Friday, 27 February 2009

mukku, gachapin, as beyonce



いつもガチャピンに出番を取られちゃってるムックであるわけだが、このビデオでは結構目立っている。もうね、これ、とてつもなく素敵ですよ、この人たち。すごいよ。何度見ても爆笑。

Sunday, 22 February 2009

The Curious Case of Benjamin Button

『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』
The Curious Case of Benjamin Button

土曜日。仕事を抜け出して、近くの映画館へ。話題の映画を見てきた。
1800円という、割引もされていないプレーンな?値段で、映画を見たのはこれが初めてだ。それでも特に迷わなかった。そしてこの映画が見たかったのかといえば別にそういうわけではない。どうしても、この時間に、職場付近で時間をつぶす必要があったのだ。

自動販売機でCCレモン500ml を200円で買って席に着く。3時間は長いなと思ったのだが、なかなか濃い内容だったので、値段も時間も、価値のあるものだったと思う。

ただ、ブラッド・ピットが出てしまうと、やっぱりそこは天下のブラピ、であるわけで、サングラスかけて船上でキメてるカットなんかはもう、ソフトバンクのCMにしか見えなかったな。ブラピを見るのが楽しみであるいっぽうで、ほかの、無名の俳優がやったらもっと面白かったかもしれない、とも思った。

セレブリティは、そういう点で、困るだろうと思う。ブラピの例で言えば、彼はもうブラッドピットとしてのアイコンができあがっちゃってるから、みんな、無意識のうちにその役を「ブラピだー」と思いながら見るわけです。

その役が「ベンジャミン」として見られるようでなければならない。願わくば、その人がブラピであることを、見ている人たちが忘れるほどでなければならない。宮沢りえが昔そういうことを言ってたけど。
つまり、自分との戦いなわけですね。セレブリティを、どうやって払いのけるか。大変だなぁ。

ま、とりあえず、見に行ってみてください。私にとって印象的だったのは、デイジーとベンジャミンの2人が、新居に引っ越してから、部屋でじゃれあう連続カットでした。ぽかーんとするほど素敵だった。

あれが「映画みたいな恋」てやつなのかな、いわゆる。でも、みんな自分の恋愛を「映画みたい」って思っているんだと思うよ、実は。それぞれに、形は違えど、あるいは、他人に言わないけど、そう思っている気がする。 あるよね、ああいうの。日々を切り取ったらああいう感じになるさきっと。
どんな恋愛だって、映画になれる。

誰か作ってくれないかなあ、"The Curious Case of Martin Lewis" ... hahaha

"ye-ye" japanese TV commercial

今月はあまり友達に会っていない。一時期は、週に3回も4回も友達と会っていて、それはほとんど中毒のようでさえあった。でも最近は会わなくても、以前ほど孤独感というかつまらないと感じることが無い。精神的に結構安定しているからだろうと思う。アンナ・カリーナの動画を見ていたら、いつのまにかこんなのまで掘り出してしまった。
it's just, real catchy

Saturday, 21 February 2009

中川氏、バチカンでもお騒がせ 美術品に素手・警報作動

以下、asahi.comより:

【ローマ=南島信也】主要7カ国財務相・中央銀行総裁会議(G7)での「もうろう記者会見」で引責辞任した中川昭一・前財務・金融相が、会見の約15分後にバチカン博物館を観光した際、触ることが禁じられている歴史的に貴重な美術品に素手であれこれ触るなどしていたことが、バチカン関係者の話で分かった。立ち入りが制限された場所に入ったために警報も鳴ったという。記者会見後にも失態を重ねていたことになる。
 関係者によると、中川氏は財務省の玉木林太郎国際局長や秘書官らとともに現地時間14日午後4時20分ごろから約1時間半、在バチカン日本大使館の上野景文大使らの案内で同博物館とサンピエトロ大聖堂を見学した。一行は計10人で、博物館側のイタリア人1人が案内役についた。見学は中川氏側からの要望だったという。
 同博物館は広大なため、大使館側は古代の彫刻が展示された「大燭台(しょくだい)」のギャラリー、「タペストリー」のギャラリー、「地図」のギャラリーのほか、ミケランジェロの天井画や「最後の審判」などで世界的に有名なシスティーナ礼拝堂といった主要部分だけを回る1時間の見学コースを用意した。
 到着時から中川氏の足取りはフラフラとおぼつかなく、言葉もはっきりしなかったという。案内役の説明を聞かずに歩き回ったほか、入ってはいけないエリアに足を踏み入れたり、触ってはいけない展示品を素手で複数回触ったりした。そのため警備室の警報が少なくとも1回鳴ったという。
 バチカン博物館でも特に有名な、「八角形の中庭」の「ラオコーン」像を見学した際には、観光客が近づき過ぎないようにするための高さ約30センチのさくを乗り越えて石像の台座に触るなど、非常識な行動をとったという。

