちがいい。世界中どこにいたって朝が好きだけど、ここの朝はとても気持ちがいい。家からはこの眺め。

イタリアに行く前、負荷試験に行くバスのなかで、子と話していた時のこと。
「ままは、イタリアに行ったら何がしたい?」
「うーん… モッツァレッラ食べたいな」
「…えっ、それだけ?」
「うーん…」
考えてみたもののこれといった答えが出てこない。のんびりしたい、と思うがそれがアクティブな「したいこと」なのか、というとちょっと違うだろう。観光大国イタリアで「したいことがない」というのも変な話だが正確にいうと「何もしたくない」が答えである。これといって買いたいものもないし行きたいところもない。いや、行ってみたいところはいくつかあるけどそれはイタリアに行ってから考えてじゅうぶんな気がする。
ヨーグルト、ナッツ、アプリコットにオリーブオイル。イタリアではこうする、というわけではなくて私がこれを好むというだけのこと。

子といえば、子にはきのう久しぶりに会った。というのも1週間以上先に父子で旅立っていたため。あたたかく出迎えてくれたが、1週間会えなくて寂しかったね〜、というようなことはあまりなく、まるでこの1週間がなかったかのようにいつもの調子で注意したり怒ったりしている。再会を喜ぶやいなや日常に戻る。そういうものだろう。1週間いなかったからといって急に聞き分けのいい子になるわけがない。そんな調子の良いことはドラマの中でしか起こらない。

子は、祖父母宅ではだいぶ可愛がられていて、親としてはありがたい限り。「親は教育しなきゃいけないけどね、祖父母っていうのは孫を甘やかしていいんだよ、そのためにいるんだよ」と笑いながら言うおじいちゃん。自分の祖父母もそうだった。絶対的に自分の味方をしてくれる、逃げ場だった。

自分の祖父母が海外にいるっていうのはどういう感じがするんだろうな、と、我が子ながら興味深く思う。
とりあえずアンティパストを、と、この皿が出てきた。日本では「チーズとハムとサラミ」でしかないものが、ここでは膨大な数の種類が存在する。
そしてラザーニャが出てきた。表面カリカリで美味しかった。おなかいっぱいになった。

食事が終わってもさっさと片付けたりしないのがイタリアの家庭。誰かがまだ食事をしているのに席を立ってテレビを見に行ったりするのは、タブーとまではいかないが、その場に合った行為ではないだろう。ケンカでもしない限り。

では何をするのか。「おかわりは?」「コーヒーいる?」「デザートあるよ?」「果物はどう?」
これらのやりとりが必ずあり、世間話や、なんてことない家族の会話が続く。ようやく席を立つのは2時半くらいになる。家庭にもよるだろうけど。

いきなりイタリアの家庭で過ごすことになった外国人がいたら、この、ゆっくり流れる時間には戸惑うかもしれない。

帰り道、スーパーに寄った。Bio製品が多い。知ってはいるけどあらためて思う。オーガニック、無農薬の国産品がこんなに多くて、安い。乳製品コーナーに行くと、Avena(麦)のミルク、アーモンドミルク、米のミルク、豆乳、これらがすべてオーガニックで1ユーロ代で買える。日本だと健康志向の高い人のためのオシャレ製品になってしまって500~600円する。そもそもこんなに種類ないけど。

途中で降りて写真を撮ることにした。fieno(フィエーノ)という、干草を丸くしたやつがあちこちにあって、そこで写真を撮るといいね、と前から言っていたのだった。
ひらけた景色

帰ってから庭のプールで遊び、夕飯を食べて、9時ごろから近くのお祭りに行った。

最初から行こうと思っていたわけではなく、帰り道に、上の写真のようななだらかな丘で、何か準備しているなと思っていたらどうやらそこでコンサートをやる、とのこと。じゃいってみるか、ということになった。ここではなにもかもが自然発生的、不随意的に起こる。spontaneousという英単語がぴったりの人たち。
バンドの演奏といくつかの屋台。日本の屋台のような、けばけばしい感じはない。数も少ない。来ている人たちは年齢層が高めだが、子供も、中高生も、子育て世代もいる。300人はいると見た。小さな村の、小さなお祭りに、こんなに人が。注意書きなどはほとんどなく、椅子とテーブルが並んでいるだけ。

クレープと、すぐこわれそうなおもちゃ屋さん。剣のおもちゃをねだる我が子にうんざりする。当然買わない。
後半になると前に出てきて踊る人たちが出てくる。スマホを見ている人がほとんどいない。
走り回る子どもたち。「子どもは寝る時間」というのは、存在しなそう。

だんだん寒く、眠くなってきて11時半ごろに帰った。「帰ろうか」と言い始めてから本当に帰るまでに1時間くらいかかる。知っている人みんなに挨拶をしてから帰るから。イタリアでは、こういう場で知人がしれっといなくなることはまずない。

倒れた椅子を起こそうとしていた子供たちがいたので手伝ってあげたら、女の子が
"Grazie. Come ti chiami?(ありがとう。名前は?)"と聞いてきた。教えてあげると"Io sono Alessandra." と教えてくれた。アレッサンドラ。写真左の子です。

そのあと前歯が抜けたらしく、これまた報告に来てくれた。コミュニケーションに壁がない。わたしを見て「アジアっぽいな、なんか違うな」と思わないのだろうか。日本でもそうだろうか、それともこの子がイタリア人だからか。

肌について不思議に思うこと

肌の話。 昨夜、レストランでの夕食にはいわゆる子育て世代の人たちが集まっていて、私以外に女性が3人いた。その中の1人はスイス在住。夏休みでイタリアに帰ってきているらしい。その人に向かってほかの2人が"bella abbronzata”(よく日に焼けている)と言っていた。...