Thursday, 31 July 2014

夏休み、ドライヤー

カナダへ出発する日がいよいよ近づいてきた。
ぼちぼち準備を始めている。

月曜に仕事を終えてしまい、それから一週間は完全に休むことにした。
準備もあるし、と思ったから。

さらに、これだけたくさんの時間を自由に使えることも滅多に無いので、ここぞとばかりに友人知人に会っている。
会いたい誰かに連絡をとって平日の昼間に会えるというのは、たいそう贅沢なことだ。
ちょっとおいしいものを食べて近況報告をし合う。
それだけのことが、こんなにシンプルなことがどうして普段できないのだろう、と考えると、やはり物理的にも精神的にも余裕が無いということに尽きる。

夏休みに限らずこういうことができると良いのにと本当に思う。

ところで今日はドライヤーを買った。
海外国内どちらでも使えるものを。
カナダの電圧は日本とあまり変わらないとか、ドライヤーならそのまま使えるとかいろいろな情報を耳にした。
かつてイギリスで、日本のドライヤーを変圧器なしで使って火花を出した経験がある私は、これを機に1つ買おうと思った。

その地域の電圧によって切り替えられるものを一つ買った。
同じようなものを確か母親がかつて買っていたような記憶がある。

これさえあれば、どの国に行くときも、ドライヤー問題にぶつからない。
つまり、ドライヤーが借りられるかどうか、とか、持っていくべきかどうか、とか、心配する必要がない。

ちなみに去年の今頃は、髪の毛が完全な天然パーマの状態に戻って(つまり縮毛矯正を2年間くらいかけなかったということ)いて、長さもだいぶ短かったので、ドライヤーたるものの必要すらなかった。
あれは楽だったなあ、と、1年前を思い出す。
また髪を天然パーマに戻そうと思っている。
これから少なくとも1年以上は辛抱である。

Monday, 28 July 2014

TOEICを受けることにした。

9月末にTOEICを受けることにした。
世の中のTOEICに対する騒ぎ様はちっとも気に入らないし、あんなので英語の力が分かるわけはないとは思っている。
でも受けてみることにした。

理由は:

①最後に受けてからだいぶ時間が経ったから

TOEICの公式ページにログインしても、もうデータは残っていない。確か2年間しか残してもらえない。最後に受けたのは、3年以上前のことだと思う。とりあえずデータが欲しいと思った。

②今の職場に一生いるとも限らないから

これは①から続いている。ふと職場を変わりたいと思ったときに、新しいデータがあるに越したことはない。実力を示す、客観的な証拠が欲しい。

③夏は時間が取れるから

来週から3週間カナダに行く。だからと言って点数が伸びるとは期待できないのだが、まったく休みを挟まない状態で、普段のように仕事をしながらだとあまり余裕が無い。この夏なら問題集一冊くらい解く時間があるだろうと思った。

④なんとなく

以上をまとめて一言で表すと、これだ。なんとなく。
①も②も③もそれほど強い理由ではない。
なんとなく、そろそろ受けるか、という気になった。



もう長い間テキストを買って勉強したことがない。
問題の傾向ももしかすると変わったかもしれない。
新しいテキストを買おうかなと思っている。


Saturday, 19 July 2014

だったら出て行けば良い

イタリア行きたいイタリア行きたいイタリア行きたいイタリア行きたい



何度叫んでも叶わないのだからもう諦めるしかない。
だけど、ひたすらイタリアに行きたくて仕方ないここ最近。
この季節は特別にイタリアに行きたくなる。
フィレンツェで過ごしたあの7月からもう10年近くが経とうとしている。
日々に満足していないわけではない。
だけど、どうやったら戻れるかなあなんていつも心のどこかで考えている。
それは逃げなのかもしれないし、新しい一歩となりうるのかもしれない。
行ったら行ったで日本が良かったなんて言いだすのかもしれない。
でも、今何がしたいですか、と言われたら真っ先に答えるだろう、イタリアに行きたい、と。