博物館には通常、午後4時までに入館しなければならないが、中川氏らが訪れたのはその後だったため、システィーナ礼拝堂以外では一般の観光客の姿はほとんどなかったという。
 中川氏は博物館見学後、サンピエトロ大聖堂を訪れた。午後6時前にホテルに戻り、午後7時半に日本に向けローマ空港を出発した。
 同大使館は朝日新聞の取材に対し、「(見学中の中川氏は)ずいぶんお疲れだなという印象を受けた」とコメントしている。
    ◇
 一連の経緯について、中川昭一氏の事務所は「体調が悪かったため、見学中に入ってはいけない区域に入ってしまって警報が鳴ったのは事実だ。関係者に迷惑をかけることになり申し訳ない」と釈明している。

Friday, 20 February 2009

1more day to go


時々むしょうに食べたくなるものの一つ。オムライス。鶏肉が入って無くてもいけると思う。

It's Friday today but no "TGIF"
1 more day to go!

知的プライド

内田樹のブログをさっき読んで、印象的だった言葉をとりあえずメモ:

人間というのは、その知的プライドをずたずたに切り裂かれると、生命力まで損なわれることがある

Wednesday, 18 February 2009

Back to Classic

語学を学習する人の気持ちが分かるようでなければ、と常日頃思っている。だから、自分の語学力を伸ばそうと考える。TOEICを受けるとか、ラジオ英会話を聞くとか。しかし、英語に関して言えば、ある程度のレベルまで達している。自惚れて言っているわけではない。「初級」につきものの悩みを、既に忘れつつあるのだ。

例えば:読みたい記事があるのに、なかなかスムーズに進まない。それどころか、どこで切って読むべきかが分からない。誰かに教えてもらわないと、分からない。そもそも単語が分からない。とても基礎的に見えるイディオムを知らないから、単語ごとに訳をしてしまう。そして単語力をどうやって伸ばしていけばいいのか、分からない。

そういう悩みだ。


時々、イタリア語の記事を読むのだが、つい最近、目を通すだけではなくて、本文を全部、日本語訳してみるという作業をやってみた。中学・高校でよくやっていた、あの方法である。これが、とても難しい。上に書いた例がとにかく当てはまっているのだ。どこで切るべきか分からない。そして、関係詞が、どの節にかかっているのか、分からない。

「なるべく自然な日本語に訳せ」

といわれるし、私も実際そうするべきだと思うが、その一方で

「でも、文法は正しくおさえてない違う意味になることもあるからなるべく忠実に」

とも言われる。そして、忠実に訳をすると、なんとも不自然な日本語ができあがる。

これはいわゆるジレンマってやつだろう、と思った。「なんとなく、意味はつかめる。しかし、文法をよく分かっていない今の状態では、なんとなく進んではいけない気がしている。自然な訳と、正しい文法理解の、ちょうど中間地点というのがどこか分からない」というジレンマ。

面倒だが、こういう、ノートに訳して…という作業をしてみると、学習者の気持ちが痛いほどわかってくる。一文まるごと指差して「ここが分からないんです」と言う学習者を、責めてはいけない。だって、分からないものは分からない。本気で、助けを必要としている。考えても考えても分からないときに、誰か助けてくれたら、と思うその瞬間の想いは結構強くて、結構必死だ。

私はイタリア語の読み書きに関して言えば、圧倒的に弱い。なんとなくしゃべったとしても、綴りをすぐに間違える。聞こえたままに書くので、単語が長くなると、間違えている可能性が高い。語彙も相当小さい。

ただ、自分に鞭打つことって、語学学習では不可欠ですよね。単語を覚えるなんてそれはもう、ある種、闘いみたいなものだと思う。しかも、成果がすぐに現れないと、じれったい。風邪薬とは違う。

大学の時、先生が、「いくら古いといわれようが、かたい文法書を自分で読んだり、分厚い辞書をひいたり、鉛筆持って果てしなく単語の練習したり、書きまくったり、逐一、訳を書き取ったり、そういう地道な作業は、絶対必要。最近は、コミュニケーション中心の語学習得が流行で、旅行会話みたいな、楽しいステップ50~とか言って始めても、質問に対する答え方を知らないと意味が無い。バリエーションがきかない。地味かもしれないけど、古典的な作業は、語学学習には避けて通れない」と言っていた。そして私は未だにそれを信じていて、「古典に帰る」ことが必要なのかもしれない、と、時々思う。すぐには成果の現れない、地道な作業。

涼しいままで終わると良い

快適な涼しさが続いている。日中には気温が上がるが、それでも、逃げなければいけないほどの暑さではない。8月のはじめに40度くらいあったが、あれがピークで、そのあとは夜もエアコンなしで寝られる。このまま夏が終わればいいと思う。きょうは少し曇っている。雨が降るらしい。 カズオ・イシグロ...