Tuesday, 31 March 2015

ニューヨーク5日目: Village Vanguard

ほかのことすっ飛ばして今書くべきことが1つ。
ヴィレッジ・ヴァンガードに行って来た…!!

下北や渋谷にある雑貨屋さんではない。ジャズクラブだ。村上春樹が「好きな場所」としてこう書いている

僕はニューヨークの「ヴィレッジ・ヴァンガード」が好きな場所です。素晴らしいところですよ。是非一度行ってみてください。ものすごくいびつなかたちをした地下のジャズクラブなんですが、惚れ惚れするくらい音がいいんです。どの席で聴いても、しっかりジャズの音がしています。ほとんど奇跡的な空間です。あそこでジャズを聴くと、みしみしと身体に浸みます。

日本にいる間は、ニューヨークに行ってから予約のこととか考えようと思っていたのだがいざ着いてみると予約方法が分からない。オンラインでできると書いてあったけど、いったいどこにサイトが…と思ってだいぶ探したら簡単に見つかった。8時半の回は売り切れだったので電話してみた。

ちょうど月曜がビッグバンドの日だ。オーケストラ演奏が聴ける。ほかに予定も無い。遅いかなと思ったけど10:30からの回に予約をした。

話は変わるけどここではWhat's your last name?と聞かれることが多い。ファーストネームじゃなくて?と思うけど、いつも言いにくい方の名前を述べることになる。ヨーロッパだったらファーストネームのほうが多い。

きょうはすべてのエナジーをヴィレッジヴァンガードのために残しておいた。朝も博物館に行ったけどほどほどにして腰が痛くなる前に帰った。
いつも緑色⑥の路線を使う。ユニオン・スクエアあたりで降りると、そこからどんどん西側へ歩く。ウエスト・サイドは1ブロックあたりの距離が結構長い気がする。かなり歩いた。

ヴィレッジ・ヴァンガードはひょこっと現れた。赤いのが見えると心が「パアァ〜」(よくちびまるこちゃんに出てくる表現)と明るくなった。人の多い場所でもないし、小さいし、通り過ぎてしまいそうなくらいのさりげない存在感である。
予約している人の列とそうじゃない人の列がある。あまり列を作るところをNYCで見たことが無かったけど、ここはきちんとしているらしい。早過ぎるかもと思って出かけたのに途中で迷ったりしたので結局列の一番後ろになってしまった。チケットを印刷している人もいたけど、とにかく予約さえしていればこっちの列に並ぶことができる。ドアがすごく小さい。係の人が、1人か2人ずつ通す。決していっぺんには入れない。ちゃんとしている。このフェアネスがちょっと嬉しい。周りは音楽を愛する人たちばかりなのである。お互いにリスペクトがあるということだ。ジャズ・ファンにとって、これから始まる時間がどれだけ貴重なものかよく分かっている。
ろくな席がとれないのではと思ったけど、なんと一番前に1つだけ空いていた席に案内された。なんてラッキーなんだろう。ピアニストの真後ろである。手を伸ばせば届く。
それにしても小さい。しかしこの狭さが心地よい。最初の一曲が始まって、感極まって涙が出て来た。身体を突き抜けるようなこの感覚を本当にどう表現すれば良いのか分からない。まさに「感極まって」である。一見おじ(い)さんたちの集団なのだけど、これがもう、正真正銘のアーティストなのである。

ここでは飲み物しかサーブしない。音楽を聴くことに集中できるように、ということらしい。
演奏開始までのあいだにいくつか写真を撮った。
上の写真をよく見てほしい。ステージが狭すぎるので、コンテナをひっくり返してステージを延長させている。そこに楽譜を置いているのだ。たぶん2,3人だったらその必要は無いかもしれないが、ジャズ・オーケストラなので20人ちかい人間がこのステージに乗るため、場所が足りない。

トランペットなんて前の人間の頭にぶつかりそうになる。前のサックス奏者の人は避けながら演奏を聴いていた。

さらに、彼らの楽譜を見てほしい。写真が鮮明ではなくて申し訳ないが、辞書ぐらいの厚さである。そしてボロボロだ。

ちなみにカメラはズームせずにこのくらい近く撮れる。客も、演奏者もとにかく近い。不思議な一体感がある。

時間があっという間に過ぎてしまった。

隣に座っていた男の人が話しかけて来た。ニューヨークにしては珍しくフレンドリーだし英語がとても聞きやすい。色々話していたら、カナダ人だということが分かった。なるほど。そもそもネイティヴじゃない人の英語を聞こうとする姿勢がある。
サックスを演奏するらしくて、かなり詳しい。始まる前にいろいろ解説してもらった。

プロのサックスは、すごく古い。どうしてピカピカしてないのかと聞いたら「レアなんだよ。ニューヨークで新しいサックスを持ってたらちょっと恥ずかしいんだ。まだまだって感じがする。ボロボロのやつがかっこいい。新しいのなんて、僕もきみも、明日にだって買えるよね?だけどあれは使い込んでるのが分かるし、ああなるまでに何年もかかるわけだよ。」

ちょうど今アパートにあるカフェッティエラを思い出した。イタリア人の家には必ずある、コーヒーを湧かす機械。毎日火にかけているうちにボロボロになってくるのだが、年期の入ったカフェッティエラはもはやピカピカしていない。でも汚れているのとも違う。金属が、ちょうどいい貫禄を帯びた色になる。使い込んだカフェッティエラでつくるコーヒーこそが美味しいと言われる。今、アパートにあるやつは知人が両親からもらったものらしいので、たぶん20年以上は使い込んである。あのサックスと同じ色をしている。

