Monday, 23 December 2013

ある冬至の話

昨日は冬至だったわけだが、本当に日が短かった。今年ほど日の短さを意識することもこれまでなかった気がする。どうしてだろう。陽があるうちに外に出るわけだから、外を出歩く余裕ができたのかもしれない。いいことだ。

午前中は図書館で雑誌をぱらぱら読み、昼はバーガーキングでアボカドワッパーを食べて、そのあとクリスマスで浮かれる人々をひやかしに表参道まで行ってみた。「ひやかす」ということはもちろん自転車で、である。

だいたい週末の表参道の混みようといったら、通り全体が朝8時の新宿駅構内のような人の多さである。それがクリスマス直前の日曜となると、さらなる人でごった返して
いた(ように見えた)。というのも、ジャニーズショップやポップコーンやパンケーキ?に入るための列がいつもの倍以上に伸びていたのだ。やっぱり列に並ぶ人たちの気持ちは一生分からんよなーと思って通り過ぎた。
さらに、表参道ヒルズ前で記念写真を撮る人たち。特設の「カップルで写真コーナ~」みたいな、お立ち台?ができていて、そこで写真を撮るための列ができていた。これのどこが魅力的なんだろう?見ているほうが恥ずかしくなる滑稽さだった。
こういうのを眺めながらシューっと坂を下る。ああ、この優越感。
自転車は最高だ。
冬に自転車は寒いんだけど、それでも自転車に乗ったときに感じる自由といったら他とは比べようが無い。
代々木公園には人が少なかった。その代わりに、パフォーマンスをする人たちはいつもより多かった。そういうのをしばらく眺めて、帰った。
帰り道に、プールへ行った。いつもの1.5倍は泳いだだろう。人も少ないので泳ぎやすく、本当に気持ちよかった。
水の中にいると、手足が思いっきり伸ばせる。
陸上にいるときよりも、すみずみまで伸びる感じがする。
自由だ。

家に帰って映画を見た。
それから、先週、元同僚にもらった「ナノブロック」を作り始めたら止まらなくなった。
正直なところ、こんなのは30分もあればできるだろうと思っていたのだが、完全になめていた。2時間くらいかかったと思う。完成はこちら。
ナノというくらいだからどのくらい小さいかというと、手のひらに乗るくらいである。ブロック一つ一つは本当に小さくて、落としてしまったらもう見つけられない。

トナカイの角と、サンタの後ろのプレゼントは、実はとても不安定で、あまりきちんと固定されていない。というのもやはりブロックひとつひとつが小さいから。

ただ、これがとても楽しくて、2時間ずっと止められず、ものすごく集中した。
ふと気づくと背中と首がすごく痛くなるほど凝っていた。完成した頃には日付が変わっていた。

また別のを試したくなってしまった。家の中に物が増えるのは好きじゃないのになあ。

Saturday, 21 December 2013

ウディ・アレンのTo Rome with Loveを見た

やっと見た。ウディ・アレンの"To Rome With Love"。
「やっと」である。

日本に住んでいて不便というか「えええ」と思うのは、映画の公開の遅さ。
時間差、いや、年月差がありすぎるのだ。
これ、イタリアで公開されたのが2012年の4月。
日本で公開されたのが2013年6月。

いくら日本が「極東」とは言え、1年と2ヶ月の待ち時間は長い。長すぎる。
私は映画館で見損ねたので、結局DVDを待つ羽目に。
今ようやく「新作」として入ってきていて、借りた。
つまり1年半遅れでようやく見ることができたのだ。

そういえば、日本に住んでいるアメリカ人で、どうしても見たい映画―確かロード・オブ・ザ・リングだった―の公開を待てずにアメリカまで帰ったという人がいた。気持ち、分からなくもない。

さて、本題に入る。

映画を選ぶときに、「ああウディ・アレンの気分だ」と自覚することがある。
気を張らずに映画が見たい、と思う。
舞台として魅力的に描き出される街を味わいたい、と。
自分もその場にいて、一緒に散歩しているような気持ちになるのだ。
そしてハッピー・エンディングであることはなんとなくわかる。
この映画も期待通りだった。
坦々と進む。
感情の起伏もなく、「まあ、みんないろいろあるよね」という気持ちになる。

・アレック・ボールドウィン演じる建築家が、途中でコメンテーターのように解説やアドバイスをつっこんでくるが、彼の姿がジャック以外の人たちに見えていたのだろうか?そこをあいまいにしておくところがまたこの映画の良いところでもある。

