料理番組が好きだ。以前も同じことを書いたと思う。何度も同じことを書いていると思う。だって好きだから。好きなことは何度だって表現したくなるものだ。
今日は仕事が休みなので昼まで寝ようと思っていたのだが8時半ごろに目がさめてしまった。仕方なくコーヒーを淹れることにした。しかしまあ平日の午前中にテレビを見れる幸せといったら…!!
「きょうの料理」が始まった。運のいいことに今日はグッチ裕三が担当だ。これがもう、好きで好きで仕方ない。そもそもグッチ裕三のセンスには耐えがたい魅力を感じる私だが、このNHKの「きょうの料理」出演はことに気に入っている。センスに加えてあのルックスがいい。ひとつひとつの動きが、キャッチーである。口の動かし方でさえ、メイク ミー ハッピー。
面白い。
高校2年生のときに「きょうの料理」をよく見ていた。月に一回発行されるテキストを、毎月買って読んでいた。毎日、テキストを持って、テレビの前で見ていた。別にその料理を作ろうと思ってみるわけでもない。
ただ、料理番組のあの雰囲気が好きなのだ。料理研究家にもいろいろいる。しゃべりが下手だったり、がんがんジョークをとばしてアナウンサーを困らせたり、妙に偉そうだったり。(そうね、偉そうな人、多いね。)
緊張感のなか繰り広げられるそういった、なにもかもを、一生懸命カバーしようとするアナウンサーの苦労は数知れない。あれだけしゃべりながら料理を作る(手伝う)のである。失敗はゆるされない。
友達としゃべりながら楽しく料理をするのは、別に大変じゃないし、むしろ私は大好きなのだが、テレビの番組である。食べたあとの感想も注目どころである。表現力がためされる。
料理番組は数多くあるが「チューボーですよ」は特に気に入っている。土曜の夜、家にいることがあれば必ず見る。派手に失敗することもあるがそこも好きだ。料理研究家がその場にいるわけではないので。
うーむ、頭が重いなあ。睡眠がまだ足りていない。そろそろクリーニング屋に行こう。
Tuesday, 12 May 2009
Saturday, 9 May 2009
angeli e demoni
ダン・ブラウンの『天使と悪魔』が話題ですね。今ごろ。
私はこれを、3年くらい前に、すでに読んでた!だから、今ごろ騒いでいるのを見ると、なんというか、悔しいというかもどかしいというか、ヘンな気分になる。私は知ってたもんねー!と、言いたくなるわけ。
読んだときの感動は、それはそれは凄まじかった。あんな本は読んだことなかった。ダヴィンチ・コード以上だった。
深いわけですよ。
科学と宗教の対立が大きなテーマであるわけだが、本気でそれについて考えさせられた。今現在、私(たち?)は科学サイドに立って生きているわけだが、この本を読んだら、「いや、そうとも言い切れないのかもしれない」とか、考えちゃうし、なんというか人類の起源とか、真理の追究とか、22歳の小さなあたまは、宇宙規模に膨張して爆発しそうなくらいに拡がったわけであります。
だって、好きな場所が舞台になっているし、好きな美術史も絡んでいるし、夜も眠れないくらいに興奮したのを覚えている。
読み終えたあと、ローマに行く機会が4回くらいあった。結構な回数ですよね。でも、"ゆかりの地を訪問ツアー"みたいなことはしなかった。「ああそういえばあの教会は」と思いだして、去年の夏は聖女テレザの法悦を見に行ってみた。別に人でごったがえしているわけでもなくて、誰もそこにはいなかった。
知り合ったローマ出身の人に「天使と悪魔は読んだか、どう思ったか」と聞いたけど「ダン・ブラウンはあまり好きじゃない」という一言で片付けられた。まあ、カトリック信者にとって、まともに受け入れられる作品ではないだろうとは、思う。
ローマという街について。
初めて行ったときは全然好きになれなかった。今の時点で、何回行ったのか、もう数えてないけど、好きになるまでに3回は必要だった。2回目に行ったときに、まんざらでもないかもしれない、と思った。そのあと行ったらもっと好きになった。昨年の夏には2週間過ごした。この前も行った。最初に行ったときに、こんなところではとても住めないなと思ったのだけど、今は、以前ほどの問題を感じない。
いや、実際のところ、ローマはここ4,5年で変わったと思う。なんとなくそんな気がする。電車が綺麗になったのは、明らかな変化である。目に見える変化。
でも、もう一つ思うのは、人々が変わったのではないか、ということ。
例えば、1人じゃ地下鉄には絶対乗れないと思うくらいに、周りの人たちの視線が怖かった。日本人2人でいても、すぐに、ぎょろぎょろした目のイタリア人たちに取り囲まれた。エスカレーターを上っていても、みんなじろじろ見る。そして「Cinese!(中国人)」と怒鳴る。
これは差別だ、と思ったのを覚えている。
アジア人を見慣れていない。自分たちとかたちの違う東洋人を見るとすぐにバカにする。そして一括して中国人とみる。イタリア最大の都市とはいえ、この排他的、差別的な感じは、どうしても受け入れられなかった。なんだこの都市は、と思った。
たしか2005年の4月のことである。ローマ法王が逝去したちょうどそのときに、私はローマにいた。
小さなリュックサックに石けんと下着とパスポートだけつめて、イタリア中を巡った。
だいぶファンキーな旅をした。
