sabato 4 giugno 2016

西友のクロワッサン

昨日に引き続き再び食べ物の話。

西友というスーパーをご存知でしょうか。だいたい全国にある。
仕事に行く途中に立ち寄ることがある。朝はだいたい水とかお菓子とかを買うことが多かった。「安いですよ」という同僚のすすめもあった。
地下や2階以上で買い物をすることはほとんど無く、1階だけをウロウロする。

あるとき、クロワッサンを買ってみた。知人にすすめられたのだったと思う。6個入りで274円。小さいクロワッサンで、中にチョコレートが入っている。いわゆる袋入りの菓子パンとは違い、お店の中で焼いているらしい。
(画像は西友のウェブサイトからお借りしました)

朝早くにはパン類が売られていないので、夕方の帰り際に一袋買っていくことが多い。翌日の朝ご飯として。それに、夕方の空腹を埋めるのに、1つ2つつまむのはちょうど良い。

まさに「小さな幸せ」である。こういうのって嬉しいですよね。「ポケットのなかにはビスケットがひとつ」みたいな、ささやかな喜び。叩いても増えませんけど。

朝、パンが食べたいけど食パンじゃないパンが食べたいとき、ベーカリーに寄ろうとしてもベーカーリーが開いていないとき、さらにコンビニの菓子パンでは満足できないとき、家にこの一袋があるとなんとも幸せな気分になるし、朝起きるのが楽しみになる。

賞味期限までに食べられなければ冷凍すれば良い。

ちなみに4種類あります。ただのクロワッサン、チョコレートのクロワッサン、クリームのパン、それからアップルパイ。アップルパイはまだ試したことがない。

西友を通りかかったらぜひお試し下さい。ベーカリーには敵わなくても、ささやかな喜びを与えてくれます。

venerdì 3 giugno 2016

マルセイのバターサンド

キーボードのnとbが使えなくなってかれこれ半年。

やっぱり不便だ。ブログを書こうにも、キーボードが使えないと、まずやる気というものが出ない。 i padで書くこともできるが、キーボードじゃないと書いている気がしない。i pad類でタッチしながら書くのがとにかく苦手で(こんなこと言うとまるで老人のようですが)画面は小さいしすぐに打ち間違う。だから電車の中(というかもはや道端)でスマホを見ながらカチカチ打ち込んでいる人たちには感心してしまう。打ちにくいだろうによう。あれもひとつの技術である。ま、スマホ見ながら歩くのはまったくいただけませんが。ブログの更新も自動的に1週間に1度ぐらいになってしまう。

今日は別のパソコンを持ち出して書いている。

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「マルセイ バターサンド」について。

いつも差し入れにお菓子を持ってきてくれる同僚がいる。それがただのお菓子ではない。治一郎のバウムクーヘンとか、マルセイのバターサンドとか。

マルセイのバターサンド…!!!


先日これが(おそらく)30個入った箱をドーンと持ってきてくれた。週末に北海道に行ったらしく、空港で買った、と。あのレトロな赤いパッケージがまばゆく、目がくらくらするほどだった。

一人二つでも三つでもどうぞ、と言われた。
これおいしいんですよね~と言いながら食べたら

冗談じゃない美味さだった…!!!
久しぶりに食べたのだ。


最後の一個を食べ終わってから数日が経過した。
ネットで「マルセイ…」と検索してはため息をついている。
これはまさに「バターサンド・ロス」である。

六花亭のネットショップだと送料600円くらいらしい。
思い切って買おうかしら、とも思うが、時々「スーパーで見かけた」とか「デパートで北海道フェアやってた」とか聞くので、そういうのを狙うのもありだ。

あー、食べたい食べたい食べたい
…とバターサンドのことを考えながら明治リッチビスケットをかじっている。これはこれでよい。

ところで、「バター」のことを昔は「バタ」と表記(発音)していたと思われるが、そっちのほうが素敵だと思いませんか。

明治大正のハイカラさんが「バタ」を買い求める姿を想像してみてください。やっぱりそこは「バター」ではなくて「バタ」。しかも英語の発音にも「バタ」のほうがだいぶ近い。

