Saturday, 6 September 2008

あなたたちを利用します

昨夜だったか、「海外で日本語アシスタント」という、よくありがちなサイトを見ていた。気になる情報といえば行き先、資格、費用などである。しかしながら、やたら目立つのがTOEICの五文字なのである。
「TOEICスコア125点アップしました」とか「TOEIC対策に最適」とか。

ええっと、どういうことなんだっけこれは、と思って3秒くらい考えてみた。それはつまり行き先が英語圏であって、英語母語話者を相手に日本語を教授することによって自分の英語力が伸び、さらにはTOEICスコアもア~ップ…というメッセージであったわけだ。

日本語アシスタントの宣伝なのだから、日本語を教えることの意義や、実際にアシスタントをやった人の感想、コメントその他が載っていると思った。少なくとも、そのサイトを閲覧する人の求めている情報といえばそういう類のことであろう。

なのに「TOEIC点数アップ」は無いだろう。

がっかり、というよりも、とても妙な感じがした。それは何故か。
簡潔に言えば、学習者に教えるというよりむしろ、学習者を利用しているからだ。
別にそれを良い悪いの2言論で片付けるつもりもない。むしろ、そういう動機で「教える」ということに携わる人もいるのだなあ、と新鮮に感じた。

ただ、それを知った日本語学習者はどう思うだろう。「先生は僕たちから英語を学ぼうとしている」と気付いたとき。嬉しがる人もいるのかもしれない。
ただし、大事なのは、これはランゲージ・エクスチェンジではないということだ。エクスチェンジ・パートナーなら教えあうことが基本のコンセプトである。しかし残念ながらアシスタントはエクスチェンジ・パートナーではない。

結果的にそのサイトへの信頼度が下がった。まあそもそも「最後までサポート」とか「信頼される」とか「就職率も良い」などというワードが並ぶサイトは信用ならないわけであるが。

以上、ちょっと気になった出来事でした。

Friday, 5 September 2008

会議を途中退席する、の巻

勤務後、出張して会議に参加しなければいけなかった。夜の7時開始。

内容に意味が無さ過ぎて呆れた。事務長みたいなおじさんが出てきてしゃべりはじめたが、要点が分からない。会議と言うよりも説明会である。要点さえつかんでしゃべってくれたらそれで良いのだ。



20分くらいで終るだろうと思っていたら1時間近くかかろうとしている。イライラが最高潮に達してきたので、会議を途中で退席した。意味が無いのだ。資料に書いてあること以上のことは何一つ述べられていない。

よっぽど、会の途中で



「すみません、要点はなんですか、結局」



と聞き返そうかと思ったくらいだ。我慢が切れる前に退席した。

夜になってみんなが一番家に帰りたいと思っている時間帯に、どうして少しでも早く終らせようという意識がうまれ無いのだろうか。



これが平気だという人もたくさんいるんだろう。が、私は「仕事だから」とか、「こういう人もいるさ」とか、「帰宅が遅れたくらいで」とか言って寛大になることがどうしてもできない。どうしても。



自分の時間を、第三者に邪魔されることが大嫌いなのだ。このことは小学校4年生くらいから分かっていたが、もはや、「大嫌い」どころではなくいわゆる「生理的に受け付けない」というやつである。部活というもので今まで一度もうまく行ったことが無いのもこのせいである。仕事はまだ自分に説得することができるが、それが拘束時間外であれば頭の中が狂気の沙汰になる。これは特筆すべき、ひとつの「性格」だと思う。





なぜ自分の時間を邪魔されたくないのか。それは、1人でやりたいことが多いからだ。



・画を描く

・写真を撮る

・映画を見る

・料理をする

・本を読む

・手紙を書く

・ピアノをひく

・勉強をする

・ビールとトマトとチーズを買いに行く



たとえば今やりたいことを挙げるとこれだけざっと挙がる。ちょっと自慢に聞こえるということを承知で言えば、これだけたくさんの趣味と好奇心に恵まれているのである。




今日、帰りの電車を待ちながらあらためて確信した。


「これは重症だな」と。周りにあわせるなんてこと、当分できそうにない。
*****
帰宅後すぐ、トマトとモッツァレラとパンを食べた。お風呂に入って、ビールを飲んだ。ラジオ英会話を聞いた。親しい友人から電話がかかってきた。1時間も話した。よく笑った。
そろそろ寝なければいけない。ただ、よく笑ってアドレナリンが放出されたのでいつものような漬物石級眠気は襲ってこないのである。
1 more day to go

