Thursday, 30 April 2026

子の発熱

29日、祝日。なにもしない日とは言いながらも図書館へ行って雑誌と新聞を読む。返す本もあったし。天気はあまり良くない。今にも雨が降りそうだった。それでもテラスに出て読んだ。こどもが2人とその母親がいて、こどもがはしゃいだり走り回ると注意していた。そんなの気にしませんから、外なんだし、少しくらい走ってもいいですよ、と言いたかったけど声は出なかった。周りのことを常に気にしながら、ほとんど息を殺して過ごさなければいけない、いや、いけないというわけでもないけどそうなってしまう、あの時期を、わたしも知っているので、わたしは気にしませんよ。どうぞ走らせておいてください。言えばよかったかもしれない。もうあれから10年近くの月日が経とうとしている。

思い出してパスポート更新用の写真も撮った。まだ期限はあるけど1年切ったということはできるときに更新しておいたほうがいい。写真撮るなんてことは億劫に感じるのが当たり前なのでこういうのは勢いでやることリストから消してしまったほうがいい。とはいえ、1000円もかかった。どんどん値上がりしているんだな。無難な写真が撮れた。42歳の肖像。

家に帰ったらこどもがぐだぐだしながらレゴやっていて、まあ休みだからいいかと思っていたけど普段にましてぐだぐだしている。どこかに食べにでかけるのはやめにした。12時前。シャキッとしなさいよと言いながらも心配になった。熱を測らせてみると37.8℃。あちゃー。

前日夜に叱ったのはよくなかったかもしれない、と思うけど、それはそれで、因果関係はない。4月で、ちょっと寒くて、疲れている、それだけ。わたしも先週具合悪かったし、そういう人たちがたくさんいる今月。おお4月よ。

午後から家で過ごす。すこし仕事をした。『すぐ役にたつものはすぐに役に立たなくなる』という本を借りたけど、あまりおもしろくない。ピンとこない。子はソファでごろごろしている。3人も家にいると煮詰まる。仕方ないけど。翌日、つまり今朝の合気道はキャンセルだなと思った。こどもが発熱していて趣味に時間を割くのはさすがに罪悪感あり。

たいして運動をせずに1日を過ごし、とくにおなかもすかなかったけど、夕方、おふろに入ったあとでビールを買いにコンビニまで出かけた。滅多にないこと。それでもなんだかそういう気分だった。帰り道に飲みながら歩く。夜風が気持ちいい。子がもっと小さい時にも、「いろいろと」限界がきて家を飛び出てビールとかアイスクリームとか買いにいったなあ。そういうのはだいたい同じ時間帯で、夜風はやっぱり気持ちがよかった。まるで駆け込み寺のように、このコンビニにはお世話になっている。

夜は意外とすぐに寝られて、8時50分には電気を消した。そして今朝は家人の咳で5時前に目が覚めた。人が家のなかにいると音がするのでよく眠れないことが多い。「家族ってそういうものよね」といつだったか母が言ったのをよく覚えていて、こういうときは思い出して「まあ、そうか、仕方ない」と思う。家族ってそういうもの。

そんなわけで今朝は合気道に行かず、おとなしく家にいる。コーヒーを飲んで、本を読んだ。"A Manual for Cleaning Women"を読んでいる。掃除婦のための手引き。電子書籍ではずっと持っていたのに読み終わってはいなくて、紙で借りた。

Wednesday, 29 April 2026

水曜祝日と、京都の衝撃

 水曜祝日は一番いい。月曜より金曜よりいい。毎週こうだったらいいのに。

きょうはとくに何もしないことに決めている。祝日ということは歯医者も病院もない。みんな休むための日。でも、ご近所さんが、朝から車でどこかに出かけようと準備していて、こういうときは少し「いいなあ」と思う。車はない。我が子が、小さいころからそうやって少し近くまで自然のあるところにでかけていろいろな体験をする、ということが、欠けていると思う。もう少しいろんなことをやってあげなければいけないんだろう。登山とか、釣りとか、川遊びとか。自分にその気力・余力がなくて、いろんな言い訳をしてこれだけの月日が経ってしまっていることを、こうやってご近所が出かける姿を見て、思う。自分の幼少期を振り返ってみて、どうだったかなあと考える。田舎ではわざわざ自然を求めて出かける必要はなかったが、ときどきお出かけはあったと思う。仕事の合間をぬって両親は連れて行ってくれたのだろう。ただ具体的にどこに何しにいったという記憶はそれほどない。とにかく妹といつも一緒にいて、縁側で祖父母とテレビを見ていたことが、時間としては長かったし、よく覚えている。たいていの時代劇は見ていたし、繰り返されるワイドショーのおなじ映像と、コマーシャル(たとえば花王の潜在とか)をよく見ていた。こどもが見ても得にはならないニュースもたくさんあっただろうに、それを隠すようなことはとくになかった。たぶん。