誰が何と言おうとジャズは私の細胞にフィットする音楽だ。あらためてそう思った。興奮冷めないがそろそろ寝ることにしよう。はあ、幸せだった。

Monday, 30 March 2015

ニューヨーク4日目:Central Park, Guggenheim Museum

昨日会ったニューヨーカーが 
March comes in like a lion and goes out like a lamb.
という表現を使っていて、うーん、どこかで聞いた気がと思っていたらちょうどその朝に読んだ遠山顕のブログに書いてあったのでした。
もうすぐ4月だっていうのに寒いねという話の中で出て来た表現。「東海岸ではこう言うのよ」と言っていた。つまり3月の寒さはライオンのような厳しさがあるということだ。どのくらい寒いかって、いやもうほんとに寒い。
昨日は雪こそ降っていなかったものの、朝は顔が切れるような寒さだった。

朝起きると空が青かった。4日目にしてようやく、である。ついに散歩日和だと思って9時頃から外に出た。セントラルパークに向かって歩いてみることにした。途中でスターバックスがあったので、寒さに耐えられず、入った。カプチーノをもらう。分かってはいたが、日本のように「ショート」というサイズは存在しない。「トール」か「グランデ」である。スタバには日本ではほとんど行くことが無い。(年に2回ぐらい。)本場のアメリカではどんな感じかなと思ったけど日本と大きく変わることはない。

ただ、席ごとのスペースがより広々していて、より居心地が良い。そしてはやりのサクラなんとかペチーノ〜みたいなのも無い。(よく知らないで言ってるけど。)さらに日本みたいにスタバ自体を「おしゃれ」とみなす雰囲気はもちろん無いので、そもそも人でごった返したりしない。席を必死になって探す必要もない。

そこからセントラル・パークへ歩いた。なるほど日曜の朝だけあって、すごい数の人々が走っている。後から聞いたら「日曜に限らない」らしいけど。ベビーカーを押しながら走っている女性もいて、なんかもう、アメリカを見せつけられた感じで思わず嬉しくなってしまった。無敵なのだ、アメリカン・ウーマンは。こっそり写真を撮らせてもらったが訴えられないことを願う。

巨大な貯水池があって、そこの周りを走れるようになっている。少し丘を上がってその通路に出てみたら、なんとも美しいニューヨークの景色が広がっていた。本当はパノラマ撮影できれば良かったのだけど。

貯水池は凍っている。外周を歩くつもりが、この景色を目の前にしたら思わず走り出してしまった。子どものように。普段は「走るのは苦手」なんて言っているくせに、不思議なものである。

一周しようと思ったのだが途中で西側にだいぶ近づいたことに気付き、ついでにコロンビア・大学見学をしようと思った。歩いて地下鉄の駅まで行こうと思ったらこれが結構遠かった。
大学に着いて気づいた。そうだ、今日は日曜日だ。カナダでUBCに行った時も、そういえば日曜日だったことを思い出した。学生がいない日に行っても普段の様子は分からない。しかもBook Shopの開店まであと1時間はかかるということを知り、諦めて帰った。
そこからグッゲンハイム美術館に行きたかったのだが、西から東へ都合よく行ける手段が見当たらず困っていた。ちょうどそのとき目の前に現れたのはバス。今のところ一度もバスに乗ったことがない。行き先は分からなかったけど方向は間違っていないようだったので、そのバスに乗ることにした。

願ったとおりにセントラルパークの北側を周り、ミュージアム・マイルに入って走り始めた。適当に86stあたりで降りて歩くとグッゲンハイムが姿を現した。特徴のある建物なのですぐ分かる。カタツムリのように螺旋状の建築。

思ったほど大きくない美術館だが、とてもセンスが良い。

On Kawaraの特別展を見ていたら、既視感に襲われる。なんだ、これは?どこかで見た気がする…。いつなのか覚えていないが、東京で、確実にこの展示を見た。再会である。しかも前回より規模が大きく、解説も詳しいのでより分かった。恵比寿の写真美術館だったのかな?どうしても思い出せないが、この何十年にも渡る絵はがきを始めとした彼の作品(というか記録)を見た。日本人アーティストだ。最近亡くなったらしい。ニューヨークでも話題のようで、知人に聞いてみたら"I know!"と言っていた。拠点は日本ではなかったようだが、日本人としては嬉しい。

その後アパートに帰った。昼はここで食べる。私は予定を詰め込むのが好きでない。夕方にも用があるので午後はゆっくりしたい。パスタをゆでて、トマトを切って、モッツァレラとオリーブオイルを入れて食べた。どこへ行ってもこれが一番美味しい。
自由の女神も見てないし、ロックフェラーにもエンパイア・ステート・ビルにも上っていない。そもそも起きた後でその日の予定を決めている。いわゆる、一般の日本人観光客からするとありえないのんびり具合だと思う。

それでも、ゆっくりする時間が必要だし、せっかく休暇で来ているのだから疲れたくなんて無い。ぼちぼち、できることをする程度で良いし、これで後悔はしない。

6時からSOHOにイタリア映画を見に行き、そのままイタリア料理を食べに行って、11時頃帰った。ここに来てからイタリア語しか話していない。

ニューヨーク3日目: Metropolitan Museum of Art

とにかく寒い。
昨日の午前中は、雪を眺めながらアパートで過ごした。こんなに寒いなら、METに行こうと思った。後にとっておきたい気もしたが、天気が悪いのだから外に出る必要の無いことをやったほうが良い。そしてこれまでの経験から言うと、美術館は腹ごしらえをしてからのほうが良い。ルーヴルも、オルセーも食べるのが後回しになってしまった記憶がある。

