Wednesday, 4 February 2026

友人に会った、"Dear Life"読みおわった

3日はいつもと違う場所に仕事に行くことになっていて、2日はその経路検索などをしていた。そのとき、Aに会おう、と思った。友人Aは行き先の近くに住んでいるのでもしかしたら会えるかもしれない。ダメもとで連絡をとったらちょうど時間が合い、会えることになった。連絡してみるものだなあと思う。

久しぶりに会うようでそうでもなかったりするのだが、いつものように話は尽きず、お互いしゃべりたおした。短時間でも会えてよかったし、おかげで1日が特別にいいものになった。

この年になると、友人は、心がけて会おうとしない限り、会わなくなってくる。信じられないけど10年ぶりだね、みたいなことが簡単にある。特にこどもが生まれて家庭を持つと優先順位が変わるので、当たり前だと思う。そういえば誰にも会ってないな、と思うことがよくある。かといって働き始めて以降の新しい友人ができるかというと、大学時代ほどのくだけた間柄はなかなか築けていないので、やっぱり当時の友人は貴重だなと思う。ただしそれが誰でもいいわけではなく、自分にとって大事だと思う人、自然と会いたいと思う人はやはりそうでない人との間に線がある気がする。

日差しはあるけど北風のつめたい1日だった。そろそろ花粉症の薬を処方してもらいに行かねば、と思った。

今朝、Alice MunroのDear Lifeをようやく読み終えた。ノーベル賞作家の短編集。買ったのは、それこそ、10年くらい前だったと思う。全然入り込めず、何回挑戦しても最初の話を読み終わらない、それが続いた。長編に慣れ、読めるようになった今となっては、この本も読めるようになっていた。もっと言うと、長編に慣れると短編が物足りなくさえ感じる。慣れの力はすごいなと思う。

おもしろかった。いくつか、とても印象に残る、気に入った話がある。そうでもないのもあった。カナダが背景の話は読んだことがなかった。女性の目線で書かれているが、なるほどこれは男性に書けはしないなと思う。川上未映子を読んだときもやっぱりそう思った。自分の年齢もあると思うけど。

人生は面白いよな。なんてことない自分の毎日でさえ面白く見えてくる。事実は小説より奇なり。そんなことが積み重なってできている、人生。

さてきょうは普通の1日。はやく暖かくならないかなあ。

Monday, 2 February 2026

1月の振り返りと日曜のきろく

さて2月になった。

1月は長く感じた。知人の死をはじめいろんなことがあった。どうやったら自分がつぶれることなく、折れることなく過ごせるのか、よく考えた1ヶ月だった。体調不良にならないように毎日努力した。よく寝てよく動くようにした。合気道はこの1ヶ月で14回も稽古に行った。こんなことは今までになかったと思う。寒稽古の効果は大きい。よく動くので、お腹もすくし、ほどよく疲れてよく眠れた。食べたいものを食べたいときに食べているが、それでも体は軽かった。一年で一番寒さの厳しい月を、元気で過ごすことができた。 これは良かったと思う。


こども作のレゴ。写真も自分で撮っていた。ブログに載せてよ、と言われたので。
細部までよくできている。
これはまた別の日に作っていたものだったと思う。

昨日の午前中はいつものようにこどもとプールへ。毎週行っている。泳ぎ方は相変わらずだが、とにかく浮かんで、息継ぎしながら25メートル泳げる。

新しい椅子を買うかどうか迷い続けて数日、ネットで見ただけではなかなか決められなかったので、きのうは思い切って店舗まで行ってみた。昼を食べに出かけたあとで、渋谷へ。驚くべき人の多さ。少し暖かい日曜の午後に、渋谷に人が多くないわけはないと思っていたけど、想像以上の多さだった。正確に言うと「観光客の」多さ。日本人は半分いるだろうか?前に人がいて、道を、進めない。ハロウィンかと思うくらい。自分が何をしにここまできたのかを忘れそうになった。

本来の目的ではなかったが、久しぶりにロフトに入ってみたら売り場がすべてお土産物になっている感じがした。桜や富士山がモチーフになったものばかり。すごい。2月でこれだとすると、もっと暖かくなった花見シーズンなんて一体ここはどうなってしまうんだろうか。近寄ることもできないんじゃないかと思った。いろんな言語がきこえる。英語をしゃべる人たちが、「オマイガー、イッツソーキュート」と言いながらジブリの小さな置物のようなものへ駆け寄っていて、写真を撮っていた。そのあとも、上まで上がってみたけど日本語はほとんど聞こえなかった。