・ペネロペ・クルスのイタリア語がごく自然だった。まあスパニッシュのネイティブにとってはそういうものなのだろうか。スペイン語の上手なイタリア人にはたくさん会ったことあるけど、イタリア語の上手なスペイン人はあまり会ったことが無い。

・ジェシー・アイゼンバーグほんと早口だなあ

・ロベルト・ベニーニが終わりのほうで道路に出て行って「私はレオポルドだ」と叫ぶシーンがあるのだが、この1人芝居的な動きはまさにロベルト・ベニーニで、映画のなかの一つの楽しみでもある。せっかくこの人を映画に出すんだったら、1人でぺらぺらしゃべるあの演技が見たい。

・シャワーを浴びて歌うお父さんがツボ。シュールすぎる。

・結局この映画のメッセージは何だったのだろう?教訓ぽいことを言う人もいなかった気がする。ミッドナイト・イン・パリなんかはその辺がはっきりしていたようだが。

・ところでこの邦題「ローマでアモーレ」はなんとかならないのだろうか。近年の映画の邦題はセンスがなさすぎてびっくりする。

Friday, 20 December 2013

寒いよう

おなかがすいたり寒かったり疲れていたりでどうもイライラする。
こういうときはきちんと料理をするに限る。
しっかりおなかにたまって、簡単で、すぐにできて、おいしくて、太りにくいもの。
となるともうパスタしかない。
一番安上がりで、満足のいくパスタは、トマトの缶とツナを使ったもの。
これにカッペリを入れると一段とおいしくなる。
手が乾燥していて、ハンドクリームで対処できなくなってきた。
指の先が割れて、タイプすると痛い。
水飲んでもなかなかみずみずしくならない、この身体。
全部ぱりぱり。

Monday, 16 December 2013

クリスマス会

ゼミのクリスマス会に行った。

ゼミと言っても私がこのゼミに所属していたのはもちろん大学時代で、卒業してから7年も経つので、普段の活動に参加しているわけではない。
だが、教授には卒業後もたいへんお世話になっており、時おり近況報告をしている。
直接会いに行ってお話をすることができず、メールで近況を報告するにとどまっていた。
そこでこのクリスマス会は良い機会だと思った。

私の世代?の卒業生は誰もいなかったので、少し行くのがためらわれたが、だからなんだ、と思い直して行った。

何かのイベントや会に行くかどうしようか迷っているとき、たいていの場合は行くに越したことはない。というのはうまれてから今までの経験から学んだこと。

行ってよかった、はあっても、行かなきゃよかった、というのはほとんど無い。
「迷ってたけどやっぱり行ってよかった」とたいていの場合言ってる気がする。

結果的に、やっぱり行ってよかった!

知らない人だらけだったが、話をするうちに共通の知人が出てきたり、実は前にお見かけしました、という人だったりした。これは毎年恒例だが、誰もがそれぞれに料理を一品ずつ持ち寄ってくるということになっている。私が現役だったころは、なにか買ってくるということも多かった気がしたので私はスーパーのお寿司とから揚げを買っていったのだが、着いてみるとなんとほぼ全員が手作りの料理を持ってきているではないか。

その中でも驚くべき美味しさだったのが、豚肩ロースの黒ビール煮込み。作り方を一応きいておいた。いい肉を使っているんですか、と聞いたらそういうわけではなく、塩麹に漬けたらこうなるということだった。うーむ。取り入れるか、塩麹…。

プレゼント交換があった。これも毎年おなじみ。
くじをひいて、当たった番号の品を受け取る、という形式だった。
なんと、私がひいた番号は教授のプレゼントで、教授がひいた番号は私のプレゼントだった。
教授ファンに妬まれるなあと思った。

で、プレゼントがこれ↓

その名もMr. TEA。
この世で一番かわいいティーストレーナーである。
箱に書いてあった説明がかなりセンス良かったのでここにメモ程度に書いておく:

Mr. Tea is the perfect companion for your afternoon tea.  Just load his little silicone pants, perch him in our cup, watch him relax, and your orange pekoe will be perfect.  Ahhhh, so relaxing.

