Monday, 21 November 2016

東京に住む意味

きのう。
子どもを預けて3時間だけ1人で友達に会うために外出した。自由に自転車で動き回れる幸せをかみしめる。

仕事には復帰したいが保育園に入るのは「99.9%無理」らしい、とか、
預けたとしてもビルの一室みたいなところに本当にとりあえず「預ける」だけっぽい、とか、
預けたとしても保育料はバカみたいに高い、とか、

そういうことを話していたら
「そうすると、そこまでして東京に住む意味って何だろう、ね」という感想に落ち着いた。

まったくである。

保育園のことはほんの一例にすぎない。
生活費も高いし人もひしめいている。こんなに生きづらくて狭いところにどうしてわざわざ住むのだろう。

ひとつにはやはり、人が多いからこそ、色々な人がいて面白いというのはある。文化的にも、刺激が多い。そしていろいろと便利。

良いところはたくさんある。ただし、子どもを育てるとなったら、このぎゅうぎゅう感は、この子に一体どういう影響を及ぼすのだろう、と考えないわけにはいかない。

そこでまた保育園の問題に戻る。

働き盛りの人間が、働きたいのに、預けることを最初から諦めなければいけないような街に未来は無いと思うのです。保育園を建てることさえ受け入れないような街には。

本気で、ここにいる意味を考えてしまう。

日常に戻る、とアイデンティティ・クライシス

 韓国から帰ってしばらく経つが、すぐに東京の生活には慣れてきた。職場も1ヶ月以上ぶりに行ったが、15分もあれば戻った。この夏、あっちこっちに滞在したのもあってようやくホームグラウンドに戻ってきた気持ちになる。わたしの日常が東京にある、というのをあらためて実感している。 韓国から帰...