Wednesday, 31 December 2025
読書家ではない人の読書記録
Thursday, 25 December 2025
まえむきな病み上がり
Wednesday, 24 December 2025
子の生命力を信頼する
Sunday, 21 December 2025
心も体も冬休み
きのう、土曜日は朝から合気道へ行った。楽しかった。汗だくになった。暗いなか外に出るので覚悟がいる。明るい時期との朝稽古とは全然違う。それでも稽古が終わったあとの爽快さは何にも替えがたい。
昼は鍋焼きうどんを食べた。
村上春樹がよく比喩に使ったり「鍋焼きうどんの季節ですね」と言ったりエッセイに出てきたりするので気になってはいたけど実際に店で注文して食べることはまずなかったと思う。先週試しに食べてみたらびっくりするほど美味しかったので今週も食べることにした。
Sunday, 14 December 2025
チョコレートのパンドーロ
イタリアから届いたパネットーネとパンドーロを少しずつ消費している。きのうはついにBaudiのチョコレートクリーム入りパンドーロを切った。付属の粉砂糖が、カカオパウダー入りで茶色かったのはびっくりした。
とても美味しかった。チョコレート好きにはたまらない製品。いっぽうで子がつくったレゴ。
1年生のときにハマっていたskibidi toiletによく似ている。
後ろ姿。
いつもながら設計図なしによくできるよなあと感心する。
いつも日曜朝は水泳に行っているが、きょうは雨が降っているのでまあ休んでもいいかと思っている。
そういえばきのうは合気道に行ったのだが起きたのが5時45分であやうく遅刻するところだった。5時の目覚ましが聞こえなかったらしい。珍しいこともあるものだ。飛び起きて、顔を洗って、家を出た。めちゃくちゃ寒かったけど合気道にいくとすぐに汗をかく。
Wednesday, 10 December 2025
強さとは
火曜。休みをとったのだが、同僚に回さなければいけないメールが一件あったのでメールをチェックしたら、それ以外に腹の立つメールがきていた。みなければよかった、とつくづく後悔した。見なければ済む話なのに、メールボックスを開けてしまったがためにいやな気持ちになる。遅れてもいいし迷惑をかけてもいいので、メールは勤務時間中に見るべきなのだ。たとえいやなメールを受け取ったときでも、周りに同僚がいる職場という環境であれば共感してくれる人もたくさんいるのでダメージが少なくて済む。(そういう面において同僚にはおおいに助けてもらっている。)
メールがなかった時代はどうだったのかなと考えてみるに、それはそれで不都合なこともたくさんあったのだろうと思う。いいとこ取りはできない、というのが結論だろうか。それにしても、メールはろくなことがない。コミュニケーションは面と向かってやるのが一番なのである。最初から「メールを見ない、返さない人」になってしまったほうが楽だと思う。
仕事、仕事、と言ってももう40過ぎたということは、仕事人生の半分は終わっているわけだ。働き方というか自分の在り方を強く持っていないと簡単にブレるし、まわりまわって大変なことになると思う。わがままを突き通すわけでも我慢し続けるわけでもない、ちょうどいい「在り方」がどこかにあるはずで、こういう場合はロールモデル、お手本があると良い。そうなると自動的に女性には女性のお手本が必要となる。男女関係ないだろう、と思うかもしれない。男性から学べるところは、ある。働き方を見ていて「ああ、指示はこういうふうに出すのか」とか感心することがある。しかしそれはあくまでも「部分的に」なのだ。女には女のモデルが必要だ、というのは、出産と育児を経るというのはもう並大抵のことではないので、これをこなしながら働いているかどうかは大きい。
すごいなこの人、と思える先輩がいても「はて、この人のご飯は誰が作ってるんだろうな。洗濯は誰がしているんだろうな。子の宿題は誰がみているんだろうな」ということが気になる。必ず誰かが裏でその人の分の働きをしている。歴史上の偉大な人物でも、きっとその背景にはご飯作ったり洗濯したりしている人がいた。自分でやってる可能性ももちろんあるけど。
だから、これらを家族に依頼するにしてもそのこと、つまり「そういう仕事が家に存在すること」をじゅうぶん把握していて、うまく回せるだけの人間関係を家族と築けている人なのかどうか、が見習いたいと思うかどうかを決める。