いっしょにレディグレイの葉っぱもプレゼントしてもらった。自分では買うことがない、なんとも華やかな香りのする紅茶である。

最近もっぱら紅茶派になった私にはぴったりのプレゼントであった。

いやはや、先生、ありがとうございました。

Saturday, 14 December 2013

忘年会

職場の忘年会があり、目黒雅叙園へ行った。初めて行ったが、なかなか豪華な場所だった。写真は無い。創立何年なのだろう、と思った。

80年代は予約でいっぱいだったのに今となっては…というホテルや宴会場は、今の時代どんどんつぶれていくようだが、この雅叙園にもそういう悩みがあるのだろうか。

食事をサーブしてくれる人たちは、全然若くなかった。ベテランなのか、あるいは…

色々考えてしまう。

ところで、料理は中華だった。重すぎず、おいしかった。
中華料理をここ数年口にしておらず、おいしいというイメージはだいぶ遠のいていた。
村上春樹の影響かもしれない。食べる気もしなかった。

ところが先日友人と会ったときに紹介されて行った中華料理屋がとにかくおいしかった。
そして雅叙園も。

あらためて見直した。自分で作ろうとは思わないのだが。

職場の忘年会と言っても、年を忘れられるほどはしゃげるわけがない。
同僚何十人もと、
たったの2時間で、
こんなかしこまった場所で、である。

普段、めったに同僚と飲みに行ったりしないし、つきあいで無理やりいかなければいけないような飲み会も無い。

だからこういう場での「お酌する」とか「とりわける」とかの行為には、本当にうんざりさせられる。
そんなルールなしに楽しめばいいのに、と思うのだが、そんなのは私だけかもしれない。

「乾杯の合図」とか、終わりの「1本締め」とか、やっぱり、慣れない。
普段の忙しさと緊張感を取り払って楽しくするために会を催しているはずなのに、かえって疲れてしまう。
(特に幹事なんかは少しも食事ができずに本当に大変そうだった。)

どれだけ日本で働いても、やっぱりこういうしきたりや慣習に対する違和感は拭い去りきれないように思う。

Sunday, 8 December 2013

1番を目指さない

肩の力を抜いて生きられるようにするには、どうしたらいいのか。

上昇しようとしないこと。
一番を目指さないこと。
小さなことで幸せだと思えること。

仕事も私生活も、完璧を目指そうと思えば目指せる。
ただ、そうして頑張った先には何があるのか?
普通の暮らしで本当に満足できないのか?
1番じゃなくて何が悪いのか?

適度な収入があればいい。別に贅沢はしないから。
たくさん稼ぐためにはそれなりに身を削り、時間や交友関係といった犠牲を覚悟しなければいけないとしたら、私はそれを望まない。

億万長者になれるような人たちは、生まれたときからある程度そういう環境で育てられたのだ、と思っておこう。

人と比べないこと。
走らないこと。

Saturday, 7 December 2013

食のワールド・ツアー

価値観とか金銭感覚というものは変わるものだ。しかし時間がかかる。
学生時代は1円でも節約したかったのだが最近ようやくそうじゃなくなってきた。
長い目で見てそれは本当に自分のためになる節約なのか?と問うてみるとそうじゃない場合がたくさんあるということに気づいた。

食について。

「自分の食を軽んじている」と言われてふと気づいた。
お金を稼いでいるのだから、その分使ってもいいのだ。

「年寄りってわけでもないのに、出かけることも全然ないし、いつも疲れている」とも言われた。
まったく否定できない。

というわけで最近は平日でも外食するようになったし、家でも色々なメニューを作るようになった。
つまり食費をケチらなくなった。
そしたらなんとなく日々がより充実しているような気がする。

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東京では世界各国の食が味わえる。
しかも、どれもより本場に近いし、こんな場所は世界じゅうに他に無いと言われる。

だったら色々食べてみよう、と思った。
韓国、イタリアといった定番だけでなく、アフリカ、トルコ、メキシコなどのレストランに行くようになった。

支出の割に合う場所を見つけるには、調査と実践が必要となる。とりあえず写真にあるメキシカンはとても気に入った。

今週は、

火曜:メキシコ
水曜:中国
木曜:おうちでイタリア
金曜:トルコ
土曜:昼インド、夜おうちでアフリカ

といった具合だ。
火曜日は、ほんとうのところポルトガル料理の予定だったが予約でいっぱいということであきらめた。
昨夜行ったトルコ料理屋では突然、ベリーダンス・ショーが始まった。

今度はどの国にしようか、と考える。
これぞ食のワールド・ツアー、である。
東京という大都市に暮らす醍醐味を、またちがった、新しい角度から感じている。

涼しいままで終わると良い

快適な涼しさが続いている。日中には気温が上がるが、それでも、逃げなければいけないほどの暑さではない。8月のはじめに40度くらいあったが、あれがピークで、そのあとは夜もエアコンなしで寝られる。このまま夏が終わればいいと思う。きょうは少し曇っている。雨が降るらしい。 カズオ・イシグロ...