まさかその後、これだけイタリア語をしゃべることになるとは知る由もなかったし、その後5回も6回もこの街を訪ねることになろうとは知る由もなかった。
思えば、あの2005年の4月を境に、いろいろなことが動き始めたのだ。
普通、イギリスに発った2004年9月を境と見るべきだろうが、本当の境は、イタリアに初めて行ったときだ。そう言ったほうが正しい気がする。
21年間の人生で初めて、自分が受け入れられた感じがした。自分を肯定的にとらえられるようになった。認めてくれる場所があるんだ、ということを知ったし、自分の価値を知った。大げさな言い方に聞こえるだろうけど、本当にそう思った。息がしやすい、と思った。
2回目に滞在したのは、3ヶ月後の7月だった。4月の時点でほとんどしゃべれなかったイタリア語が、夏になったら、すらすら出てくるようになった。意思疎通に困らなくなった。
人生ってどこでどうなるか分かりませんよね。うーむ、面白いわー…と、今、ここ数年を振り返りつつ、深くそう感じるのであります。fact is stranger than fiction.
私はこれを、3年くらい前に、すでに読んでた!だから、今ごろ騒いでいるのを見ると、なんというか、悔しいというかもどかしいというか、ヘンな気分になる。私は知ってたもんねー!と、言いたくなるわけ。
読んだときの感動は、それはそれは凄まじかった。あんな本は読んだことなかった。ダヴィンチ・コード以上だった。
深いわけですよ。
科学と宗教の対立が大きなテーマであるわけだが、本気でそれについて考えさせられた。今現在、私(たち?)は科学サイドに立って生きているわけだが、この本を読んだら、「いや、そうとも言い切れないのかもしれない」とか、考えちゃうし、なんというか人類の起源とか、真理の追究とか、22歳の小さなあたまは、宇宙規模に膨張して爆発しそうなくらいに拡がったわけであります。
だって、好きな場所が舞台になっているし、好きな美術史も絡んでいるし、夜も眠れないくらいに興奮したのを覚えている。
読み終えたあと、ローマに行く機会が4回くらいあった。結構な回数ですよね。でも、"ゆかりの地を訪問ツアー"みたいなことはしなかった。「ああそういえばあの教会は」と思いだして、去年の夏は聖女テレザの法悦を見に行ってみた。別に人でごったがえしているわけでもなくて、誰もそこにはいなかった。
知り合ったローマ出身の人に「天使と悪魔は読んだか、どう思ったか」と聞いたけど「ダン・ブラウンはあまり好きじゃない」という一言で片付けられた。まあ、カトリック信者にとって、まともに受け入れられる作品ではないだろうとは、思う。
ローマという街について。
初めて行ったときは全然好きになれなかった。今の時点で、何回行ったのか、もう数えてないけど、好きになるまでに3回は必要だった。2回目に行ったときに、まんざらでもないかもしれない、と思った。そのあと行ったらもっと好きになった。昨年の夏には2週間過ごした。この前も行った。最初に行ったときに、こんなところではとても住めないなと思ったのだけど、今は、以前ほどの問題を感じない。
いや、実際のところ、ローマはここ4,5年で変わったと思う。なんとなくそんな気がする。電車が綺麗になったのは、明らかな変化である。目に見える変化。
でも、もう一つ思うのは、人々が変わったのではないか、ということ。
例えば、1人じゃ地下鉄には絶対乗れないと思うくらいに、周りの人たちの視線が怖かった。日本人2人でいても、すぐに、ぎょろぎょろした目のイタリア人たちに取り囲まれた。エスカレーターを上っていても、みんなじろじろ見る。そして「Cinese!(中国人)」と怒鳴る。
これは差別だ、と思ったのを覚えている。
アジア人を見慣れていない。自分たちとかたちの違う東洋人を見るとすぐにバカにする。そして一括して中国人とみる。イタリア最大の都市とはいえ、この排他的、差別的な感じは、どうしても受け入れられなかった。なんだこの都市は、と思った。
たしか2005年の4月のことである。ローマ法王が逝去したちょうどそのときに、私はローマにいた。
小さなリュックサックに石けんと下着とパスポートだけつめて、イタリア中を巡った。
だいぶファンキーな旅をした。
まさかその後、これだけイタリア語をしゃべることになるとは知る由もなかったし、その後5回も6回もこの街を訪ねることになろうとは知る由もなかった。
思えば、あの2005年の4月を境に、いろいろなことが動き始めたのだ。
普通、イギリスに発った2004年9月を境と見るべきだろうが、本当の境は、イタリアに初めて行ったときだ。そう言ったほうが正しい気がする。
21年間の人生で初めて、自分が受け入れられた感じがした。自分を肯定的にとらえられるようになった。認めてくれる場所があるんだ、ということを知ったし、自分の価値を知った。大げさな言い方に聞こえるだろうけど、本当にそう思った。息がしやすい、と思った。
2回目に滞在したのは、3ヶ月後の7月だった。4月の時点でほとんどしゃべれなかったイタリア語が、夏になったら、すらすら出てくるようになった。意思疎通に困らなくなった。
人生ってどこでどうなるか分かりませんよね。うーむ、面白いわー…と、今、ここ数年を振り返りつつ、深くそう感じるのであります。fact is stranger than fiction.
