sozoro uta
そぞろうた since 2008
Monday, 18 May 2026
自分にやさしくしてくれる人につめたくしない
Friday, 8 May 2026
vacanzaは休むためにあるんじゃなくて
5日。昼に蕎麦を食べに行き、午後からは近所で行われたイベントへ。完全に子供向けのイベントだったがこの年齢でもだいぶ楽しんだ。どうやってバルーンで犬を作るかがわかった。
6日。もはや休みに疲れてきた。こんなに長くなくてもいいなと思う。どうせならどこかに行くなどの予定があればいいがそれさえない場合は、逆に疲れる気がする。そして最終日のこの日は本当に予定がない。片付けなければいけなかったことがたくさんあったが、その最たるものが写真の整理と印刷オーダーである。これが1年以上たまっていて、面倒。時間が経てば経つほど面倒になるのに、なんとここまで放置していた。これにようやく向き合うことにした。午後の時間を3時間以上かけて、ようやく整理した。データの整理も含めると結構な作業になる。さらに印刷するためにいくつかRAWだったものをJPEG加工しなければいけなかった。この作業にようやく向き合えたという意味ではやっぱり連休の意味は大きいのかもしれない。つまり、ただの土日じゃなくてこのくらい長い休みがないと、こういう面倒なことはやろうとしないのかもしれない。
連休のシメとして、夕飯はバーガーキングだった。もはや毎食なにを食べるかを家族で考えるのにも疲れてきていたので、今回のバーガーキングは本当に嬉しかった。
7日。へんな夢をいっぱい見てなんだか疲れた。5時におきて、合気道の稽古へ。そこからまっすぐ仕事へ。疲れたけど、それくらいのエネルギーはあった。「連休中、風邪でダウンしてました」という同僚に3人も会って、あらあらおだいじに、と言った。気を張って4月を過ごすと、やっぱりこういうことになるんだ。
家に帰って、作ってもらったタコのトマトソース・リガトーニを食べながら、風邪ひきの同僚について話していたらFが「vacanzaは、休むためにあるんじゃなくて、やりたいことをやるためにあるんだよ」と言った。イタリア人が言うとすごい説得力がある。
vacanzaというのは、日本語に訳すとヴァカンス。いやそれでは訳していることにならないので本当に日本語にすると「休暇」。しかし「休暇は休むためにあるんじゃなくて…」だと、おおいに矛盾している。なのでやはりイタリア語のvacanzaはヴァカンツァでしかないのではないか。日常気を張って、土日にグターっとする、というのは、たしかにイタリア人には、ない。疲れを週末まで溜める人たちではないと思う。まあこのへん日本人とはだいぶ違う。
さてきょうもがんばろう。
Wednesday, 6 May 2026
3、4日のきろく(蕎麦、友達)
3日はいつもの日曜のように過ごした。午前中に子とプールに行ったら人が少なくて泳ぎやすかった。そうなのです、ゴールデンウィークはみんなどこかに行ってしまうから、観光地でもない限り人は減って東京は動きやすくなります。というのは長年の経験からわかること。
昼には、いつも行くレストランはきのう行ってしまったから、どうしようかと思っていたけど、たまには新しいところを、ということでいままで家族で行ったことのない近所の蕎麦屋に行った。わたしが二日前に行ったところ。消費税の表示がないので家族で食べるとなんだか高くつく。美味しかったので良しとする。そして図書館で新聞と雑誌を読む午後。
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4日。友達と会うことになっていた。子は、博物館へ行くので、行ってらっしゃいということで私はひとり。これが本当の休暇かもしれないなあと思った。女友達と会うとなると、何を着ていこうかと考える時からすでに楽しい。何年も会っていないけど今月から海外に転勤することになったらしく、私に声をかけてくれたのだった。ゴールデンウィークが近づかないと、ちっとも会おうと思う余裕がない。自然と、返事が遅れて失礼をしていた。申し訳なかった。自分に会いたいと行ってくれる人は大事にしなければいけない、と思う。特にこの歳になると。
