もう明日を恐れてもどうしようもないので恐れるのはやめにしなければいけない。そもそも、9月1日だと思うから良くないのである。とてつもなく重要な区切りのように感じているからこそ、恐れるし、かつ、覚悟しなきゃと思ってしまう。いっそのこと、日にちも曜日も忘れてしまえたらいいのに。そうすれば、週末まであと何日、なんて思わなくて済むだろうに。
仕事へのストレスの反動か、友達とよく会っている。昨日会った友人は、とにかく誠実で美しく、久しぶりに会ってもそれは変わっていなかった。「家、ていうか育った環境が与える影響って大きいです」と言う彼女は、雨の影響で終電を逃し、結局うちに泊まることになった。
この家に越してからというもの、人を泊めることがとても多くなった。大学時代は滅多になかったことだ。家の位置や広さといった条件が良いからだろう。さらに言えば、昔に比べると自分自身がよりオープンな人間になった。それも理由の一つだ。上京して数年、具体的に言うと留学する前までは、他人が自分の生活圏に入り込んでくることを生理的に受け付けなかった。というのも、自分自身の生活を完璧なまでに管理していたため、それをどうしても乱されたくなかったのだ。寝る時間、起きる時間、食べるもの、これらが影響を受けることを決して許さなかった。だからこそリズムのある規則正しい生活を送っていた。しかしながら今振り返ってみると、ちょっときつくなかったのだろうか、と思う。いわゆる「スキの無い」人間だった。
先週、友達が「留学して帰ってきてから、変わった」と私のことを言っていたが、それは事実だ。私はそのことをとても良かったと思っている。18,19歳だったころ、視野を広げるのどうのこうの言いながらも、実はせまい人間だったのだ。
だったら今どれくらい視野が広がったかと聞かれたらやっぱり「まだまだ」である。うずうず、する。無知すぎて。ということでさっき、アマゾンで池上彰の本を二冊注文しました。読書にかけるお金は自分への投資であります。
9月は、無駄に消費をしない月にしようと思う。ボーナスが出ていい気になっていたけど、お金をつかうこと自体を楽しみとするようになりつつあった気がする。原点に戻らねば。最近ちょっと分かってきた。つまり、お金との向き合い方が。必要だと思うものにはケチケチしないが、本当に必要なものって実はほんの少しなのだ。これまで消費した「無駄」を省けばもっと生活がすっきりするんじゃないかと思った。お金を貯めるのはもちろんだいじなことだが、感覚を取り戻し、生活をシンプルにすることを心がける。質素じゃなくて、シンプルに。
もうひとつ、9月は腹筋をサボらないようにする。それこそ、18,19のころ、つまり生活をきっちり管理していた時こそ、腹筋、背筋、腕立てその他、一連のエクササイズを完璧に毎日こなしていた。なのに現在ときたら、簡単にサボるようになった。罪の意識もなく!学生時代と違って日々の疲労というものがあるので仕方ないとは思う。しかし、疲れている時であってもせめて腹筋だけは頑張ろうと思う。
と、電車内の中吊り広告に写ったお姉さんの美しいお腹を見て思ったのだった。
あ、日にちを忘れられたら…とか言いながらも結局9月の目標を立てている。やめられないのね結局。
2008年8月31日日曜日
2008年8月30日土曜日
メンタルヘルス向上委員会
土曜だが今日も一日中仕事だった。
コンビニにある100円の「アメリカンドッグ」が好きだ。あの安っぽさがいい。ソーセージのまわりの、あの油を吸った小麦粉の部分が少し甘いのだが、それが、小学生のころよく作ったドーナツの味を思い出させる。買う理由はそれというわけでもないが、時々むしょうに食べたくなる。
ということで、今日昼ごはんとして食べた。そういえば昨日も食べた。
渡辺淳一の『鈍感力』を今さらながら読んでいる。
小言は「はいはい」と聞き流しておくに限るということを再確認した。うちの父親なんかはそれが本当に上手いと思う。そういえば弟も。母親の小言を「どうせぜんぶ真に受けても同じだから」と「はいはい」で聞き流す。
あとはイタリア人の友人たちがちょうどこれに該当すると思った。
小言に限らず、人の話していることをあまりよく聞いていない。適当に聞き流して、自分にとって都合の良いところだけ聞く。彼らがあれだけハッピーでいられるのはその成果なのだろうと思う。どうやったらああなれるんだろうなあとよく思うのだが。