Wednesday, 6 May 2009
京都でした。
久しぶりに新幹線に乗って京都へ行ってきた。何年ぶりだろう。5年?近いと思う。その5年の間に、イタリアには5回以上行った。今回は弟を訪ねるべくして行った。
しかし、ゴールデンウィークに行ったこと自体は間違いだったかもしれないと思った。混んでいたからだ。すさまじかった。どこまで行っても、人、人、人…。歩いた距離も相当なものだったが、その日に得た疲労感は間違いなく人ごみによるものであったと思う。
東京だって人は多かろうに…と、弟に言われた。確かにそうだ。人間がひしめいている。しかしながら、京都と東京の何が違うかって、それは規模が違う。東京は、京都より広い。人が多くても、分散するだけのスペースがあるのだ。
それに比べると、京都の街は小さい。さらに、行くべきところ、観光スポットが決まっている。だから、本当に文字通り、どこに行っても人だらけだった。あまりにもイライラして、目の前の人たちを、テレビゲームみたいに、ばばばばばば、と飛ばしながらジェット機のごとく突き進めたらどんなにいいだろうに、と思った。
観光はしなかった。そもそも観光目的ではなかったので別に惜しくもなかったが、もう少し自由に歩きまわれるくらいに、街が空いていると良かった。
それにしても新幹線って凄いんですね。
新幹線に乗ること自体が、もう5年ぶり?それこそ最後に京都に行ったとき以来だった。本当に久しぶりだったわけだが、便利さというか快適さに驚いた。
びっくり①
速い!!数字では分かっていたものの、実際に乗ってみるとその速さがよく分かった。品川~京都間で2時間10分だった。社会人1年め、通勤時間が2時間近かったことを考えるに…うむ、これだけ離れた土地まで着くのにかかるのも同じくらいの時間なのである。いやはや。
品川を出て、新横浜を出ると、次に着くのは名古屋である。それから次は…
既に京都なのだ。
品川と京都のあいだには、たったの2駅しかないのである。最初は「わー、旅だ」と意気込んで読書をする覚悟で本を用意していたのだが2時間くらいでは結局気合が入らず、読書しなかった。
びっくり②
席が広い!