で、昼過ぎから86丁目へ。Upper East Sideというのは高級住宅地で、確かに通りの雰囲気が全然違う。東京でもたまに見かけるDEAN & DELUCAを見つけた。本物はこんな感じなのね。店も東京の10倍ぐらい広い。

たったの2話しか見たことが無いが、ゴシップ・ガールのロケ地はこのあたりらしい。そしてこれがメトロポリタン美術館。
確かに主人公たちがこの階段に座ってランチを食べていた。メトロポリタン美術館は、大きいとは思っていたけど想像以上だった。とてもじゃないけど全然見切れない。美術に特に興味が無ければ、本当に見所だけをチェックしていけば良いので2時間ぐらいで終わるかもしれないが、私のようにそもそも美術に興味がある者は、そんなにさーっと素通りはできない。

1階のエジプト→中世と見た時点で既にすごい時間が経過していることに気付き、これは目当てのものにたどり着くまでに日付が変わってしまうぞ、と思って2階に上がった。

フェルメールの部屋に入った時はやっぱり鳥肌が立った。この「信仰の寓意」は、確か10年ぐらい前に「絵画芸術」とともに東京に来ていたはず。なのでお目にかかるのはこれで2回目だ。頭を下げたくなる。
東京でフェルメールを見るとなると、押し合いへし合いで鑑賞どころではない。これだけ落ち着いて見れるのはありがたいなあと思った。しかもこんなにいっぺんにたくさん。

それからクリムト。こんな作品があるとは知らなかった。
極めつけにゴッホ。前日はMoMAで「星月夜」を見て、今日は自画像と、糸杉である。贅沢過ぎる。

小学校から本でしか見たことの無かった作品を目の前にしているわけで、それはものすごく興奮するし感動する。だけどその感動の度合いはおそらく、外国に行きたくても行けなかったころと比べるとそれほどではない。こうやって自分でお金を稼いで、脚を伸ばせば実現が可能なのだということがだんだん分かってくる。手の届かないものではない。

この時点で疲れきっていて、腰が痛かったのだが、休みながら最後の目的地を目指した。それは、アジア美術のセクション。きっと、日本では見られない浮世絵があるんじゃないかと思ったからだ。

で、行ってみてたまげた。
なんと写楽の、あの大首絵「三代目大谷鬼次」と「市川蝦蔵」がこんなところに並んでいる…。なんでこんなところに!?
 さらにたまげたのは北斎の「神奈川沖浪裏」がある…!
日本でいくら待っても国立博物館は公開してくれないというのに。
しまいには尾形光琳の八橋図まで。
一時的なのだろうか、それとも常設なのだろうか。少し調べてみたら、尾形光琳の八橋図は常にここにあるらしい。たぶん浮世絵はいつも明るいところに置いておくと傷むので、一時的なのだろう。そして所蔵は東京国立博物館であるはずだ。

これら国宝級の作品がニューヨークにあることを日本人は知っているのだろうか。たぶんほとんど知らないと思う。数年に1回、東京の美術館や博物館で公開されるときに人が押し寄せるわけだが、その期間以外は通常どこにあるのか、と考えてみると実は日本国内に無かったりするわけだ。政府があげたのか?それとも誰かが買い取ってコレクションにしたのか?

いずれにせよ、より世界中の人の目に触れるのはニューヨークのほうだろうから、注目を浴びるという意味では八橋図がここに立っているのはより良いのかもしれない。

いつの間にか時間が過ぎて7時になっていた。見ることのできなかったセクションを見にまた戻ってきたいなあと思った。

Sunday, 29 March 2015

ニューヨーク2日目: MoMA

朝はだいぶ早くに目が覚め、その後からちっとも眠れなかった。時差ぼけ。到着した昨日は、午前中に着いたにも関わらず何もしなかったわけで、すぐにでも出かけたい欲があった。それで、着替えて、外に出たらすごく寒かった。息が白い。手がかじかむ。スカーフ無しで一日過ごせそうにないなと思ったのですぐにスカーフを取りに戻った。ニューヨークは寒い。

MoMAに行こうと思ってガイドブックを開いたら、金曜の4〜8時は無料だという。だったら午後から行ったほうがいい。午前中は何か別のことをしよう。

行き先を決めずにとりあえず地下鉄に乗った。地図を見ながら、とにかくダウンタウンの方に南下して行くことにした。ウォールストリートあたりで降りれば、ワールド・トレード・センター跡も見ることができる。しかし乗った地下鉄はそこまで行かなかった。あと2つなのに。あとから聞いて知ったのだが、特急と各停があるらしい。仕方なく市庁舎前で降りてうろうろしてみることにした。

歩き回るにはかなり冷えている。地図を見ながらでないとうまく歩けないのだが、手をポケットから出すのが憚られる。もうすぐ4月だというのに。

そのうちウォールストリートに着いた。確かにあの特徴のある形の高層ビルがそびえ立っている。証券取引所がすごい迫力。特にビジネスマンらしき人たちは見なかった。働いている最中だから外には出ないのだろう。いたるところに見られる星条旗が、嫌でもアメリカを感じさせる。彼らの歩んで来た200年くらいの歴史を見せつけられる。