Wednesday, 3 September 2008

漬物石が身体全体に

疲れた。疲れすぎて頭が回らない。家に帰ってくるところまではいい。そして家に帰ってから2時間後までは良い。問題はその後だ。シャワーを浴びてベッドに横になると、急激に疲れが襲ってくる。だいたい9時ごろだ。今日も、帰り道に「ああ今日は元気だな」と思ったのだが、9時に「限界…」と感じるのは、前日とまったく同じである。だから家でやろうと思っていたことが少しも済ませられない。今日は
・注文して届いた本を読んで
・印刷しておいたイタリア語の新聞記事を読んで
・手紙を書いて
etc..
という予定だったのだがそれどころではなくなってしまった。もうこれ以上からだが動かない。体力が欲しい。つくづくそう思う。寝なきゃいけない、というよりむしろ、寝たい。そもそも、昔から疲れやすい体質である。今の状態は、漬物石が身体全体にのしかかってきている感じ。

明日こそ、少しはやりたいことをやれたら良いと思う。今日はもうこれで限界。

ああ一応仕事について書いておくと、出だし好調である。信じられないくらいに調子が良い。夜の疲れはその反動だろうと思う、きっと。

おやすみなさい

Tuesday, 2 September 2008

手紙はいいね

嫌だ嫌だと言いながらも、職場で動いているとき、結局、楽しんでいる。この規則正しさが好きなんだろう。生き生きしている自分を認めざるを得ない。

それにしても疲れた。脚が苦しがっている。今週という一週間は長くなりそうな気がする。

*****

最近あらためて思うのだが、手紙というのはやはり良いものだ。「やっぱりあの手書きの文字がたまらない」とか色々理由はあろうが、何にも勝る点は、書いている間、書き手は相手のことだけを真剣に考えているという点である。私が手紙を好む最大の理由だ。こんなに嬉しいことは無い。
便箋を選ぶ、ペンで書く、封をする、宛名を書く、切手を買う、貼る、ポストをみつけて投かんする。
…電子メールよりもはるかに手間のかかる作業である。

今日、ちょうど仕事中、あなた宛に二日間かけて手紙を書いたので送ります、というメールを受信した。奇しくもちょうど相手のことを考えていた。とても嬉しかった。ティーンのことばを借りれば「テンションあがった」といった感じだろう。

眠さときつさが限界なので今日はこれで終わり。腹筋もお休みしよう…。

Monday, 1 September 2008

増えてくけど、ちょっとずつ取り戻す

9時過ぎ、見ていたニュースがぶちっと切れた。

「たった今ニュースが入りました。自民党の福田総理大臣が…」

辞任するという。思わず、画面に向かって「はぁ?!」と声を出してしまった。びっくりした。よりによって、9月1日という、この素晴らしきはじまりの日に。直前まで何のニュースを見ていたかもう今となっては思い出すことすらできない。一年未満の任期。むむむ。何か、大きなことをやってのけるパワーは無かったんだろうか。その前にやめてしまうのが国民のためなのだろうか。どうも、日本という国はやる気に欠ける国であることを外に示してしまっているように見える。「ああまたかよ」「やっぱり」と、みんな思う。たとえ次の人がやって来ても、なかなか期待ができない。1年交代になってるわけじゃないのにね。民主党が政権を握る日も遠くは無いのだろうか。

この大ニュースはさておき、まったく関係のない話題に移る。

最近、新しい口ぐせが増えた。4月から夏にかけての口ぐせは

「どうしようもない」

だった。最近はこれに、ひとつ加わった。それは


やだ


本当に嫌と思っていないときでも、ここ数日間はこれが口ぐせになってしまっている。実際あまり嫌と思っていないときまで「あーやだやだやだ」と言っている。ほとんど意識していない。ちなみに今日は、恐れていたほど忙しくもなかったし、仕事に滅入ることも無かった。ただ、昨日まで、日常に戻るのを恐れていただけだ。にも関わらず今日も「あーやだやだやだ」を繰り返していた。