これもわかってはいたことなのだが、あらためて感じた。足元が広い。飛行機より広いじゃないか。飛行機には年間10回近く乗るので、むしろあの感覚に慣れていたのである。とても嬉しかった。(わいわーい)と心中、叫びながら、ぐいーん、と、子どもみたいに背を伸ばした。飛行機もこうあってほしい。
なんかほかにもびっくりがあった気がするけど、まあこの2点にしておきましょう。
***********
つじり、をご存知だろうか。京都の有名なお茶屋さんで、そこの茶屋にあるパフェが全国的に有名である。東京のしおどめでも食べられるらしいが、実は京都より300円高い。そしてどうせ食べるなら本場で、というのもある。京都駅内の伊勢丹にもあるけど、せっかくなら祇園で、と考えるのが世の常というもの?だろう。
私も、何年も前に、食べたことがあるが、それはもう美味しかった。抹茶のデザートには目がないので、これはもうたまらなかった。
というわけで今回も行こうと思った。
私が何を書かんとするか、もうご察しの方もおられるだろう。
そう。人が多すぎて行けなかったのだ。すさまじい列だった。二日連続で様子を見に行ってみたのだが、それでもだめだった。だいぶ人が少なくなった時間帯に行って、「おお、これならたいして待たずともよかろう」と思ったら、前に並ぼうとしている客が「1時間半待ちです」と言われているのを見て、私たちは無言で後ずさりした。たまったもんじゃない…。
今度は、時期を外して、平日に行こうと思う。連休中の正しい過ごし方は、「東京にとどまる」
これに限ると思った。
しかし、ゴールデンウィークに行ったこと自体は間違いだったかもしれないと思った。混んでいたからだ。すさまじかった。どこまで行っても、人、人、人…。歩いた距離も相当なものだったが、その日に得た疲労感は間違いなく人ごみによるものであったと思う。
東京だって人は多かろうに…と、弟に言われた。確かにそうだ。人間がひしめいている。しかしながら、京都と東京の何が違うかって、それは規模が違う。東京は、京都より広い。人が多くても、分散するだけのスペースがあるのだ。
それに比べると、京都の街は小さい。さらに、行くべきところ、観光スポットが決まっている。だから、本当に文字通り、どこに行っても人だらけだった。あまりにもイライラして、目の前の人たちを、テレビゲームみたいに、ばばばばばば、と飛ばしながらジェット機のごとく突き進めたらどんなにいいだろうに、と思った。
観光はしなかった。そもそも観光目的ではなかったので別に惜しくもなかったが、もう少し自由に歩きまわれるくらいに、街が空いていると良かった。
それにしても新幹線って凄いんですね。
新幹線に乗ること自体が、もう5年ぶり?それこそ最後に京都に行ったとき以来だった。本当に久しぶりだったわけだが、便利さというか快適さに驚いた。
びっくり①
速い!!数字では分かっていたものの、実際に乗ってみるとその速さがよく分かった。品川~京都間で2時間10分だった。社会人1年め、通勤時間が2時間近かったことを考えるに…うむ、これだけ離れた土地まで着くのにかかるのも同じくらいの時間なのである。いやはや。
品川を出て、新横浜を出ると、次に着くのは名古屋である。それから次は…
既に京都なのだ。
品川と京都のあいだには、たったの2駅しかないのである。最初は「わー、旅だ」と意気込んで読書をする覚悟で本を用意していたのだが2時間くらいでは結局気合が入らず、読書しなかった。
びっくり②
席が広い!
これもわかってはいたことなのだが、あらためて感じた。足元が広い。飛行機より広いじゃないか。飛行機には年間10回近く乗るので、むしろあの感覚に慣れていたのである。とても嬉しかった。(わいわーい)と心中、叫びながら、ぐいーん、と、子どもみたいに背を伸ばした。飛行機もこうあってほしい。
なんかほかにもびっくりがあった気がするけど、まあこの2点にしておきましょう。
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つじり、をご存知だろうか。京都の有名なお茶屋さんで、そこの茶屋にあるパフェが全国的に有名である。東京のしおどめでも食べられるらしいが、実は京都より300円高い。そしてどうせ食べるなら本場で、というのもある。京都駅内の伊勢丹にもあるけど、せっかくなら祇園で、と考えるのが世の常というもの?だろう。
私も、何年も前に、食べたことがあるが、それはもう美味しかった。抹茶のデザートには目がないので、これはもうたまらなかった。
というわけで今回も行こうと思った。
私が何を書かんとするか、もうご察しの方もおられるだろう。
そう。人が多すぎて行けなかったのだ。すさまじい列だった。二日連続で様子を見に行ってみたのだが、それでもだめだった。だいぶ人が少なくなった時間帯に行って、「おお、これならたいして待たずともよかろう」と思ったら、前に並ぼうとしている客が「1時間半待ちです」と言われているのを見て、私たちは無言で後ずさりした。たまったもんじゃない…。
今度は、時期を外して、平日に行こうと思う。連休中の正しい過ごし方は、「東京にとどまる」
