mercoledì 17 dicembre 2014

プラネタリウム

何かしら書かなければ。
時間があるのなら。
書かなくても生きてゆけるし、ものを書かないからといって何も考えていないわけではない。
けれど、書く作業は頭の中を整理してくれるし、より考えるようになる。
いや、自分の心の中を俯瞰するようになる。
今何を考えているのか。
ほかの部分を取り去ってそれだけを自分に問う。

で、今考えているのは宇宙のことです。

昨日プラネタリウムに行って来た。
2年ぶり。
天体のことがちっとも分かっていない私でも、楽しめる。
地球から離れて、銀河を飛び出して、ずーっと遠くまで行くのが面白かった。
そんなことが絶対できる訳は無いし、人類が存在する間にだってそれは多分不可能らしいから、結局、仮想空間を見たことになる。

星座の並びというものは地球から見た場合のみ成り立つ。
あれらの星たちは2次元ではないのだ。
だから地球を飛び出したら、全然違う形になる。
ということに昨日気づいた。

それと、昨日学んだこともう1つ。
北極星というのは動かないわけではない、らしい。
つまりいつも自転軸にあるわけではない。
5000年前は、別の星が今の北極星の位置にあったという。
それを「歳差運動」という。

毎日、絶対、何か学ぶことがある。

話のスケールが大きすぎるのだが、実際自分たちがその中にいるんだから、やっぱり面白いと思わずにはいられない。

昨年のラジオ英会話6月号が1冊まるごと宇宙の話題だったことがあった。
それを思い出してテキストを引っ張りだしてぱらぱらと眺めた。

何千年も前の人間が、星を線で結んだものに名前をつけた。
大航海時代、船乗りの手がかりは星と月と太陽の動きだった。
清少納言は「星は、すばる」と書いた。

人類はは星を眺めてきたのだなあ、としみじみする。
イルミネーションなんてものに浮かれてないで、夜空を守らないと、人類に未来は無い。
ほんとうの意味での未来。

martedì 16 dicembre 2014

ココナッツオイル

私はセレブにあこがれるタイプなどではない。
たとえばどこかのモデルがテレビで話題にしていたからと言ってやたらグリーンスムージーを飲むようなタイプではない。
モデルはスムージー飲まなくったって細くてきれいで、ブスはスムージーどんだけ飲んだって変わらないと思う。

しかしながら。


ココナッツオイルが家にある。
こういうやつ。
毎日使っている。
というか口にしている。

どこかのモデルを真似したわけではない。
うちにこの瓶がたどり着いた経緯について書く。

話題になっているなあとは思っていたが自分で買おうとはしていなかった。
そんなときに、知人がくれた。
しかも使いかけ。

こんなんもらってもなあ、と思いながら棚に納めた。
オイルというくらいだから液体なのかと思いきや、全然違う。
白い塊である。
何に使おう、と思いながらしばらく時がたった。

あるとき、ラベルに書いてあるとおりにトーストに塗ってみることにした。
冷凍のパンの上に、塊のままのせて、焼いた。
はちみつをぬってみたら、ココナッツの味はほとんど感じられなかった。
次に、焼いたあとにシナモンシュガーをふりかけてみた。

…これは美味しい!

そんな調子で毎日使っていたらどんどん減ってきた。
なくなったらネットで買おうかなと思っていたときに、今日ちょうどお店で同じものを見かけた。
1600円。
まあこんなもんだろうと思って買った。

バターがまったく手に入らない今となってはたいへんありがたい存在である。
(と言ってもバターをトーストに塗ることなんてまず無いのだが。)

夏になったらこれ溶けちゃうんだろうなあ。
まあ、今から夏の心配をしても仕方ないか。

venerdì 12 dicembre 2014

「サニー」を見て

テレビをつけたら韓国映画の『サニー 永遠の仲間たち』をやっていた。
一度見たことあったけど、しっかりもう一度見た。
別に女子校出身じゃないんだけど、なんかこう、いわゆる「ベタ」なことを、これだけしっかりドラマとして見せられると、感情移入せざるを得ない。
ベタだと分かっているのに、だ。
涙が出そうになる。
冬ソナ見たときにも思った。
日本のドラマだとそういうことはあまり無い。
なんだろうなこのパワーは。
映画論が語れるほど詳しくもないし、そうするには見ている映画の数が断然少ないのだが、私みたいに思う人はほかにもいるだろう。
確か内田樹がそういうこと書いていたような気もする。
言葉でうまく説明がつかない。
年齢も関係あるだろうか?