明日から5日間、家を空ける予定だ。
荷造りをしなければいけない。
朝から、それだけは分かっているのにどうしても気が向かない。
現実逃避をし始めてかれこれ10時間が経つ。

昨日は仕事が終わり、帰宅後、夕飯も食べずに、9時ごろ横になったらそのまま眠りに落ちていた。
明日にひかえている仕事とその責任が重過ぎて、ここ数日はろくに眠れていなかった。
そのためだろう。
疲れすぎている。

最近は今やっている仕事に文句ばっかり言っている。
だったら辞めてしまえば良いのではないか?

最近はこの国の文句ばっかり言っている。
だったら出て行けば良いのではないか?

それを決める権利も、または現状を変える可能性も、すべては自分にある。
私を動かすのは私だ。

Saturday, 5 July 2014

ツール・ド・フランス!

世界はいよいよワールドカップの準決勝に盛り上がっているらしい。
しかし、それとは「別の」ワールドカップに盛り上がっている場所が、世界にはある。

別のワールドカップ。
サッカーじゃなくて、自転車だ。

「ツールドフランス」という名前は聞いたことがあってもあまりよく知られていないのがここ日本での現状だと思う。
なぜかはよく知らないのだが、日本ではあまり自転車レースの人気と知名度は低い。
いや、というよりも、ヨーロッパでは自転車が盛ん、といったほうがいいのかもしれない。
まあ、自転車の発祥はヨーロッパだし。

今日から、ツールドフランスが始まった。
日本での知名度が低いため、テレビをつけても生中継をしていることはまず無い。
去年もこれで困った。ただ、第1ステージと第2ステージだけはJ SPORTSで放映する。

             
そんなわけで、きょうは夕方6時過ぎからずっとテレビの前にいる。
私自身はそんなに自転車ファンというわけでもないのにどうして見ているのかというと、スタート地点が今年は、リーズだからだ。

リーズ。LEEDS。

10年くらい前にその街に住んだことがある。
テレビを見ていて、「ああこの場所は知っている」という瞬間があるかなと期待したのだが、無かった。
見覚えがありそうな気はしたのだが。

Harewood Houseというところで、キャサリン妃たちが待っていて、そこで集団全体が止められる。
これが結構おもしろかった。
止められるんだけどそこで全員がロイヤルファミリーをじーっと見ている。

実況と解説の人が「みんな…ただ…見てますねえ」「ははは」と言っている。
そのあと、セレモニー開始、なのかどうなのか、全員がヘルメットを取る。
フランス、イギリスの順に国歌が演奏される。
レッドアローズが航空ショーをはじめる。
トリコロールが空に描かれる。
王子と妃が選手と話し始める。
先頭にいる選手は、ほとんどイギリス人選手。
意図的なのかどうか。
ここでキャサリン妃、テープカット。
(画像はDaily Mailからもらいました)
まあしっかしヨークシャーのきれいなこと。
リーズからバスで近くの街に移動するとき、こういう風景を見たなあそういえば、と懐かしく思い出した。
何百年か前のの修道院があって、なだらかな丘があって、羊が走っている。

テレビを見る限りでは、相当天気がよさそうだ。
実はこの季節にイギリスに行ったことが無い。
だけどちょうど今の季節がイギリスの一番いい時期だと言われる。
湿気が無くて、太陽がある。

選手を見るのももちろん面白いのだが、選手の目線で道をゆくのがなんとも面白い。
周りの景色がどんどん変わっていく。
上空からの撮影が気持ち良い。

旅行しているような気分になる。
んー、旅に出たいなあ。

景色が綺麗だから、見ていて面白いのだと思う。
これが、同じような道路ばかりで、脇にはチェーン店が並ぶような景色だと、面白くないと思う。

しばらくして、スキップトンが出てきた。
日帰り旅行をしたことがある。
小さな小さな町だ。
スキップトンの人口は2万人にも満たないらしいのだが、応援をしている人たちはすごい人数だ。
これはおそらく全員が外に出てきている。
それにしてもこの実況、解説、ゆるーい。
選手のスポンサーである会社が作っている電器製品の使い方なんかをとりとめもなくしゃべっている。
ラジオみたいなノリだ。
あと、嬉しいのは、歴史上のできごとをきちんと説明してくれる。