これに限ると思った。
Wednesday, 29 April 2009
コーヒー、冨永愛の髪
天皇誕生日。とても良い天気。ここ最近、眠ろうとすればするだけ、眠れるようになった。前はこんなことが無かった。いつもの癖で、休みの日でも7時くらいに起きていたというのに。今日も11時くらいまで眠っていた。オレンジを切って、食べた。少ししてからコーヒーを入れた。前のブログに書いた、Black Mountain Goldがなくなってしまったから、この前イタリアで買ってきたLavazzaを開封した。これがなくなったら、手持ちのコーヒーがなくなってしまう。とても困る。コーヒーと言っても、豆をひいた、あれです。あの、四角いパッケージ。あれがないと、朝、困る。あとひとつ買ってきておくべきだった。イタリアだったら例えば2ユーロ(250円)くらいで手に入るのだが、まったく同じものが日本では1000円近くする。そんなお金は出したくないわけです。2ユーロという値段を知らなければ買えたのかもしれない。
コーヒーを持ってベッドに戻る。パソコンをつけるとこういうニュース・タイトルが目に入った。
ん?これはあきらかにおかしい。とりあえず読んでみよう。
いやいや、彼女が髪をばっさり切ったのは、もう半年以上前の話ですよ。一体、今頃何を言っているんだろう。テレビCMや雑誌ではまだ髪が長いのかもしれない、とも思ったけど、いやいや、雑誌でも広告でも短い髪を披露している。(たとえば2月のELLE。)
離婚したばかりで、こうやってオープニングパーティに顔を見せるというのは、マスコミにとっちゃタイミングが良いんだろうけど、明らかに、しくじっている。
いや、それとも、最近さらに髪を短くしたのかもしれない。私が知らなかっただけかもしれない。
そもそも記事には「最近切り落とした」とは書いてないからツッこむこともできないのか…
まあ、どっちでもいい。
コーヒーを持ってベッドに戻る。パソコンをつけるとこういうニュース・タイトルが目に入った。
離婚の冨永愛、長い髪バッサリ
ん?これはあきらかにおかしい。とりあえず読んでみよう。
今月20日にパリ在住の日本人パティシエと離婚したモデルの冨永愛が28日、米LA発のファストファッションブランド『FOREVER21』のオープニングレセプションに来場した。胸元まであった長い髪を耳が隠れる程度まで切り落とし、集まった報道陣に対し「いろいろ報道されましたが、私はハッピーです」と笑顔を見せた。
いやいや、彼女が髪をばっさり切ったのは、もう半年以上前の話ですよ。一体、今頃何を言っているんだろう。テレビCMや雑誌ではまだ髪が長いのかもしれない、とも思ったけど、いやいや、雑誌でも広告でも短い髪を披露している。(たとえば2月のELLE。)
離婚したばかりで、こうやってオープニングパーティに顔を見せるというのは、マスコミにとっちゃタイミングが良いんだろうけど、明らかに、しくじっている。
いや、それとも、最近さらに髪を短くしたのかもしれない。私が知らなかっただけかもしれない。
そもそも記事には「最近切り落とした」とは書いてないからツッこむこともできないのか…
まあ、どっちでもいい。
Tuesday, 14 April 2009
Black Mountain Gold
アメリカ人からおみやげにコーヒーをもらった。袋を開けてもいないのに甘ったるいにほひが漂う。無言で、ロサンゼルスを思い出した。どこに行っても、いつも空が青くて、いつも甘いにおいのする街である。(特にシナモンロールのにおいがすると途端にロサンゼルスが蘇る。)
フレーバーコーヒーというやつだ。パッケージにはバニラ・アイスクリームや、ケーキの写真。いかにもアメリカっぽい。
アメリカ行きたいなあ
お湯で溶かすタイプかと思いきや、コーヒーは、豆をひいたものだった。エスプレッソ・メーカーに入れて飲んでみた。とても美味しかった。illyとかLavazzaとかsegafredoといった普通のコーヒーを使っていて、フレーバーコーヒーはあまり慣れていなかったのだが、これは美味しい。というより、甘ったるいにおいが、どうしようもなく幸せな気分にさせてくれる。ちなみにコーヒー自体は甘くない。
日本でも見つかるものかなあ。コーヒー通に言わせればこういうコーヒーはいわゆる邪道なのだろうけれど、私はこのコーヒー、結構好きだ。
というわけで紹介しておきましょう:
Black Mountain Gold
です。私が貰ったのは、Convenience Packs でした。みなさんもぜひお試しあれ。
**************

せっかくだからここでちょっとコーヒーの話。
私は毎朝コーヒーを飲む。
朝起きたらすぐ準備する。何年か前までは1 tazza(1杯)用のモカ・エキスプレスを使っていたのだが2tazze用を使い始めてから、こっちがちょうど良いということに気付いた。牛乳を温めている間に、コーヒーがbrbrbrbrbrと言い出す。朝、パンを食べずともコーヒーだけは飲んで出かける。とても幸せな気分になる。コーヒーを飲むこと自体も、もちろんそうだが、きっとこのにおいが良いんだろうと思う。起きた後の、ちょっとした楽しみである。