そこからワールド・トレード・センター跡へ。今はプールになっている。プールと言っても泳げるわけではない。だけどそれ以外の言い方は知らない。

犠牲者の名前が刻んである。やっぱり生々しい。ちょうどここに飛行機が突っ込んで来たのかと想像してみたら、9月11日の惨状がよりリアルに迫って来た。この場に、人が落ちて来たりしたんだなあと。当時私は高校生でもちろんテレビでしかその様子を見なかったのだが、ここまで来てようやく人ごとじゃない感じがしたし、本当に地球を揺るがす大きな事件が起きたのだということを実感した。

そこから、チャイナタウンまでてくてく歩くことにした。映画で見たそのままの景色が広がっている。やはりアジア人だからだろうか、チャイナタウンに入ると落ち着く。欧米には、荘厳できれいな建物がいっぱいあって、それも素敵なんだけど、やっぱりこのごちゃごちゃした感じに街としての活気を感じる。看板や売っているものが、やっぱり欧米には無いこまかさ。

それにしてもチャイナタウンは結構大きくて、アメリカにいるという事実をほぼ忘れてしまいそうになる。聞こえてくる言語も、目に映るものも、完全に中国の街角だ。ここまで完璧にコミュニティを作り上げるとは。うーん、やっぱり中国人だ。敵わん。

小籠包とか、炒飯とか、中華が食べたくなった。Joe's Shanghaiという店を地球の歩き方で見つけたのでそこに行くことにした。東京のミッドタウンにも店があるらしい。一番おすすめの小籠包にした。寒かったので豆腐と野菜が入ったスープも頼んだ。全部で15ドルくらい。満足。ごはんらしいごはんを食べて落ち着いた。

リトル・イタリーを突っ切り、Spring St.から地下鉄に乗った。グランド・セントラル駅に行ってみた。なるほどこれがあの有名なコンコースか。とてもきれいな駅である。日本で言うと、どこの駅にあたるんだろう。同じようなのはたぶん無い。

それから知人に会った。38st. 5ave.で待ち合わせる。オフィスにおじゃますることができた。色々な国籍の人たちがいる。ニューヨークで働くってどんな感じだろう。同じ会社勤めでも東京よりマシなんじゃないかと、漠然と思う。同じアパートにいるイタリア人曰く「上司にもyouって言うのよここの人たち」。たしかに。

それから少し歩いてMoMAに行った。この辺で、歩き疲れてくる。MoMAに入ろうとする人たちの行列がすごい。一体どこにMoMA本体があるのか分からないまま、とりあえず列に並ぶ。人が多いだろうとは思っていたけど、確かに、館内もごった返していた。ピカソ、ゴッホ、セザンヌ、ゴーギャン、ルソー、マグリット、ダリ…これだけの有名作品をこれだけ多くの人に一気に見せるというのはかなりの大判振る舞いだ。作品を傷めるかもしれないなどの危険性については特に考えないのだろうか。

椅子に座ったあたりで、猛烈な眠気に襲われる。これはやばい。身体が本気で睡眠を欲しがっている。こんなにうとうとすることは普段の生活ではまず無い。

持ち歩いていた一眼レフカメラの調子がおかしくなった。そろそろ買い替え時なのだろうか。いずれにせよ使い方が荒いせいだと思う。

本当に疲れたので、もうここからは大人しく帰ることにした。帰るとイタリア人が、ラビオリをいっしょに食べないかと勧めてくる。有り難い。働いている店で、残りをもらったらしい。とても美味しかった。デザートを買いにわざわざ出かけて行った。こういうの、マナーだと思っているんだろうなあ。限られた時間だけどきちんと顔を合わせてお話をするあたり、イタリア人らしいなあと思った。キャロット・ケーキと、チーズケーキを買って来てくれた。強烈に甘い。2人で色々話した。死刑制度とか、馬鹿な男について。

どうしたわけかお湯が出なかったのでシャワーは我慢してそのまま寝た。横になったらすぐ眠りに落ちた。

で、今朝は9時半ぐらいに起きて、外を見るとなんと雪である。出かける気がしない。もうすぐ4月だというのに。

Friday, 27 March 2015

ニューヨーク初日

昨日からニューヨークに来ている。こまめに雑感を記しておこうと思う。
11時に成田を発ち、10時半にJFKに着いた。
機内で見た映画:Theory of Everything, Imitation Game, Birdman。どれもすごくよかった。

タクシーを使ったほうがいいと言われていたが、Super Shuttleという乗り合いバスを使うことにした。これが、だいぶ待たされることになる。予約していようがしていまいが、である。最初は時間がかかってもいいと思っていたのだが、長時間のフライトで疲れている身体にはきついものがある。飛行機を出たのが10時半なのに、結局目的地に到着したのが3時。これはひどい。次回からはやめておこうと思った。

当たり前だけど、アメリカ英語である。とにかくすべてが、滑り出すようにつながって聞こえる。カナダとも全然違う。滑舌のいい人はいいんだけど、そうじゃない人のモゴモゴした感じはもう、耳に絡まるというか、もっとしゃきっとしてよ、と言いたくなる。

マンハッタンにある知人宅に泊めてもらう。とても小さいアパートを2人でシェアしている。家賃を尋ねると、これでそんなに払うの!?と驚かざるを得ない。東京の自宅のちょうど2倍である。そしてだいぶ狭い。ただし、話をするうちに分かったが、稼ぎも2倍で、消費も2倍だ。感覚が狂いそうになる。