今ちょうどButter Tubsという山岳地帯を集団が通過している。
「たぶんこのバタータブスは…地球ができて以来一番人が多くいるんじゃないでしょうか」
と、解説が言っている。
面白い。
まあそれにしてもすごい人だ。
自転車に乗っている人から前が見えないくらいに人がいる。
山が人で埋め尽くされている。
観客が選手に触っている。
それを制する人もいない。
こんなのアリなんだね~。

いつの間にかロイヤルファミリーの式典が始まったり、この気楽というかゆるい感じがいい。
こういうのたぶん日本では実行できないんだろうなあ、と思います。
道路に応援メッセージを描いたりするんだけど、これはたぶん日本だったら「~~法に違反するためダメ」とかになりそう。
箱根駅伝が、まあ「ロードレース」という意味では近いんだろうけど、あれは2日で終わる。
ツールは、23日間だ。
いくつかの国と地域が会場となる。
23日間のレースなんて、やっぱりヨーロッパでしかできないだろうなあ。
ほかのところだと「結果が出るまで待てない」というようなことを言うかもしれないし、23日間も管理し続けられない。

まあ、23日間も色々な道を走っていると、途中で何が起こるか分からないし、どんな道に変わるか分からない。
例えばいきなり細くなったり、観衆が一緒に走ってきちゃったり触ってきちゃったりするわけで。
ドラマがある。
予測不能だけど、それでいいじゃないの、というわけだ。
そこがまた面白いところなのだと思うし、そのくらいの構えじゃないと、100年以上も続けられないだろう。

ちなみにきょうの観客数は200万人らしい。

とまあ、楽しみながら見ているんだけど、第3ステージ以降、どうやって見よう?
スカパー契約するしかないのか。
オンラインでサイトを探すか。
うーむ。困ったなあ。

Wednesday, 2 July 2014

塩と、オリーブオイル。

もう7月か。
それにしては涼しい日々が続いている。少し今日は暑かったけど。
きょうは久しぶりに5時台に仕事が終わったので、帰ってから荷物を置いて、少し休んで6時半ごろからプールへ行ってきた。
30分もないくらい泳いだ。
泳ぎながらいつも頭に浮かぶのが「水をえた魚」という言葉。
別に泳ぎが得意というわけでもないし元水泳部というわけでもない。
それでもこんなに、水に入るとよみがえったような気分になるのはどうしてだろう。
身体の70パーセントは水分でできているという。
だからなのか?

そして何が気持ちいいかと言うと、自転車に乗ってゆく帰り道だ。
夜風を切りながら、すー、と自転車で走るのが、どうしようもなく気持ちいい。
夏の夜の醍醐味。

このあたりに住むようになってかれこれ7年か8年が経つが、少しずつ、自分が落ち着ける時間と場所と状況が分かるようになってきた気がする。

家に帰ってパスタをゆでよう、と思いながら帰るとすでにパスタができあがっていた。
ありがたすぎる。
疲れた脚で立ったまま料理をするのはしんどい。

パスタ。

パスタについて。
いつの間にか、主食がパスタになっている。
米が無くても生きていけるだろうなと思うのだが、パスタが数日食べられなくなると「ああ食べたいなあ」としきりに思う。
米の減り方よりパスタの減り方のほうが早い。

