venerdì 23 giugno 2023

「ぼくがもしうまれてなかったらどう思う」

 きのうもまた、子は迷いもせずプールに行った。

私が5時半ごろ帰宅すると、同じマンションの隣の部屋に、いつものようにいるということだったのでピンポンをならしてみた。「遊んでいたら落ちて割れてしまい冷蔵庫に入らないのでもらってください」という巨大なスイカ半分を持って奥さんが出てきた。なんと。お礼を言って、「あしたから学校でもプールですね〜」なんて言いながら別れた。

宿題は半分終わったらしい。「マンマ〜ぼくnuoto(イタリア語で水泳)に行こうと思うんだ〜」。行っていいと思うよ、残りの宿題終わらせよう、と言ってさんすうのプリントなど終わらせた。いつの間にか時計の読み方がましになってきた。永遠に無理なのではないかとこの1年くらい思っていたのだが、なんとなくわかるようになってきたらしい。

私はきょうは留守番することにして、相方に行ってもらった。ママも来てよと言われたが1日ずつ交代にしよう、ということで落ち着いた。実際、私が行ったのは土、月、水だ。

見送ったあときのうのことを思い出した。こどもがいかに親に気に入ってもらおうと必死かを考えた。プールのなかで「ぼく、きょうは何も怒られてないよ」と言う。「そして宿題終わってるしこのあと怒られることもないよ」と。この子が怒られない日はほぼないのだなとあらためて気づく。

帰り道、突然

子「ママ、ぼくがもしうまれてなかったら、どう思う」

私「うーん それは寂しくて仕方ないだろうね。なにやったらいいかわからなくなると思う」

そのあとどういう会話が続いたか、思い出そうとしても思い出せない。ちょっと面食らったのだと思う。たぶん、私にとって自分がいかに大事かを確認したかったのではないか。似たような質問を、私も自分の親にしたことがあったなあと思い出した。「あなたがなによりも大事だよ」という答えが返ってきたのが嬉しくて嬉しくて、とびはねた。ちょうど小一くらいだったと思う。

私がニコニコしていることが嬉しくて仕方ない、そんなこどもの様子をみると、やはり普段の言動について反省せざるを得ないことがたくさんある。怒るのは仕方ないとしてもネチネチと、こちらの立場を利用したような嫌味な怒り方をすることがある。そして「それは言ってはいけない」という一言が出てしまうことがある。例えば、「なんでできないの」とか。言いながら、私は何を言ってるんだろう、と思うことがある。わかってはいるのに嫌な態度をとることがある。こんなに必死な6歳の、かけがえのない気持ちを、私はつぶしているんではないか。

「子育てはニコニコしてせんば」という父親のことばが時々よぎる。何年も前に言われたけど、その言葉を思い出すと必ず父の母、つまりおばあちゃんを同時に思い出す。どんな想いで5人のこどもを育てたのか。時々、おばあちゃんの写真を見て自分を立たせようとする。ニコニコできないような状況のときに彼女をささえたのは何だったたのか。こどもが生まれてからのこの6年(もうすぐ7年)、一番話してみたい人はおばあちゃんその人なのだ。

giovedì 22 giugno 2023

「うかんでるよ!」


 こどもがプールに行きたがる。

徒歩5分の場所にプールがある。15,17,18,19,20,21日…と、ほぼ毎日行っている。6月からは一般開放が6時以降になる。その時間から連れて行くと夕飯の時間も遅くなるので無理だろうと思っていたのだが、行ってみたらできないことはなかった。そもそも、この子が自ら何かをやりたいと言い出すのは、レゴ以外であまりないので、とても珍しいことなのだ。なるべくこちらも要求にこたえてあげたいと思った。仕事が終わってからのプールなので面倒ではあるけど。

そもそもプールは、おむつが取れた3歳ぐらいから連れて行ってはいた。が、顔をつけようとしないし、行こうと言って「えー」という反応が返ってくることがほとんどで、嫌々ながら連れて行くことも多かった。水に入るとなんだかんだで楽しそうなのだが、顔をつけようとはしない。泳ぐとは程遠かった。

それがどうだろう、この1週間でじゃばじゃばと顔をつけている。私が同伴したのは、確か19日で、きのうはそれから2日ぶりに一緒に入ったのだが、さらに顔をつける時間が長くなっていた。驚いた。

前から、腕に浮き輪をして入っていた。家から持って行って入っていたのだが、同じようなもの(浮き輪じゃないけど、ビート板と同じ素材で腕につけるやつ)がプールにあることに気づいて最近では持っていっていなかった。