あれはなかなか真似できないと思う。
「心身ともに元気なまま長生きをしている人に限って、人の話をよく聞いていない」と本にあった。ははは
今日、上司からちょっと注意をされた。数分間それがぐっときたのだが、ちょうど本の内容を自分に言い聞かせて、開き直った。くよくよしてもしょうがないのだ。
「血がさらさらと流れる身体」をめざすのである。ストレスをためず、副交感神経の働く身体。
外部から及ぼされたストレスも、自分でコントロールして軽減できればそれに越したことはない。
9月からはその方向で行こう、と考えている。置かれた状況を嘆いても、今のところはどうしようもないのだ。
メンタルヘルスを良好に保つべし。
雨がひどいですね。明日、日曜はどうかなあ。
コンビニにある100円の「アメリカンドッグ」が好きだ。あの安っぽさがいい。ソーセージのまわりの、あの油を吸った小麦粉の部分が少し甘いのだが、それが、小学生のころよく作ったドーナツの味を思い出させる。買う理由はそれというわけでもないが、時々むしょうに食べたくなる。
ということで、今日昼ごはんとして食べた。そういえば昨日も食べた。
渡辺淳一の『鈍感力』を今さらながら読んでいる。
小言は「はいはい」と聞き流しておくに限るということを再確認した。うちの父親なんかはそれが本当に上手いと思う。そういえば弟も。母親の小言を「どうせぜんぶ真に受けても同じだから」と「はいはい」で聞き流す。
あとはイタリア人の友人たちがちょうどこれに該当すると思った。
小言に限らず、人の話していることをあまりよく聞いていない。適当に聞き流して、自分にとって都合の良いところだけ聞く。彼らがあれだけハッピーでいられるのはその成果なのだろうと思う。どうやったらああなれるんだろうなあとよく思うのだが。
あれはなかなか真似できないと思う。
「心身ともに元気なまま長生きをしている人に限って、人の話をよく聞いていない」と本にあった。ははは
今日、上司からちょっと注意をされた。数分間それがぐっときたのだが、ちょうど本の内容を自分に言い聞かせて、開き直った。くよくよしてもしょうがないのだ。
「血がさらさらと流れる身体」をめざすのである。ストレスをためず、副交感神経の働く身体。
外部から及ぼされたストレスも、自分でコントロールして軽減できればそれに越したことはない。
9月からはその方向で行こう、と考えている。置かれた状況を嘆いても、今のところはどうしようもないのだ。
メンタルヘルスを良好に保つべし。
雨がひどいですね。明日、日曜はどうかなあ。
2008年8月29日金曜日
何ですか、基準は
朝から晩まで長いこと働いた。
英語を使う機会があった。
ドイツ人を相手にしばらく説明その他をする必要があった。そもそも毎日のように関わっているわけだが、普通とは違った。それで、率直な感想を述べると、前よりしゃべれるようになっていた気がする。事実、ここ数年、どんどん英語がしゃべれなくなっていく気がする。文法を気にしすぎるためだろうと思っているが本人の努力不足にもよる。
夏のあいだ、結構と英語を使う機会が多かったので、その延長みたいな感じで今日はしゃべりやすかったのかもしれない。
ところで、帰宅が8時ごろになった。だいぶきつかったし、イライラが最高潮に達していた。結局自分のせいなのだということは分かっているのだが、すべてを抜かりなくこなすには限界ってものがある。
「仕事だからしょうがない」
というフレーズが世の中には存在するが、これが大嫌いで、できれば発したくない。その、「しょうがない」の基準は何なんだろう。意味があるのかこれは、と思えるようなことでも、その一言で片付けてしまって良いのだろうか。
「若いんだからバリバリ働けるでしょ」
周りはそういうけど、これも基準が分からない。バリバリっていうのは、明らかに「中間」あるいは「普通」以上であるはずだが、普通、の基準は何なんだろう、と時々思う。一体、何以上に「バリバリ」しなければならないのか。普通とされているもの、標準的な働きっぷりとは何なのか。
一般的な日本人の働きっぷりを基準とするんだろうけど、私が基準としたいのは私自身なんです。
わがままかつ幼稚な意見ではあるけど、満員電車にゆられて夏休み三日しか休みがとれないようなサラリーマンの働きっぷりを、自分のスタンダードとしては当てはめたくない。
ああ眠いよ。おやすみなさい。
英語を使う機会があった。