ニュースといえば最近ようやく京都の事件のショックから立ち直った。しばらくことばにならなくて、ここにも書けなかった。完全に立ち直っていないかもしれないけど、話題にはできるようになった。遺体が見つかった翌朝は、なにかこう、自分がからっぽになったような気がして、8時半に仕事をはじめたそのときに「あれ、わたしはここで何をしているんだろう」と思ってしまった。自分がなにものかわからなくなった。なんのためにここにいるのだろうと思った。記憶喪失というわけではないが、そういった不思議な感覚に陥った。以前にも家で、短時間だけ一度起きたのだが、これと似た感覚だった。だんだんと戻っていったが、たぶんそれくらいショックだったということだろう。動揺というものではなくて、がつんとやられてしまった、それくらい大きな衝撃だった。涙もでなくて、悲しいわけでもない。そんな感じ。ぽかんとしてなにも感じられない。このままでは精神不安定になると思ったので確かその日と翌日の朝はネットでニュースを見ないことにした。

我が子にはこのニュースをなんとしてでも知らせたくなかったが、当然ながら学校で友人から聞いて帰ってきた。わたしは知らない体で、「そうなんだ…。」と答えるしかなかった。「あなたはなにも心配しなくていいから」と添えておいた。子の「せっかく5年生までがんばったのにね」ということばが、いまだに心?頭?に響いている。毎日を懸命に生きているこの子にとっては、その日々がつみかさなって学年がすすむというのは大きなことで、5年生がおわって6年生になる、というのは、やっぱりおおきなことなのだ。「そうだねえ」と答えた。以降、この件については掘り起こさないようにした。久しぶりに、うちにテレビがなくてよかったと思った。

Tuesday, 28 April 2026

『マンションポエム 東京論』『おいしいものだけ、たべていこう』

最近読んだ本の記録。
『マンションポエム 東京論』 大山顕
これは傑作だった。90年代から今に至るまでのマンションの広告コピーを1600超集めて、分析したもの。と書くと簡単に聞こえるが、それはもう深い世界。建築、地理、社会学、言語学、歴史、ジェンダー、そのへんをいっきにカバーしてしまう。300ページを超える分厚い本だが、実際の広告も入ってくるのでさほど苦なく読める。世の中の見方が変わる。マンションの広告を馬鹿にしているわけではなく、愛あるからこそできることだろう。これぞライフワークだろう。おもしろい本を読みたい人に、ぜひおすすめしたい本。傑作だ。

『おいしいものだけ、たべていこう』登坂淳一
人気の元NHKアナウンサーの登坂さんが、いつの間にかパパになっていたらしく、家族のために料理をつくる記録。ろくに料理をしないと、こんなところにつまずくのか、とまさか想像もしない目線が加わる。登坂さんといえば、当時の人気っぷりはすごかった。東日本大震災のときに、応援として東京に戻ってきたときの、あの全国での驚きと喜びをリアルタイムで見ていた。「まろ」というニックネームがあって、テレビに出たときはTwitter上がたいへんな騒ぎだったのをよく覚えている。そして黒い髪がなぜ突然白くなったのか、とか、いろいろな憶測がとんでいた。15年前、世界はとても平和だったのだ。NHKをやめたというのはどこかできいたけど、その後どうなっていたか知らなかった。自分がテレビを持たなくなったのもあるだろう。もう54歳だそうで、こどもが生まれたのは最近。結婚するにしても、家庭を持つにしても、有名なひとは大変だろうな。。。読んでいて誠実さ伝わってくる。これに励まされて料理をはじめる人が増えればいいと思う。

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ここ1年?2年くらいだろうか、読書の仕方が変わったと思っている。
どうせ読むなら質の良い本を読みたいと思う。だけど何を読めばいいかわからない、という状況が多かった。なんとなく手にとっても大したことないことも多い。それが、たいてい「次に読んでみたい本」が常にあるようになった。