パスタを食べたときのほうが満たされた感じがする。
そして、野菜もたんぱく質も炭水化物もいっぺんに摂ることができる。
和食を準備するほど時間がかからない。
作り方も単純。
さらに、太りにくい。
夜遅く、または寝る前1時間以内に食べても次の日の朝体重が増加しない。
GI値が低いからだろうか。
何よりも、おいしい。
家で作ってじゅうぶんにおいしいので、いや、むしろ家で作ったほうがおいしいから、外食するときに食べることはまずない。

仕事柄、宿泊を伴う出張などが多いのだがそのときに何が辛いかってパスタが食べられないことだ。
厳密に言うと、ちゃんとしたパスタ。
いや、パスタをサーブしてもらえるときもある。
しかし、普段自分で作っているものと違いすぎる。
先日は「なんじゃこりゃ」というような、給食のソフト麺にシチューみたいなのがかかったやつをサーブされた。
シチューだと思って「具」だけ食べて、麺は、食べるのをやめた。

単純に、オリーブオイルとトマトとモッツァレッラだけの、アルデンテの、パスタがいちばん美味しい。

そんなこんなでやめられない止まらないのパスタなのだ。

ちなみに昨日はアサリのリングイネ。
今日はズッキーニとトマトのスパゲティでした。
もう少しいろいろな種類を試してみてよいだろうとは思うのだけど、何しろ、シンプルが一番美味しい。

塩と、オリーブオイル。

食べ物に限らない。物事はシンプルが一番、と思っている。

考え方は食べ物にも影響を及ぼすのだろうか?
それとも食べ物が考え方に影響を及ぼすのだろうか?

Friday, 20 June 2014

越えられないもの

コロンビア対コートジボワールのハイライトを見て思ったこと。
コロンビアの選手がドリブルしている姿を見て、こんな動きを日本人がするのは見たことが無いな、と思った。
右へ左へ、身体の動きを見ていると、それはまるでダンスをしているよう。
ダイナミックかつ伸びやかな動き。

ダンス。
ダンスか。

その違いなのかもしれない。
全身を使って自分自身を表現すること。
日本に欠けているのはそこかもしれない、と思う。

以前、イタリアで、イタリア人がこういう話をするのを聞いたことがある。

「イタリア人も、ダンスはするんだけど、南米の人って、単に踊るんじゃなくて、男女のペアで踊れるんだよねー。音楽が流れると自然と身体が動くんだよ、子どもも、お年寄りも。踊り方分かってるんだよ。なんでだろうねー。」

我々東洋人からすると「外国人」または「ラテン系」にまとめて見られそうだが、彼らの中でも違いがあるらしい。
Photo
これはゴールを決めたときの歓喜のダンス。

まあ、いずれにせよ、日本はギリシャに負けた。
色々要因や原因はあるだろうけど、サッカーをよくわかっていない私が見ても理解できたのは、とにかくチャンスを逃しまくった、ということだった。

よく「自分たちのサッカーができた」かどうか、をテレビでコメントする人がいる。
「自分たちのサッカーができたと思いますか」とザッケローニにインタビューする人がいたけど、あれって通訳はどういうイタリア語を使ったのだろう、と気になった。

なんだろうね、「自分たちのサッカー」って。なんとも曖昧で、日本的な表現に聞こえる。
リラックスして試合に臨めたかどうか、ということだろうか。


ここ数日、試合を見ながら、やっぱりどうしても越えられない壁のようなものがある気がしている。
つまり、日本に越えられないもの。

自分を表現すること。
チャンスをつかむこと。
陽気であること。

expressiveであるということはつまりそれだけ考え方に柔軟性があり、想像力の入る余地があるということである。
さらに、表現するためには、それだけ筋肉がやわらかい。
身体的にも差はあらわれる。

選手1人1人の技のレベルや実力の差はもちろんとして、もっと根本的な部分での、差があるのではと思うのである。

Tuesday, 10 June 2014

だいぶ会ってないけど、友達

私のfacebookアカウントでページを開いたときに登録されている「友達」の数を見てみたらちょうど200だった。
200?