それでも、帰りにスクランブル交差点を渡りながら、ちょっと爽快な気分がした。東京という街を1人で歩くときの爽快感。私にはわかる。自由と一緒に闊歩する。私はここからどこにでも行ける、誰にも支配されない、私は自立していて、私は自由。そんな気持ち。少し傾いた日差しが暖かくて、眩しかった。もうすぐ春だ。

帰ってからいつものようににんじんラペを作ったりした。試しに座った甲斐あってどの椅子を買うか決めた。ここ数日、どの椅子にするかインターネットばかり見て考えていたのでネットを見るのはもう疲れて、本を読んだ。『ドイツ人のすごい働き方』。こう言っちゃなんだけど、すでに実践していることばかり。3週間の休暇とか、定時に帰る、とか。あとは、いわゆる会社に勤めていない私にとっては、読み飛ばすところも多かった。あっという間に読んでしまった。

ドイツ人の片付けについては参考になるところがあった。ドイツ人は片付けが好きだというのは、以前友人から聞いたことがあった。ベルリンに行ったときに借りた家が本当によく片付いていたのも覚えている。

こどもの宿題をみたり、明日の準備をしたりして、夜はバーガーキングを食べて寝た。いい日曜だった。

Friday, 30 January 2026

「自分に厳しすぎる」と、光浦の本

 先日の合気道で、先生が、門人について「自分に厳しいんですよね…」と言っていた。20代の女性が「私なんてまだまだ」と言うらしいが、これがどうも厳しすぎるようなときもある、とのこと。

少しこれについては考えた。

女性全般についてのコメントというわけでもなかったけど、もしかしてそれはあるかもしれない、と思った。「がんばって、いい子であること」を幼いときから期待されている傾向が、女の場合はある気がする。そのうちに男がある程度「あいつはまったく」で許されるところを、女は許されないどころか自分でも許さなくなってくる。先日なくなった知人のことも考えた。

女性が責められやすいのはその分期待が大きく、そういう目があるからだ、と極力意識して、それは自分のせいではないと思えばいいのだがたいていはそうはいかない。少し何かが欠けたときに、想像以上にこれがこたえてしまう人たちが、私の周りにも何人もいる。

なるべくいろんな人に会っていろんな経験をし、自分の視野を広げる努力をしていこうと思う。折れない心を育てるのは、こどもだけではなくて、年取った大人だって同じことだ。それを意識しながら生きたい。

ウクライナの友人にもらったチョコレートがとてもおいしい。物流は止まっていないそうだが、それでも、戦争下にある国から食べ物をもらっているのだから、貴重だと思う。

今朝は光浦靖子の「ようやくカレッジに行きまして」を読み終えた。相変わらずの面白さだ。この人は本当に応援したくなる。裏も表もない、さらに、気取った感じが全然ないこの文章がストレートに響く。ワークパーミットが取れた状態で今カナダにいるということがよくわかった。あと2年くらいだろうか、どうかがんばってほしい。彼女の存在がたくさんの人に希望を与えていることは間違いないだろう。

Wednesday, 28 January 2026

薄力粉をかえた

 このブログは、それはそれは長いこと続けていて、もはや人生の半分くらいにあたる。このブログの前にも、別のブログがあって、いわゆる「引っ越し」を2、3回したところでここに行き着いている。ブログというものが流行った時代からずっと書き続けていることになる。人生の記録と呼んでもいいかもしれない。たとえばあのとき何をしていたっけ、と思って昨年の今頃の記録を見返すことがある。こういうことができるようになったのはつい最近のことだ。以前は、見返すと「イタい」ことばかりで、まず振り返ろうとしなかった。目に入れるともういたくていたくて仕方なかった。だからと言って消そうとはしなかった。20代の後半から書いているので、前半のもっとも恥ずかしい時期はここにない。10代も20代も、みっともない時期だ。だけどそれでいい。存分にみっともないことをして過ごしてきた。なんの後悔もない。馬鹿だったな…と思うと同時に心があたたまる。

いまがおそらく一番寒い時期だ。冬なのにこんなに快適に過ごせているのは合気道のおかげだろうと思う。体調も良い。おととい、体調悪くなりそうだなという感じがしたのでいつもより10分早く寝た。