ドイツ人を相手にしばらく説明その他をする必要があった。そもそも毎日のように関わっているわけだが、普通とは違った。それで、率直な感想を述べると、前よりしゃべれるようになっていた気がする。事実、ここ数年、どんどん英語がしゃべれなくなっていく気がする。文法を気にしすぎるためだろうと思っているが本人の努力不足にもよる。
夏のあいだ、結構と英語を使う機会が多かったので、その延長みたいな感じで今日はしゃべりやすかったのかもしれない。
ところで、帰宅が8時ごろになった。だいぶきつかったし、イライラが最高潮に達していた。結局自分のせいなのだということは分かっているのだが、すべてを抜かりなくこなすには限界ってものがある。
「仕事だからしょうがない」
というフレーズが世の中には存在するが、これが大嫌いで、できれば発したくない。その、「しょうがない」の基準は何なんだろう。意味があるのかこれは、と思えるようなことでも、その一言で片付けてしまって良いのだろうか。
「若いんだからバリバリ働けるでしょ」
周りはそういうけど、これも基準が分からない。バリバリっていうのは、明らかに「中間」あるいは「普通」以上であるはずだが、普通、の基準は何なんだろう、と時々思う。一体、何以上に「バリバリ」しなければならないのか。普通とされているもの、標準的な働きっぷりとは何なのか。
一般的な日本人の働きっぷりを基準とするんだろうけど、私が基準としたいのは私自身なんです。
わがままかつ幼稚な意見ではあるけど、満員電車にゆられて夏休み三日しか休みがとれないようなサラリーマンの働きっぷりを、自分のスタンダードとしては当てはめたくない。
ああ眠いよ。おやすみなさい。
2008年8月28日木曜日
Welcome to My Spaceship
まとまったことを書こうと思うのだが、実際のところ特筆すべきことが無い。先日、近況報告をしようと思ったらここ数日のことが思い出せずにしばらく戸惑った。あえて言うなら、トマトをよく食べているとか映画を見ているとか、そういうことだろうか。
無気力なのだ。午後になると、無気力。
午前中は仕事があるのでとりあえず6時すぎには起きる。
午後になると、吸い寄せられるように家へ向かう。昼間なので人ごみを避けて買い物だってなんだってできるだろうに、寄り道一つせずに家へ向かう。そして家で何をするかというと、特に何も無いのである。
私は自分の部屋が好きだ。インテリアにしても、光の入り方にしても、音の具合にしても、とにかく心地が良い。何も無くても、何時間もベッドの上に転がっていることができる。これが何よりの幸せなのかもしれない、と思っている。
したがって、一度家に入ると、もう外に出たくない。徒歩2分のコンビニにすら出かけていく気がしない。銀行も郵便局も、帰宅する時に寄って帰ろうかとも思うのだが「まあいっか、今はいったん家に帰って、夕方にまた行こう」とあきらめる。なぜかというとすぐに家に帰りたいから。
しかしながら結局、部屋のドアを閉めるとすっかりその気が失せてしまうのだ。
モードが変わるのである。ねじが緩む。張っていた糸が緩む。
今日は3時ごろにアンチョビのスパゲティを作った。『アモーレス・ペロス』を見ながら食べた。前から見たかったのだが、やっと見た。この監督名、どこかで聞いたと思ったら『バベル』の監督だった。ああ、この映画があってこそのバベルだったのだ、と、納得がいった。ぜひ見てみてください。
もう少しで、仕事が本格的に始まる。一ヶ月以上ぶりだ。はっきり言って、恐れている。まさしく"dread"である。だから最近は、昼になると逃げるように帰って行くのだろう。
怖い。9月が怖くて仕方ない。
無気力なのだ。午後になると、無気力。
午前中は仕事があるのでとりあえず6時すぎには起きる。
午後になると、吸い寄せられるように家へ向かう。昼間なので人ごみを避けて買い物だってなんだってできるだろうに、寄り道一つせずに家へ向かう。そして家で何をするかというと、特に何も無いのである。
私は自分の部屋が好きだ。インテリアにしても、光の入り方にしても、音の具合にしても、とにかく心地が良い。何も無くても、何時間もベッドの上に転がっていることができる。これが何よりの幸せなのかもしれない、と思っている。