ただ、こうやってぶつぶつ言いながらも結局難なく仕事はこなした。5時過ぎには退勤した。ほかの同僚より早い。こんな感じで残りの月日を過ごすのであろう。

なにごとにも、100パーセント不満足を感じることがない人間だと思う。実は小さく感動していたり楽しいと思っていたりする。それでも「くだらない」とか「やだ」とかぶつぶつ文句を言い続けるのは、たぶんそうやってバランスを取っているのかもしれない。結構、幼稚だ。ちょっとその辺はよく分からない。

帰りにミューズリーとトマト缶を買った。ポストに母親からの手紙が入っていた。時々こうやって手紙を書く人だ。先日父と行った沖縄旅行の写真が入っていた。9月からも元気で頑張って、みたいなことが書いてあった。結婚して25年という2人、写真では、手さえつないでいない。まあ仕方ないよなー、日本人だしなあ。しかもあの2人だしなあ。ちょっと苦笑した。でもやはり、両親の幸せそうな姿はいつなんどきも嬉しいものだ。

昼ごはんに、しっかりと定食(コロッケと刺身!)を食べたので、お腹がすいておらず、むしろ眠かったので、帰宅後すぐにベッドに横になった。30分くらい、うとうとしてから、シャワーを浴びた。トマト、パン、チーズ、じゃがいもを食べた。ビールを飲んだ。じゃがいもなんて久しぶりに食べた。とても美味しかった。

今日から、ラジオの英語を再開させることにした。忙しいことを言い訳に、今まで聴いていなかった。ただ、最近どうも語学に対してどんどん怠け癖がついてきている気がする。そして低下している気がする。どこかで気合を入れなおさなければいけないと思った。これが完全に気合を入れた状態かといえばそうではないが、まあ、第一歩としよう。

昨日も書いたが、腹筋にしてもラジオにしても、ちょっとずつ取り戻していかなければいけないことがある。

毎日、新しく増えていくことがたくさんある。生きて、歳月を経ていれば、むしろそっちのほうが多い。でも、減らす必要の無いものもある。人間は、容器に詰め替えるコーンフレークスとは違う。詰め込む量に、限界なんてものはなかなかやって来ない。堅実な故郷のことや、毎日継続して努力することとか、失いつつあった感覚を最近少しずつ思い出してきた。

このことを親に伝えるべきかもしれない。もちろん手紙でね。

Sunday, 31 August 2008

日にちを忘れられたら

もう明日を恐れてもどうしようもないので恐れるのはやめにしなければいけない。そもそも、9月1日だと思うから良くないのである。とてつもなく重要な区切りのように感じているからこそ、恐れるし、かつ、覚悟しなきゃと思ってしまう。いっそのこと、日にちも曜日も忘れてしまえたらいいのに。そうすれば、週末まであと何日、なんて思わなくて済むだろうに。

仕事へのストレスの反動か、友達とよく会っている。昨日会った友人は、とにかく誠実で美しく、久しぶりに会ってもそれは変わっていなかった。「家、ていうか育った環境が与える影響って大きいです」と言う彼女は、雨の影響で終電を逃し、結局うちに泊まることになった。

この家に越してからというもの、人を泊めることがとても多くなった。大学時代は滅多になかったことだ。家の位置や広さといった条件が良いからだろう。さらに言えば、昔に比べると自分自身がよりオープンな人間になった。それも理由の一つだ。上京して数年、具体的に言うと留学する前までは、他人が自分の生活圏に入り込んでくることを生理的に受け付けなかった。というのも、自分自身の生活を完璧なまでに管理していたため、それをどうしても乱されたくなかったのだ。寝る時間、起きる時間、食べるもの、これらが影響を受けることを決して許さなかった。だからこそリズムのある規則正しい生活を送っていた。しかしながら今振り返ってみると、ちょっときつくなかったのだろうか、と思う。いわゆる「スキの無い」人間だった。