「結局、どこに行っても人間関係」なのである。周りが見えていたとしても気にし過ぎてすべてが遠慮に変わってしまって遠ざかる人もいる。この辺は、最初の話に戻って、やっぱり自分の軸がないといけない。強さとは周りを押し退ける力や自分を押し通す力ではない。合気道の先生がよく言う話で、かつて高倉健氏と話したときに「強さとは、なんでしょうか」と高倉氏はたずねたという。強さとは。なんだろうか。ときどき考える。先生は「自分に勝つこと」とおっしゃっていた。言われてなるほどと思うが、その答えは与えてもらうものではなく自分で日々を生きながら見つけていくものだと思う。
Tuesday, 9 December 2025
イタリアから届いたプレゼント
きのうでいったん仕事が一区切りついた。きょうは働いてもよかったのだが年休も残っているので思い切って休むことにした。めまいの始まる前の、振り返った瞬間に周りがズドンと落ちるような感覚が、ここ2週間のあいだに、たまに起こることがあるので、ぼちぼち休んだほうがよさそうだなと思った。
Thursday, 4 December 2025
揚げ物から考える異文化理解
スローターハウス・ファイヴを読み終わってから、本棚にあったアリス・マンローの"Dear Life"を一話だけ読んだ。続けて読もうと思ったけど図書館で予約したカズオ・イシグロの"Remains of the Day"が早速借りられたので、こちらを優先して読むことにした。洋書、ペーパーバックは図書館にあるとも限らないがカズオ・イシグロ級だと、ある。所有していないものを読むのは今までなかったけど、これでもいけそうだと思った。
しかし困ったことに文字が小さい。電子書籍のほうが良いのかもしれない。文字が小さくて読めないのではなく、読む気になるかどうかという問題である。
そして英語が!難しい!!一文が長い!語り手が英国の執事なのでそれはもう丁寧で回りくどい表現が続く。北米英語を読んだあとなので、正直なところ面食らってしまう。それでもきょうで3日目、なんとか読み続けている。きょうは同じ箇所を3回も4回も読んで、いつの間にか1時間くらい経っていた。物語は最初、入り込むまでが大変なので、もう少しすれば楽に読めるようになるのではないかと期待している。
おととい、半休をとったので時間があった。子と2人での夕飯。
冷凍庫にある豚肉を焼こうと思っていた。子が肉をみて「カツ丼?」というので、ああ、そうか揚げることもできるな…と思い立った。先日ハンバーグを作るために開けたばかりのパン粉もある。フライを作ってみるか、と思った。そういえば図書館で借りていた栗原はるみさんの「わたしのいつものごはん」があるので参照してみた。料理のレシピはネットで見るよりも本のほうが断然いい。
揚げられるものが何かあるか、探ってみたら冷凍のエビが大量にあった。全部解凍することにした。それからかぼちゃも。揚げたてが当然おいしいので、片っ端から2人で食べていった。たったまま食べながら
「おいしいね」
「揚げたらなんでもおいしいよね」
「鉛筆だっておいしいんだよ」
「えっ、ほんとうに?」
というような会話をした。「はれときどきぶた」を思い出す。メインのとんかつを揚げる頃にはもうお互いに油を受け付けなくなっていて、おひらきになった。立ったまま食べる夕飯となった。
さて翌日。
小さなトンカツが3つ残っていて、帰ってきてからわたしがパクッと食べたら当然、子も「ぼくも」と言って食べる。これを見て黙っちゃいないのがイタリア人。「揚げ物は2日連続で食べない」という。「残っているんだから一口くらいいいでしょうに」と言うとさらに怒る。
面倒だなあ、と思っていたところ、ちょうど電話をしていたイタリアのおばあちゃんと我が子との会話。
「パパが揚げ物を食べちゃダメっていうんだ」
「揚げ物は2日続けて食べたらダメなのよ」
「でも一切れだからいいんじゃないの」
「一切れでも連続は連続でしょ」
なるほど、これはパパ1人の意見ではない、ということがここで証明された。
夕飯はエビとあさりのリングイネだったが、それを食べ終わったあとに最後のカツ一切れを子が食べた。これをにらむイタリア人。わたしは口を挟まないことにした。
これが異文化理解というものなのだろうか。きっとそうだろう。放っておけばトンカツは消化され、忘れられる。