1時に会って、3時間くらいしゃべりつづけた。わたしらよくやってるよ、ほんと。こどもがいて、仕事をするというのは、まじ大変よね、夕飯とかさ、もう、ほんとむりよね…と。相変わらず強く賢い彼女。今回の転勤は、夫ではなく正真正銘の、自分の転勤である。駐在妻でもなく、自分が、行くのだ。すべての手続きを自分でやっている。しかも自分だけ先に出発し、数ヶ月あとに子たちが到着するらしい。ここまで割り切って働けるって本当にすごいなと、心底、尊敬せずにはいられない。それであって明るくて、健康的で、強い。強いというのは、折れない信念みたいなのが見えるから。こういう人に会うと、生きる希望みたいなのが満ちてくる。
とても充実した気持ちでその日を終えた。自分にコンタクトをとってくれる人は、大事にすべし。
Sunday, 3 May 2026
5月はじめの2日
1日。鎌倉で仕事。家を出る時間はいつもと変わらないけどなにがゆううつかって、雨が降っていること。しかもしれは普通の雨ではなく豪雨であること。そして行っても途中で中止の連絡がくるってことを出発前からわかっていること。だったらなんのために。
考えても仕方ないので雨具を全身に身につけて出発した。いつもだったら上だけでいいだろうけどこの雨だったら5歩歩いただけで濡れるとわかっていたので下もはいた。それから登山靴。1時間半かけて、電車に乗る。
しめきった電車内は本当に気持ちが悪くなる。それほど混んでいなくて、座れているのに、それでもこんなに気持ちが悪い。短時間だったらいいだろうけど1時間となると、やっぱり疲れる。こんなのに乗って毎日通勤・通学している人たちがいるっていうのは、もう、わたしには信じられんのやわ。みんなもっとほかの人生あるで、と言いたくなる。
この日は何の本をかばんに入れるかがとても大事だ、ということがわかっていたので、朝、本棚の前にたってじっとながめたら、村上春樹の『ダンス・ダンス・ダンス』が目に止まった。そもそも本棚には村上さんの本しかないのだが、なんとなくこの作品をもう一回読みたい気分になった。まともに読んだのがいつだったか覚えてないくらい昔。
久しぶりに読んだら、やっぱりかっこいいなあ!たまらんなあ!83年の話ということになっていた。そうだったのか。電話と手紙はあるけどパソコンもスマホもない時代の話。だからこそかっこいい。小説に出てくることを片っ端から真似したくなる。ローストビーフ・サンドイッチを食べたくなる。
読書というと深い意味を考えてしまう人が多いけど、わたしは何も考えない。その本から得られる教訓、などどうでもよい。20代で村上春樹の作品を読み始めたとき、そうだった。みんないろいろいうけど、わたしはこの世界と空気が心地よいので読んでいる、それだけ。そもそもほかの小説はあまり読まないので比べようもない。次から次に読んでいるうちに、根底に流れる共通したなにかが、なんとなくわかってくるようになった。わかるようになったのは、わたしが歳をとったのが大きいと思っている。
そういえば7月に、村上さんの新作が出るらしいです。といってもすでに、この3年間くらいで、雑誌「新潮」に公開されたものを順番に読んできたので、わたしはすでにぜんぶ読んでいる。「夏帆」という主人公の話。それでも本の形でまたきっと読む。
話はもどって1日は、中止の連絡が入るや否や電車にのって帰った。といってもそこから1時間半。遠いよ。おなかがすいたので駅前の蕎麦屋に行ってみた。いつか行こうと思っていたところ。きのこおろしそばを食べた。テレビでは徹子の部屋がやっていて、山本リンダが出演していた。細くてシュッとした容姿だけど顔は不自然だった。ゆがんでないのにゆがんで見えた。有名人はいろいろあるよな。
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2日。これでもかというくらいいい天気。朝は1週間ぶりの合気道。気持ちがよかった。膝や肩に負担がくるのは、受け身の取り方がおかしいのだと思う。改善の余地あり。それにしても1週間あけると、ブランクがある感じになるなあ。週2は行きたいところ。
家の掃除と洗濯をした。昼に、知人に会うことになった。久しぶりに会う人たち。たくさん話して楽しかった。やっぱり顔を合わせて話すというのは大事なことだなと思った。昼の前とあとで、具体的に何かが変わったわけでもないけど、満ち足りた気持ちになった。人とのつながりってこういうことだろう。
午後、図書館にいって新聞と雑誌を読んだ。宇野昌磨がeスポーツチームに入ることになった、など。家でやれる筋トレの紹介、など。