ところで、驚いたことが一つある。

*以下ネタバレ*

エンディングが、私が思っていたものと違った。
数年前に見たときはあの、最後の友達の姿は見えないままで終わった、と私は記憶していた。
だけど今日見たら最後に顔も出て来て、本人が葬儀場に現れた。
あれー?こんなんだったっけ?
たぶん記憶を勝手につくりかえていたのだろう。
この数年で最後が変わるわけはないので。

さて、そろそろ眠くなって来た。

giovedì 11 dicembre 2014

ハンバーガー休暇

今日は休みを取った。
10時過ぎまで寝ていたようで、びっくりした。
普段も7時間は寝ているはずなのだが、それでも不足しているんだろうなと思った。
つまり、疲れを取るにはもっと休息が必要なのだ。
「身体には終わりがある」。限界がある。いつか滅びる。

紅茶を飲んだ。
ヨークシャー・ティーがもう少しで終わろうとしている。
日本で見つけられなかったのでPGを飲み続けていたのだが、今年の夏カナダに行ったときに一箱買ったのでそれを毎朝飲んでいた。
何としてでも、やはり、この紅茶を飲みたい。

午前中、1、2時間ぐらい仕事をした。
職場のPCをMacBook Airの11インチにしてもらって以来、意地でも職場で仕事をしなくても良くなった。
というのは、軽いので家に持って帰れるからだ。

お昼はクレヨンハウスに行こうかと思っていたのだが、ランチ終了に間に合いそうになかった。こんなに早く起きた朝は、2時頃にならないとお腹がすかない。

新宿のそば屋に行ったあとで博物館へ行こうと考えた瞬間、あることを思い出した。

「そうだ、今日は整骨院に行こうと誓っていたのだ」

…!!

昨日まで考えていたことをこんなに簡単に忘れてしまうとは。
今までにこんなことはあまり起こらなかった。自分に驚く。

小雨が降った今日は、あんまり寒くない。
代々木上原へ。
駅構内のそば屋に行こうかと考えたが、ふと、West Park Cafeのことを思い出した。
数日前の夜中、10時すぎに、相方が買って来てくれた。
たいそうおいしかった。
相方はよくここのテイクアウトを利用している。

私も雑誌や本で聞いたことある店だったので、行ってみることにした。
と言っても一度も行ったことが無いし、場所は「だいたい」しか知らない。
適当に駅の近くを動き回ること10分。

見つけた。

中には客が誰もおらず、「お好きなところにどうぞ」と席をすすめられた。
アボカドバーガーのセットにした。
1500円。
テイクアウトでも食べたことはあったが、できたては、やはり2割増で美味しかった。
肉汁が、文字通り、したたる。
この牛肉のかたまりだけでおそらく1000円はあるのではないか。
こういうときにジューシーな写真を撮るのがお決まりなのだろうが、食べ物の写真を撮りまくる「よくある」日本人の図があまり好きではない。
というよりも、カメラらしきものを何ひとつ所持していなかったため、何も撮らなかった。撮れなかった。

そして今、その食べ物について、こうやってブログを書くとなると、やはり写真を撮っておけばよかったと後悔せずにはいられないのである。
(↓写真は、お店のwebsiteから拝借しました。)
テイクアウトと違うのは、ドリンクとスープかサラダが付くところ。
ランチメニューということだろう。
寒かったのでスープにしたが、これまた美味しかった。
適当な(よくある)コンソメスープが出てくるのかと思っていたのだが、全然違った。
具だくさんのクリームスープだった。

ほかに誰も客がおらず、待ち時間ももちろん無く、居心地の良いカフェだった。
また行こうと思った。

私は食べ物屋さんに対してオシャレ感よりも美味しさを求める。
純粋な美味しさ。
West Park Cafeのハンバーガーは満足度が高い。

結局ハンバーガーの美味しさとは何だろうか。
結局のところ、肉によると思う。
パンだけだったらARMSのほうが美味しいと思うのだが、どちらが好きかと言われたらWest Park Cafeを選ぶ。