何が変わったかというと、雑誌の書評を参考にするようになったため。とくに文春の「今週の必読」は毎週必ず読む。そのほかの雑誌も読んでみると同じ本が紹介されていることがある。ピンときたものだけ、携帯にメモをとっている。思い出したら図書館で予約をする。自分の手元に回ってくるまでに半年以上かかるものもあるがそれでも気長に待っている。(わざわざ買うことはない。ものを増やしたくないため。)待ちに待った本が手元に回ってくるときの「予約確保」のメールは、じんわりと嬉しい。サプライズでプレゼントをもらうような感じがする。待ったからこその喜びもある。借りると、だいたい次に予約が入っているので、なんとかして2週間で読み切ってしまわなければいけない。これもまた借りることのメリットである。買ったらがんばって読もうとはしないから。というわけでわたしの生活に図書館は必要不可欠なのである。

Friday, 24 April 2026

めまい未然のきろく

木曜。きのうの朝は合気道の稽古に行くつもりで起きた。起きたときにわかる、少しくらっとする感じがあって、ああよくないなこれはと思いながらも家を出て、稽古に行き、仕事に行った。

くらっとする感じはそのまま「ぐらぐら」に変わってきた。こうなるとだんだんと吐き気も出てくる。自分でもわかっているあのパターンだ。昼ごはんを食べたら少し元気が出た。昼頃から雨が降ってきて、帰りはカッパを着て帰った。

家に着くと「もう無理だ」、という感じで横になる。体の向きとか頭の角度を変えるとめまいのような吐き気のような症状がある。休まなければいけない。これに気づかないでいると、あの、天井全体がグルーっと回って立てなくなるめまいがやってくる。あれが始まる兆候はだいたいわかる。回避策もわかる。寝ればいいのだ。

作ってもらったパスタを食べて、8時前から横になった。登坂淳一氏の『おいしいものだけ、たべていこう』の残りを読んだ。そして8時過ぎにはもう寝た。アイマスクをして横になったらいつの間にか寝ていた。疲れていた。

今朝は目覚ましを鳴らさずにいたけど5時半に起きた。もうめまいも吐き気もない。

そもそも今週のはじめはひどく喉が痛くなって、そのあと鼻水にかわって、ということもあったのだった。もうのどはいたくないけど、痛かった時にはほんとうにびりびり痛くて、子も数日前に同じ症状だったので、ああこんなに辛かったのかなと思った。そのあたりでもう少し緩められたものもあったのかもしれないな。

8時に寝たということは9時間半寝たことになる。毎日8時間寝ているのだが、それでもまだ少しずつ不足があってたまってくるのだと思う。「ためていいのはお金だけだよ」という元同僚のことばを思い出す。

さて、きょうまで行けば休み。あと少し、がんばろう。

Sunday, 12 April 2026

落ち着こうぜ、とNocturnes

 珍しく夜に書いている。

なんとか1週間を乗り切った。若いときよりも楽に感じるのは、恐れるものが減ったのと、慣れた職場だからだろう。世の中のみなさん、今週はたいへんでしたよね。ほんとによくやったと思います。金曜の夕方は職場で、「がんばった自分へ」ということでみんなで拍手した。たぶん1年間で一番たいへんだと思う。

日本社会にあふれる4月のエネルギーと、やる気というものはすごい。発電できてしまうんではないか、とさえ思う。気候は寒くもなく暑くもなく、桜も咲いて、気持ちがよい。さわやかさとともに、ここから切り替えていこうぜ「ワンチャン」あたらしい俺生まれる、的なという真剣さもあり、「新年」と「新年度」はまったく別の種類の新しさがある。

これがしばらく前からわたしにとってはやる気よりも「どうどう、みんなおちつけよ」と感じるようになってきた。一歩引いた目で見ている。昔からそうだったのかもしれないけど…。冷静にならないと、じきにつぶれるよ、と。平常心でいこうぜみんな。このやる気はどうしたって続かないんだから。

とは言うもののこの、4月にしかない、今しか発電できないこのエネルギーの力を借りてこそえいやっと成し遂げられるものもあるわけで、4月の勢いを否定しているわけではない。むしろ、なんかやりはじめるならチャンスだと思う。これ以上ない切り替えのときです。