先週、友達が「留学して帰ってきてから、変わった」と私のことを言っていたが、それは事実だ。私はそのことをとても良かったと思っている。18,19歳だったころ、視野を広げるのどうのこうの言いながらも、実はせまい人間だったのだ。

だったら今どれくらい視野が広がったかと聞かれたらやっぱり「まだまだ」である。うずうず、する。無知すぎて。ということでさっき、アマゾンで池上彰の本を二冊注文しました。読書にかけるお金は自分への投資であります。

9月は、無駄に消費をしない月にしようと思う。ボーナスが出ていい気になっていたけど、お金をつかうこと自体を楽しみとするようになりつつあった気がする。原点に戻らねば。最近ちょっと分かってきた。つまり、お金との向き合い方が。必要だと思うものにはケチケチしないが、本当に必要なものって実はほんの少しなのだ。これまで消費した「無駄」を省けばもっと生活がすっきりするんじゃないかと思った。お金を貯めるのはもちろんだいじなことだが、感覚を取り戻し、生活をシンプルにすることを心がける。質素じゃなくて、シンプルに。

もうひとつ、9月は腹筋をサボらないようにする。それこそ、18,19のころ、つまり生活をきっちり管理していた時こそ、腹筋、背筋、腕立てその他、一連のエクササイズを完璧に毎日こなしていた。なのに現在ときたら、簡単にサボるようになった。罪の意識もなく!学生時代と違って日々の疲労というものがあるので仕方ないとは思う。しかし、疲れている時であってもせめて腹筋だけは頑張ろうと思う。

と、電車内の中吊り広告に写ったお姉さんの美しいお腹を見て思ったのだった。

あ、日にちを忘れられたら…とか言いながらも結局9月の目標を立てている。やめられないのね結局。

Saturday, 30 August 2008

メンタルヘルス向上委員会

土曜だが今日も一日中仕事だった。
コンビニにある100円の「アメリカンドッグ」が好きだ。あの安っぽさがいい。ソーセージのまわりの、あの油を吸った小麦粉の部分が少し甘いのだが、それが、小学生のころよく作ったドーナツの味を思い出させる。買う理由はそれというわけでもないが、時々むしょうに食べたくなる。

ということで、今日昼ごはんとして食べた。そういえば昨日も食べた。

渡辺淳一の『鈍感力』を今さらながら読んでいる。
小言は「はいはい」と聞き流しておくに限るということを再確認した。うちの父親なんかはそれが本当に上手いと思う。そういえば弟も。母親の小言を「どうせぜんぶ真に受けても同じだから」と「はいはい」で聞き流す。
あとはイタリア人の友人たちがちょうどこれに該当すると思った。
小言に限らず、人の話していることをあまりよく聞いていない。適当に聞き流して、自分にとって都合の良いところだけ聞く。彼らがあれだけハッピーでいられるのはその成果なのだろうと思う。どうやったらああなれるんだろうなあとよく思うのだが。
あれはなかなか真似できないと思う。

「心身ともに元気なまま長生きをしている人に限って、人の話をよく聞いていない」と本にあった。ははは

今日、上司からちょっと注意をされた。数分間それがぐっときたのだが、ちょうど本の内容を自分に言い聞かせて、開き直った。くよくよしてもしょうがないのだ。

「血がさらさらと流れる身体」をめざすのである。ストレスをためず、副交感神経の働く身体。
外部から及ぼされたストレスも、自分でコントロールして軽減できればそれに越したことはない。
9月からはその方向で行こう、と考えている。置かれた状況を嘆いても、今のところはどうしようもないのだ。
メンタルヘルスを良好に保つべし。

雨がひどいですね。明日、日曜はどうかなあ。

7月さいごの日

いつの間にか7月さいごの日になってしまった。全然ブログを書かないままでした。書くことがなかったわけでもないのだが。 夏休み前の仕事がおわって、本当に夏休みになった。長い夏休みなのにイタリアに行かない。2年連続で行ったが、今年は断念した。円安だしまあそんなもんかなと思っていたけどや...