数学の試験を受ける夢を見ました。
隣の家の人とかいろんな人が受験をしていてみんな時間内に解き終わって提出していく中で例によって私だけ残っていて、最後まで空欄だらけの状態だった。試験監督のお姉さん(どこかで見たことある人だった)が甘くて、よけいに時間をくれた。そのとき答案用紙(かマーク用紙か忘れたけど)を裏返したらそれが調理された白身魚で、手には箸を持っていた。何だったんだろう。
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私はこどものまえで自分のことを「おかあさん」とか「ママ」とか呼ばない。
こどもが産まれたら「お母さんはね」とか言うようになるんだろうか、と思っていたけど、ならなかったし、たぶんこれからもそう呼ぶことはない。たぶん。
意識してそうしないようにしているのか、というと、そういうわけではない。
自然と「おかあさんはね」というようなフレーズが口から出てこない、ただそれだけのことだ。
(そもそも、誰が呼ぼうとも日本語話者が「ママ」と呼ぶのにはとてつもない抵抗があるのだがそれはまた別の話。)
どうやって人は、自分のことを「おかあさん」と呼ぶようになるんだろう、と時々考える。
それまで「おかあさん」ではなかった人たちが、母になったら、自覚が芽生えて自分のことを「おかあさん」と呼ぶようになるのだろうか?
とすると、私に自覚がないのだろうか?
そういうわけではない。と、少なくとも自分では思っている。
こどもを守るのは私であり、親として責任を感じている。
ただこれまで「わたし」だった一人称が突然「おかあさん」には、どうも、なれないのである。
どうも、なれない、と言っていつも気にしているのかというとそうでもない。
ふと「この子は私をなんと呼ぶようになるんだろう」と思うときに出てくる小さな疑問にすぎない。
私以外の人が「ほらおかあさんが」とか言うのを聞いて「おかあさん」と呼ぶようになるのだろうか。
それもまた変な話だ。
なるようになるだろうし、正解はない。
どうして「おかあさんはね」という言葉が出てこないのか、その理由についてすこし考えてみる。
「母である以前に女であり、一人の人間であり、私はわたしなのである。」
という考え方がいつも頭に、あるいは心にあるから、かもしれない。
別にそう呼ばないように意識をしているわけではないので、自分でも分からないのだが。
私はこの子の母であり、ふたりは親と子という関係だが、それぞれ別の人間である。
この子に責任を負っているが、この子の一生にわたって責任を負い続けるわけではない。
それぞれが自立した別の人間なのである。
…とかなんとか言って、来年の今頃は「おかあさんはね」と言ってるかもしれません。しゃべるようになる日なんて想像つかないなあ。
Saturday 24 December 2016
緑地の民家園
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