したがって、一度家に入ると、もう外に出たくない。徒歩2分のコンビニにすら出かけていく気がしない。銀行も郵便局も、帰宅する時に寄って帰ろうかとも思うのだが「まあいっか、今はいったん家に帰って、夕方にまた行こう」とあきらめる。なぜかというとすぐに家に帰りたいから。
しかしながら結局、部屋のドアを閉めるとすっかりその気が失せてしまうのだ。
モードが変わるのである。ねじが緩む。張っていた糸が緩む。
今日は3時ごろにアンチョビのスパゲティを作った。『アモーレス・ペロス』を見ながら食べた。前から見たかったのだが、やっと見た。この監督名、どこかで聞いたと思ったら『バベル』の監督だった。ああ、この映画があってこそのバベルだったのだ、と、納得がいった。ぜひ見てみてください。
もう少しで、仕事が本格的に始まる。一ヶ月以上ぶりだ。はっきり言って、恐れている。まさしく"dread"である。だから最近は、昼になると逃げるように帰って行くのだろう。
怖い。9月が怖くて仕方ない。
ねむい午後、夢の話
午前中、数時間働いて、昼には職場を出るという日が一週間くらい続いている。9月までのリカバリーと考えればこれは適切なのではないだろうかと思う。
段々と身体が慣れてきたように思うが、それでも6時半の起床がつらい。今日は夕方5時過ぎから7時ごろまで眠った。この程度の、途中休憩程度の睡眠が必要である。
とても気持ちが良い。
眠りは浅かったらしい。
というのも、夢を見たから。
先日電話で話した友人が、隣の部屋に住んでいるという話だ。すべてが見たことのある光景で、ハリーポッターみたいに空を飛んだりすることもなく、登場人物の相関関係にも無理がなかった。
自分の部屋のカーテンをちらっとのぞけばあっちの部屋が見え、窓越しに話ができそうな距離だった。
バイオリンだったか何だったか、茶色い楽器を演奏する女の子が彼の部屋に遊びに来ていた。
私はカーテンからそれを少し覗き見した。そしたら彼もわたしを見た。
ぎゅー、とにらみあった。
この人と話したいんだろうなあ私は、と、起きてから思った。
というわけでとても現実的だった。あまりにも現実的で、夢と現の境が無くても良さそうなくらいだった。
きみの出てくる素敵な夢を見ました。
結局、きみのことが好きで仕方なくて、わたしの心が放っておけないんだろうと思いました。
どうせならうちの隣に住んじゃったらどうですか、こんどから。きっと楽しいと思うんだけど。
こういうメールを書こう、今すぐに書かないと忘れちゃう
頭のなかにぽんぽんと浮かび上がるメールの文面。
無言で読み上げながらも、空腹に負けて、結局向かった先はパソコンではなく食べ物のある場所。
パンを焼いているうちにシャワーを浴びた。それからトマトを切って、オリーブオイルとローズマリーで和えた。
パンにそれをのせて、ビールをあけた。
しばらくして今度はスパゲティをゆでた。モッツァレラを切った。
『Easy Rider』を見ながら食べた。意味がよく分からなかったけど、どこか切なかった。
ビールをもう一缶あけた。
なでしこの花が枯れている。枯れるのが早すぎて驚いている。通常、1週間近く持つのに。一生懸命救おうとしているのだが、ちょっと難しいみたいだ。もともと古かったのだろう。しかたない。
段々と身体が慣れてきたように思うが、それでも6時半の起床がつらい。今日は夕方5時過ぎから7時ごろまで眠った。この程度の、途中休憩程度の睡眠が必要である。
とても気持ちが良い。
眠りは浅かったらしい。
というのも、夢を見たから。
先日電話で話した友人が、隣の部屋に住んでいるという話だ。すべてが見たことのある光景で、ハリーポッターみたいに空を飛んだりすることもなく、登場人物の相関関係にも無理がなかった。
自分の部屋のカーテンをちらっとのぞけばあっちの部屋が見え、窓越しに話ができそうな距離だった。
バイオリンだったか何だったか、茶色い楽器を演奏する女の子が彼の部屋に遊びに来ていた。
私はカーテンからそれを少し覗き見した。そしたら彼もわたしを見た。
ぎゅー、とにらみあった。
この人と話したいんだろうなあ私は、と、起きてから思った。
というわけでとても現実的だった。あまりにも現実的で、夢と現の境が無くても良さそうなくらいだった。
きみの出てくる素敵な夢を見ました。
結局、きみのことが好きで仕方なくて、わたしの心が放っておけないんだろうと思いました。
どうせならうちの隣に住んじゃったらどうですか、こんどから。きっと楽しいと思うんだけど。