それにしても、だ。イタリアにおけるこういったまじないのような迷信のようなルールはたいへん厄介である。この、揚げ物は一例なのだが、気候、服装、食べ物などなどに生活、もはや人生関するルールが数えきれないほどある。どこにも書かれていないのにみんな知っているルール。「食べたあと2時間は水に浸からない」は代表例かもしれない。
もう少しおおらかでもいいだろうに、と思う反面、これがイタリアをイタリアたらしめている、ひいてはこの世界で「魅力的な人々、地域、文化」として見られるゆえんなのかもしれない、と思う。意固地なまでにゆずらない「らしさ」。
気候や食べ物と書いたが、もっというと人間関係においてもこの「ルール」があり、長い歳月をかけて培われた生き方のスキルが、あの土地で育つと身に付くのだろう。
しかし揚げ物くらいね、いいじゃんね。やれやれ。
Tuesday, 2 December 2025
自動的にマフィン
12月になった。11月に、12月の話をするときはまだずいぶん先のような気がしていたのに気づくと12月が「来週」になって、「今日から」になった。冬休みまであと少し。11月はゴールを目の前にして息切れしそうな人たちが多いと思う。なんとか11月を乗り切りましたよ、みなさん!あとは、やることを整理して、風邪ひかないようによく寝て過ごすだけです。
いつもと変わらず朝は5時に起きている。ここ1ヶ月くらい、起きてすぐにマフィンを焼いている。もはや自動的に手が動く。もはや材料も分量も頭に入ってしまった。きのうも、作らなくてもよかったかもしれないけど、ま、やるかと思って作り始めた。紅茶ができるのを待つ時間は7分間と決めているのだが、なんとその間に材料を混ぜ切ってしまった。実質5分だった。我ながら早い。マフィンはケーキよりもメリットが多い。常温保存で良いし切らなくて良い。材料はある程度適当でも失敗はまずない。作るときもボウルひとつでいい。道具は泡立て器とゴムべらがあればできる。朝ごはんに、おやつに、家族がパクパク食べる。置いておいたら1日でなくなる。きょうは、昨日のが1つ残っていたので作らないでおいた。マフィンの写真がないのは、毎日作っていてもはや特別ではなくなったから。
Friday, 28 November 2025
Slaughterhouse-Five 読み終わった
今朝、カート・ヴォネガットの"Slaughterhouse-Five"を読んでしまった。買ったのは2年前で、当時、読もうと試みても全然頭に入ってこなかったので放置していたものだった。しかし今回はスッと入っていけた。初めて読む作家はその書き方に慣れるまでの時間も必要だ。今回読めたのは、「カズオ・イシグロを読んだ」という事実があるからだ。英文を読むことに慣れ、長編小説に物おじしなくなった。自信がついたのだ。夏休みから連続してカズオ・イシグロを3作と、How to Pronounce Knifeを読んだことで、また別の世界ができた。「これが読めるということは、これも怖くないはず」と思える。優れた作家の優れたインプットがあるというのは素晴らしいことで、こうやって朝、洋書を読む習慣が身についたことがありがたいと思う。
さて、スローターハウス・ファイヴは、簡単にいうと戦争の話。ドレスデン爆撃について。これだけ聞くとだいぶ重そうな雰囲気があるが、全くそうならない。なぜかというと、登場人物がタイムスリップをするから。笑えるほどに場面も時代も変わる。ずっと戦争の話を読んでいたらそれは暗くなるだろうけど、この小説は違うのだ。文も短く、回りくどくない。あっさりした感じが最初から最後まである。
ドレスデン爆撃について、聞いたことはあったのだがよく知らなかった。あらためてウィキペディアで調べたり読んだりした。これをアメリカ人の視点から書かれているところが面白い。
アメリカ英語の小説を読むのはもしかしたらカーヴァー以来?で興味深かった。知らない単語がたくさんあって、どうしようかと思った。普段オンラインの辞書を使っていて、家に紙の辞書がない。そして電子機器を開かずにペーパーバックを読むという状況を自分で作っている。つまりここでパソコンやi padを開くとおそらく読むことをやめてしまう。電子機器の魅惑に紙は簡単に負けてしまうということを経験上よく知っている。さてどうするか。結局、電子辞書を使うことにした。昔の電子辞書で、もう出番はないのではと思っていたけど、ついに電池を入れ替えた。そうすると、やっぱり使いやすい。この10日間くらいで大活躍している。電池の消耗だけが気になるが仕方ないだろう。