イギリスで会ったJennyというスペイン人の女の子が、自分の名前のカタカナ表記を教えてくれというので「ジェニー」と書いてあげたら、最後の棒について説明を求められた。伸ばす音だよというと、「違う、じぇにー、じゃなくて、じぇに、なのに、どうしてその棒が必要なの」と言われたのを思い出す。それはそうだなと思ったのはかれこれ十数年前。

いずれにせよバターサンド食べたい。

giovedì 26 maggio 2016

さわやかな季節、新しい場所

最近、若い女性が犠牲になるニュースを立て続けに聞いた。いい季節なのに、気持ちが暗くなってしまう。ゆがんだ世の中だ、とつくづく思う。

それにしてもいい季節だ。昨日、近所にあるプールに初めて行ってみた。今まで、かれこれ10年くらい同じプールにずっと行っていたのだが、たまには別のプールで泳いでみようと思った。行ってみるとこれがなかなか清潔感があり、それほど人も多くなく、良いプールだった。いつも行っているプールが絶対的に良いという、もはや神話のようなものが自分のなかでできあがっていたことに気づいた。ときには「目を開いて」「道を変えて」みないといけないのだなとあらためて思った。

さわやかな季節は、さわやかなものを食べたくなる。
以前より野菜を多く食べるようになった気がする。
そして朝食のヨーグルトがとてもおいしい。
さて仕事行ってきます。

sabato 21 maggio 2016

英語の本を読むこと

前回の投稿からまた一週間くらい空いた。忙しかったというよりは、ただひたすらに疲れた一週間だった。
おとといとその前は8時半と9時に就寝した。それでも朝まで寝続けた。
体力を回復させるためには食べるのも大事だがとにかく寝ること。それに尽きる。人間は寝ないとどんどん崩れていく。それにしても寝すぎだろうと思われるかもしれないが、これが体からのサインなのだから読み取ってあげないことにはどうしようもない。

まだ半分も読んでいないが、相変わらず面白い。
面白い本は読んでいるときにそれが日本語で書かれているか英語で書かれているかを忘れる。すらすら頭に入ってくる。(もちろん面白くないのはぜんぜん入ってこないので途中で読むのをやめる。)

英語の本を読むようになったのも本当にここ数年の話である。試験などの環境でないかぎり、わざわざ英語の本を手に取ることは以前までまず無かった。それが、読まざるを得ない環境に身をおいてからというもの、自分で本を選び、手に取るようになったのだ。いわゆる「読書家」でもないし、長期間まったく読まない、というときだってある。それでも英語力は格段に伸びたと思う。語彙と文法に関しては、伸びたことが自分でもはっきりとわかる。

学生時代は「文法なんて適当でいい」と思っていたので、当然ながら文法もわかっていなかった。その分、何かを読むとなると「なんとなく」読むしかなかったし、そのへんはごまかしながらやってきた。

それが、読むようになってからはその適当さ、あいまいさがだんだん消えてきて、さらに慣れるとスピードも加わってきた。英語の本を大量に読む人たちの英語力がずば抜けて高いのは、なんだ、こういうことだったのか、と思った。かなり重要な一面をこれまでないがしろにしていたのだとわかった。

Never too late to learn.

学ぶのに遅すぎることはない。「小さいころにやっておけば」とか「帰国子女はいいよな」とか簡単に言う人たちを見ると私はうんざりする。すべて、努力をしていない、いや、しようとしない自分への言い訳に過ぎないから。今何歳であっても関係ないです。すべては自分次第。

sabato 14 maggio 2016

五月の清々しさ、友達から手紙

ひたすら疲れた一週間だった。
天気はだんだん良くなってきた。
5月の新緑は目に痛いくらいである。
残酷とも言える空気の爽やかさ、清々しさ。
これぞ5月だ。
昨年の今頃はいろいろと変化の大きい時期だったので、この爽やかさがむしろ身にしみて痛い。ありとあらゆる光景が、肌に触れる空気と、においとともに思い起こされる。
やはり記憶というものは、五感で呼び起こされるのだ、とこういうときにあらためて思う。日記など、文字で記されたものはもちろん正確で、間違いようの無い事実なのだがそれは「記録」であって「記憶」とはすこし違う。

それにしても1年なんてあっという間である。
合気道を始めたのも1年前だった。
いろんなことがぐるんぐるんと回転し始めた。
自分の人生はいくらでも変えられる。
ただし、自分で。
変えられるのは自分しかいない。