さてきのうは1週間ぶりに合気道へ。1週間ぶりというのはいままでにもあったことなのだが、その前は2週間空いているので、身体はまだ慣れていない。その証拠にきょうの筋肉痛はすさまじい。珍しくふくらはぎの筋肉が痛い。そして首から鎖骨にかけて。なんでこんなところが痛むかというと、受け身のときに使う筋肉だから。これが春休みにゆるゆるになっていて、きのうはきちんと受け身をとれていない。背中から倒れたときにうける衝撃を支えられていないのだ。じょじょに戻していこう。平日の稽古も少しずつ入れていかないと。

カズオ・イシグロの”Nocturnes"を読み終えた。タイトルにもなっている"Nocturnes"という短編はとても素敵で、読み返したいと思えるものだった。おもしろかった。人生で何回か出会う「抱きしめたくなるような短編」に出会えた。村上春樹の短編集に続く。はあ、人生ってすばらしいな。架空の話でも他人の話でも、こういうのを読むとそう思えるよ。明日を楽しみに生きることができる。

Wednesday, 8 April 2026

かつおのスパゲッティ

 「まま、めざましがなってるよ」で起きました。目覚ましの音が聞こえなかった。疲れている証拠。きのうの帰りはいっきに寒くなって、風も強くて自転車が進みにくかった。帰りながら子のことを考えた。新しいクラスですごす1日はどうだっただろう、そして自己紹介はうまくいったのだろうか。早く話をききたい、早く抱きしめてあげたい、と思いながら帰った。こどもから離れるとこどものにおいとか髪やほっぺの手触りがこいしくなる。帰ったらおふろに入っていた。自己紹介どうだったかきいてみたら「実は…のところをわすれちゃったから結構ふつうの自己紹介になっちゃった」と。まあいいじゃん、それでもちゃんとできたんでしょ、よかったよかった、と言いながら、ほかにおもしろい自己紹介があったかどうか、などをきいた。

5時半に帰宅すると、そこからごはんをつくるのはつらいということがわたしもFもわかっていて、そういうときは「夕飯おねがいします」とか言う必要もなく、帰ったら何かしら準備中なのである。ありがたい。このあたりは長年のつちかわれたリズムとして両者に定着している。きのうはかつおのスパゲッティだった。ひどいけんかも繰り返しながらも、どういうポイントをクリアしていけば、ひとつの家の中で平和に暮らせるかを模索しながらここまできているので、けんかは無駄ではなかったし、あれはけんかというよりは必要なやりとりだったと思っている。過去形ではなくこれからも続くだろうけど。

これが、夕飯がすべて自分にかかっている、となったら、もうやっていけないだろうなあ。そういう人たちは世の中にたくさんいるんだろうけど。私は爆発してしまうよ。5時半から何か作り始めるなんて、それはもう冷凍のリンガーハットのちゃんぽん以外になにも考えられないよ。

さて水曜日、折り返し地点です。なにごともなく1日が平和に終わりますように。

Tuesday, 7 April 2026

新学期初日

 ネガティブになるわけではないけどさすがにきのうは「まだ月曜日か」と思わずにはいられなかった。長い1日だった。とちゅう少しめまいがするような感じがした。めちゃくちゃ疲れた。

子は新しいクラスと担任の先生が発表され、早い時間に帰宅したらしい。平和に一年過ごせることを願っている。去年までいっしょのクラスだった友達と「◯◯くんとね、クラスはちがうけど、休み時間に、できたらおえかきとかしようねって言った」と。かわいい。なんてかわいいんだろうな。「美しき友情じゃーん!」と答えた。家に帰ると子はおふろに入っているところで、なにか声が聞こえたので、いつものように歌を歌っているのかと思っていたら「ぼく、おふろのなかで自己紹介の練習してたんだ」と。ほー!と思ったけど、わざとらしい反応はせずに、ちょっとやってみてよと言ったらためらわずにやってくれた。さいごに「これでぼくのスピーチを終わります」と言ったあと、「あ!!ここがダメなんだよな、いままでスピーチやりすぎて、自己紹介、じゃなくてスピーチって言っちゃうんだよ、おもわず」と悔しがっていた。こういう、すべてがいとおしい。こどもは最高だと思う。

さて、きょうもがんばろう。まだ火曜日だけど!

子の発熱

29日、祝日。なにもしない日とは言いながらも図書館へ行って雑誌と新聞を読む。返す本もあったし。天気はあまり良くない。今にも雨が降りそうだった。それでもテラスに出て読んだ。こどもが2人とその母親がいて、こどもがはしゃいだり走り回ると注意していた。そんなの気にしませんから、外なんだし...