夕飯はどうしようもなくて結局チャーハンを作ってあげた。「あげた」というのは、子のためで、自分が食べたいものではないから。わたしは豆腐が食べたい。というのも最近とてもおいしい豆腐に出会ったから。豆腐屋さんではなくスーパーのやつだけど、これなら毎日食べたいと思う。黒酢をかけて食べる。わたしは豆腐が食べたい。
そうか、5月なのか。いつのまにやってきたんだよおまえ。
Thursday, 30 April 2026
子の発熱
29日、祝日。なにもしない日とは言いながらも図書館へ行って雑誌と新聞を読む。返す本もあったし。天気はあまり良くない。今にも雨が降りそうだった。それでもテラスに出て読んだ。こどもが2人とその母親がいて、こどもがはしゃいだり走り回ると注意していた。そんなの気にしませんから、外なんだし、少しくらい走ってもいいですよ、と言いたかったけど声は出なかった。周りのことを常に気にしながら、ほとんど息を殺して過ごさなければいけない、いや、いけないというわけでもないけどそうなってしまう、あの時期を、わたしも知っているので、わたしは気にしませんよ。どうぞ走らせておいてください。言えばよかったかもしれない。もうあれから10年近くの月日が経とうとしている。
思い出してパスポート更新用の写真も撮った。まだ期限はあるけど1年切ったということはできるときに更新しておいたほうがいい。写真撮るなんてことは億劫に感じるのが当たり前なのでこういうのは勢いでやることリストから消してしまったほうがいい。とはいえ、1000円もかかった。どんどん値上がりしているんだな。無難な写真が撮れた。42歳の肖像。
家に帰ったらこどもがぐだぐだしながらレゴやっていて、まあ休みだからいいかと思っていたけど普段にましてぐだぐだしている。どこかに食べにでかけるのはやめにした。12時前。シャキッとしなさいよと言いながらも心配になった。熱を測らせてみると37.8℃。あちゃー。
前日夜に叱ったのはよくなかったかもしれない、と思うけど、それはそれで、因果関係はない。4月で、ちょっと寒くて、疲れている、それだけ。わたしも先週具合悪かったし、そういう人たちがたくさんいる今月。おお4月よ。
午後から家で過ごす。すこし仕事をした。『すぐ役にたつものはすぐに役に立たなくなる』という本を借りたけど、あまりおもしろくない。ピンとこない。子はソファでごろごろしている。3人も家にいると煮詰まる。仕方ないけど。翌日、つまり今朝の合気道はキャンセルだなと思った。こどもが発熱していて趣味に時間を割くのはさすがに罪悪感あり。
たいして運動をせずに1日を過ごし、とくにおなかもすかなかったけど、夕方、おふろに入ったあとでビールを買いにコンビニまで出かけた。滅多にないこと。それでもなんだかそういう気分だった。帰り道に飲みながら歩く。夜風が気持ちいい。子がもっと小さい時にも、「いろいろと」限界がきて家を飛び出てビールとかアイスクリームとか買いにいったなあ。そういうのはだいたい同じ時間帯で、夜風はやっぱり気持ちがよかった。まるで駆け込み寺のように、このコンビニにはお世話になっている。
夜は意外とすぐに寝られて、8時50分には電気を消した。そして今朝は家人の咳で5時前に目が覚めた。人が家のなかにいると音がするのでよく眠れないことが多い。「家族ってそういうものよね」といつだったか母が言ったのをよく覚えていて、こういうときは思い出して「まあ、そうか、仕方ない」と思う。家族ってそういうもの。
そんなわけで今朝は合気道に行かず、おとなしく家にいる。コーヒーを飲んで、本を読んだ。"A Manual for Cleaning Women"を読んでいる。掃除婦のための手引き。電子書籍ではずっと持っていたのに読み終わってはいなくて、紙で借りた。
Wednesday, 29 April 2026
水曜祝日と、京都の衝撃
水曜祝日は一番いい。月曜より金曜よりいい。毎週こうだったらいいのに。