きのう。

その補助を腕から自ら外して、顔をつけてバシャバシャやり、驚いた顔をして顔をあげて「braccioli(イタリア語で、腕の輪っかのこと)がなくても浮いてる!!」と言った。

私「そうだよ、浮かべるんだよ、できるようになったじゃん」

子「これをしてるからかな?」と言ってゴーグルを指差した。

私「それは関係ないよ、ゴーグルで浮かぶわけじゃないから」

子「はずしてみようかな」

ゴーグルをはずして同じように浮かんだ。またびっくりした顔をばしゃっとあげて「うかんでる!わーい!」と喜ぶ子。

「プールだいすきー!」と言いながら両手をあげている。

それをみて涙が出そうになった。何かができるようになるってこんなに嬉しいことなのか。人の成長ってすごい。

私が喜ぶ様子がさらにうれしかったようだった。しばらくして「きょうぼく一回も怒られていないよ」と言う。「宿題も終わったからこのあと怒られることもないよ」と。確かに。

6時から始まるプールにあわせて、自ら宿題を終えるようになってきたここ数日。プール効果は大きい。

顔をつけるようになるまで3年もかかった。だけどこれがこの子のやり方で、スピードなのだ。今週末からついに学校でプールが始まる。

家に帰り、パパの作ったcotolette impanateという、うすーいチキンカツみたいなものを食べた。感無量だなあなんて思いながら、学校に持って行くのに必要なプールカードを準備しようと思ったら、ない…。あらかじめ名前も書いて準備しておいたのに。ない。どこに置いたんだろう。あれがないと学校でプールに参加できない。なんてこったい。

探し物は、探してないときに見つかる、という法則を思い出して探すのをやめた。もう一回先生にもらうしかない。これから連絡帳にそのことを書くところ。こういうの全部デジタルにしてくれないのかなあ、というのはカード紛失した保護者の言い訳です。

martedì 30 maggio 2023

よく人が行き来する家になった

 子の小学校入学以来、家への人の出入りがいっきに増えた。子の友達が学校帰りに寄ったり土日に遊びにきたりすることが多くなったため。

どうしてこれが保育園時代に叶わなかったのだろう?ときのう1人で考えていた。ひとつにはコロナが原因だと思う。が、それだけではない気がするのです。子どもたちではなく保護者どうしの壁が大きかったのではないかと。遠慮なのか、それほど仲良くなかったのか。保育園に通わせている区域が大きくて、それほど近所ではなかった、そして関係する人数が多かったのか。公園で遊ぶことはあっても、家のなかにまで人を入れて遊ぶということはなかった。

小学校になって何が変わっただろう。

・遊びに来れる時間帯が早くなった

・子どもがたくましくなった

・子どもの意志が強くなった

・同じ保育園からの友人が本当に近所の子たちだけになった

・親が共通の悩みや相談をかかえて共感しあうようになった

・コロナの規制が減った

こんな感じだろうか。こどもだけでしばらく友達の家にいたり、逆にこどもだけうちに数時間いて遊んだり、ということも多い。こどもは24時間くっついてあげる必要もないくらいに大きくなった。

それで、だ。

土曜のこと。近所の子と家の前で遊んでいたら、親から「サーカスのチケット」をもらった。どうやら、予定していたのに行けなくなったらしい。運動会の代休の日。なんともありがたい話だ。3人分買ったら何万円もするようなチケット。私は通常月曜に仕事が休めるのに、この日に限って仕事があったので、サーカスへは行けなかった。父子2人で楽しんできたようだ。

帰ってから、また「うちにきてください」と招待されていた友達の家に、子だけ遊びに行ってきた。送って行って、しばらく遊んで、戻ってくるときはあちらの家族がわざわざ送ってきてくれた。ありがたい。家の玄関先で「どうもありがとうございました」と話をしていたら、隣の家の子がドアから飛び出してきて、廊下で3人で騒ぎ出す。

それがきのうの話。

日曜の午後は、昼を食べたあとにふと別の、子どもの友達が遊びにきた。歩いて3分くらいの近所。2時間もないくらいレゴで遊んで、私はその子のお母さんと運動会の感想など話した。「来週はうちにきてください〜」と言われて別れた。