カナダに行ったときも高いと思ったけど、明らかにそれ以上に物価が高い。東京は高いって世の中では言われるけど、全然大したこと無い。東京のように500円でいいランチにありつけるなんてここでは考えられない。ランチで20ドルはかかる。

イタリア料理店に行ってみた。仕事帰りのニューヨーカーでごった返している。都会ではいつもそうかもしれないけど、家庭を持って落ち着きたいという人は皆無に見える。きれいな人、声をかけたいと思った人にはすぐに声をかけてくる。出会いの場にはまったく不自由しないし、積極的になれる雰囲気がある。男女の出会いの場が無いと言って嘆く東京とはまったく異なる。ヨーロッパとはまた違って、より積極的な感じがする。一見、ビジネスのやりとりに見えるくらいはっきりと声をかける。

地下鉄は汚い。友人は、席が汚そうだから決して座らないと言っていた。路線図は東京よりだいぶ分かりやすい。ストリートごとに番号が振ってあって、駅の名前も番号なのだが、少し寂しく感じる。分かりやすいんだけど。「桜田門」とか「赤坂見附」とか、東京の駅名は素敵だなあ。

今日は1日じゅう雨らしい。それでもちょっと外を歩いてみようと思う。

Wednesday, 25 March 2015

荷造り中

平成26年度の仕事を終えた。充実した1年だった。とりあえず一息つくことができる。2時頃には職場を出て、今日はもう家にいる。明日から旅行に行くのでその準備をしている。本当に「つかの間」ではあるが日本を離れる。物理的にいろんなことから距離を置くのはとても大切だ。ぼうっとしている間に時間は過ぎて行く。行動を起こすかどうかは自分次第なのである。

どうしてもこの荷造りというのは苦手である。色々考えたくないし、準備をしたつもりでも何か欠けている気がする。そわそわする。それも楽しみの1つなのかもしれないが、好きにはなれない。そして「もっと減らせる気がする」と思うもんだから、いっこうに終わらない。やらないわけには行かないので仕方ないんだけど。

どうも気が向かないのでこれからお風呂にでも入ることにしよう。

Tuesday, 24 March 2015

それでも時間がほしい

備忘録として。

先週は楽な一週間で、水、木と休んで金曜に働き、土、日と休んだ。
それで昨日が月曜だったのだが、覚悟はしていたけどやっぱり帰りが遅くなった。
9時すぎに仕事が終わった。
10時前ぐらいに家についた。
この時間だとスーパーに行ってもろくなものが残っていない。
だから、遅くはあったけどモッツァレラを買って、家に帰ってパスタを茹でた。
シャワーをあびて、10時半にパスタ。
食べてからすぐ寝たかったけど、それは良くないと分っていたので、12時前に寝た。

で、今日は8時半から会議なのでそろそろ家を出ねば。
つらいなー。
ゆっくりするクセがついて、それが身体と心にいい影響を及ぼすことが分ると余計にこういう立て込んだスケジュールはつらい。DVDも見れないし、料理もできない。

しかしこの職場を選んだのは自分であり、職場が自分を選んだわけではない。
変えるなら自分。変えるのは自分。
これに関しては、本当に自分次第だと思う。

さて、準備するかー。

Monday, 23 March 2015

自分が何であったか

ここ2ヶ月ぐらいでようやく自分が何であったかを思い出してきた。突然何の話だ、と思われるだろうけど、もう少し詳しく言うと、自分が何で、何によってできているか、を取り戻しつつある。

好きな音楽と映画と本からここ数年遠ざかっていた。昨日、ひさしぶりにスカパラを聴いてたら、心から落ち着くというか満たされた気がした。ピンと来るもの、つまり自分のテイストがあったのだ、そういえば。不思議と自分の軸ができてくるし、自信のようなものが形成されていく。

自分が何であったか。

大げさな響きだが、重要なことだ。

Friday, 20 March 2015

ズッキーニと桜海老のタリアテッレ

パスタの話。ここでも何度も書いたと思うけど、私の場合、パスタは夜遅く食べても太らない。そしてあまり飽きないのでここ数年はほぼ主食となっている。
たいてい、短時間でしかも美味しくできるのが、トマトとモッツァレラを切ってオリーブオイルと塩であえただけのパスタ。ボウルと、鍋だけでできる。フライパンはいらない。頻度としてはこのパスタの登場回数が一番多い。誰にでもできる。が、大事なのは、トマトである。熟れていないトマトだと残念な仕上がりとなってしまう。

パスタの鍋と、さらにフライパンを使ってパスタを作るとなると、少し手間だ。
ツナのトマトソースが一番簡単なのだが、たまには違うものを作ってみる。
開拓だ。

で、今日作ったのがこれ↓
名づけて:
「ズッキーニと桜海老のタリアテッレ 柚子胡椒風味」
あまりに美味しかったのでこれは写真も撮ってメモをしておくべき、と思ったのでブログに記す。

1.ドライトマト3つ分を熱湯でもどす。もどしたらみじん切りにする。
2.ズッキーニを薄く切る。
3.フライパンにオリーブオイルをしいて、にんにく、ズッキーニを炒める。
4.桜海老とドライトマトを入れる。ドライトマトをもどしたときのお湯も一緒に入れる。
5.少し柚子胡椒を入れる。
6.茹で上がったタリアテッレをまぜて、できあがり。

たぶんイタリア人に言わせると、「いろいろ材料入れすぎ」に違いない。
彼らの作るパスタはもっともっとシンプルだ。

確かに、何か減らせる気がする。
どこかで味がケンカしている。
でもなんだろう?
ちなみにズッキーニと桜海老が良く合うというのは、だいぶ前に発見済みである。

あと、タリアテッレじゃなくても良かったのかもしれないけど、これは合っていたと思う。

うーん、なんだか春って感じがしますね!
でもどの辺がどう春なのだろう?