****************
せっかくだからここでちょっと朝ごはんの話。
朝は何も食べれないという日々が少し続いていたが、最低でもトースト1枚食べるようになった。昨年冬ごろからだと思う。というわけでトースト1枚とコーヒー1杯。これでちょうど健康が保てているように思う。(ここ1年、体重はずっと変わっていない。二の腕が弛んでいる気もするが、見た目に大きな変化は無い。) 典型的な日本食が、あれば、それは食べる。味噌汁と納豆と焼き魚と、ごはん。望ましい。あれば食べる。食べられないわけではない。けれど1人でこれを準備し始めるとどれだけ面倒なことになるか、説明の必要は無かろうと思う。面倒さにくわえて、朝からそんなにエネルギーを摂取する必要は特に無い気がする。むしろ、身体が求めているのは糖分だと思う。だから朝、ビスケットを食べることがよくある。10時ごろになるとお腹が空いてくる。身体は、少し飢餓状態くらいがちょうど良いのだ。
12時になったからお昼を食べなければいけない、ということは決してない。お腹が空いたら、空いたときに、身体の求めているものを口にする。それが一番良いと思うんですよね。
フレーバーコーヒーというやつだ。パッケージにはバニラ・アイスクリームや、ケーキの写真。いかにもアメリカっぽい。
アメリカ行きたいなあ
お湯で溶かすタイプかと思いきや、コーヒーは、豆をひいたものだった。エスプレッソ・メーカーに入れて飲んでみた。とても美味しかった。illyとかLavazzaとかsegafredoといった普通のコーヒーを使っていて、フレーバーコーヒーはあまり慣れていなかったのだが、これは美味しい。というより、甘ったるいにおいが、どうしようもなく幸せな気分にさせてくれる。ちなみにコーヒー自体は甘くない。
日本でも見つかるものかなあ。コーヒー通に言わせればこういうコーヒーはいわゆる邪道なのだろうけれど、私はこのコーヒー、結構好きだ。
というわけで紹介しておきましょう:
Black Mountain Gold
です。私が貰ったのは、Convenience Packs でした。みなさんもぜひお試しあれ。
**************

せっかくだからここでちょっとコーヒーの話。
私は毎朝コーヒーを飲む。
朝起きたらすぐ準備する。何年か前までは1 tazza(1杯)用のモカ・エキスプレスを使っていたのだが2tazze用を使い始めてから、こっちがちょうど良いということに気付いた。牛乳を温めている間に、コーヒーがbrbrbrbrbrと言い出す。朝、パンを食べずともコーヒーだけは飲んで出かける。とても幸せな気分になる。コーヒーを飲むこと自体も、もちろんそうだが、きっとこのにおいが良いんだろうと思う。起きた後の、ちょっとした楽しみである。
****************
せっかくだからここでちょっと朝ごはんの話。
朝は何も食べれないという日々が少し続いていたが、最低でもトースト1枚食べるようになった。昨年冬ごろからだと思う。というわけでトースト1枚とコーヒー1杯。これでちょうど健康が保てているように思う。(ここ1年、体重はずっと変わっていない。二の腕が弛んでいる気もするが、見た目に大きな変化は無い。) 典型的な日本食が、あれば、それは食べる。味噌汁と納豆と焼き魚と、ごはん。望ましい。あれば食べる。食べられないわけではない。けれど1人でこれを準備し始めるとどれだけ面倒なことになるか、説明の必要は無かろうと思う。面倒さにくわえて、朝からそんなにエネルギーを摂取する必要は特に無い気がする。むしろ、身体が求めているのは糖分だと思う。だから朝、ビスケットを食べることがよくある。10時ごろになるとお腹が空いてくる。身体は、少し飢餓状態くらいがちょうど良いのだ。
12時になったからお昼を食べなければいけない、ということは決してない。お腹が空いたら、空いたときに、身体の求めているものを口にする。それが一番良いと思うんですよね。
Sunday, 12 April 2009
Before the Quake
なんだか長い一週間だった。
6日、帰宅していつものように、パソコンを開く。トップページにReppublica.itとElleを設定している。ページを見て3秒後、目を見開いた。本当に目が「かっ」と開かれたのが分かった。
Terremoto
Abruzzo
この二つの単語がすぐに目に飛び込んできた。びっくりした。冗談だろう、と思った。だけどエイプリルフールはもう一週間前に終っている。「そんな」と思って次は日本語のニュースを探した。イタリアで地震が起きたらしい。しかも場所はアブルッツォ…
ただ「イタリアで地震」というニュースだったら、驚きは100分の1だっただろう。というのは、1日前に私はアブルッツォから戻ってきたばかりだったからだ。前のブログに「イタリアの田舎にいました」と書いたけど、まさにそれがアブルッツォのことだったのだ。