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静岡の友達から手紙と、すてきなプレゼントが届いた。
安倍川餅。
「あべかわもち」という名前はもちろん知っていたし、きな粉のもちというのも知っていた。だけどそれが「安倍川」のもちであったというのはこの漢字を見て初めて知ったし、その川は静岡にあって、静岡由来だったということも初めて知った。そうだったのか。

3日かけて大事に食べた。いやはや美味しかった。

やっぱり手紙とかプレゼントとか、人の手間と時間とお金がかかって自分のもとに届くのは、嬉しい。ネット上のメッセージですぐにとばせるものだけど、こうやって届くと全然違った暖かみがある。まさに「はるばる」やってきたのだなと思える。

忘れたくない感覚である。

lunedì 9 maggio 2016

最近の食生活

土曜はとにかくドタバタしていえ、昨日は比較的、落ち着いた日曜日を過ごした。
近くを散歩しながら5月は本当にいい季節だなあと思った。
すべてがキラキラしている。紫外線は多いけど…

昨日は疲れているせいかフラフラしていた。
食べるものは食べているし、基本的に健康体なのだが。
疲れやすいのもきっと鉄分が不足しているせいだろうと思った。
ほぼ無意識に「鉄分の多い食べ物」と検索していた。
肉が食べたいなあと思ったのだが、どうせ食べるならちゃんとしたやつが食べたい。

そういえばツナとかソーセージとかを除いて、いわゆる肉や魚を買ったのはいつだろう。家で調理をして食べることはほぼ無い。そしていつ頃からかあまり肉を食べたいと思わなくなった。

駅前のパン屋にふらっと入ったらベーコンポテトのパンがあったので買った。
ベーコン… 肉… とは言えないなあ。むしろ加工食品は避けた方が良いくらいなのに。
夜はほうれん草を食べた。

でも正直なところ、ほうれん草って鉄分ありますって感じしないんだよね!何にせよ、葉っぱって弱っちい感じする。

今朝はシリアルとバナナを入れたヨーグルトを食べた。
朝はたいていこれ。ヨーグルトはいい。どんなときでもヨーグルトだけはいくらでも食べられる。

今日はそれに加えてマンゴーを切ってみた。
どうやって切るんだっけ、とふと思ったけど、中心の種の大きさに気づいて「あ、3枚おろしか」と思い出した。切れ目を入れて裏返し、「パコっ」となるのが面白い。

マンゴーに鉄分はあるのか?

いや、無さそうだなあ…。アサリでも食べるかな、きょうは。

sabato 7 maggio 2016

冷蔵庫ごはん

冷蔵庫を空っぽにする必要があり、しばらく前から計画的に食料を消費している。スーパーに行き、食料を手に取ったあと「買ってもどうせ食べれんし」と思うと、びっくりするほど何も買えなくなってしまう。1日に必要な食料なんてたかが知れているのだ。それを「いや、あれも要るかも、これも要るかも」と、どんどん貯めていくのが現代人である。

というわけでこの一週間は最低限のものを食べて過ごした。まあ外食はできるわけで。

夕飯は基本的に、玄米、卵、納豆。私は納豆には酢を入れる。ここ最近はずっとリンゴ酢を使っている。卵はいわゆる卵かけ御飯にするかというとそうではない。生卵はあまり好まないので、といた卵とごはんを合わせてレンジで加熱する。

先日適当に作った昼ご飯がとても美味しかったのでここで紹介。
玉ねぎと人参とツナをいためて、玄米と、切ったアボカドとざくざくと和える。
ごまと醤油をまぶしてできあがり。
学生時代によくこういうものを作っていた。シンプルでとても美味しい。
いろいろ入れすぎないほうがいいですね。本当はこの日に卵を食べたかったのだがここに入れてしまうとごちゃごちゃしすぎると思ってやめた。卵サンドイッチが落ちる夢を見たのはそのせいだったのかもしれない。


風邪ぎみ、とマリオのスター

 乾燥に弱い。喉が。 先週ちょっと喉が痛いかなと思った。よくあるビリビリした痛さはなくて、3連休はのどをそれほど使うこともなく休んだので悪化しなくてよかったと思った。たいていパターンは決まっていて、「ビリビリ」がおわると鼻水が始まり、咳が残る。そしてきのうがその「鼻水期」の始まり...