Wednesday, 13 July 2016

たまごパン

きょうの朝食(の一部)。
以前住んでいた家の近くにパン屋さんがあった。そこの「エッグトースト」がとても美味しくて、しょっちゅう買っていた。なんでもかんでもカタカナにするのに抵抗があるので「たまごパン」と、親しみを込めて、呼んでいた。運が良ければ焼きたてが買えた。店内で食べられるようになっているので休みの日など時間があるときは店内で食べた。いまだに、用があって昔住んでいた地域に行く機会があれば同じパン屋に入って「たまごパン」を買う。

先月だったか、これおうちで作ってみよう、と思って見よう見まねで作ってみたら意外といけた。マヨネーズで柵を作り、そこに卵を割り入れる。これをうまくやらないと卵が流れ出ていってしまう。予防の意味も込めて下にクッキングシートを敷いてトースターで5分くらい焼く。(たぶん店のたまごパンは食パンを少し削るかくぼませるかしているんだと思う。さらに店のは、パンがもっと厚切りで、マヨネーズも多い。)

朝からスクランブルエッグを作る気力は無いがこのくらいなら簡単にできる。店のものにはまだまだ近づかないが、個人的には結構満足している。

Tuesday, 12 July 2016

小学生のおしゃべり

最近お仕事お休みです。
休みの日でも6時〜7時に目が覚めていたのだが、最近ついに崩れてきた。夜寝るのも遅くなる(と言っても日付の変わる前には寝るようにしている)上に暑くてしっかりと眠れないことも多い。それで起きるのも自然と遅くなってきてしまった。それでも8時には起きる。最初は目覚ましが必要かと思っていたのだが必要ないことが分かった。自然とちょうど8時に目覚める。

どうしてか?

家の目の前が小学生の通学路になっていて、ちょうど8時前後に子どもたちが集団でそこを通るのだ。この、子どもの声で目が覚める。学校のこと、家のこと、色々なことを友達と延々と話しながら歩いている。これがなかなか面白いことを言っていることが多い。

この、子どもの声というのがなんとも心地よい。アラームをセットするよりずいぶん良い。ついでに小鳥のさえずりも聞こえる。

人によっては子どもの声をうるさいと感じることもあるようだ。保育園の設置がそれで中止になったというニュースも聞いたことがある。保育園児と小学生ではちょっと違うかもしれない。それでも、不快感はまったくない。

通学路ということは帰りも同じで、3時〜4時ごろにも小学生の声が聞こえる。その日の授業のことや、このあと帰ってからどこで遊ぶかについて話している。音楽の授業で習った歌を歌っていることも多い。先日は男の子が2人で二部合唱していた。あれは「ふるさと」だったのかな、たしか。微笑ましいではないか。

子どもがのびのびできる環境を保つのは地域にとって最優先課題である。あたたかく見守ってあげたい、と、ベランダで洗濯物を干しながら思う。彼らもまさか、自分の声が誰かにとってアラームがわりになっているなんて予想もしてないだろう。

Sunday, 10 July 2016

選挙です

さて選挙ですね。今回ばかりは行こうと思っています。いや、ほぼ毎回行ってはいるんだけど、今回ほどに明確な意図みたいなものは無かったなと。18歳が今回から選挙するせいかもしれないけどより今までより事態・状況をシンプルにとらえられている気がする。自分が、ですよ、自分が。

もう少ししたら都知事選もあるんだなあ、そういえば。

政治の状況や投票結果がどうであれ、殺人とか、裏の操作とか(たぶん)無く、慎ましく選挙が行われる国に生まれたことは本当に幸運だと思う。けど、今後ずっとそういう国でいられるのかいな、日本は?

それを問う選挙と言ってもいいかもしれない。堂々と行って来ようと思います。ただ、もう少し暑くなくなってから… 夕方ごろかなたぶん。

Saturday, 9 July 2016

洋書を読むこと

7月だけどここ数日は過ごしやすい日が続いている。一週間くらい前?にものすごい暑い日があったけどあれ以降は寝苦しい夜もそれほど無い。

最近時間があるので友人に会ったり読書したりしてのんびり過ごしている。ちょこっと声をかけて会える友人がいるというのはなんともありがたく、嬉しいものだ。友人の数は多くなくても、大事にしていきたい関係だなと思う。

自分と合わない人に無理に合わせる必要は無いと思っている。鉄則かもしれない。無理してまで保たなければいけないような関係は友情ではない。

Roald Dahlの短篇集"Someone Like You"が手に入ったので読んでみた。驚くほど読みやすくて、辞書はほとんどいらない。まだ2話しか読んでいないけど、結構夢中で読み進めてしまった。