東京に住んでいて、こういう付き合いができるとは思っていなかった。

「どこにいても、結局は人間関係なんですよ」

という同僚のことばを思い出す。職場しかり、家しかり。人とのつながりがすべて。小さい家で、自然もやや足りないけど、周りの人たちとのつながりをとてもありがたく思っている。まさにそのつながりのきっかけになっている我が子の存在をこれ以上なく尊く思う。

domenica 28 maggio 2023

小学校の運動会

 小学校の運動会に行ってきた。入学以来、本当に運動会になんて参加できるのだろうかと心配していたのだが、無事にやるべきことを果たしていた。すごい。本人も、先生も。


徒競走を写真に撮ることの難しさを思い知った。(これは失敗した写真。我が子の足さえ写っていない。)写真をとるのに立つべき位置や、出走順などしっかり準備を整えてから行かないと、気づいたら終わっている。出走順1番目に、保育園から同じ子がいたので、写真に撮ってあげたのだが、その後からの子供たち、誰が誰か分からぬまま。うちの子は何番目だろう、と思いながら隣にいた人が持っていた表をちらっと見て、よし8番目かなと思っていたらどうやら7番目にいる。あれ?これか?似た子なんじゃないか?とりあえず撮るか?としていたら終わってしまった。なんてこったい。

保育園のようにはいかない。というのも、全員が同じ格好をしているのと、人数が多いのと、会場が広いのと。とてもじゃないけど判別がつかない。私服だったらまだ区別つくだろうに、全員が真っ白な体育着を身につけている。

こりゃまいったなと思った。

徒競走が終わって、ダンスが始まるまでに少し時間があくので、一度家に帰った。そして、隊形ごとに踊る場所を示してあるプリントを確認した。これを忘れていったら話にならない。

しばらくしてもう一度、小学校へ。ダンスも同じく、どこに自分の子がいるのかわからない。ビデオを撮っているつもりだが、画面が反射していて、ちゃんと写っているか確認できない。そしていつの間にかささーっと全員が移動する。ああちょっと待ってと思いながらカバンからプリントをがさごそ。このプリントがこんなに重要になるとは。そうしている間に踊っている姿を見逃す。ああやっぱり写真も一枚くらい撮っておくべきかなと思ってビデオを中断する。手元を見ると、あれ、撮っていたと思っていたビデオはボタンを押してなかった。よって撮れたのはたった2秒のビデオ。こんなことしている間に踊っている本人の姿を肉眼で見ていないんじゃないか私は?と思ったのでもはやビデオあきらめる。

…とかなんとかほんの数分間の間に結局どこにも集中せずに終わった。これは始まる前から作戦を立てておくべきだったのだ。これに慣れている親たちは、きっと家族で役割分担もしっかりやって、バッチリ写真と動画撮影をするのだろう。

本当に難しかったです。

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我が子さておき。久しぶりに小学校の運動会を見たけど、想像以上にすごかった。まあ見なくてもよいかなと思っていたダンスや演技に引き込まれて、結局最後の閉会式まで見てしまった。4年生が旗を持って演技を始めた時に、涙が出てきた。こどもってこんなになるのか。何に感動したのかと言われると、なかなか言葉にならないが、一生懸命なこどもたちと、それを支える先生たちの様子が、胸に突き刺さるような感じだった。自分の小学校時代を思い出したりもした。この子たちと、その未来を支える小学校はすごい場だなと思った。よく見ると車椅子の子がいて、先生が後ろから押してあげて一緒に参加していた。それを見てまた泣けてしまった。この、まっすぐなこどもたちの心を、大人の都合でねじまげたりしてはいけないと思った。

6年生はダンスだけでなく組体操をしていた。「これまでコロナでできなかった、先輩たちの思いも汲んで」と言っていた。マイクでしゃべっている6年生がすでに泣きそうだった。立派な組体操だったと思う。こどもってここまで成長するのか。これが中学生になって、高校生になって、大人になるんだなあと、ふだん目の前にすることのない、人の成長過程を見て感心した。

閉会式の、校長先生の言葉がとてもよかった。

「近隣のみなさま、保護者のみなさま」に感謝します…までは普通かと思ったが、そのあとに「教職員」が入ったからだ。具体的な言葉はしっかり覚えていないけど「きょうまでこの運動会のために準備をしてくれた本校の教職員」と言っていたと思う。つまり自分の身内、部下に対して、閉会で一言感謝を述べている。これはすごく聞いていて嬉しかったし、よかったと思う。ここで先生たちが認められているのは大きなことではないか。

この学校すんばらしいな、とつくづく感心しながら家に帰った。この小学校を、全力で応援したくなった。そして素晴らしいと思った点について、アンケートに書いて先生に伝えようと思った。すごい。小学校すごい。