話は変わるけどブレイキング・バッド面白いなあ。どの辺がどう面白いのかはまた別の回に。

Thursday, 19 March 2015

ファッション・ピーポーの夜

昨夜はまったく新しい体験をした。ファッション・ショーを見に行った。誰でも見られるショーではなくて、招待状が必要である。デザイナーはヨシオ・クボという人で、まあ有名らしい。私はよく知らないのだが。

会場に着くと、いわゆる「ファッション・ピーポー」が集っていた。エスカレーターを上がるあたりから、その雰囲気は漂っていた。招待状を持っているわけだから、その業界の人々というわけである。階段で見た男の人はスーツを着ていて髪の毛がおかっぱだった。自分は普通の(普通って何だろう?)格好をして行ったので、始めは少し怖気づいてしまった。小学校6年生のなかに小学校3年生が入って行くような感じ。

列に並んでいる間にしばらく男女ともに人間観察をしてみた。どこが「おしゃれ」と感じさせているのか。まず、バッグがいい。最低5万はしそうだ。いや、10万か?そして服もかっこいいんだけど何よりもみんな、髪がきれいである。男女ともに。きちんと、すみずみまで手入れしている。原宿なんかでよく見る「勘違いおしゃれ」とは違う。

この間、頭の中で野宮真貴の「ファッション・ピーポー・アー・ビューティフル・ピーポー♪」という一節が繰返されている。なんていう歌だったっけ?「さ・え・ら・ジャポン」のなかに入っていたような気がするけど。

いい服と靴を身に着けて髪を切りそろえれば誰だっておしゃれになれるのか?たとえば電車の中で向かい側に座ったさえないお兄ちゃんもこんなになれるのか?

たぶん、なれる。ただ、最後にもうひとつ必要なのが、自信だと思う。この、ファッション業界の人々はまず目が肥えていて、知識も豊富なはずだ。自分が選ぶものに自信があるに違いない。

 フロント・ロウどころか、一番後ろの席にしか入れなかった。正面にいる人たちはプロのカメラマンだと思う。一体どれくらい続くのかなと思ったらものの15分ぐらいで終わった。なんだ、ファッションショーてこんな感じなのか。
確かに、考えてみれば、ただ歩いて、立ち止まって、元に戻る、の繰返しである。パリとかNYで行われるファッション・ウィークというものは、雑誌やメディアを通して見るとたいそう豪華で一大イベントなのだが、たぶん想像しているよりあっさり始まってあっけなく終わるのかもしれないなと思った。

ショーが終わり会場の外に出ると業界の人々がシャンパン・グラスを片手に挨拶をしている。車とかお酒とかスポンサーの宣伝、広告がいろんなところにちりばめられている。大きなお金がここで動いているのが体感できる。「ファッション・ジャーナリスト」と名乗る人と知り合った。この後、アフター・パーティーがあるらしい。コネクション作りはこの世に生きていく上で最重要課題だと思う。私のような仕事をしているとそういうことにあまり気づかないが、ファッション・ピーポーにとってはこういう場が大きなチャンスなんだと思う。やっぱり自分の職種以外の人と知り合うのは面白い。

私に合うのは、早寝早起きの規則正しい生活なんだけどね。

Sunday, 15 March 2015

土曜午後、公園にて

昨日ちょっと嬉しいことがあったので書いておく。

午後、あまり寒くなかったので公園に行った。テーブルクロスぐらいの大きさの布をいつも公園には持っていく。それを敷いて、村上春樹の『東京奇譚集』を読む。何度か読んだはずだが、久しぶりにまた読みたくなった。もう内容は忘れていたらしい。「ハナレイ・ベイ」と「日々移動する腎臓のかたちをした石」を読んだ。後者に魅了されてしまった。こんなに素敵な話だったとは。最近「村上さんのところ」を毎日読んでいて、村上春樹がどういった考え方をしていて、どういったスタンスで小説を書いているかというのがよりよく分っているせいかもしれない。より面白く読めた。素敵すぎて、完全に魅了されてしまった。しかも、気づいていなかったけど「蜂蜜パイ」とどうやら連続した話であるらしい。

少し寒くなってきたので帰ろうかなどうしようかなと思いながら立ち上がった。歩いているうちに、サックスの練習ができそうな場所を見つけた。あまり人に迷惑にならずに済みそうだ。ほんとうに人に聞かせても大丈夫なくらいに上手だったなら、と思った。どこで吹いてもみんなが寄ってくる―投げ銭がある―ぐらいに上手だったら良いだろうになと思った。

音を出すだけでも練習になる。時間が空いてしまうと口のまわりの筋肉が弛むので、すぐに痛くなってしまうのだ。

それで、アメイジング・グレースを練習していたときに、人が近づいてくるのがわかった。外国人の観光客だった。スマホを向けられたのでピースサインしてみたら、「録音してもいいか」と訊かれた。フェイスブックとかSNSにはあげたりしないから、と。まだぜんぜん上手じゃないですよ、と言ったものの、少しだけ吹いてみた。コロラド州デンバーから来たという男性だった。仲間と歩いていたら、この曲が聞こえてきたので嬉しくなって、音の出ている方向へ来たら私がいたらしい。「母がこの曲をとても好きなので、動画を送ってあげようと思うんだけど、いいかな?」と言われたのでオフ・コースと答えた。握手をして、エンジョイ・ユア・ステイ、と言って分かれた。

