Sunday, 12 August 2018

二十歳過ぎればただの人

最近気に入っている言葉の一つである。
「十で神童
十五で才子
二十歳過ぎればただの人」
いやはやよく言ったものだ。誰しも「わが子は特別かもしれない」と思う。私も思う。ほかの子と違った点を無意識に探し出してしまう。特別に活発だとか比較的明るいとか。友人知人もそうだ。フェイスブックやInstagramに出てくる投稿には少なからずわが子自慢のにおいがする。「寝返りした」「えっ、早くない?」とか「これ、うちのモンスター」「やんちゃんなんだね」みたいなやりとりですら「うちの子は特別」という思いがこもっている。
昔からみんな自分のこどもについて同じように思ってきたのだろう。こどもを育てるようになるまでは「二十歳過ぎればただの人」なんて言葉は知らなかったのだがつい先日この言葉を聞いて笑ってしまった。まさに自分の考えを見透かされたような感じがしたのだ。参ったな、と。

と、同時に不思議と安心したし、それ以降いろんなことに対して楽に構えるようになった。それは育児がどうでもいいかではなくていい意味で気を張らなくなった。いずれ普通の人になるんだみんなと思ったら、寝返りとかしゃべりはじめとかおむつのはずれる時期とかどうでもよくなった。いずれできるようになる。そして三十数年たった今、だれがそんなことを気にしているか?

日常に戻る、とアイデンティティ・クライシス

 韓国から帰ってしばらく経つが、すぐに東京の生活には慣れてきた。職場も1ヶ月以上ぶりに行ったが、15分もあれば戻った。この夏、あっちこっちに滞在したのもあってようやくホームグラウンドに戻ってきた気持ちになる。わたしの日常が東京にある、というのをあらためて実感している。 韓国から帰...