本当においしいハンバーガーを食べると、ファストフード店のハンバーガーは食べられなくなってしまう。
値段は何倍もするわけだが、それでもその価値はあるのだ。

それから整骨院に行った。
この整骨院は初診である。
整体コースでやってもらったのだが、このおにいちゃん本当に大丈夫かいなという疑念が最後まで離れなかった。
髪、刈り上げているあたりが怪しい。
伊勢谷友介しか似合わないということを、人類はいつになったら学ぶのだろうか。

で、以前通っていたところのほうがうまいと思った。
技術的に、やっぱり違う。

家に帰り、豆を煮て、キャンティ飲んで、今に至る。
良い休日だった。

domenica 7 dicembre 2014

Burt's Bees撤退

MacBook Airがギンギンに冷える季節となりました。
少しだけ忙しい日々が落ち着いてきたのでブログでも書こう。
結構どうでもいいようで大きな問題を1つ。

Burt's Bees日本撤退の話。
この顔に ピンと来たら なんとやら
みたいに怪しい顔のおじさんなのだが実際ピンと来る人は多いはず。
オーガニック製品が流行り始めたころに日本にやってきた。
2009年だったらしいけどもっと前だったような気がする。
中でも評判よかったのがハンドクリームやリップクリームだったと思う。
私は特にファンというわけでもないのだが、2年くらい前に買ったリップクリームは使い勝手が良かった。

tinted lip balm
つまりは、色付きリップバーム。
口紅というものは、塗ると「ハイ塗りましたー」みたいになる。
4歳ぐらいの子どもがお母さんの口紅使ってみた時のような。
そしてそれ以上に問題なのが、すぐに落ちるということ。
で、塗り重ねていくと唇の感覚?が不自然になる。
つまりたいして潤ってもいないところに化学製品だけをどんどん重ねるのだから結果的に口紅だけが浮いたようになる。

とは言いながらも口紅も使うのだが、より良いのはリップクリームと口紅の1人二役をこなしてくれるもの。

というわけでこのバーツビーズは優秀だった。
ほかの会社の色付きリップクリームも使ったことはあるのだが、あまり発色しなかったり、変にべたべたしていたりして長くは使わなかった。

毎日使うわけでも無かったので、なんだかんだで長い間所持していた。
最近使う頻度が増えたかなと思ったらついにこれ以上くり出せなくなった。
指でえぐって使うよりも新しいの買おうと思ってさっさと捨てた。

それから数週間、どこの店を探しても見当たらない。
Burt's Beesだけすっぽり取り除かれたかのように、どの店からも姿を消してしまっている。
ついに店員に聞いてみたところ、残念そうな顔で
「日本から撤退してしまったんです」
と言われた。

なんということだ。
それならカナダに行った時に買っておけば良かった…!!
アメリカのブランドなので、おそらく北米には簡単に手に入る。
ネットでも探したが、2本以上買わなければいけなかったり、ショップ会員登録しなければならなかったりと面倒だったので買うのをやめた。

これまで製品を買ったことはその1回きりだったにも関わらず、この国から撤退してしまったと聞くと妙に惜しく、残念きわまりなく思えてくる。
人間というものは勝手な生物だ。

それにしても、いつか復活してくれないかなあ。

sabato 22 novembre 2014

『フランス人は10着しか服を持たない』

服の整理に関する部分だけ興味があった。
書店に行くたびに手に取って立ち読みしていたので、これはもういっそのこと買ってしまえと思って買った。

後半の部分は読み切ってはいないが、読んでしまったことにしよう。

フランスに語学留学したアメリカ人女性がそこで感じ学んだことをまとめたもの。
質の良い暮らし方について書かれてある。
おなじみのことばかりが書かれてある。
服の部分を除いては。

10着という数字はあまりにも印象的である。
しかし、文字通り10着しか持たないのではなくて、ジャケットやコート、下着などを除いた、しかもその季節のワードローブを10着にする、という考え方らしい。
それでも、10着にするのは無理だと思ったものの、読んでいる間に服の整理をしたくなってきた。
ポイントはこれだ:

・本当に気に入ったもの、似合っているものだけを着る。
・良い服は特別なときにとっておかない。普段から着る。

耳が痛い。
さっそく、ばっさばっさと要らない服、特に気に入っているわけではない服を引き出し、クローゼットから取り除いた。

これまでは古着屋に売りに出していたのだが、最近はユニクロのリサイクルに出すことにした。古着屋は、使えないものはきっとそのまま捨ててしまうだろうけど、ユニクロに出せば、服を必要とする人々のところへ届くことになっている。信じることにしている。