下手だと自分で思っていたり、周りにどう思われているんだろうと気にしていたりすると控えめな演奏しかできない。だけど、下手でもなんでも、このアメリカ人には関係無かったし、アメイジング・グレースはアメイジング・グレースだった。下手だから、と自分ひとりで思っていたに過ぎなかったわけだ。そして私の音が、少しでも他人を幸せにした。それが単純に嬉しかった。もっと上手になりたいなと思った。スタジオをレンタルして練習するのもいいけど、あえて人が聞いていそうなところで練習するのはより効果が大きいのではないかと思った。語学でも同じだけど、やっぱり自信を持つってほんとうに大事なのだ。

Saturday, 14 March 2015

essieいいね

良い天気だ。6時ちょうどに1度起きたがまた寝て、8時前に起きた。花粉が飛んでいるんだろうけどなんとなく今日は大丈夫そうな感じがある。そういえばこの春(冬?)はまったくマスクを使っていないのだが、結構平気でいる。公園に行こうかななんて考えている。そのためには午前中に少し仕事をせねば。あと少しだけ残しているから。

ネイルの話。私はいわゆる「ネイルアート」というものにまったく魅力を感じない。いや、もう、ほんとに「まったく」。なんであんなにデコデコしたがるのだろう、と思う。目線が男性に近いのかもしれないと思う。デコレーションされた爪に男性は魅力を感じていない場合がほとんどである。女性があんなにお金をかけてネイルアートを施すのは、もはや自己満足の領域を出ないと思っている。別にそれで良いんだけど。

それで私は爪をいじらないかというと、そうではない。いじるというか、きちんと磨いたり切りそろえておくのはマナーの一つだと思っている。そして色を塗るが、単色で塗る。短い爪が単色で塗られているのは綺麗だと思うから。

マニキュアを山のように所持する女が世の中には存在する。気持ちは分る。値段も手ごろで、あのころんとしたボトルを手にしたときの高揚感と満足度は何とも言えない。簡単に手に入ってしまう。だからこそ、ひとつの箱に入る分以上は買わないようにしている。箱と言うのは、5年ぐらい前にもらったムーミンのマグカップが入っていた箱。立方体の箱。たぶん10本ぐらいは入る。

これまでADDICTIONが一番いいと思っていたのだが、ふとessieを買ってみることにした。真っ赤なマニキュアが一番好きなのだが、赤系の色にたくさんバリエーションを持っているようだったから。あと、アディクションより、ほんの少し安いので手が出しやすい。
そしたらこれ、アディクションより長持ちする気がする。たいてい1日経つとボロボロになって困っていたのだが、これは2日以上もつ。発色も良い。まあ、食器を洗ったり掃除したりするとはがれる可能性はあるけど。

週末はこれで行こう。

Thursday, 12 March 2015

花粉、眠い

きょうは在宅ワークの日である。働かなければいけないわけではないが、やるべきことを今日やらないと、仕事がだんだんとずれ込んできて、明日以降休むことができなくなるので今日は1日我慢することにする。仕方ない。

全然嬉しくは無いけど、出かけるのを留まらせる理由として、花粉が飛んでいる。今がピークらしいが、それほど辛くは無い。目はかゆいけど、鼻づまりがひどくて苦しむことは今のところ無い。1月に薬をもらっておいたのだが、症状の無いうちから飲むのを何回も忘れていたのであまり効いていないのではないかと思っていた。今の症状が、薬が効いているからなのかどうかは分らないが、効いているのだと信じている。

最近ちょっと食べすぎな気がする。緊張感があまり無いのだと思う。昨日なんて、夕方、帰り道にから揚げを食べて、そのあと寿司を食べて、それからしばらくしてスパゲティをゆでた。こんなにたくさんよく食べられるなあと思うけど、おなかがすくのだから仕方ない。

それと、最近ねむい。夜、9~10時ごろになると、うとうとしてくる。眠くなって寝るのが理想だから、これで良いと思っている。春だからかなあと思ったけど、たぶん、単純に、緊張が解けた状態なのだろうと思っている。

Monday, 9 March 2015

鮭、ノラ・ジョーンズ

んー、最近は本当によく雨が降るなあ。嫌になってしまう。せっかく春が近づいているというのに。それほど寒くないからまだ良いものの。昨日は小雨だったけど、朝から出かけた。新宿から表参道まで移動するのにはどの手段が良いのだろう、と、早さと値段で考えた結果、赤坂見附で乗り換えという方法にたどり着いた。JRで原宿から歩くのがいつものやり方だったのだが、雨のなか歩きたくは無い。かといって明治神宮駅から表参道までのたった一駅電車で行くかと言うとそれも無駄な気がする。だから赤坂見附。乗っている時間は長いものの、歩く時間はとにかく少ない。雨の日はこのルートが良さそうだ。これから使おう。

それから恵比寿でやっている映像祭に行った。第2回から行き始めて、今年で7回目である。今年は写真美術館が閉まっているため別の会場を借りて行われていた。んー、去年のほうが面白かったなあ。とか良いながらも昨日みた映像はしばらくするとまた脳内によみがえるのだろう。毎年必ず行くイベントなのだが、無料というところが良い。しかも上野みたいに人が多くない。さすが恵比寿。いろいろ分っている。私がいつもウロウロするところは渋谷新宿原宿あたりが多いのだが、たぶん年齢的には恵比寿あたりが合っているのだろうと思う。