きょうはとくに何もしないことに決めている。祝日ということは歯医者も病院もない。みんな休むための日。でも、ご近所さんが、朝から車でどこかに出かけようと準備していて、こういうときは少し「いいなあ」と思う。車はない。我が子が、小さいころからそうやって少し近くまで自然のあるところにでかけていろいろな体験をする、ということが、欠けていると思う。もう少しいろんなことをやってあげなければいけないんだろう。登山とか、釣りとか、川遊びとか。自分にその気力・余力がなくて、いろんな言い訳をしてこれだけの月日が経ってしまっていることを、こうやってご近所が出かける姿を見て、思う。自分の幼少期を振り返ってみて、どうだったかなあと考える。田舎ではわざわざ自然を求めて出かける必要はなかったが、ときどきお出かけはあったと思う。仕事の合間をぬって両親は連れて行ってくれたのだろう。ただ具体的にどこに何しにいったという記憶はそれほどない。とにかく妹といつも一緒にいて、縁側で祖父母とテレビを見ていたことが、時間としては長かったし、よく覚えている。たいていの時代劇は見ていたし、繰り返されるワイドショーのおなじ映像と、コマーシャル(たとえば花王の潜在とか)をよく見ていた。こどもが見ても得にはならないニュースもたくさんあっただろうに、それを隠すようなことはとくになかった。たぶん。
ニュースといえば最近ようやく京都の事件のショックから立ち直った。しばらくことばにならなくて、ここにも書けなかった。完全に立ち直っていないかもしれないけど、話題にはできるようになった。遺体が見つかった翌朝は、なにかこう、自分がからっぽになったような気がして、8時半に仕事をはじめたそのときに「あれ、わたしはここで何をしているんだろう」と思ってしまった。自分がなにものかわからなくなった。なんのためにここにいるのだろうと思った。記憶喪失というわけではないが、そういった不思議な感覚に陥った。以前にも家で、短時間だけ一度起きたのだが、これと似た感覚だった。だんだんと戻っていったが、たぶんそれくらいショックだったということだろう。動揺というものではなくて、がつんとやられてしまった、それくらい大きな衝撃だった。涙もでなくて、悲しいわけでもない。そんな感じ。ぽかんとしてなにも感じられない。このままでは精神不安定になると思ったので確かその日と翌日の朝はネットでニュースを見ないことにした。
我が子にはこのニュースをなんとしてでも知らせたくなかったが、当然ながら学校で友人から聞いて帰ってきた。わたしは知らない体で、「そうなんだ…。」と答えるしかなかった。「あなたはなにも心配しなくていいから」と添えておいた。子の「せっかく5年生までがんばったのにね」ということばが、いまだに心?頭?に響いている。毎日を懸命に生きているこの子にとっては、その日々がつみかさなって学年がすすむというのは大きなことで、5年生がおわって6年生になる、というのは、やっぱりおおきなことなのだ。「そうだねえ」と答えた。以降、この件については掘り起こさないようにした。久しぶりに、うちにテレビがなくてよかったと思った。
Tuesday, 28 April 2026
『マンションポエム 東京論』『おいしいものだけ、たべていこう』
自分にやさしくしてくれる人につめたくしない
土曜。やることはもろもろあるけど、出かけるべき用事などはこれといって何もない日。朝から合気道に行き、図書館に行って雑誌を読んで、昼は家族で蕎麦を食べに出かける。とても天気が良く、暑いくらい。今がギリギリの、一番気持ちいい時期だろう。午後から子の友達が遊びにきた。その間、サンダルづ...
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みてきました。雨だし、平日休みだし、いましかない!と思った。やっと行けた。子の友達がこのまえ見に行ってて、遊びにきたときに感想をどんどんしゃべろうとするので、それを聞くより先に見に行ったほうがいいなと思った。 正直なところ前作のほうが「すげー」だった。が、今回の目標は今までの話...
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きょうは代休。お昼を食べにでかけたら記録に値する興味深い出来事があった。赤ちゃん連れの多いオーガニックカフェ。昼はビュッフェ形式。私が案内されたのは一番奥の席。両隣にはすでに客がいて食事をしていた。二組とも、女の赤ちゃんを連れた母娘ペア。つまり、女3世代ということ。平日の客のな...
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肌の話の次は、海です。 月曜に行くはずが、前日の夜が遅かったせいで起きたのが遅く、では明日こそ、という話だったはずが、案の定この日(13日火曜)も男たちは10時ごろ起きてきた。(ちなみに私は毎日6時〜7時には起きています。)諦めそうになっていたので、遅くても行こうと私は言った。と...