こういうメールを書こう、今すぐに書かないと忘れちゃう
頭のなかにぽんぽんと浮かび上がるメールの文面。
無言で読み上げながらも、空腹に負けて、結局向かった先はパソコンではなく食べ物のある場所。
パンを焼いているうちにシャワーを浴びた。それからトマトを切って、オリーブオイルとローズマリーで和えた。
パンにそれをのせて、ビールをあけた。
しばらくして今度はスパゲティをゆでた。モッツァレラを切った。
『Easy Rider』を見ながら食べた。意味がよく分からなかったけど、どこか切なかった。
ビールをもう一缶あけた。
なでしこの花が枯れている。枯れるのが早すぎて驚いている。通常、1週間近く持つのに。一生懸命救おうとしているのだが、ちょっと難しいみたいだ。もともと古かったのだろう。しかたない。
2008年8月26日火曜日
雨の夕方にエヴァンスを聴くにあたって
すっかり秋になってしまった。もうしばらくすれば、きっとまた日差しの強い日々が戻るのだろうと思う。それでもやはり、一時期の暑さは終った。
実に、一時期、であった。7月末~8月上旬にかけての数週間。
それは燃えるようだった、けれどやはり終息する。
ものごとはやはり、いずれは終息するようにできていると思う。
たいていのことは、放っておけば時間が解決するのである。
「すべては時間が解決する」
もう何年も前に、尊敬するおじから聞いたこの言葉。何度励まされただろうか。
けれどここ最近(具体的に言うと仕事を始めてから)、このフレーズから遠ざかっていた。
今さっき、夏の暑さについて考えて(書いて)いたらちょうど思い出したのである。
事実、しばらくのあいだ「時間が解決するだろうから」という方向に考えをもってくることがなかった。それができずにいたというよりは、むしろ、そうすることを忘れていたと言ったほうがいい。今ふと思いついた。
…余裕が無かったんだなあ。
何をするにも焦っている。明日のことも仕事のことも恋人のことも将来のことも。
頑張ってもどうしようも無いとき、というのが存在するはずだ。ある程度まで行ったら、自分自身に調子をうかがってみることも大事である。
最後に頼りにできるのは、自分自身だろう。
25年経った今もまだ自分自身をよくつかめていない。だけど、ほかの人に自分を伝えたいと思う。人にわかって欲しいと思う。ときどきそれだけで手一杯になっているけど。もっと単純になりたいと思う。
すべては時間が解決するのである。自分自身へ言い聞かせているにほかならないけれど、今のところ"効く"言葉はそれしかない。
雨が降るとどうしてもビル・エヴァンスを聴きたくなる。complete riverside recordingsをランダムに流し続けている。ほかのジャズでも良さそうな気がするものの、結局この人でないといけないのだ。ほかのものに変えたところで、結局納得がいかずにディスクを取り出す羽目になるだろう。私はジャズ通でも無いし、適切な言葉で評価をするようなことは決してできない。だってみんなみんな凄いからね。
けれど、詳しいことを分かっていない-たとえば私のような人-が、雨が降ると無意識のうちにそのCDを選んでしまうような、そういう演奏をしているジャズ・ピアニストは、音楽の分かってない人からであっても「すごい」とか「いい」とか言われていいのではないかと思う。
つまり音楽の分かってない人でも「すごい」とか「いい」とか、稚拙ではあってもそういう感想を述べていいのではないかと思う。
繰り返すようだけど、私は音楽がよく分からない。
けれど、その音楽のどこがどのように良いのか、言葉で表現できなかったとしても、心が何かを受け取っているのは事実であって、言ってみれば音楽を提供する人たちというのは、そういう音楽を純粋に目指すべきなのである。
つまり、「よくわけがわからないけど、これってなんだかいい感じがする」みたいなセンセーションを与えること。
音楽に限らず、映画も、絵画も、写真も、そう。
ふわっと目の前に何かが降り立つような、あるいは心臓をきゅううとしめつけるような、そういうセンセーション。
相手が1人であっても、地球規模であっても、そういうのってひどく素敵だと思う。
実に、一時期、であった。7月末~8月上旬にかけての数週間。
それは燃えるようだった、けれどやはり終息する。
ものごとはやはり、いずれは終息するようにできていると思う。
たいていのことは、放っておけば時間が解決するのである。