あとから我が子が家に帰ってきて、話を聞いていたら、パパにイタリア語でこうしゃべっていた。「6年生がほんとにすごいことをしたんだよ。人が、人の上にのったり、逆さまになったり、こんなになったり、こんなになったり、しかもみんな裸足で」。興奮気味に語っていて、正直なところ私はとても驚いた。学校で起こったことを、少しずつ話すようにはなってきていたが、こんなに感動してしゃべっていることは今までに一度もなかったからだ。その場を私も体育館から見ていたので「私も見たよ、それ、すごかったよね」と言った。同じものを見ていてよかったと思った。1年生として、6年生の集大成に感動するらしい。こどもの心は、そういうところに反応するのか。自分よりだいぶ大きい「お兄さんお姉さん」の姿を見ることの効果は絶大なのだ。

昼にマルタイのラーメンを食べるわが子に「小学校、たのしい?」ときいたらはっきりと「うん」と返事が帰ってきた。おお、すごい。これは初めてのことである。嬉しかった。良い傾向だと思った。

domenica 7 maggio 2023

クープがひらいた

連休はバゲットばかり焼いている。クープが開かなくてもうだめなんじゃないかと思っていたけどひたすら練習を続けていたらきのうの夕方…

開いた!! 

今まで焼いた中ではたぶん一番か2番目にきれいに開いたと思う。


満足なのでいろんな角度から写真をとった。

↑これも開いた。けど、クープがつながってしまったのでそれほどきれいではない。

↓これがやっぱりきれいにできた。焼けてすぐ、お隣さんにあげたら10分以内に家族みんなで食べきっていた。


しかし、後から断面を見てわかったけど、気泡はそれほどできていなかった。つまり普通のパンに近い。原因は、冷蔵発酵の時間が比較的短いのと、水分が少なめだから。

確か分量は;

オーベルジュ 250g

水 160ml ぐらい?ここが肝心なのに覚えていない

モルトエキス 1g

塩 3g

イースト 0.4g


とりあえずクープが開いたのは嬉しかった。パン屋を経営している友人から「しっかり発酵させて、ハリのある生地に切れ目をスパッと入れる」というアドバイスをもらったのがよかった。というのも、当たり前のことなのだ。言われて原点に戻った感じがした。時間とか、分量とか、いろんなことにこだわりすぎていて、何を大事にすればよいかわからなくなっていた。

それにしても、ずっと練習しているとだんだん感覚がつかめてくる。それに尽きる気がする。そこに適切なアドバイスがくるとグンと伸びる。製菓学校やパン教室に通うとさらにいいんだと思うけど。初めて作った数週間前の「?」がいっぱいの状態からすると、格段に上達した。やってみたらできないことはないのだ。あとは根気、やる気の問題。

venerdì 28 aprile 2023

一年生協奏曲

 我が子が小学1年生になって三週間が経った。

最初の一週間、学校のことを何も話さず、様子が分からないまま過ごしていた。通い始めて3日くらい経ったころ、昼に電話が鳴り、出てみたら担任の先生だった。「鉛筆が目に入ったというのですが見てみたところおそらく大丈夫かと」という、保育園でもよくあったような電話だった。ついでに普段の調子についてきいてみるとやはりうまくいっていなかった。家でも、学校は嫌だ、学校はつまんない、学校にはいかない、の繰り返し。どうしようかと思っていたときの電話だった。

悩みながらのそれから一週間、また電話がきた。20日のことだったと思う。「その後おうちではどうですか」というフォローの電話。前の週より少しマシではあったので、そのことを伝えた。学校での様子をきくと、なかなかまっすぐ座っていられないし、反発をするらしい。やはり先生はだいぶ苦労をされている。「一度面談をしたほうがよいかと」と言われて、早速5月に日程を決めた。そして、「一度その前に授業も見られるとよいかと」と言われたので、翌週月曜の24日に見ることにした。偶然21日金曜も仕事がなくなったので、急だったが対応してもらい、授業を見に行くことにした。

想像してはいたものの、本当に話をきいていない。そしてじっとしていられない。1人だけ水筒を肩からかけている。机の上にあるものが周りの子と違う。これは大変だと思った。見ながら自分の顔がしかめっつらになっていくのがわかる。

そのうち、子は私に気づいて「あっちいけ」という。それはそうだろう。サポーターとして授業を見てくださっている、卒業生の保護者の方が「大丈夫ですよ、うちも大変でしたから」と声をかけてくださった。これがとてもありがたかった。

そのあと、家で待っていると、見事に宿題を忘れて帰ってきている。一緒に取りに戻ることにした。ぶつぶつ怒る。

面談は5月まで待たない方がいい、と思って、26日に時間をとってもらうことにした。その間も、先生とすこし電話で話した。

「きょうは一度も注意しませんでしたよ。そして健診のときに静かにしてました。褒めてあげてください。」と言われた。電話をきってすぐに褒めると、「いぇいいぇいいぇーーーい!!」と言いながら、見たこともないような喜び方をした。両手を上げてソファで跳ねている。びっくりした。