先日、友人に「最近の楽しみはなに」と言われて、合気道のほかに何があるだろうと考えたら、お菓子をよく焼いていることかもしれないなと思った。自分が食べたいものではあるけど、人のために焼いている。朝マフィンを焼いて、6個できる。それがだいたい1日でなくなる。同僚に持って行ったりしないの、ときかれて、可能性を考えた。手作りのものというのは「重い」ので、もらった側の気持ちを考えると押し付けがましさがあるから持って行かない、と答えた。あとは、焼くことがあまりにも日常になりすぎていて、持っていくことに特別さがない。もはやごはんと味噌汁を持っていくくらいの普通の食べ物になっている。

お菓子といえば最近、スーパーに売っている薄力粉ではなくて「ドルチェ」という、よく、お菓子教室や料理専門家が使う薄力粉を使ってみた。スーパーの名も無き薄力粉よりちょっと高いけどものは試しだと思った。

すると、やっぱり違う!これはびっくりした。食べる方はあまり気づかないかもしれないけど、出来上がったものが、より、売っているお菓子に近い感じになる。食べたあとに落ちているくずの形が違う。いちいち1kgを買ってすぐなくなるより、ネットで2.5kgのドルチェを買ったほうが良いらしい、ということがわかった。あたらしいことも思い切って試してみるべし。

Monday, 26 January 2026

生と死をかんがえる

土曜の朝も合気道に行って、そのまま仕事へ。早朝は交通量も少ないのでストレスが少ない。職場も静かで快適。ドーナッツを食べながら世間話などする。昼になったら職場を飛び出て、家族と合流しいつものそば・うどん店へ。メニューを見ずに「けんちんうどん」を頼んだ。あったかくて美味しかった。これで「冬の特別メニュー」をコンプリートした。次回は味噌煮込みうどんをリピートしたいと思う。

時系列は前後する。

先週、知人がなくなった。水曜にそれを知り、衝撃はやはり大きく、頭がついていかなかった。文字面ではわかっているのだが、理解できないし受け入れられない。夜は、いつものように9時ごろ寝たのだが、1時に目がさめた瞬間にそのことが思考に入り込んできて、ものすごい勢いで回り始めた。どれだけ寝返りをうっても眠れず、2時半ごろついに起き出した。無理に眠ろうとすることをやめた。牛乳をあたためて飲んで、じっとしていたけど眠れる感じがしなかったのでマフィンを焼いた。深夜のマフィン。混ぜるだけなら5分でできるのだ。毎日焼いているのでレシピも覚えている。3時すぎにオーブンに入れて、あとはよろしく、で寝た。浅い眠りだったが、5時ごろまで眠ることができた。

木曜は合気道に行くつもりはなかったのだが、知人の死について悶々と考えてしまうので稽古に行くことにしたのだった。朝から体を動かしたほうがいい。その瞬間に集中してほかのことを忘れるには、やはり体を動かすのが一番だ。

それから数日経った今は、ほぼ通常どおりに過ごせている。あの眠れない時間は、たぶん自分にとっては必要な時間だったんだろうと思っている。平気でいられるわけはないのだ。今となっては、当たり前だけど、いろんな想像しかできない。死んでしまったらとにかくすべてが終わったこと、過去のことなので、何もできない。今後のためも何もない。

日曜、ウクライナに住んでいる友人が一時帰国しているので会いに行った。貴重な時間だった。キーウに住んでいて、インフレはあるけど物流も止まっていないし通常通り生活できているということ。それは何よりだった。将来のこととか、いろいろ願望があるといえばあるけど、「こうやって元気で生きているっていうだけで合格点以上なんじゃないかな。」という言葉が心にのこった。前線で戦っている人のことを思うと、じゅうぶん幸せなのではないか、と。ある程度の収入があって、食べるものもあって、友人もたくさんいて、健康である、それだけで合格点以上、と。事実、本当に健康そうだった。元気でよかったと思った。

当然ながら知人の死のことを考えた。対照的なこのふたつ。

ここ最近は本当に寒い。2週間天気予報を見てもまだまだ寒さが続くようだ。体調を崩さないようにしたい。

Friday, 23 January 2026

寒稽古効果

12日から1週間続く寒稽古に皆勤した。7日間連続で、朝6時半からの稽古に参加したということだ。今までの人生になかったことだった。自分でそう言うのはたいへんおこがましいが「快挙だ、よくやったぞ」と思った。一年で一番寒い時期に、朝6時に家を出るのはとても勇気がいることだったが、なんとかやり遂げた。最初は皆勤するつもりはなかったが、1日目に行くと、おや、明日も来れそうだなと思った。3日目は休もう、と思っていたときに小学2年生から「あなたは(明日くる)?」と聞かれて、行かないと言えるわけもなく、言葉につまりながら「うん行くよ」と答えた。そこで3日目がつながり、皆勤が見えてきた、というわけだ。きっかけはどこで降ってくるかわからない。平日はドーナッツを買ってそのまま職場に行った。寒稽古中に食べたドーナッツは8個。