今日は早く帰った。少しだけ雨の降るなか、自転車をこいだ。これくらいだったら危なくも無いしそれほど濡れない。また、魚屋さんに鮭を買いに行った。一切れ215円。魚屋なのに消費税をつけるのは珍しいなと思う。「ブレイキング・バッド」の続きを見て、今は久しぶりにノラ・ジョーンズを聞いている。雨だからかなあ、こういう曲が聞きたくなるのは。でも、この曲(特にsunrize)を聴いて思い出すのは雨の日ではなくて、2005年の5月とか6月とか。そのころよく聞いていたから。西日のあたる部屋を。ついでにその頃言ったバルセロナも思い出す。別にバルセロナで聴いていたわけでもないのに。サンライズが脳内で流れると、ひとつのイメージができあがる。これたぶん一生こんな感じなんだろうな。

眠くなってきた。昨日もたくさん寝たはずなんだけど。

Friday, 6 March 2015

最近の食事について

ようやく自分で料理をする時間がとれるようになった。最近よく作る、というか焼くのが鮭だ。塩を振っていない生の鮭を一切れ、近くの魚屋さんに買いに行く。たいてい200円で買える。フライパンで焼く。ホイル焼きではなくて、そのままフライパンにのせて塩と黒こしょうを振る。そのあいだにざくざくと玉ねぎとかにんじんとか冷蔵庫に入っている野菜を細く切ってこれまた一緒にフライパンに入れる。鮭の脂と野菜の水分で、お互いにちょうどいいぐらいの熱が通り、だいたいすべてが同じ時間に出来上がる。そのまま、がーっと皿に移すとこれが結構豪華に見える。まったく気を使うことのない、簡単な一皿。

野菜は意識して摂取しようとするのだが、たんぱく質となると、たいてい肉に偏りがちである。から揚げやハンバーグはスーパーで簡単に手に入るし、肉は買ったとしても調理しやすい。時間のあるときは極力、魚を摂取するように心がけている。

…と言いながら実は、昨夜はから揚げを食べたんですが。まあ、ルールは無いので、ストレスをためずに、身体だけでなく心にも良い食事をしようと思う。いずれにせよ、鮭の脂は脳にも良いとカナダて聞いた。あとは、ベリー類と、スイカ。

You are what you eat.

Thursday, 5 March 2015

最近見た映画


最近見た映画。『赤ちゃん泥棒』『タクシードライバー』『ジュノ』。
原題が『Raising Arizona』で邦題が『赤ちゃん泥棒』である。やっぱり昔の人のほうがセンスが良い。ニコラス・ケイジの若い頃。
タクシードライバーは食わず嫌いならぬ見ず嫌いで、なんとなく避けていたんだけど見てみたらやっぱりよかった。サックス中心の音楽が物哀しい雰囲気をよく出していた。
食わず嫌いはやっぱり良くないなと分ったのは「ゴッドファーザー」を見たことがきっかけだ。
やっぱり、名作は名作だ!と思った。
さらに、古い映画のほうが「見てよかった」と思うことが多い。
評価されたものだけ、本当にいいものだけが残って行くのだから、当然と言えば当然である。きょうは何を見ようかなあ。

Monday, 2 March 2015

雨のなか『シェルブールの雨傘』

3月になった。昨日、1日日曜はしっかり雨が降った。一日中。久しぶりにバーガーキングでアボカドワッパーを買った。持ち帰って家で食べることにした。こんなに雨が降っていることだし、『シェルブールの雨傘』を見ることにした。見たことあったような気もしていたが、気のせいだった。

冗談じゃなく、全部歌で構成されている。すべてのセリフが歌。
ストーリーはとてもシンプルで、2年間兵役に出た男を女は待つのだがその間に女は別の男と結婚してしまう、という残念な話。号泣モノとか聞いたけど、まあ、まったく泣くことはなかった。
最近『終電車』『昼顔』と、カトリーヌ・ドヌーヴを続けて見ている。頭の形から、下まつげの角度、ふくらはぎの細さまでもうこの人はとにかく完璧である。こんなにきれいな人間がかつていただろうか、とさえ思ってしまう。よく言う「フランス人形」のイメージはちょうど彼女のような感じだったのだろうと思う。

で、中でもシェルブールの雨傘は「かわいい」を詰め込みまくった映画である。壁紙の色、ブロンドの巻き毛、ワンピースの形、もうすべてが、女の子が物心ついたときから夢見る「かわいい」。

『ロシュフォールの恋人たち』もこれと似たようなかわいさがあるんだけど、そもそもストーリーが全然違う。したがって、音楽も全然違う。私はロシュフォール…のほうが好きだと思った。

ただ、激しく降る雨の音を聞きながらこれを見たのはまあ正解だったかなと思う。

夜は友達の誕生日パーティに行った。知り合って10年以上になる。去年のパーティも確か雨が降っていたなあ。

お父さんの回復、12月の疲れ

父が入院している。経過は良いようで、退院が見えてきたらしい。よかった。毎日のようにテレビ電話で様子をきいているが、話す様子が1日、1日と元気になっていくのがわかる。人間の身体はすごいなあ。 話を聞くたびに、普段の姿勢とか、動き方とか、注意しなければと思う。身体に負担をかける動きを...