26日。仕事を早めに終えて、雨のなか面談へ歩いて行った。1時間以上話をきいて/してくださった。今までのことや、学校での様子、アプローチの仕方について。

「同じことを褒める」

これが一番、残った。先生と親が、同じことについて褒めること。「いっぱいいいところがあるので、よくできたねってほめてあげてください」と言われた。

学校で起きたダメなことについて、私が「すみません、家でも言ってきかせます」と言ったら、「それはもう言わないでください」と言われて「?」となった。

「本当にダメなことだったら、それは私が電話してお伝えします。そうじゃなくて学校で解決できることであれば、そこで終了、でいいです。」

…ほう。と思った。

27日。連絡帳に、先生にきのうのお礼を書いておいた。するとその倍以上のメッセージが書かれてあった。きょう起きたことのなかで、よかったことが3点書かれてあった。

・ひらがなのプリントの裏はいつも宿題になっているので授業中にはやらないきまりになっている。それをいつもやってしまっていたのだが、きょうは説明を聞いて、宿題として残しておけたこと。

・水筒の水を飲むときに、「今飲んでいい?」と聞けたこと

・算数の時間に手をあげて発言ができたこと

連絡帳を読んで、この3点を「先生が褒めてくださいって」と我が子に伝えると、とても喜んでいた。その後、驚くべきことに、急になんでも自分でやり始めた。宿題のみならず、洗濯物も自分でたたみ、片付ける。「ぼくはいいこだからね〜」と言いながらご機嫌である。夕飯もおかわりをしてきれいに食べてしまった。

人間ってすごいなあと感心してしまう。私が今まで要求しすぎていたかもしれない、ということが今回の件でよくわかった。怒る以外のことをしていなかったのと、できたことについて認めていなかった。褒めすぎもよくないかもしれないけど褒めなさすぎた。あの反発は承認欲求の表れだったかもしれない。人が成長するのを見るのはとても面白い。そして人を変えようとしても変わらないけど、自分が変われば相手が変わる場合がある。

それにしても良い担任の先生に出会ったものだ。こちらも学ぶことが多い。こうして紆余曲折の4月が終わろうとしている。

martedì 4 aprile 2023

佐賀に行ってきた

1日〜3日まで、佐賀に行ってきた。姪っ子を抱っこすることと、(東京にはない)春の空気を吸うことが主な理由である。我が子は東京に置いてきた。こうやって離れてみるのもたまには良い気がする。一緒にいるといつも怒ったり注意したりの連続でお互いに疲れてしまう。離れるとありがたみがわかるというものだ。

実家の裏の山を、5分〜10分いくと、少し開けたところに出る。森と呼ぶほど茂ってはおらず、かと言って原っぱでもない。小さい頃はここにわらびをとりに行っていた。この季節になるとどうしても行きたくなる。今回もすこし行ってみた。少しだけだがわらびが取れた。あまりにもきれいだったので、いったん家に戻ってレジャーシートと本とカメラを持って出直した。そこでしばらく座って読書をした。

これだけでもじゅうぶん来た甲斐があると思えた。

5ヶ月の姪っ子がいる。最初は私を見て泣いていたがしばらく一緒にいるうちに慣れてくれた。すべてがかわいくて尊くて、目が離せない。次に会うときには今とは全然違う感じになっているんだろう。ほんの少しでも会えてよかった。

きのうの2時ごろ羽田に着き、家に帰る。そのあとニュースを見たら、なんと3時ごろにANAでシステム障害があったとのこと。欠航便もあるらしい。ギリギリセーフだったと胸を撫で下ろす。

これで「どこかに移動したい欲」はいったんおさまった。時間があってコロナの制限もないのにどこにもいかない春休みなんて信じられなかった。こどもが生まれる前だったら必ずと言っていいほど海外に行っていた。春休みは最高のタイミングなのだ。佐賀に行かなくても新年度を迎えられたかもしれないが、いったん日常を離れたことで、少し切り替えの気持ちが働く。そして日常がよりありがたいものに思えるのだ。

風邪ぎみ、とマリオのスター

 乾燥に弱い。喉が。 先週ちょっと喉が痛いかなと思った。よくあるビリビリした痛さはなくて、3連休はのどをそれほど使うこともなく休んだので悪化しなくてよかったと思った。たいていパターンは決まっていて、「ビリビリ」がおわると鼻水が始まり、咳が残る。そしてきのうがその「鼻水期」の始まり...