次に何を読もうかと考えているが、まずは棚にあるものを片付けたほうがよさそう。そのいっぽうで、カズオ・イシグロをもう1冊読みたいとも思っている。
Wednesday, 26 November 2025
フリマ、咳で病院
24日。3連休の最後の日はフリーマーケットに行くことにした。代々木公園と国際フォーラムどちらにしようかと思ったが、なんとなく代々木公園にした。かつて(と言っても10年以上前)毎週のようにフリマに繰り出していた時期がある。何も買わなくても楽しかった。
十数年たった今、子を連れていった。出不精な子だが、ここ最近は、うまく運べば一緒に出かけるようになった…気がする。車酔いもしなくなってきた。成長している。
代々木公園はとても綺麗だった。紅葉が見頃な上に、朝早いせいか人も少
ない。よく整備されている。それこそ20代後半はしょっちゅうきていたなあと思い出す。寝そべって本を読んでそのまま眠ったことが何度もあった。
わたしがほしいものが見れなかったわけではなく、当時よりもものを減らすことに熱心なため、そんな簡単に買わない、というのもある。
NHKのほうに歩いて、渋谷から帰ることにした。たくさんの店の、11時の開店を待つ人たちで街はあふれていた。知らない店がたくさんあって、かつての渋谷とは変わっていることを感じた。そして久しぶりにスクランブル交差点を渡った。れっきとした観光地である。
25日、火曜日。
朝、マフィンを焼いている間に本を読んでいる。カート・ヴォネガットのスローターハウス・ファイヴはあと少しで読み終わる。さほど期待していなかったのに結構面白い。文は短い。知らない単語は多い。ついに観念して、電子辞書に電池を入れた。
曇り空で寒々しい朝だった。が、ふと顔を上げると、すごい赤が見えた。一瞬目を疑った。これは空の色なのか?と。あわててカメラを持って外に出た。そのあとも秒刻みに色が変わっていった。この朝焼けが見れたのはほんの5分間くらいだったと思う。そのあとは、あっという間に曇り空に変わり、雨まで降り始めた。
3日も休むとそろそろ仕事に行ってもいいかなという気になってくる。家以外での活動が必要だと思うようになる。ここ2日間くらいまた咳で眠れない夜が続いたので、これはいい加減に病院へ行こう、と24日夜に決心した。「もう治っただろう」と思ってから結局3週間くらい経つので、1ヶ月は咳をし続けていることになる。仕事をさっさと片付けて早退し、3時から病院へ。この病院には咳だけで何回お世話になっているだろうか。レントゲンもとったが以上なし。吸入と、去痰剤と、抗生物質を出してもらった。おかげで夜は、途中で起きずに眠れた。もっと早く行くべきだった。
Sunday, 23 November 2025
学祭と、自由と
母校の学園祭へ。行くつもりは特になかったが、恩師がいて会えると聞き、行くことを決めた。子を連れて、2人で出かけた。とにかく天気が良い。電車に乗る時間より歩く時間が長いかもしれない。それでも街路樹の紅葉がきれいで、人も少ないし、いい運動になった。
着くと、大学は広々と開放的で、紅葉を反射したような黄色い光に満ち溢れていた。
懐かしかった。ただひたすらに懐かしかった。自分がいた時と比べると、それは確かにいろんなことが変わっているけど、そこにある空気と光は同じだった。11月の、キリッとした、澄んだ空気。開放感。
ふと、当時の自分達が目の前を通り過ぎるような、そんな感じがした。鍋を抱えて、またはビールを持って、安っぽい、変な格好をした19歳たち。当時は考え事も不安もあったのに、いま振り返ると「あの頃は怖いもの知らずだった」なんてことが簡単に言えてしまう。あふれる自由と若さ。
一瞬だけ、「大学に戻りたいな」と思う。しかしそれは、自由と若さに魅力を感じているだけなのかもしれない。論文を書きたいわけでも、学祭に参加したいわけでもない。大学の雰囲気が好きだったのと、やっぱり自由だったから。しがらみもなく、好きなことをして、いろんな人に出会えた。
大学を経て、今があり、職に就き、世の中に還元をしている(つもり)。自分のいた時代はすでに過ぎている。もう決して戻らないし、自分がもし大学に戻ったところで再現できるわけではない。あの時間は、あのときだけのもの。今は、今。
たぶん同じように感じる人たちがよのなかにはたくさんいる。学校という「枠」があって、そこを通り過ぎていったたくさんの人たち。