先週、第1弾を実施。目に見える範囲での要らない服を持って行った。
それで終わるはずだったのだが、昨日ちょうど佐藤可士和のオフィスの様子なんて見ちゃったもんだから(しかも今朝とても天気が良かったもんだから)ますます片付けたくなってしまった。

夏服の入っている箱?コンテナ?を引っ張りだし、全部出して、もう一回たたみ直した。
要らない服を取り除き、今日また第2弾としてリサイクルに持って行った。

だいぶ気持ちがいい。
代わりに(というのかどうか)先週と今週で新しいジャケットとカーディガンを調達した。質の良いものを。それでも余計なスペースをとっているわけではない。

そもそも片付けることは好きなほうである。
本の全体が参考になったわけではなかったが、あの1章分だけでも、本を買った価値と効果は大きかったと思う。

martedì 18 novembre 2014

NHKのラジオ講座について

聞くつもりは無くても基礎英語を聞いてしまう。
毎日。

というのも、ラジオ英会話を毎日聞いているから。
ラジオ英会話は朝6:45に始まるのだがそれに合わせて起きて身支度をしているとちょうど基礎英語2、それから3を聞くことになる。

そして夜、家に帰ってからラジオをつけると基礎英語の再放送にあたる場合が多い。

いろいろとツッコミどころは多いのだが、昔とは変わったなあと思う。
気づきをいくつか箇条書きにする。

・Can Do だらけだ。1も2も3も。毎日「今週のCan Do は…」と言っている。基礎1に至っては「できるよ♪できるよ♪きゃーんどぅー!!」みたいな歌まである。教えている側が意識しているのは分かるが、リスナーとしてはそんなに連発されてもどうしようもないのではと思うのではないだろうか。

・主人公も場面も、「アメリカ人inアメリカ」ではない。基礎英語3にはイギリス人とアメリカ人が出てくる。しかも冒頭に"Let's enjoy American English!" "And, British English, too!"と言う。毎日。

・さらにイタリア人が出てきたりもするのでもはや何がなんだか分からない。私はそもそもこんなに英語のうまい生粋のイタリア人には会ったことがない。ダイアログに"Ciao!"が出てくる。なんということだ。そしてその場面はときどきローマだったりするから、もうほんとに意味が分からない。

・きょうの、基礎英語3の最初の一言は"Hello friends, I like Tuesday better than Monday."だった。ダイアログの内容ではない。講師の挨拶だ。「こんにちはみなさん。私は月曜より火曜が好きよ」と。
なんという唐突さ。

・でも、中3の時点で使える単語は限られているので仕方ないのかもしれない。

・でもでも、出てくる単語は結構難しいものが多い。先日は X is antonym for Y とか X is synonym for Y とか言っていた。これは高校3年間に文科省の言うとおり勉強していたところで出てこない単語ではないだろうか、と思った。

・基礎英語2のテンションが高すぎる。困るくらいに高い。冒頭で "LET'S ROCK TOGETHER!!!" と言っていた。こりゃ参った。「ロックしようぜ」とは。最初も最後も、挨拶がとにかくうるさい。テンション高いだけなら分かるけど。学習者にとってはこれが良いのだろうか?基礎英語2に関しては、流れた瞬間に思わずラジオを消してしまう。

・だから私はラジオ英会話のシンプルさが好きだ。形式が同じなので安心感がある。

・とかなんとか、いろいろあるんだけど、ラジオ英会話に限らず、これらのラジオ講座を聴いていて毎日思うのだが、毎日何かしら知らない表現がある。必ず。ほんとうに勉強になるなあと思う。中1の時からお世話になっているけど、たぶんこれは死ぬまで続くだろうなと思う。

風邪ぎみ、とマリオのスター

 乾燥に弱い。喉が。 先週ちょっと喉が痛いかなと思った。よくあるビリビリした痛さはなくて、3連休はのどをそれほど使うこともなく休んだので悪化しなくてよかったと思った。たいていパターンは決まっていて、「ビリビリ」がおわると鼻水が始まり、咳が残る。そしてきのうがその「鼻水期」の始まり...