英語の文章を読むようになった、いや、正確に言うと「読もうとする」ようになったのは本当にここ数年の話である。話したり聞いたりすることには昔から興味があったし、ラジオも何年も聞いているが、読みについて言えばはっきり言って興味が無かった。受験勉強やテスト、講義で必要というだけで、自分から進んで読みたいと思ったことは無かった。そんなんで読む力も伸びるようになるわけがないですね。

それでも、外部からの動機付けがあったのは幸いだったのかもしれない。おかげで「読める」ようにはなっていたが、そこに楽しみを見いだすことはまずなかった。

なんでもそうだけど、本人の、内側からの動機付けがない限りは上達も向上もあったもんじゃない。勉強しろと言われて素直に勉強して伸びる子なんてなかなかいない。

それで、です。

私が興味を持つようになったのは実は仕事のおかげ。ここ数年ちょっと難しくて入り組んだ文章を読む必要性が出てきたのがきっかけで、英文というものに手を出すようになり以前ほど英文に対する抵抗がなくなった。

ただ、電車通勤をやめてからというもの、そもそも読書、活字からだいぶ離れてしまっているので文字を追うことに関して「面倒だ」と思うのは、日本語であれ英語であれ関係ないのかもしれない。

こんなこと書いていると毎日ペーパーバックを、若い頃の村上春樹並に読みあさっているように聞こえるかもしれないけど、全然そんなことはない。うちには装飾品のようにたくさんの洋書が、ここ数年で増えたがほとんど読んでません。「積ん読」というやつ。

でも「何読もうかな」のストックがあるのは小さな幸せ。

Friday, 8 July 2016

ミシンを買ってクッションカバーを作った

ミシンが欲しいと思ったのはここ最近の話。実家にはあったものの自分で買ったことは無かったので、いったいどう選べば良いのか分からなかった。

数週間前の土日、ヨドバシカメラのミシン売り場に行ってみたところ、思ったよりも種類は少なかった。本当に「代表例」みたいなのしか置いていなかった。それでもいろいろ例がありすぎて分からなかったので聞いてみたら最近の主流は「コンピュータミシン」だそうだ。そんなの聞いたこともなかった。

小学校5,6年で習ったようなミシンは無い。驚いたのは、最近のミシンは下糸も出さなくていいし、上糸を針に通すのも自動で行ってくれるらしい。信じられない…。これらの作業がいかに煩雑であったことか。

話だけ聞いてその日は何も買わずに帰った。それでも明らかになったのは、昔から「それほど」種類は増えてはいない、ということ。基本的な部分は変えようが無いのだろう。つまり、たとえばカメラなどとは違うということだ。

だからインターネットでいくつか検索をし、ミシン会社のガイドに従ってひとつ買うことにした。1番小型のミシンで「普通に縫えればそれでかまわない」という人向けのもの。分類も「ミニミシン」である。メーカーはブラザーにした。アマゾンで注文したら翌々日だったか、とにかくすぐに届いた。特に「ミニ」という感じはしないのだが、これ以外のものはもっと大きいということか。しかもコンピュータミシンではないので、ほんとうにシンプル。

早速いろいろなものを作り始めた。これら↓作品の一部です。
クッションカバーを二つ縫ってみた。直線縫いだから簡単だろう、と思ったのだがファスナーをつけるのがそう簡単にはいかなかった。ファスナー無しバージョンもあるにもかかわらず、やっぱりファスナーあったほうが本物感が出るよなあと思ってファスナーを買ってきてしまった。実際に縫うことになったらなかなか難しかった。実際に作ったことのある人のブログをネットで見ながら、さらに家にすでにあるクッションからすこしカバーを外して見ながらやってみた。

製作費は…ファスナー代込みでおそらく手前のものが500〜600円で奥のものが900円ぐらい?
こうやって実際に作ってみると、いままでクッションカバーのために1000円とか2000円とかかけていたのがたいそうバカバカしく思える。しかも自分で選んだ生地で、自分で作ったものなので部屋にこれがあるという満足感は、既製品を買ってきたときのそれとは比べ物にならない。

夏は時間がたくさんあるのでほかにもいろいろ作ってみようとは思うが、不要なものが増えすぎないようにだけは注意したい。

Thursday, 7 July 2016

吉祥寺、冷やし中華

久しぶりに吉祥寺に行った。これといった用があるわけではないがなんとなく通りがかりで降りてみようと思った。

学生時代(かれこれ10年前になる)に比べるとだいぶ街も変わったし、私も年を取ったので、魅力的に思えるものがだいぶ変化してきたのを感じる。つまり、昔ほどこの街を楽しいとは思わなくなっている。