普段気に留めてもいなかったのでこれが多いのか少ないのかも分からない。
世の中にはfacebookでの友達の多さを自慢するという人もいるらしいが私はそういうことには興味が無い。

でも、200…?

果たして200人も友達がいただろうか、私に。
例えば今日、「昼ごはんを一緒に食べに行こう、誘ってみよう」と頭に浮かんだ人は1人か2人だ。
ちょっと暇のできた夕方に「一緒にビールでものみにいこう、誘ってみよう」と思える人も、たぶん、1人か、2人だ。

たぶん8割以上の人とは2,3年間、少なくとも1年は会ったことがない気がする。
それでも友達なのだろうか?
200人の「友達」…??

会わない理由はいくつも挙げられる。以下は、私がそう思う、というのもあるし、一般的に言っておそらくこんな感じだろう、というのもある。


その1:お互いに仕事や子育てをしていて、忙しい。
これが一番多いと思う。生活時間が自分とは違うかもしれない、と思う。誘ってもどうせ断られるだろうと思う。逆に、自分も仕事が忙しすぎて、平日の夜に外出する余裕が持てないので、誘いが来ても結局断らざるを得なくなる。

その2:相手の住む場所とは遠いところにいる。
会おうと思ってすぐ会える圏内に住む人はどのくらいだろう。会いたいと思う人に限って遠くに住んでいたりする。逆に、近くにいる人とは会おうとしないのは、なんでだろう?

その3:お互いに遠慮している
時間が経てば経つほど、相手の近況を「憶測で」知るようになる。
facebook上にパンケーキ食べちゃいました~、とかセレブなパーティーに出席しちゃいました~、とか、ベビたん(この呼び方、好きになれない)授かっちゃいました~なんていう写真をのせている人を見て「ああ、充実した日々を送っているのだろうな」と勝手に「憶測」をする。
直接会って、顔を見て話してもいないのに、自分の知っていたかつてのその人とは、少し遠くなってしまったような気がしてしまう。
結果、極端に美化されたり、嫉妬の対象になったりして、直接会おうとはしなくなる。
逆にその相手も同じようなことを考えていて、直接会おうとはしなくなる。
お互いに遠慮している。
facebookの怖いところでもあるが、むしろ自然な流れかもしれないと思う。

その4:ただ、面倒
ただ面倒と言っても面倒に感じてしまう理由は多々あるだろう。
話が合わない、会って話しても面白くない、会うだけの理由がない、など。
時間が経つと考え方もつきあう人々の種類も変わるのだから話が合わなくなるのは当たり前である、と私は割り切って考えている。
人の縁なんてそんなものなのだ。

あとは、自分の時間が欲しい。
朝から晩まで働いていると、家は「寝るだけ」の場所になってしまう。
私の場合、事実、ここ数年はそんな感じだ。
1人でDVDを見たりマニキュア塗ったり雑誌読んだりという時間が貴重に思えてくる。



で、あらためてこの200人を眺めてみたら、それぞれとの出会いと、思い出がよみがえった。おそらくその、過去の「記憶」をお互いが共有している。
1回会っただけの人とは友達申請が来ても承認することは無い。
あとは、facebookをやっていない友達もたくさんいる。
それらを除いても最低200人の人々と出会ってきたのだ。
最低。

数十年生きていればこのくらいの出会いはあるものなのだな、とちょっと感心する。
同時に、あらためて、会ってもいないのに「友達」であるという事実に少し奇妙さも感じるのである。

涼しいままで終わると良い

快適な涼しさが続いている。日中には気温が上がるが、それでも、逃げなければいけないほどの暑さではない。8月のはじめに40度くらいあったが、あれがピークで、そのあとは夜もエアコンなしで寝られる。このまま夏が終わればいいと思う。きょうは少し曇っている。雨が降るらしい。 カズオ・イシグロ...