しばらく冗談にしか思えなかった。時差ぼけも全然治っておらず、凄まじい眠気を抱えていたため、夢のつづきでも見ているような気にさえなった。でも本当だった。幸い、私の滞在していたところは大きな被害が無かったらしい。
地震のニュースを聞いたら、地震前の平穏な一週間が余計に平穏に思えてきた。
そもそもヨーロッパは、地震多発地域ではない。というわけで地震に対する備えが無い。建物の耐震性も、詳しくは知らないが、あまり無い。イギリスにいるときにそれはつくづく思った。こんないい加減なつくりで家が建つものなのか、そして人が住めるものなのかと感心した。玄関のドアが傾いていることは珍しくない。
人々の心の準備もできていない。少しの揺れで、大騒ぎになる。もう何年も前に、イギリスじゅうがそれで"震撼"したことがあったらしい。天変地異の一大事だ!と人々がパニック状態に陥ったとか。少し雨風がひどかっただけで「台風だ」と言って学校を休校にしてしまう東京の小中学校みたいなものかもしれない。
今回被害の大きかったL'aquilaという町は、特に古い建物が多い地域だと聞いた。崩れてしまったのはとても残念なことである。
今回Abruzzoで撮った写真をアルバムとしてアップロードしたのだが、最初「vacanza」というタイトルだった。しかし後から「Before the Quake」に変えた。ピンときますか。そう、村上春樹のAfter the Quake にちなんで。うーむそれにしても写真の平穏さが身にしみる。
6日、帰宅していつものように、パソコンを開く。トップページにReppublica.itとElleを設定している。ページを見て3秒後、目を見開いた。本当に目が「かっ」と開かれたのが分かった。
Terremoto
Abruzzo
この二つの単語がすぐに目に飛び込んできた。びっくりした。冗談だろう、と思った。だけどエイプリルフールはもう一週間前に終っている。「そんな」と思って次は日本語のニュースを探した。イタリアで地震が起きたらしい。しかも場所はアブルッツォ…
ただ「イタリアで地震」というニュースだったら、驚きは100分の1だっただろう。というのは、1日前に私はアブルッツォから戻ってきたばかりだったからだ。前のブログに「イタリアの田舎にいました」と書いたけど、まさにそれがアブルッツォのことだったのだ。
しばらく冗談にしか思えなかった。時差ぼけも全然治っておらず、凄まじい眠気を抱えていたため、夢のつづきでも見ているような気にさえなった。でも本当だった。幸い、私の滞在していたところは大きな被害が無かったらしい。
地震のニュースを聞いたら、地震前の平穏な一週間が余計に平穏に思えてきた。
そもそもヨーロッパは、地震多発地域ではない。というわけで地震に対する備えが無い。建物の耐震性も、詳しくは知らないが、あまり無い。イギリスにいるときにそれはつくづく思った。こんないい加減なつくりで家が建つものなのか、そして人が住めるものなのかと感心した。玄関のドアが傾いていることは珍しくない。
人々の心の準備もできていない。少しの揺れで、大騒ぎになる。もう何年も前に、イギリスじゅうがそれで"震撼"したことがあったらしい。天変地異の一大事だ!と人々がパニック状態に陥ったとか。少し雨風がひどかっただけで「台風だ」と言って学校を休校にしてしまう東京の小中学校みたいなものかもしれない。
今回被害の大きかったL'aquilaという町は、特に古い建物が多い地域だと聞いた。崩れてしまったのはとても残念なことである。
今回Abruzzoで撮った写真をアルバムとしてアップロードしたのだが、最初「vacanza」というタイトルだった。しかし後から「Before the Quake」に変えた。ピンときますか。そう、村上春樹のAfter the Quake にちなんで。うーむそれにしても写真の平穏さが身にしみる。
Monday, 6 April 2009
日本にいませんでした
イタリアの田舎で休暇をとった。インターネットや携帯に触れることもなく、時計さえ持たずに、食べて、飲んで、寝て、笑って… 昨日帰国。桜であふれた東京をリムジンバスの窓から眺めながら、ほどよい浦島太郎ぶりを実感。ミサイルが飛んでたそのとき、私は空の上でテトリスに熱中していた。というわけで日本にいませんでした。先に報せるべきだったかな。
8時PMごろに寝たら1時AMに起床。深夜番組を見てみる。なんかすっごいエロいのをやっているのかと思えば、お粗末な合コンドラマが放映中。(まともに深夜番組なんて見たことなかったかもしれない。)
合コンなぞというものに出席している時点で、ろくな男(女)ではないだろう、と私は思うが世の中はどうなんだろう。どのくらい普通なものなんですか、合コンって。そうじゃなきゃ出会いの機会が無いからと嘆くこの国の男女はこの世で一番不可解な動物です。だって、一体どれだけの人であふれかえってるんですか、ここ。むしろ
人に出会わずにどうやって過ごせるの。大草原の小さな家在住ならまだしも。やっぱり言い訳にしか聞こえない。自分がモテないのを周りの環境のせいにしている人は、まずそのことに気付くべし!