いい思い出があるおかげで、その後の人生はあったかいものになる。思い出にすがるのではなく、胸に抱いて先に進むべし。糧として。材料として。
滞在時間はそれほど長くなかったけど、食べたいものを食べて楽しんだ。いっぽう学生時代はこうはいかなかった。おいしそうだなと思っても買えなかった。なにせ、1ヶ月の食費を1万円で抑えるのに必死だったのだ。お金があっての学祭はいいなあ。大人になって別の自由を手に入れた自分。
Thursday, 20 November 2025
Klara and the Sunと、語彙と
「あと3日か〜」と子が言う。もちろん、休みまで、あと3日ということ。週が始まるやいなや「あと◯日」と数えている。気持ちはよくわかる。寒くなってくるとよけいにそう思う。
今週は子とわたしと、2人暮らしである。なんだかんだうまくいっている。鍵を持たせることにも慣れてきたし、わたしも休みをとったり早く退勤したりしながら日々を過ごしている。特に困ることはない。もしここでわたしが具合悪くなったりしたら、それはもう大変だろうなと想像がつく。絶対に具合悪くならない、と毎日自分に言い聞かせて過ごす。それは今週2人で過ごしているからというわけでもなく、周りにインフルエンザが流行している今だからこそ、そう思う。
栄養をとって、とにかくよく寝る。9時から5時まで寝ているが、それでももっと眠れそうな時がある。だいたいこの季節はそうなので、おそらく夏の間に不足している睡眠をここで取り返そうとしてるんだろうと思っている。
週末だったと思うけど"Klara and the Sun"を読み終えた。衝撃はそれほど大きくはないが、だいぶ考えさせられる本だった。いつものように、読み終わったあとになって世の中の人々の感想をネットで読んでみたら(これまたいつものように)読んでいる間は自分がわかっていなかったことがたくさんあった。なかでも"lifted"という言葉や、登場人物が具合悪い理由については全然想像もしていなかったので「ああそうだったのか」と、愕然とした。誰かが書いていた読後の感想にもあったが、これを翻訳で読むとなると、ヒントがありすぎるだろう。このliftedをどう訳すかは、翻訳者の腕の見せ所なのだろうなと思った。そう考えると、やっぱり原文で読んだほうがいい。なんだろうなこれは、という表現がたくさん出てくるけど、それはネイティヴでも同じように「なんだろうなこれは」と思いながら読んでいる場合がある。
次の本をどれにしようかと、選ぶのを楽しみにしていたが、やはり家の本棚にあって読んでいなかったものから片付けていこうと思い、カート・ヴォネガットのスローターーハウス・ファイヴ"Slaughterhouse Five"を読んでいる。タイムトラベルをする話なので、頭がついていかない時もある。語彙は、Klara and the Sunよりだいぶ難しい。The Buried Giantも、Never Let Me Goも、それほど困らなかったのにこの本はピタッととまることがある。カズオ・イシグロはそれほど難解なわけではないのだ。
さすがに調べないと無理だなと思うけど紙の本で読んでいるのでキンドルのように触って意味が出てきたりはしない。辞書を引くにもうちには紙の辞書がない。電子辞書を使おうと思ったら電池がない。オンラインの辞書にしようかとも思うが、紙の本を開いているときにi padなどの電子機器を開くことに抵抗がある。なぜかというと本を読むのをやめて画面を見つめそうだから。やっぱり頭のなかに辞書がある(つまり語彙が豊富)と苦労が少ないのは当然だ。語彙力は無敵。まだまだである。
というわけで「朝起きてすぐ洋書を読む」が夏休みから続いている。「習慣」になりつつある。
Friday, 14 November 2025
皮膚科詣で
去年のきょうの記録に「日中珍しく頭が痛い」「待合室で頭がガックンガックンするほど眠い」とあって驚いた。今年も同じじゃないか。頭は痛くないけど、まるで今まで溜まっていた疲労がどーっと出てきているような感じがする。冬が近づいて、眠りやすくなって、今までの不足分を取り戻そうとしている感じがする。やっぱりそうか。同じパターンがわかれば注意のしようもある。子にそれを話していたら「書いておけばいいじゃん」と言われて、そうだなと思った。あとちょっとで冬休み。
半休取って、ずっと行きたかった皮膚科に行った。何はなくとも1年に1回は行っている。首のホクロ?あざ?を取ってもらうのと、その他もろもろ相談しようと思って行った。本当に長いこと通っている皮膚科で、もはや、ただ先生の顔を見るだけでもいいくらい。