学生時代は今よりももっと小さく個性的な店が多かったし、駅のお店は「ロンロン」であり、アトレではなかった。ヨドバシもユニクロも無かった。そして、お金のなかった私のような学生にとってはうろうろしたり人に会ったりするのにはちょうど良かった。大きすぎず、混雑しすぎず、ちょこちょことお金を使って楽しめる街だった。

今となっては、学生時代ほど吉祥寺の近くには住んでいないし、比較的、値段より質を重視するようになってきたのもあり、吉祥寺に行って買い物をしよう、と思うこともなくなった。そもそもモノ自体にそれほど興味がなくなってきた感じもする。

で、昨日、降り立ってはみたものの特にこれといって欲しいものもなく、しばらくユザワヤをうろうろした。帰ろうかなと思ったそのとき、ふと公園口の「吉祥菜館」のことを思い出した。

冷やし中華…!!!


吉祥菜館というのは中華料理店である。学生時代「ここ美味しいらしい」と知っていながらも結局一度も行けなかった。特別に値段が高かったわけでもないが、それでも当時の私には手が出なかったのだ。それに、1人で店に入るということに対してはどうしても抵抗を感じる頃でもあった。

それが、確か去年か一昨年の夏だったと思うが、一度だけ入ってみてひとりで冷やし中華を遅めの昼ご飯として食べたことがある。これがめちゃくちゃ美味しかった。見本や写真と全然違う、という場合が店によってはあるが、この店の冷やし中華は写真通りだった。

昨日は4時半ごろだったが、昼の休憩が終わったばかりでまだ電気もついていない時間だったが、少し恐縮しながら入った。おじさんが「きょうあついネー」と言いながらお茶に氷を入れにきてくれた。

冷やし中華 850円。

無料だし、と思って大盛りを頼んだ。たぶん去年もそうした気がする。たれは醤油と胡麻の2種類だが、さっぱりしているほうをと思って醤油を頼んだ。これまた去年もそうした気がする。そして去年と同じ窓際の席に座った。

やっぱり写真どおりの冷やし中華が出てきた。冷え具合もちょうどいい。茹でた鶏、きゅうり、キムチ、卵、トマト、中華くらげ?がのっている。麺のコシも完璧。たまごの茹で具合も完璧。

普段から好んで中華を食べるわけではないのだが、冷たい麺ときたらirresistibleである。抵抗できない。実は昨日はそれほど暑くなく、あまり汗すらかかないような天気だったのだが、それでもやっぱり冷たい麺は美味しかった。

大変満足して店を後にしましたとさ。

Tuesday, 5 July 2016

近所の和菓子屋

しばらく前に引っ越した。
変化の中の1つが、徒歩圏内に和菓子屋があるということである。
とても小さい、いかにも手作りといった感じで、値段も手頃な昔ながらの和菓子屋である。

草団子一本95円。7月上旬だけ70円。

学生時代に住んでいた街にもだんごやさんがあって、たしか「だんごのみよし」という名前だったが、これはみたらし一本30円だった。ものすごく朝早くから営業していて、「おめざ」として買いにいくのはこの上ない幸せだったのを覚えている。

まあ、この団子屋、いや、和菓子屋はそれほど安くはないのだが、それでも十分である。ちょっと甘いものがほしいときは駅からの帰り道に一本だけ買ったりする。団子というより餅という感じなのでその日のうちに食べないと硬くなってしまう。

自分が作りました、みたいな、白い作業服?を着たおじさんが営業している。店に入ると、奥でおじさんがテレビを見ているのが分かる。人の気配に気づいて「はい、はい」と言いながら出てくる。やたら売ろうとしている感じも見えず、それも気持ちがいいのだ。

たぶんずっと変わらない雰囲気、ずっと変わらないあんこの味。

どうしてだろう、洋菓子屋よりも和菓子屋にこういう素朴さを感じてしまうのは?

畳で昼寝、81年

 あっという間に8月も1週間過ぎた。2日に東京を出て、広島に行き、今は帰省している。姪たちとにぎやかで楽しい毎日を過ごす。2日と3日は凄まじい暑さで、40度を超えたそうだが、昨日あたりから涼しい。それでも37度らしいが、風があるのでだいぶ涼しく感じる。エアコンなしで過ごせる。台風...