「すべては時間が解決する」
もう何年も前に、尊敬するおじから聞いたこの言葉。何度励まされただろうか。
けれどここ最近(具体的に言うと仕事を始めてから)、このフレーズから遠ざかっていた。
今さっき、夏の暑さについて考えて(書いて)いたらちょうど思い出したのである。
事実、しばらくのあいだ「時間が解決するだろうから」という方向に考えをもってくることがなかった。それができずにいたというよりは、むしろ、そうすることを忘れていたと言ったほうがいい。今ふと思いついた。
…余裕が無かったんだなあ。
何をするにも焦っている。明日のことも仕事のことも恋人のことも将来のことも。
頑張ってもどうしようも無いとき、というのが存在するはずだ。ある程度まで行ったら、自分自身に調子をうかがってみることも大事である。
最後に頼りにできるのは、自分自身だろう。
25年経った今もまだ自分自身をよくつかめていない。だけど、ほかの人に自分を伝えたいと思う。人にわかって欲しいと思う。ときどきそれだけで手一杯になっているけど。もっと単純になりたいと思う。
すべては時間が解決するのである。自分自身へ言い聞かせているにほかならないけれど、今のところ"効く"言葉はそれしかない。
雨が降るとどうしてもビル・エヴァンスを聴きたくなる。complete riverside recordingsをランダムに流し続けている。ほかのジャズでも良さそうな気がするものの、結局この人でないといけないのだ。ほかのものに変えたところで、結局納得がいかずにディスクを取り出す羽目になるだろう。私はジャズ通でも無いし、適切な言葉で評価をするようなことは決してできない。だってみんなみんな凄いからね。
けれど、詳しいことを分かっていない-たとえば私のような人-が、雨が降ると無意識のうちにそのCDを選んでしまうような、そういう演奏をしているジャズ・ピアニストは、音楽の分かってない人からであっても「すごい」とか「いい」とか言われていいのではないかと思う。
つまり音楽の分かってない人でも「すごい」とか「いい」とか、稚拙ではあってもそういう感想を述べていいのではないかと思う。
繰り返すようだけど、私は音楽がよく分からない。
けれど、その音楽のどこがどのように良いのか、言葉で表現できなかったとしても、心が何かを受け取っているのは事実であって、言ってみれば音楽を提供する人たちというのは、そういう音楽を純粋に目指すべきなのである。
つまり、「よくわけがわからないけど、これってなんだかいい感じがする」みたいなセンセーションを与えること。
音楽に限らず、映画も、絵画も、写真も、そう。
ふわっと目の前に何かが降り立つような、あるいは心臓をきゅううとしめつけるような、そういうセンセーション。
相手が1人であっても、地球規模であっても、そういうのってひどく素敵だと思う。
2008年8月23日土曜日
花を買う、夢のこと
土曜、雨、八月―
赤い、なでしこの花を買った。
こうやって時々、自分の部屋に花を買う。柄じゃないとか似合わないとか言われたらそれはもう仕方あるまい。それでも私は花を買う。帰り道、駅と家との間にある、小さな花屋で買う。
部屋に花があると、平坦な日常が少し変わる。ありきたりな表現法しか見つからないが、本当に心が潤う。こういう余裕を忘れずにいよう、という、心のなかで繰り返す自分への言い聞かせが具体化された結果なのかもしれない。
話は変わって、22日夜から23日朝にかけてみた、ある素敵な夢を忘れないうちに記しておこうと思う。
恋人がケンちゃんだった。
ケンちゃんは小学校3年生ごろのクラスメートだ。とても好きだった。当時は小学生によくありがちなからかい方をして、気を引こうと一生懸命だった。夢では、あの頃よりも背が伸びて、成長して同い年の24歳なのに、やっぱりそこにいるのは9歳のけんちゃんにほかならなった。少なくとも私にとって。夢で、人前でベタベタしているのがとても心地よかった。自慢の彼だわ、と思った。
彼が自分の妹に電話をすると言った。
「そっちはどう?」と、電話先はなぜかローマである。彼の妹は誰かというと、これまたやはり、小学校時代の同級生で、えりちゃんだった。とても物静かで、すぐに泣く、体育の苦手な女の子だった。私はそれをよくバカにしていて、何度か傷つけた。ちなみに、私自身は最悪かつ劣悪な運動神経を誇る。