「こんにちは〜、お元気〜?」と先生がやってきた。首を見せたら「これだけのためにわざわざきてくれたの?」という。ほかにもいろいろあるんですけどねー、と相談。目の周りにあった、白いやつを、気になってはいたけど放置していたら、先生が「これも、やれるけど、どうする?」と。目の周りだから怖いなとは思っていたけどあっという間に炭酸ガスで焼いてもらった。「麻酔するわね〜」と準備しながら「あなたとわたしも長い付き合いになるわよねえ。学生だったもんねえ、まだ」と先生。 「20年以上ですね。お世話になっています。」
「そういえばあなたの職場って◯◯だったわよね」と言われて、はい、というと、なんと共通の知り合いがいて、まさに今、待合室にいるという。紹介されて、びっくりして、しばらく話した。世間は狭い。
ちょっと待てばほかの治療もできるということなのでしばらく待つことにした。その間いろいろ話した。
年末感でいっぱいの街をあとにして、なんだかとても満たされた気分だった。帰ったら、ツナとトマトのパスタが準備中で、子は宿題の途中だった。ビールを買ってきてもらっていて、ほんとうに久しぶりに飲んだ。気分がよかった。「もうあとは寝るだけだな」と思った。ごはんを食べたあとは願わくば何か、面白い本が手元に欲しい。先日のものはもう読んでしまったので次に何か、予約しているのが回ってこないかなあと思っている。
「おばけの本」を子と読み終えて、9時に寝た。
Thursday, 13 November 2025
眠い、読書
これは才能だろうなと思う。当然ながら設計図やレシピのようなものは何も見ていない。天気がイマイチ冴えない。
Tuesday, 11 November 2025
体調不良メモ
しばらく咳が続いていて、先週どこかで病院に行きたかったが行けなかった。混んでいるところで待つより早く家に帰ってゆっくりしたほうがいいなと思った。以前処方された吸入があったのでそれを使ってだましだまし過ごした。
それでも夜、咳で目が覚めることが何度かあった。少しずつ重なっていった睡眠不足がたたったのか、土曜日の朝、めまいがした。金曜にその兆候はあったが、まあ大丈夫かなと思っていた。土曜の朝は合気道にいって、そこまでは習慣でできたが、家に戻ってきてから、例の吐き気を伴うめまいになった。しばらく横になって、午前中いっぱい休んだらだいぶましになった。
昼ごはんを食べにでかけて、図書館に寄って帰った。そのあとはいくらか料理をして、いつものように9時にねた。目覚ましをかけようと思ったら、子が、かけないほうがいいよ、と言う。たしかに、急いで起きなければいけない用事が日曜の朝にあるわけではない。そうだね、と言ってめずらしく、目覚ましを切った。夏休み以来かもしれない。
そうすると、日曜の朝はいつもより1時間遅く起きた。疲れていたんだなと思った。日曜は午後から少しだけ出張。近いし、ほんの数時間なので問題なかった。
体調不良はいろんなことが連鎖して起こる。遡ってみれば、咳をもっと早く止めればよかったんだと思う。体調に限らずあらゆることは、白か黒か、0か1か、ではなく、グラデーションであり波である。そのなかの自分がどのあたりに位置しているか、というだけのこと。
今週は、だいぶ穏やかな1週間なので、回復にはちょうど良いかもしれない。ネットフリックスを見たり本を読んだりしてゆっくり過ごしたい。きょうも休みなので、朝のうちに用件を済ませたら、好きなことをして過ごす。
Wednesday, 5 November 2025
連休明け火曜、人間関係とか家族とか
職場に嫌な人がいて、どうしたもんかなと思っているのだが、思っているだけではなくてわたしの場合は愚痴を言う。 息をするように愚痴が出てくる。聞かされる同僚は気の毒だけど、これをためていてもろくなことはない。
かかわらずに過ごせたらいいけどそうもいかない。参ったなと思ってもこれで本当に参ってしまったらこっちの負けなのである。この程度でつぶれてしまってはいけない。本当に問題になる場合は、正しい手順を踏んでいくべし。愚痴をこえて、しかるべきところに相談ができる。
「どこへ行っても結局は人間関係なんですよ」という同僚の言葉が思い出される。どこへ行っても、いやな人は絶対にいる。絶対。周りを変えようとしても変わらないので、自分の動き方を工夫するしかない。そうしないとどこに行っても生きていけないだろう。