…とは言いつつも、そういった不器用さは日本人の可愛いところでもある。こんな民族はなかなかいない。日々、あれだけおとなしいのに、内心は恋人(結婚相手)探しに必死なんだから結構おもしろい。それに関連した流行語が生まれ、挙句の果てには社会問題にさえなっちゃうわけです。愛より恋より、仕事を優先しちゃうんだからなあ。そういう世の中だからなあ。
そりゃあED率高いよ。セックスレスにもなるよ。少子化は進むよ。
さて根本原因は一体何なのか!? 本当はみんな愛しあいたいのにね。惜しいと思う。もっと感情を素直に表すことができたら、世の中どれだけ美しくなるだろう。
あと2時間ほど寝たら新年度開始。社会人3年目!と、周りの人たちはブログその他で書き綴っているもののあまりその実感が無いのは、その節目の時に日本にいないせいだと思う。昨年もそうだった。新年度の多忙な状態を約一週間、激しい時差ぼけのまま過ごす。
ま、いいや、とりあえず寝ましょう。
8時PMごろに寝たら1時AMに起床。深夜番組を見てみる。なんかすっごいエロいのをやっているのかと思えば、お粗末な合コンドラマが放映中。(まともに深夜番組なんて見たことなかったかもしれない。)
合コンなぞというものに出席している時点で、ろくな男(女)ではないだろう、と私は思うが世の中はどうなんだろう。どのくらい普通なものなんですか、合コンって。そうじゃなきゃ出会いの機会が無いからと嘆くこの国の男女はこの世で一番不可解な動物です。だって、一体どれだけの人であふれかえってるんですか、ここ。むしろ
人に出会わずにどうやって過ごせるの。大草原の小さな家在住ならまだしも。やっぱり言い訳にしか聞こえない。自分がモテないのを周りの環境のせいにしている人は、まずそのことに気付くべし!
…とは言いつつも、そういった不器用さは日本人の可愛いところでもある。こんな民族はなかなかいない。日々、あれだけおとなしいのに、内心は恋人(結婚相手)探しに必死なんだから結構おもしろい。それに関連した流行語が生まれ、挙句の果てには社会問題にさえなっちゃうわけです。愛より恋より、仕事を優先しちゃうんだからなあ。そういう世の中だからなあ。
そりゃあED率高いよ。セックスレスにもなるよ。少子化は進むよ。
さて根本原因は一体何なのか!? 本当はみんな愛しあいたいのにね。惜しいと思う。もっと感情を素直に表すことができたら、世の中どれだけ美しくなるだろう。
あと2時間ほど寝たら新年度開始。社会人3年目!と、周りの人たちはブログその他で書き綴っているもののあまりその実感が無いのは、その節目の時に日本にいないせいだと思う。昨年もそうだった。新年度の多忙な状態を約一週間、激しい時差ぼけのまま過ごす。
ま、いいや、とりあえず寝ましょう。
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涼しいままで終わると良い
快適な涼しさが続いている。日中には気温が上がるが、それでも、逃げなければいけないほどの暑さではない。8月のはじめに40度くらいあったが、あれがピークで、そのあとは夜もエアコンなしで寝られる。このまま夏が終わればいいと思う。きょうは少し曇っている。雨が降るらしい。 カズオ・イシグロ...
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きょうは代休。お昼を食べにでかけたら記録に値する興味深い出来事があった。赤ちゃん連れの多いオーガニックカフェ。昼はビュッフェ形式。私が案内されたのは一番奥の席。両隣にはすでに客がいて食事をしていた。二組とも、女の赤ちゃんを連れた母娘ペア。つまり、女3世代ということ。平日の客のな...
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みてきました。雨だし、平日休みだし、いましかない!と思った。やっと行けた。子の友達がこのまえ見に行ってて、遊びにきたときに感想をどんどんしゃべろうとするので、それを聞くより先に見に行ったほうがいいなと思った。 正直なところ前作のほうが「すげー」だった。が、今回の目標は今までの話...
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肌の話の次は、海です。 月曜に行くはずが、前日の夜が遅かったせいで起きたのが遅く、では明日こそ、という話だったはずが、案の定この日(13日火曜)も男たちは10時ごろ起きてきた。(ちなみに私は毎日6時〜7時には起きています。)諦めそうになっていたので、遅くても行こうと私は言った。と...