そういえば、えりちゃんとけんちゃんは、同じ地区から通学していた。
実際、けんちゃんに妹はいなかったはず。それがなぜかえりちゃん。
恋人である私のほうがけんちゃんにとって重要だと信じたかったが、そのとき、電話の向こうの妹、えりちゃんに嫉妬した気がする。少なくともえりちゃんより自分は、いろいろとみりょくてきなのに、と思った。
でもなんでローマ。
配役とこのくらいしか覚えていない。後は、とても気分が良くなったあたりでちょうど目覚ましが鳴った。
「本当に目覚ましというものは邪魔なやつだ!」
瞬間的にそういう感想を抱いた。
赤い、なでしこの花を買った。
こうやって時々、自分の部屋に花を買う。柄じゃないとか似合わないとか言われたらそれはもう仕方あるまい。それでも私は花を買う。帰り道、駅と家との間にある、小さな花屋で買う。
部屋に花があると、平坦な日常が少し変わる。ありきたりな表現法しか見つからないが、本当に心が潤う。こういう余裕を忘れずにいよう、という、心のなかで繰り返す自分への言い聞かせが具体化された結果なのかもしれない。
話は変わって、22日夜から23日朝にかけてみた、ある素敵な夢を忘れないうちに記しておこうと思う。
恋人がケンちゃんだった。
ケンちゃんは小学校3年生ごろのクラスメートだ。とても好きだった。当時は小学生によくありがちなからかい方をして、気を引こうと一生懸命だった。夢では、あの頃よりも背が伸びて、成長して同い年の24歳なのに、やっぱりそこにいるのは9歳のけんちゃんにほかならなった。少なくとも私にとって。夢で、人前でベタベタしているのがとても心地よかった。自慢の彼だわ、と思った。
彼が自分の妹に電話をすると言った。
「そっちはどう?」と、電話先はなぜかローマである。彼の妹は誰かというと、これまたやはり、小学校時代の同級生で、えりちゃんだった。とても物静かで、すぐに泣く、体育の苦手な女の子だった。私はそれをよくバカにしていて、何度か傷つけた。ちなみに、私自身は最悪かつ劣悪な運動神経を誇る。
そういえば、えりちゃんとけんちゃんは、同じ地区から通学していた。
実際、けんちゃんに妹はいなかったはず。それがなぜかえりちゃん。
恋人である私のほうがけんちゃんにとって重要だと信じたかったが、そのとき、電話の向こうの妹、えりちゃんに嫉妬した気がする。少なくともえりちゃんより自分は、いろいろとみりょくてきなのに、と思った。
でもなんでローマ。
配役とこのくらいしか覚えていない。後は、とても気分が良くなったあたりでちょうど目覚ましが鳴った。
「本当に目覚ましというものは邪魔なやつだ!」
瞬間的にそういう感想を抱いた。
「ちいかわ」の映画を見た
「シルバーウィークにちいかわが見たい」 しばらく前、子が言った。子からの、たいていの「〜したい」を本気で請け合うことはないが特に予定がないのに5日間も休みを抱えているわたしは、今回ばかりは、素直に「それもそうだな」と思えた。土曜に調べてみるとどの映画館も満員ではないか。ちいかわ...
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きょうは代休。お昼を食べにでかけたら記録に値する興味深い出来事があった。赤ちゃん連れの多いオーガニックカフェ。昼はビュッフェ形式。私が案内されたのは一番奥の席。両隣にはすでに客がいて食事をしていた。二組とも、女の赤ちゃんを連れた母娘ペア。つまり、女3世代ということ。平日の客のな...
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みてきました。雨だし、平日休みだし、いましかない!と思った。やっと行けた。子の友達がこのまえ見に行ってて、遊びにきたときに感想をどんどんしゃべろうとするので、それを聞くより先に見に行ったほうがいいなと思った。 正直なところ前作のほうが「すげー」だった。が、今回の目標は今までの話...
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肌の話の次は、海です。 月曜に行くはずが、前日の夜が遅かったせいで起きたのが遅く、では明日こそ、という話だったはずが、案の定この日(13日火曜)も男たちは10時ごろ起きてきた。(ちなみに私は毎日6時〜7時には起きています。)諦めそうになっていたので、遅くても行こうと私は言った。と...