今の職場でも、たくさんの人たちに会ったが、やめていった人たちのことを考えると、結局みんな原因は人間関係だったように思う。やめずにずーっと勤めている人というのは「適当に」聞き流せて、忘れることのできる人たち。小さなことにつっかかっていると生きていけない。
さてきのうは、帰り道が暗かった。4時台なのにこんなに暗いか…と思いながら自転車をこいだ。咳がもう少しで止まりそうなのに止まらないので、病院に行こうかなと思ったけど、どの病院も人がいっぱいなのが外から見えたので、これはやめておこうと思った。連休明けの平日夕方、帰り道は具合悪い人でいっぱいなんだろう。行って何かもらってきてもよくない。
この時期、家に帰るとホッとする。暗くて寒い道を戻ると、あったかくて明るい家があるというのはなんともよろこばしいことだな、と思う。特別なことがなくても、家が、家族があるというのはすばらしいことなのだ。ことばにできないけど、きのうは帰り道がなんだか嬉しくて、家について自転車を止めたときにそう思った。あさりのスパゲティが準備されていて、子は半分しか宿題をやっていなかったけど、通常運転のこの家が、あってよかったと思った。
Sunday, 2 November 2025
11月になった
Friday, 31 October 2025
「さいごの日」
毎晩、子になにかしらの本を読んでいる。自分の楽しみでもある。きのう、子が「まま、さいごの日が近づいているかもね」と言った。なにかと思ったら、一緒に本を読む習慣もだんだん終わりつつあるのでは、ということだった。「最近、読むのがだんだん少なくなっているから」と。意図的に減らしているわけでもないけど、自然と短くなってきているのは事実だった。いつかこういう日が来るのだろうと思っていたけど、なんとなく認めたくなくて、ずっといっしょに読めるような感じがしていた。猛烈に寂しかったけど、「そうかもしれない」と答えた。
Wednesday, 29 October 2025
運動会、レゴ
さ、きょうもがんばりましょう。
Tuesday, 28 October 2025
『全員タナカヒロカズ』、算数プリント
「全員タナカヒロカズ」という本を読んでいる。図書館で雑誌を読むのだが、あらゆる雑誌の書評に最近よく登場する本。しばらく前に予約して、ようやく手元に回ってきた。「田中宏和」さんが同姓同名の人と集まってギネス記録を作る。もちろん実話。バカみたいに笑えるところがたくさんあって、ひとりで読んでいるのに涙流すほど笑った。図書館とかカフェとか静かにしなければいけないところで読んだらこれはたいへんなことだったなと思った。
ばかばかしいかと思いきや、読んでいるうちにいろいろ考えさせられることもあり、しかも学術的な内容も書いてあり、もはやこの人、いや、田中宏和氏のまぎれもない「研究」であるということが感じられる。社会実験であり研究。ふざけではない、真剣なのだ。
同じ名前というだけで仲良くなれる− そんなことはないと思うかもしれないけど、この取り組み?運動?が始まったのはもう何十年も前だということで、そこに田中宏和どうしの強い絆があることは間違いない。
人間ておもしろいな、と思うべきなんだろうけどなんだか今回は「日本人っていいな」と思える。名前の在り方が、各国で大きく異なるのでこの日本での条件下でタナカヒロカズ運動をやれる田中宏和氏たちが、とても、よく思える。
さてきのうは、わたしは仕事だったが子は休みだった。運動会はきょうなのだが、もともと設置してあった代休というわけ。宿題はないけど、やってなかった分のプリントをやっておくように言ってわたしは出勤した。
かなり抵抗していたが帰宅するとこれが机の上にあった。ちゃんとやってる…!私は育て方を間違っていないだろうか、と思うことがよくある。親だから当たり前だと思う。基本的な信頼関係がわたしたちの間にはあるのだろうか。どうしてもいままで自分の人生で見てきた数々の親子関係のなかに自分をタイプファイしようとする。もしかしたらどれにも当てはまらない親子なのかもしれない。
きょう、子は運動会で、わたしは仕事がない。合気道に行こうと思えば行けたが、きょうはちょっと休もうと思った。休憩。
Sunday, 26 October 2025
肝臓、運動会、レゴ
さて息子がきのう作ったバイク。
Friday, 24 October 2025
誕生日