やってみなければわからないもので、寒稽古が終わってから、予想を超える効果を感じている。朝稽古がさほど「おおごと」ではなくなり、今週の通常稽古も火曜と木曜に参加した。7日連続参加したことが自信につながっている。自分はできるのだ、と思える。行けない理由がない。

さらに、こども。寒稽古中、平日の朝はわたし無しでこどもは過ごし、朝ごはんを食べて学校に行っている。これが不安だったけど、問題なくできているので、つきっきりじゃなくてもいいらしい、ということがわかった。私がいないことによって、父子の朝のリズムができたのかもしれない。これができたのは、やはり寒稽古前にYさんと話した、子にだんだん任せる、ということが影響していると思う。「ままが合気道に行って楽しいなら、僕はそれでいいよ」と言っていた。

そして、体。頭でいろいろ考えるより先に体が朝稽古に慣れている。1週間も続けると、体が自然と動くようになっているのだ。筋肉ができかけているのでいちいち筋肉痛になることもない。そして、当たり前だけど、体が軽くて、ごはんがおいしくて、夜はよく眠れる。少しぐらい寒くてもビクビクぶるぶるしない。体を動かして通勤すると、さわやかに1日が始まり、イライラもないし心の余裕が違う。

合気道に会えてよかったなと思う。こういう、「ずっと続けるといいことある」ことに、人生のどこで出会うか、はカギとなると思う。顔を上げて、前を向いて、息をするように行動をすること。

Sunday, 11 January 2026

ほんとは見てるんだけど、見てない

3連休初日。新年最初の合気道に行ってきた。しっかり汗をかいた。汗なんて家を出るときは想像もつかない。動くとすっきりする。肩や背中のこりがとれる。なにかしらこの2週間つまっていたものがとれた感じがする。気持ちよかった。

稽古前、Yさんに「きょうは、ジュニアは」と聞かれた。「寝てるとありがたいんですけど、まあ、朝ごはんとか、8時前に帰ったらなんとかなるかなと思って。わたしがいなくても冷蔵庫開けてくれれば。だんだん慣れてきました。」

「なるほどね。いなくても大丈夫だよ、お母さんの好きなことやっていいよってね」

「むしろいないほうがいい、みたいなこともよくあります」

「そうかもね。だんだんそうなるよね。ほんとは見てるんだけど、見てない、ぐらいがいいかもね。あんまり、あれしなさいこれしなさいって言うよりは。世話されたくなくなってくるから。特に男の子はね」

「なるほど。最近は、みないで、とか、こないで、とか多いですね」

「うん、合気道と同じで、適度な間合いが必要。相手の懐に入り込んじゃうと技かからないけど少し距離をとったぐらいがいい。離れすぎてもいけないけど」

という、たいへんためになる会話だった。もちろん自分でもわかっているつもりだけど、こうやって人と話すことであらためて気付かされることがある。人生の先輩からの言葉は貴重なのである。

帰ってから掃除、洗濯、買い物をし、クロスタータを焼いた。昼には味噌煮込みうどんを食べて、図書館で3時間くらい雑誌を読みあさった。栄養補給したような気持ちで図書館をさる。

1月の、新年があけて次の週末がとても好きだ。寒くても、好きだ。たいていの場合とくに予定がなくて、家にいてぬくぬくしながら好きなことをする。すこし新しい気持ちで家の整理をしたり作ったことのない料理を作ったりする。

きょうは少し気温が上がったようだ。太陽は出ていなくて風が強い。なのにそんなに寒くはない。変な天気。

友人に会った、"Dear Life"読みおわった

3日はいつもと違う場所に仕事に行くことになっていて、2日はその経路検索などをしていた。そのとき、Aに会おう、と思った。友人Aは行き先の近くに住んでいるのでもしかしたら会えるかもしれない。ダメもとで連絡をとったらちょうど時間が合い、会えることになった。連絡してみるものだなあと思う。...