またひとつ歳をとった。10年以上前に同僚が「42からが大変なのよ」とか「41と42は違う」と言っていたのを思い出す。体力的に厳しくなってくる歳、ということらしい。同じ40代でも42というのは曲がり角、のような意図で言っていたのだと思う。なんとなくそれを覚えていて、ついにその歳になった。
精神的にも身体的にも、大きな不調がなくここまでこれているのはほんとうにありがたいことである。ただの偶然なのかもしれない。自分の行動がそれに貢献しているとすれば、早寝早起きの効果はあると思う。とはいえ、ギリギリの状態でとどまっているだけなのかもしれないので無理は禁物である。
誕生日は仕事を休んだ。休める日だったのでそこにあてた。とりわけ何かをする予定もなかった。朝から合気道に行こうかと思ったけどおととい行ったし土曜も行くだろうから、まあいいやと思った。子が登校する前に、3人でお祝いをした。わたしのリクエストでティラミスを作ってもらった。
肝臓の数値が良くないので血液検査をしていて、結果を聞きに行こうと思ったけど病院は閉まっていた。聞くのが怖い気もするので、内心ホッとしたのも事実。
合気道の代わりにきょうは久しぶりに1人で泳ぎに行った。最近は子と一緒に行くことが多くて1人でガシガシ泳ぐことがなかったので、本当に久しぶりだった。30分泳いだだけなのにものすごく疲れた。やっぱり水泳はいい。
そのあとお昼を食べに行った。外出ついでに、何か欲しいものがあるかと思ったけど、やっぱり特になかった。誕生日だからと言って無理に何かを買う必要もない。よく作るバナナブレッドに必要なグラシンケースをやっと買えた。それくらい。
特別な日なのに特別なことをしてなくて焦るような気もするけど、なにごともなく過ぎていくことがありがたい、とも思う。例年より寒い気がした。金木犀のかおりがそこらじゅうにただよっている。自転車を走らせながら、ここまで生きれてラッキーだな、と思った。空が高くて、きれいだった。いろんなことがありがたい、と思った。
韓国ドラマを見始めたときに子が帰ってきた。宿題をやるより先にYoutubeを見たせいで、出かける直前まで宿題をやる羽目になり、言わんこっちゃない、大変だった。最近は、かけざんのひっさんをやっている。これは、そこまで困っていないように見える。
夜は友達が来てくれて、誕生日会をした。誕生日自体よりもはや友達に会えたことが嬉しかった。朝から、友達に会えることが楽しみで過ごした。
42歳。本を読むようになってきた。体重がベストより2kg多い。自転車通勤。迷いも戸惑いもある。以前ほど仕事は楽しくない。しかし以前より生きるのが楽。Monday, 20 October 2025
Lego バトルシップ
私は後悔するだろうか
あけましておめでとうございます。1日にも書けたんだけど書かなかった。 庭の見える縁側に座って毎朝読書をしている。きょうはDear LifeのなかのCorrieを読み終えた。 ブラインドをあけて空の色が変わるのをみながら過ごすのだがきょうは山の輪郭がいっこうに見えてこない。めずら...
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きょうは代休。お昼を食べにでかけたら記録に値する興味深い出来事があった。赤ちゃん連れの多いオーガニックカフェ。昼はビュッフェ形式。私が案内されたのは一番奥の席。両隣にはすでに客がいて食事をしていた。二組とも、女の赤ちゃんを連れた母娘ペア。つまり、女3世代ということ。平日の客のな...
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みてきました。雨だし、平日休みだし、いましかない!と思った。やっと行けた。子の友達がこのまえ見に行ってて、遊びにきたときに感想をどんどんしゃべろうとするので、それを聞くより先に見に行ったほうがいいなと思った。 正直なところ前作のほうが「すげー」だった。が、今回の目標は今までの話...
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肌の話の次は、海です。 月曜に行くはずが、前日の夜が遅かったせいで起きたのが遅く、では明日こそ、という話だったはずが、案の定この日(13日火曜)も男たちは10時ごろ起きてきた。(ちなみに私は毎日6時〜7時には起きています。)諦めそうになっていたので、遅くても行こうと私は言った。と...